枕木(まくらぎ、米:crosstie,加:railway tie,英および豪:railway sleeper)とは、鉄道線路軌道)の軌きょうの構成部材である。レールを垂直に支え、レール締結装置とともにレールの間隔(軌間)を一定に保ち、列車の重量をバラスト(砕石)に伝える部材である。

レールを枕木が支える

概要 編集

通常の線路においてレールを二本平行に敷設し、その下に枕木を敷いてレールを支える部材である。バラスト軌道の場合は枕木の間には石を敷き詰める。

近年の枕木は木製でないものが増えてきており、実情に合わせて表記も「枕木」から「まくらぎ」「マクラギ」に置き換えられてきている。日本国土交通省軌間(レールの間隔)が広がり過ぎたことによる地方鉄道での相次ぐ列車脱線事故を受けて、2018年(平成30年)6月、木製より耐久性が高いコンクリート製枕木(PC枕木)への取り換えを中小私鉄第三セクター鉄道貨物鉄道事業者へ通知した[1] [2]

枕木の役目 編集

枕木は次の役目が要求される[3]

  • 軌間保持機能 - レールの間隔(軌間)を一定に保つ
  • 荷重分散機能 - 列車の重量を効率よく分散させてバラストに伝え、過度なレールの屈曲や沈下を防ぐ
  • 横抵抗機能と縦抵抗機能 - 軌道の移動に対する抵抗ができること

材質 編集

木材 編集

 
木製の枕木

木枕木。枕木の名称のとおり、かつては木が使われていた。日本ではクリヒノキヒバなどの耐久性のあるものが用いられたが、太平洋戦争後の1951年(昭和26年)以降はブナも使われるようになった[4]。この他にも堅い広葉樹であるニレナラも使われたという[5]。使用樹種についての割合は耐久性のある樹種が約20 %、ブナが約35 %であった。1960年代、枕木の損傷は腐朽に起因するものが40 - 60 %、レールの食い込みや犬釘の保持力の減退などの機械的要因が20 - 35 %程度であったという[5]

腐朽対策として、クレオソート油による防腐処理が開発された。この処理については日本産業規格(JIS)で規定されている。耐久性の低い樹種では、山中や製材工場で野ざらしにしておくと枕木として使用される前に大きく劣化してしまう。このために日本国有鉄道(国鉄)では耐久性の低い6樹種(ブナ、シデ類、トチノキカンバ類、ハンノキミズキ)については伐採直後の丸太の状態、もしくは製材工場で加工後すぐに防腐処理を行うように求めたという[5]

防腐処理の行われた枕木は無処理のものに比べて、耐久性が飛躍的に向上する。以下に『新版 林業百科事典』(1993) 記載の数値を記す。ただし、使用場所、線形列車重量速度密度(運転頻度)などの使用条件によって多少前後する。

  • 無処理
    • クリ:7 - 9年
    • ヒノキ:9 - 12年
    • ヒバ:9 - 10年
    • イタジイ:6 - 7年
    • ブナ:2 - 3年
    • マツ:3 - 5年
  • 防腐処理済み
    • マツ:11 - 12年
    • ブナ:14 - 25年
    • ニレ:13 - 19年
    • ヤチダモ:10 - 12年

日本農林規格 (JAS) では枕木をその使用場所によって(普通の直線・曲線用)、橋梁用)、分岐分岐器用)の3種類に定義している。このうち、国鉄における「並」の枕木は1950年代に900万本、1965年昭和40年)には550万本(材積33万 m3)も使われていたという[5]

日本の2000年代後半の現状として自然環境保全意識の高まりにより国産材の入手が難しく、多くを輸入材で賄っている。木製枕木は日本全体で1990年代は全体の6 - 7割程度使用されてきたが、2000年代後半には3 - 4割まで減っている。使用割合が減ったとはいえ、運転本数の比較的少ない地方路線では今でも多く利用されている。メンテナンスさえおこなえば安価で使いやすく、関東地方私鉄がPC枕木から木枕木へ戻した例もある[6]

コンクリート 編集

 
通常のものより、倍近い幅があるPC枕木(TC型省力化軌道)

コンクリート製の枕木で、RC枕木PC枕木(PCはプレストレスト・コンクリートの略)がある。日本国内では大正中期に木の資源が減少し、石浜式といわれるRC枕木か開発された。初期の枕木は亀裂が生じやすくレールの締結方式に苦慮する問題があった[7]。コンクリート材料は圧縮に強く引張に弱い性質がある。レールの上に列車が乗るとレール位置の下の縁または中央部の上の縁に枕木を引張る力が発生し、ひび割れ等が発生する。そこで製造時にコンクリートに圧縮する力を与えて引張る力を発生しにくくする工夫である。この工夫をしたコンクリートをプレストレスト・コンクリートという。中にPC鋼材(ピアノ線棒)が入っており、製造時それらに緊張を与えることでコンクリートに圧縮する力を与え続け、ひび割れ等を発生しにくくする[8]

