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伯剌西爾丸。1944-45年にヘルシップとして軍用された

伯剌西爾丸(ぶらじるまる)は、川崎造船所が1919年に竣工した貨物船[1]川崎汽船国際汽船、小野商事合名会社、大洋興業と所有者が変わったのち、第二次大戦中に徴用され、1945年に触雷により沈没した。

概要編集

総トン数・5,860トン、船長・117.35 m、幅・15.54 m、深さ・10.97 m、速度・10/13.6kt。

1919年4月10日に起工し、同年5月31日進水、同年6月20日竣工する。同年8月1日に川崎汽船株式会社より国際汽船株式会社へ売却、1933年3月30日に小野商事合名会社(京都・府中)へ売却、1943年に大洋興業株式会社(神戸)へ売却、1945年5月1日陸軍徴用船として行動中、自らが投下した爆雷の炸裂により神戸和田岬燈台沖2Km(北緯34度39分58秒 東経135度12分00秒 / 北緯34.666度 東経135.2度 / 34.666; 135.2)で沈没する。

脚注編集

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  1. ^ Sno.452 伯剌西爾丸 BRAZIL MARU懐かしい日本の汽船

関連項目編集