メインメニューを開く

関東学院大学

関東学院大学(かんとうがくいんだいがく、英語: Kanto Gakuin University、またはMabie Memorial School)は、神奈川県横浜市金沢区六浦に本部を置く日本私立大学である。1949年に設置された。大学の略称KGU(商標登録番号5330921)、関学(かんがく)関学大(かんがくだい) 関東学大(かんとうがくだい)[1]関学院大(かんがくいんだい)[2]関東(かんとう)[3]などがある。なお、「関学」「関学大」「K.G.」の商標は学校法人関西学院が持っているが、「株式会社関学サービス」は関東学院大学の食堂を運営しており「関学」は商業目的以外において関東学院でも使用可能な略称である[4]

関東学院大学
金沢八景キャンパス
金沢八景キャンパス
大学設置 1949年
創立 1884年
学校種別 私立
設置者 学校法人関東学院
本部所在地 神奈川県横浜市金沢区六浦
北緯35度19分23.98秒 東経139度37分22.4秒 / 北緯35.3233278度 東経139.622889度 / 35.3233278; 139.622889座標: 北緯35度19分23.98秒 東経139度37分22.4秒 / 北緯35.3233278度 東経139.622889度 / 35.3233278; 139.622889
キャンパス 金沢八景(神奈川県横浜市金沢区)
金沢文庫(神奈川県横浜市金沢区)
小田原(神奈川県小田原市)
学部 社会学部
国際文化学部
経済学部
経営学部
法学部
人間共生学部
理工学部
建築・環境学部
教育学部
看護学部
栄養学部
研究科 文学研究科
経済学研究科
法学研究科
工学研究科
ウェブサイト 関東学院大学公式サイト
テンプレートを表示

目次

概観編集

大学全体編集

関東学院大学は、神奈川県にあるプロテスタントミッション系大学である。横浜市金沢区の六浦と釜利谷町小田原市に3箇所のキャンパスを設置している。

校訓編集

関東学院大学の校訓は「Be a man and serve the world(人になれ 奉仕せよ)」である。中学関東学院初代学院長坂田祐が提唱し、キリスト教に基づく建学の精神に由来する。

学風および特色編集

関東学院には2度の弾圧が襲っている。1つは戦前・戦時中の弾圧。もう1つは戦後の過激派による弾圧である。

戦前編集

関東学院は東京学院と横浜バプテスト神学校を源流として1927年(昭和2年)に誕生した。太平洋戦争前の旧制関東学院に入学した者は本気でキリスト教を学びに来た者がほとんどであり、神学部にいたっては当然、牧師神学研究者になるための学部であった。1933年(昭和8年)に学生たちによる「国際親善は夕」を開催した時、多数の在留外国人(特にアメリカ人宣教師)、社会事業部生、神学部生が検挙された。新聞には大きく「関東学院神学部全滅」と大きく見出しが載った。「国際親善は夕」とはキリスト教平和運動であるが、特別高等警察(特高警察)はこれを徹底的に弾圧した。神学部生に至っては安倍祐四郎という1人を除いて全て検挙されたという[5]坂田祐はそれでも入学式・卒業式や学徒出陣の時に「インマヌエル」(「神偕にいます」の意)と述べたという。このように関東学院発足時には既に昭和の時代に入っていたが、戦争終結までは信仰心を持ちながら弾圧に負けぬ持ち主の集団であった。なお、「インマヌエル」は戦前・戦時中に関東学院に在学した学生の合言葉にもなった[6]。1943年(昭和18年)に学徒動員の一環で関東学院、青山学院明治学院に統廃合されたうえに、新たに関東学院航空専門学校設立となった。1944年(昭和19年)にはビクター[7]が関東学院内に疎開した。関東学院生は日本ビクター社員と共に防空通信機材を作る事となった。空襲が関東学院を襲い、終戦を迎えた[8]

