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前田 惠學(まえだ えがく、1926年11月29日 - 2010年10月31日)は、日本僧侶仏教学者文学博士文化功労者

目次

来歴・人物編集

愛知県名古屋市で前田家の長男として生まれる。実弟はインド哲学仏教学者で東京大学名誉教授の前田專學、祖母は日本画家前田錦楓真宗大谷派速念寺第15代住職を歴任。

東京大学大学院へ進み、辻直四郎宮本正尊中村元水野弘元などに師事、インド哲学および仏教学を研究専攻。

専門は初期のインド仏教原始仏教。博士論文『原始仏教聖典成立史の研究』で、東京大学文学博士学位を取得(学位令、1920年勅令200号)。旧学位制度下での最後の文学博士号取得者となった。この学位論文の優れた研究成果が認められ、39歳で日本学士院恩賜賞を受賞(人文系研究者では、未だに最年少での受賞者である)。

「原始仏教」、「パーリ語仏教」および「現代上座仏教」の研究の第一人者として従来の研究手法を踏まえながらも現代に生かせる仏教研究の重要性を学界や社会に提唱し続けてきたほか、東海印度学仏教学会会長、パーリ学仏教文化学会を創設するなど、学問界全体の活性化を企図し、名誉教授となってからも精力的な研究活動を続けていた。

スリランカなどから、経済的に学業を続けることが困難な学僧たちを日本に招き、自身の私財を投じ日本の大学の大学院へ進学させ、より高度な学問だけではなく、日本の古き良き文化をも教えて、本国に帰国させ、日本との架け橋にならしめるなど、精力的に活躍を行い、世界的にも名高い仏教学者の一人だった。

2010年10月31日、膵臓癌のために遷化[1]。83歳没。

学歴・職歴編集

非常勤講師歴編集

主な受賞歴編集

著作編集

  • 『原始佛教聖典の成立史研究』(山喜房佛書林 1964年、新版1999年、「前田惠学集別巻1」2006年)
  • 『釈尊』(山喜房佛書林 1969年
  • 『仏教要説 インドと中国』(山喜房佛書林 1975年) 
  • 『釈尊をいかに観るか』(山喜房佛書林「第1巻」2003年ISBN 4-7963-0138-0
  • 『仏教とは何か、仏教学いかにあるべきか』(山喜房佛書林「第2巻」 2003年
  • 『現代上座仏教の世界 1・2』(山喜房佛書林「第3・4巻」 2004年
  • 『文学として表現された仏教』(山喜房佛書林「第5巻」 2004年ISBN 4-7963-0142-9
  • 『核の時代における平和と共存ほか』(山喜房佛書林「第6巻」 2005年ISBN 4-7963-0143-7
  • 『命終る時 ほか』(山喜房佛書林 「第7巻」2007年ISBN 4-7963-0175-5

共編著編集

翻訳編集

  • 『インド集(仏教文学)』(筑摩書房「世界文学大系4」 1959年)、各訳者の一人
  • 『真理のことば(ダンマパダ) 本生物語集(ジャータカ)』(筑摩書房「筑摩世界文学大系 インド・アラビア・ペルシア集」 1974年

論文編集

記念論集編集

  • 『仏教文化学論集 前田恵学博士頌寿記念』(山喜房佛書林 1991年4月)
  • 『パーリ学仏教文化学第26号 前田惠學先生追悼論集』(パーリ学仏教文化学会 2012年12月)

脚註編集

  1. ^ 前田恵学氏死去=仏教学・文化功労者 時事通信 2010年11月1日閲覧

参考資料編集