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北見富丘駅(きたみとみおかえき)は、かつて北海道網走支庁常呂郡常呂町字富丘(現・北見市常呂町富丘)に設置されていた、日本国有鉄道(国鉄)湧網線廃駅)である。電報略号キト。湧網線の廃線に伴い、1987年(昭和62年)3月20日に廃駅となった。

北見富丘駅
きたみとみおか
Kitami-Tomioka
浜佐呂間 (3.4km)
所在地 北海道北見市常呂町富丘
所属事業者 日本国有鉄道(国鉄)
所属路線 湧網線
キロ程 49.4km(中湧別起点)
電報略号 キト
駅構造 地上駅
ホーム 1面1線
開業年月日 1952年昭和27年)12月6日
廃止年月日 1987年昭和62年)3月20日
備考 湧網線廃線に伴い廃駅
仮乗降場との距離は実キロ
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1962年頃の北見富丘駅。ホームがあるだけである。
1977年の北見富丘駅と周囲約500m範囲。右が網走方面。土盛の単式ホームで、中央横にブロック造りの待合室が設けられていた。周囲は南から北へ広がる扇状地風の斜面を持つ丘陵地帯。国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)を基に作成

歴史編集

  • 1952年(昭和27年)12月6日 - 日本国有鉄道湧網東線の常呂駅 - 下佐呂間駅(後の浜佐呂間駅)間の延伸開通に伴い、開業。旅客のみ取り扱い。
  • 1953年(昭和28年)10月22日 - 中湧別駅 - 網走駅間全通により路線名を湧網線に改称、それに伴い同線の駅となる。
  • 1987年(昭和62年)3月20日 - 湧網線の全線廃止に伴い、廃駅となる。

駅構造編集

廃止時点で、1面1線の単式ホームと線路を有する地上駅であった。プラットホームは、線路の北側(網走方面に向かって左手側)に存在した。転轍機を持たない棒線駅となっていた[1]

無人駅となっており、駅舎は無いがホーム中央部分に待合所を有していた[1]ブロック造りで広さが約30平方メートル電気設備が無い建物であった[1]

駅名の由来編集

当駅が所在した地名(字富丘)に、旧国名の「北見」を冠した[2]。当地は以前「西川沿」の名であったが、1941年(昭和16年)改称された[2]。富んだ丘になるように、との願いから付けられたと考えられる[2]。旧国名は、福島県常磐線富岡駅が既に存在していたことにより冠した[2]

利用状況編集

  • 1981年度(昭和56年度)の1日当たりの乗降客数は約10人[1]

駅周辺編集

畑が広がり農家が点在する。

駅跡編集

2011年(平成23年)時点では駅跡附近に枕木が積み重ねられて残存し、当駅跡から常呂駅方の線路跡が築堤として残存していた[3]

隣の駅編集

日本国有鉄道
湧網線
浜佐呂間駅 - 北見富丘駅 - <東富丘仮乗降場> - 北見共立駅

脚注編集

  1. ^ a b c d 『国鉄全線各駅停車1 北海道690駅』宮脇俊三原田勝正小学館、1983年7月、161頁。ISBN 978-4093951012
  2. ^ a b c d 太田幸夫『北海道の駅878ものがたり 駅名のルーツ探究』富士コンテム、2004年2月、169-170頁。ISBN 978-4893915498
  3. ^ 本久公洋『北海道の鉄道廃線跡』北海道新聞社、2011年9月、105頁。ISBN 978-4894536128

関連項目編集