終戦直後~オイルショック期編集

終戦を迎えキリスト教への弾圧もなくなり平和なキャンパスの日々が来たのもつかの間、関東学院は極左集団・過激派による弾圧に襲われる。既に旧制専門学校時代である1948年(昭和23年)から学園紛争が過激化した[9]礼拝は毎日1限目と2限目の間の休憩時間に行われたが、1968年(昭和43年)に学園紛争で消えることとなる[10]。このような軋轢の中で関東学院は1959年(昭和34年)に神学部を再建した。しかし関東学院にはさらなる悲劇が襲う。赤軍派の旗揚げ校にもなってしまった関東学院大は1968年(昭和43年)に青雲寮が3棟消失したことをきっかけに、主に過激派学生が大学解体を訴えた。それでも厳しい校則は健在で、たとえば寺内タケシなどはタバコを1本吸っただけで停学となっている。1969(昭和44)年には「闘うキリスト者学生同盟」によって神学館がバリケード封鎖された。授業どころではなくなり、関東学院大の心臓部である神学部は1973年(昭和48年)に消失した[11]。最後は「かんらん寮」が、学生運動によって除籍されたはずの若者の巣窟になっていることから、1976年(昭和51)年に「かんらん寮」を取り壊す旨を伝えたが、過激派はさらに抵抗した。このため収束にはさらに1年後となった。このように戦後の関東学院の校風はオイルショック期まで学生運動派と、キリスト教・神学を本気で学びに来ている学生との「分断」が特徴となった。学生運動によって失ったものは神学部だけでなく、生活協同組合(生協)も失った[12]。これにより校風から一時「自治」が失われていく事になる。また、学園紛争をきっかけに大学側についていた体育会を強化していくこととなり、これは関東学院大が体育強豪校となるきっかけにもなった。

沿革編集

略歴編集

関東学院は、1884年明治17年)にアメリカ北部バプテスト同盟宣教師であったアルバート・アーノルド・ベネットにより横浜山手に設立された横浜バプテスト神学校1895年(明治28年)に築地居留地に設立された東京中学院、1919年大正8年)に横浜三春台に開校した私立中学関東学院を3つの源流としている。1927年(昭和2年)に統合され関東学院中学部および高等学部となり、高等学部は旧制専門学校を経て、戦後の学制改革により関東学院大学となった。

旧制学制から新制学制への校名変遷

  • 高等教育部門: 東京学院神学部・高等科(高等学部)→関東学院高等部社会事業科・商科→関東学院神学部・高等学部商科(高等商業部)→関東学院工業専門学校→関東学院工業専門学校・経済専門学校→(新制)関東学院大学経済学部・工学部 
  • 中等教育部門: 東京中学院→東京学院中等科→私立中学関東学院→関東学院中等部→(新制)関東学院中学校・高等学校

年表編集

  • 1884年 - A.A.ベネットが、横浜山手に横浜バプテスト神学校を設立。
  • 1895年 - 東京中学院(後の東京学院中等科)設立。
  • 1905年 - 専門学校令により東京学院高等科(後の高等学部)を設置。
  • 1910年 - 横浜バプテスト神学校と福岡バプテスト神学校の統合により、日本バプテスト神学校設立。
  • 1919年 - 東京学院中等科を廃止し、私立中学関東学院が設立。中等科跡地に日本バプテスト神学校が移転し、東京学院神学部となる。
  • 1927年 - 財団法人関東学院が組織され、東京学院神学部と高等学部を、関東学院高等学部社会事業科と商科に改組。私立中学関東学院は関東学院中学部となる。
  • 1929年 - 関東学院高等学部社会事業科を社会事業部、商科を高等商業部に改称。
  • 1936年 - 特高警察による弾圧の影響で神学部募集停止
  • 1944年 - 高等商業部は明治学院専門学校に統合される。関東学院航空工業専門学校開校。
  • 1945年 - 関東学院航空工業専門学校を関東学院工業専門学校に改称。
  • 1946年 - 関東学院経済専門学校創立。
  • 1947年 - 関東学院中学部を関東学院中学校・高等学校に改組。
  • 1949年 - 学制改革により関東学院経済専門学校と関東学院工業専門学校を母体として関東学院大学となる。
  • 1950年 - 青山学院大学から工学部を譲渡される。
  • 1952年 - 関東学院経済専門学校廃校。
  • 1957年 - 工学部2部設立
  • 1959年 - 神学部再設立(ただし、新制大学としては初の設立)
  • 1962年 - 経済学部2部設立
  • 1968年 - 文学部を設置。これにより関東学院大学は総合大学となる。
  • 1969年 - 大学紛争が本格化する。赤軍派が関東学院金沢八景キャンパスで旗揚げした。
  • 1973年 - 大学紛争の影響で神学部を廃止、牧師養成機能は日本バプテスト同盟・日本バプテスト神学校に継承。
  • 1986年 - 金沢文庫キャンパス開設。文学部は金沢文庫キャンパスに移転。
  • 1991年 - 法学部設置。小田原キャンパス開設。
  • 1999年 - 経済学部2部の募集停止。
  • 2000年 - 工学部2部の募集停止。
  • 2002年 - 女子短期大学を改組、人間環境学部設置。教育課程セメスター制を導入。
  • 2007年 - オックスフォード大学の構内に「オックスフォード研究センター」を開設。
  • 2008年 - 経済学部2部、工学部2部を廃止。
  • 2009年 - 工学部でコース制を導入。
  • 2011年 - 金沢文庫駅 - 金沢文庫キャンパス間を結ぶ無料スクールバスが運行開始。GPA、副専攻制度を導入。
  • 2012年 - 2013年度の看護学部設置に向け、金沢八景キャンパス(室の木)に新棟が起工。
  • 2013年 - 理工学部、建築・環境学部、看護学部の3学部を設置。それに伴い、工学部募集停止。
  • 2014年 - 学生証のICカード導入。
  • 2015年 - 大学文学部を国際文化学部に、文学部現代社会学科を社会学部に、人間環境学部人間発達学科と健康栄養学科を教育学部と栄養学部に改組。
  • 2016年 - 人間環境学部を人間共生学部に改組。
  • 2017年 - 法学部を小田原キャンパスから八景キャンパスへ移転[13]、経営学部新設[14]、法学部地域創生学科新設。
  • 2018年 - 横浜関内キャンパス開設計画を発表(2022年4月開設予定)。