寿命は50年程度で木製に比べると狂いも生じにくい。ただし1本あたり数百キログラムの重量があるため施工が非常に難しく、無道床橋梁(道床砂利を有しない橋梁)には使用できない。また長尺のものを必要とする分岐器付近にも適さないが、実用化されていないわけではない。日本では1943年(昭和18年)頃から鉄道技術研究所で研究がされ、1951年(昭和26年)に東海道本線大森駅-蒲田駅間で試験された[7][9]

PC枕木の国内規格 編集

国鉄規格JRSは国鉄分割民営化により廃止され、日本産業規格(JIS)に引き継がれた。規定されているPC枕木の主なものは下記の通り[8][10]

  • 在来線用
    • 3号 - 直線曲線半径800m以上)、長さ2,000mm
    • 6号 - 曲線(半径240mから半径800mまで)、長さ2,000mm
    • 7号 - 中下級線用、長さ2,000mm
  • 新幹線用
    • 3T - 長さ2,400mm。プレテンション式PC枕木。時速210km以下の区間に用いられる。
    • 3H - 長さ2,400mm。プレテンション式PC枕木。時速210kmを超える区間およびこれに付帯する区間に用いられる。
    • 4T - 長さ2,350mm。ポストテンション式PC枕木。時速210km以下の区間に用いられる。
    • 4H - 長さ2,400mm。ポストテンション式PC枕木。時速210kmを超える区間およびこれに付帯する区間に用いられる。

プレテンション式PC枕木とはPC鋼材を緊張させた後にコンクリートを打ち込む方式で1942年イギリスで開発され、ポストテンション式PC枕木とはコンクリート硬化後にPC鋼材を緊張させる方式で1953年ドイツで開発された[8]

ガラス繊維 編集

重さの問題を改善したものが合成枕木である。これは材質にFFU(ガラス長繊維強化プラスチック発泡体)を使用している。FFUは硬質ウレタン樹脂ガラス長繊維で強化したもの。重さは木製枕木と同程度で施工しやすい。耐久性はPC枕木と同等。 2020年代以降、環境配慮の観点から枕木に適した木材の調達が困難になっていること、また、枕木の防腐剤であるクレオソート発がん性の懸念からEU内で使用禁止になったことなどから需要が拡大している[11]

プラスチック 編集

破砕したプラスチックごみポリエチレン)に廃タイヤミネラルを混ぜ、高温で成形した物。上面以外には、バラストに食い込むよう、ワッフル状の凹凸を設けている。アメリカ合衆国で実用化されている。

金属 編集

一部ではあるが)製の枕木の採用例もある。木製の製品と比べ耐久性に優れる反面、高価かつ湿地帯で腐食しやすい欠点もあり、採用は製鉄所内の専用線など、ごく一部に限られていた。

営業用路線への採用例として、信越本線横川 - 軽井沢間アプト式区間が電化された際に鉄製枕木が採用されており、粘着式への転換まで続いた。他に、御殿場線山陽電鉄の一部区間での採用例が見られる[12]。近年ではJR貨物[13]などで採用されている。H形鋼を枕木に用いた分岐器もある。また大井川鐵道井川線アプトいちしろ駅 - 長島ダム駅に採用されたアプト式区間では、急勾配による道床のずれを抑制する為に、ステープラータッカーの針の様に道床に挿す形状になっている鉄製枕木を採用している。

鉄は導通材であるので、軌道回路を用いる場合には左右の軌条との間を絶縁しなければならない[14]

敷設方法 編集

 
変わった枕木の配置

一般にはレールに対して直角になるように配置するが、中には斜めにずらしたものも見られる。

 
フローティングラダー軌道

また、枕木をレールに対して平行に敷設した「ラダー枕木」も普及しつつある。これはPC製の縦梁と軌間を保つための継材を組み合わせてはしご(英語でLadder)状にし、レールは縦梁に沿って敷設したもの。これを利用した軌道を「ラダー軌道」 という。

東日本旅客鉄道(JR東日本)では、分岐器用にラダー枕木(縦枕木)と従来の枕木(横枕木)を組み合わせたような、グリッド枕木と呼ばれるものを採用し始めている。外観は従来の枕木に酷似しているが、レールの下にはレールに沿って敷設される縦枕木が挿入されている。レールが曲線となる部分は縦枕木を段階的にずらしてあり、常に直線の枕木が使用される。横枕木も従来とは違って短く、左右が繋がっていない。ただしラダー枕木同様、軌間を保つための長い枕木が所々に挿入され、そこに限っては左右が繋がる。

レール締結 編集

枕木にレールを締結するには犬釘が用いられる(レール締結装置)。高速走行に伴う衝撃に耐えられるよう、ばね作用を持つ弾性締結装置が開発され使用されている(例えばパンドロール形締結装置)[15]