基礎データ編集

所在地編集

  • 金沢文庫キャンパス(神奈川県横浜市金沢区釜利谷)
  • 金沢八景キャンパス(神奈川県横浜市金沢区六浦)
  • 小田原キャンパス(神奈川県小田原市荻窪)

象徴編集

校章はオリーブの三葉をモチーフとしている。オリーブの三つ葉は、旧約聖書の中では「平和と繁栄」を象徴するものとされている(創世記8章11節)。そこで関東学院大学ではこの校章に関して「一つに結ばれた三つの葉は三位一体なる神をしめすとともに、教育理想である三育、すなわち知育、徳育、体育を表している。」と謳っている。

教育および研究編集

組織編集

学部編集

  • 経済学部
  • 経営学部
  • 法学部
    • 法学科
      • 司法コース
      • 行政・政策コース
      • パブリックセキュリティーコース
      • 法とビジネスコース
        • 2年次よりコースに分かれる。
    • 地域創生学科
      • 地域デザインコース
      • 地域安全コース
        • 2年次よりコースに分かれる。
  • 人間共生学部
    • コミュニケーション学科
    • 共生デザイン学科
      • 3年次の春学期には「コミュニケーション・プロジェクト」「デザイン・プロジェクト」といったプロジェクト科目が開講され、学科を超えて履修が可能。
  • 理工学部
    • 理工学科
      • 生命科学コース
      • 数理・物理コース
      • 応用化学コース
      • 総合機械コース
      • 自動車コース
      • ロボティクスコース
      • 電気・電子コース
      • 健康・スポーツ計測コース
      • 情報ネット・メディアコース
      • 映像クリエーションコース
      • 土木・都市防災コース
  • 建築・環境学部
    • 建築・環境学科
      • 建築デザインコース
      • 建築エンジニアリングコース
      • 環境共生デザインコース
      • 建築・都市再生デザインコース
      • すまいデザインコース
    建築・環境学部のコースは理工学部のそれと異なり、受験の際にコースを選択することはない。従前の計画系を3分割し、構造系・生産系を統合、設備系を存続させる形でのコースである。
  • 看護学部
  • 社会学部
  • 国際文化学部
  • 教育学部
    • こども発達学科
  • 栄養学部
*工学部は理工学部へ改組のため、募集停止となった。
*文学部は国際文化学部へ改組のため、募集停止となった。
*人間環境学部は人間共生学部へ改組のため、募集停止となった。

大学院編集

女子短期大学(廃止)編集

かつては、同一法人下に関東学院女子短期大学が存在したが、2002年度(平成15年3月)には学生募集を停止し、2001年度(平成13年4月)入学の在学生の卒業と共に廃止された。旧・女子短期大学の定員及びキャンパスは、新たに設置された人間環境学部に継承された。

附属機関編集

  • 図書館
  • 研究所
    • キリスト教と文化研究所
    • 人文科学研究所
    • 経済経営研究所
    • 法学研究所
    • 工学総合研究所
    • 大沢記念建築設備工学研究所
    • ハイテクリサーチセンター
    • 人間環境研究所
    • 材料・表面工学研究所
  • センター
    • 情報科学センター
    • 国際センター
    • 関内メディアセンター
    • 生涯教育センター
    • 学生支援室
    • カウンセリングセンター
    • 宗教教育センター
    • キャリアセンター
  • 海外付属機関
    • オックスフォード研究センター(オックスフォード大学構内)
  • 関東学院大学出版会

研究編集

研究業績編集

理系

  • この大学の表面工学上の業績として、1962年にプラスチックメッキを開発(発明)したことが挙げられる。その後、トヨタ自動車と共同で関東化成工業を設立した。ただし、社会貢献のために、あえて特許を取得しなかった。[15]
  • 人間環境学部健康栄養学科(2015年から栄養学部)の学生(2014年3月に卒業)が、在学中に世界初の介護用溶けないアイスを卒業論文制作過程において発明した。[16]
  • その他、建築設備学科や大沢記念建築設備工学研究所と関連した、建築設備技術を中心とした業績が多数存在する。

特許

  • 関東学院大の特許行使実績は平成26年度において特許権実施等件数(外国分を含む)全国7位(私大1位)[17]
  • 関東学院大の特許行使実績は平成27年度において特許権実施等件数(外国分を含む)全国7位(私大1位)[18]
  • 関東学院大の特許行使実績は平成28年度において特許権実施等件数(外国分を含む)全国3位(私大1位)[19]
    • 平成26年度~平成28年度において3年連続で私大の特許行使数1位となった。
  • 関東学院大の特許関連研究費は研究者1人当たりの研究費受入額、実施等収入額実績は平成26年度において全国11位(私大6位)となった [20]

文系

科学研究費補助金編集

平成22年度(2010)の科学研究費補助金の採択件数は22件、配分額は4669万円(間接経費を含む)である[22]

私立大学学術研究高度化推進事業編集

  • 社会連携研究推進事業
    • グローバリゼーションの進展と地域産業基盤の活性化に関する研究
  • 学術フロンティア推進事業
    • 都市・建築のストック再生を目的とした環境共生技術の戦略的開発研究
  • 防災・減災・復興学研究所及び事業(文部科学省の平成29年度私立大学研究ブランディング採択事業)
    • 「防災・減災・復興学」の構築と提唱を目指すのと同時に栄養学・看護学・工学はもちろんのこと人文・社会の領域まで含む研究と成果を目指す。もちろん特許取得も目指す。

学生生活編集

本節では、学生主体による学園祭や、各クラブ活動について記述する。各団体の活動拠点は、金沢八景(六浦)キャンパスのクラブハウス棟である。

学園祭編集

  • 平潟祭
    • 例年11月上旬に実施
  • 創造祭」文化部のみ
    • 例年6月上旬に実施

(どちらも金沢八景キャンパス)

文化部連合局編集

主な文化部として下記のクラブがあり、創造祭でも中心的となっている。

体育部連合局編集

主な運動部として、下記の4部を強化部としている。

強化部以外の部としては、

  • サッカー部
    • 関東大学サッカーリーグ2部に所属。2006年(平成18年)には横浜F・マリノスと業務提携を結ぶ。
  • バスケットボール部
  • ヨット部
    • 北京オリンピックヨット競技日本代表に1名の卒業生が選出されている。
  • ウインドサーフィン部
    • 全国屈指の強豪で、北京オリンピックセーリング競技日本代表に2名の卒業生が選出されている。

大学関係者と組織編集

大学関係者組織編集

  • 関東学院大学の同窓会組織として燦葉会がある。

大学関係者一覧編集

施設編集

キャンパス編集

キャンパスは、横浜市金沢区に金沢八景と金沢文庫、小田原市に小田原キャンパスと、神奈川県内に学部別の3キャンパスを有する。また、2004年(平成16年)には関内の横浜メディアセンター内に「KGUメディアセンター」を設置、主に法科大学院の講義や一般公開講座などで使用している。

金沢八景キャンパス編集

 
金沢八景キャンパス(2012年5月17日)

金沢八景キャンパスは大学設置時から存在し、経済学部、理工学部、建築・環境学部、(教育学部)が使用する「六浦校地」(通称「六浦キャンパス」)と、旧女子短期大学のキャンパスで人間環境学部、看護学部、(栄養学部)が使用する「室の木校地」(通称「室の木キャンパス」)の総称である。大学本部やフォーサイト21、オリーブテクノセンターおよびベンネットホール(SCC)はここにある。2017年より小田原から法学部が移転した。グラウンドは2016年3月より人工芝の製造・販売を行うアストロ命名権を得て「関東学院アストロフィールド」と称される。 所在地は神奈川県横浜市金沢区六浦東一丁目50番1号。

金沢文庫キャンパス編集

 
金沢文庫キャンパス(2012年4月12日)