点検・交換作業 編集

2000年代後半の現状として鉄道会社の保線部門は日常の点検と管理で、枕木の交換作業は外注がほとんどで専門業者が行う[16]

改軌 編集

鉄道における線路のレールの間隔(軌間)を変更する工事を改軌とよぶが、我が国のミニ新幹線化工事(新在直通化工事)に代表される改軌工事の主な手法は枕木の交換で行われる[17]

枕木オーナー制度 編集

日本では、経営の一助として寄付を募る際に、寄付者の名前を記したプレートの枕木への設置等を条件に掲げる「枕木オーナー」制度を導入している第三セクター鉄道が以下のように複数ある。

再利用 編集

 
枕木を再利用している一例。

木製廃枕木は不腐性が持続しているため、花壇の縁取り、オープンデッキ、一部鉄道駅プラットホーム、敷地を囲うフェンスとして屋外で再利用されている。木製枕木が一般的だった1980年代頃までは、1本500 - 1,000円程度でホームセンターや園芸資材店でガーデニング材料として販売されていた。現在は、PCや合成など木製でない「まくらぎ」、枕木を用いないスラブ軌道採用区間が増え、国内での廃枕木の発生は少なくなっている。そのため高価になり、枕木を模した品か輸入品が多い。輸入品には外来生物が紛れていることがあり、2002年(平成14年)に、ホームセンターで売られていたマレーシア産の枕木からサソリが出た事があった。

過去に防腐目的で使われていたクレオソート油はIARCグループ2A(おそらく発がん性がある)に分類されており、日本でもベンゾピレン類を一定以上の濃度で含むものは家庭用品規制法により使用が禁止された。枕木は家庭用品でないため家庭用品規制法による規制の対象外であるが、上記の通り園芸資材として一般消費者の手に渡る可能性があるため、鉄道各社ではベンゾピレン類を低減した改良型クレオソート油や、ナフテン酸金属塩系・脂肪酸金属塩系など別種の木材保存剤による処理に切り替えている[24][25]

脚注 編集

出典 編集

  1. ^ 国交省、木製枕木交換を推進 脱線相次ぎ通知”. 日本経済新聞社 (2017年7月2日). 2023年9月11日閲覧。
  2. ^ 「木製枕木の交換を推進 脱線4件受け国交省通知」産経新聞』朝刊2018年6月29日(2018年7月12日閲覧)[リンク切れ]
  3. ^ PCまくらぎの話 p9
  4. ^ 「ブナ材が枕木に 防腐剤の注入で十年はもつ」『日本経済新聞』昭和25年12月8日
  5. ^ a b c d 日本林業技術者協会(編). 1993. 『新版 林業百科事典』. 丸善. 東京.
  6. ^ ニッポン鉄道遺産 p207-209
  7. ^ a b ニッポン鉄道遺産 p206-p207
  8. ^ a b c 鉄道技術 来し方行く末  渡辺勉 鉄道総合技術研究所 RRR 2015年10月号
  9. ^ PCまくらぎの話 p32
  10. ^ PCまくらぎの話 p48-49
  11. ^ 「オランダに新工場 積水化学工業」『木材新聞』2023年(令和5年)11月10日1面
  12. ^ 鉄道ピクトリアル』1979年3月号
  13. ^ 安全報告書2015(JR貨物) (PDF) (8ページ)
  14. ^ 鉄まくらぎ分岐器”. 峰製作所. 2023年6月5日閲覧。
  15. ^ ミニ新幹線誕生物語 p75
  16. ^ ニッポン鉄道遺産 p209-211
  17. ^ ミニ新幹線誕生物語 p68-77
  18. ^ 枕木プレートオーナーを募集します!秋田内陸縦貫鉄道(2019年8月24日閲覧)。
  19. ^ 真岡鉄道、「枕木オーナー」募集 支援呼びかけ産経ニュース(2019年8月20日)2019年8月24日閲覧。
  20. ^ 枕木オーナー募集のお知らせいすみ鉄道(2019年8月24日閲覧)。
  21. ^ 信楽高原鐵道「枕木オーナー」制度 ご案内信楽高原鐵道(2019年8月24日閲覧)。
  22. ^ ベストプラクティス集 地域による鉄道の振興国土交通省(2019年8月24日閲覧)。
  23. ^ 駅ホーム枕木オーナー募集南阿蘇鉄道(2019年8月24日閲覧)。
  24. ^ 佐伯義将、蒔田章「鉄道用枕木に使用される薬剤と加圧注入処理」『木材保存』第37巻第4号、日本木材保存協会、2011年、171-178頁、doi:10.5990/jwpa.37.171 
  25. ^ 蒔田章「JIS A 9104 「加圧式保存処理木まくらぎ-保存処理の仕様」の改正について」『木材保存』第39巻第2号、日本木材保存協会、2013年、74-77頁、doi:10.5990/jwpa.39.74 

参考文献 編集

関連項目 編集

外部リンク 編集