金沢文庫キャンパスは1986年(昭和61年)に設置された文学部、(社会学部、国際文化学部)のキャンパスである。設置当初は工学部・経済学部の一般教養科目にも使用されていた。キャンパス内にはラグビー部が練習や公式戦に使用する釜利谷グラウンド(2016年9月より物流企業のギオンが命名権を得て「関東学院大学 金沢文庫キャンパス GION ATHLETE PARK」の名称となる)も併設され、「釜利谷校地」通称「釜利谷キャンパス」とも呼ばれる。周辺は1980年代に開発された閑静な住宅街である。 所在地は神奈川県横浜市金沢区釜利谷南三丁目22番1号。

小田原キャンパス編集

 
小田原キャンパス
  • 使用学部:なし
  • 使用研究科:表面工学専攻
  • 交通アクセス:小田原駅より徒歩18分

小田原キャンパスは1991年(平成3年)4月に設置されたキャンパスである。2017年(平成29年)3月まで法学部が使用した。2017年4月より材料・表面工学研究所が使用する。2018年(平成30年)より表面工学専攻の大学院生も使用する。相模湾と丹沢を一望できる丘陵地に立地をし、キャンパスの周辺は木々も多いため四季折々の自然を感じることができ、観光名所である伊豆半島箱根などの温泉郷にも近い。 所在地は神奈川県小田原市荻窪1162番地の2。

サテライトキャンパス編集

以下のサテライトキャンパスがある。

学生寮編集

  • スチューデントハウス33番地
    • 横須賀市追浜本町2丁目33番地20
    • 金沢八景キャンパスから徒歩圏内である。

対外関係編集

地方自治体との協定編集

  • 神奈川県との包括連携協定(2018年1月22日締結)[23]

他大学との協定編集

国内

海外

 
オックスフォード大学内の関東学院大学研究センター
「関東学院・オックスフォード大学マンスフィールド・カレッジ学術研究教育交流協定」が締結された。

この協定を元にオックスフォード大学の構内に「関東学院大学オックスフォード研究センター」が設けられた。

国際協定締結校編集

系列校編集

学校法人関東学院が経営している系列校はそれぞれが独立しており、附属校という扱いではないためここでまとめる。

本校出身の有名人編集

脚注・出典編集

  1. ^ 関西学院大学と区別する時に使われる。
  2. ^ 関東学園大学と区別する時に使われる。
  3. ^ 応援歌等で使われる。
  4. ^ 株式会社関学サービスHP
  5. ^ 関東学院著『関東学院100年史』1984、pp387-388.
  6. ^ 関東学院著『関東学院100年史』1984、p410.
  7. ^ 当時のビクターは東芝グループで、戦後は松下電器産業グループとなる日本ビクター社の事
  8. ^ 関東学院著『関東学院100年史』1984、p420.
  9. ^ 関東学院著『関東学院100年史』1984、pp.576-577.
  10. ^ 関東学院著『関東学院100年史』1984、pp.606-607.
  11. ^ 関東学院著『関東学院100年史』1984、p666.
  12. ^ 現在は株式会社関学サービスによる購買部の運営である。このような生協消滅大学は他に明治大学日本大学専修大学などがある
  13. ^ キャンパス変更計画について
  14. ^ これにより経済学部経営学科募集停止。経営学科の学部昇格となる
  15. ^ 技術はオープンに!! 本間英夫”. 関東学院大学. 2016年3月4日時点のオリジナル[リンク切れ]よりアーカイブ。2018年9月27日閲覧。。他、メッキ関連の論文を参照のこと。
  16. ^ [1]2014年4月2日朝日新聞
  17. ^ 関東学院大学 広報課より
  18. ^ 文部科学省HP
  19. ^ http://www.mext.go.jp/component/a_menu/science/detail/__icsFiles/afieldfile/2018/02/16/1397873_02.pdf 文部科学省HP]
  20. ^ 関東学院大学 広報課より
  21. ^ 片岡 栄美参照のこと。また「文化資本」も参照[出典無効]のこと
  22. ^ 文部科学省平成22年度 科学研究費補助金 研究者が所属する研究機関別採択件数・配分額一覧(平成22年度新規採択+継続分) (PDF)
  23. ^ 神奈川県と関東学院大学との包括連携協定の締結について-神奈川の課題に対応していくため、包括連携協定を締結しました-神奈川県庁ホームページ(2018年1月22日)2018年11月9日閲覧。
  24. ^ 英語名称は Minnesota State University Moorhead であるが、関東学院大学では「モアヘッド」と記述している。

Wiki関係他プロジェクトリンク編集

公式サイト編集