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向野 幾世(こうの いくよ、1936年昭和11年〉 - )は、日本特別支援教育家香川県出身、奈良女子大学文学部卒業、国立教護事業職員養成所修了[1]。特別支援教育の草分けとも呼ばれる人物であり[1]障害児の教育の機会拡大や、障害者と健常者の共生を目指し、ボランティアの育成や啓発・教育活動を展開している[2]

こうの いくよ
向野 幾世
生誕 1936年
日本の旗 日本香川県
国籍 日本の旗 日本
出身校 奈良女子大学
職業 ケースワーカー
→明日香養護学校教員
→奈良県立西の京養護学校校長
→肢体不自由児施設指導員、奈良県立障害児教育センター所長、奈良県立教育研究所障害児教育部長、奈良大学講師
→NPO法人かかしの会理事長
著名な実績 障害児の教育の機会拡大
影響を受けたもの 大石芳野
受賞 教育功労賞など

人物歴編集

大学在学中、生活費を稼ぐために盲学校視界障害児童への読書奉仕を始めたことで、特別支援教育へ強い興味を抱き、児童自立支援施設である国立武蔵野学院で寮母として務めつつ、同学院附属教護事業職員養成所で福祉を学ぶ[3]。養成所修了後、奈良県肢体不自由児施設である東大寺整肢園(後の東大寺福祉療育病院)にケースワーカーとして就職し、乳幼児から18歳までの肢体不自由児の入院治療に携わる[4]

整肢園での仕事を通じて、子供たちの退院後の生活を考慮し、特別支援学校設立に向けて活動を始める[5]1966年(昭和41年)、奈良県立としては初めての特別支援学校である明日香養護学校が明日香村に開校し、同時にその教員として勤務、多くの障害児たちの教育を受け持つ[5][6]。またこの教員生活を通じ、障害児たちの自立の場「たんぽぽの家」設立のための運動、その資金調達のためのチャリティーイベント「わたぼうしコンサート」の開催に取り組む[7]

教員生活中の1978年(昭和53年)、生徒の1人を中心としたエピソードを『お母さん、ぼくが生まれてごめんなさい』として著し、後の2002年平成14年)に復刊、森昌子主演でテレビドラマ化されるなどして話題を呼ぶ[8]

1991年平成3年)に奈良県立西の京養護学校の校長に、奈良県立校初の女性校長として就任[9]。ほかに奈良県立障害児教育センター所長(1989年〈平成元年〉就任[10])、肢体不自由児施設指導員、奈良県立教育研究所障害児教育部長[1]奈良大学講師なども歴任している[8]1996年(平成8年)に定年退職して第一線を退き、1998年(平成10年)には奈良市秋篠町に生活介護事業所「かかしの家福祉作遊所」を開所する[11](後に奈良市六条に移転[12])。

1998年(平成10年)、文部大臣より教育功労賞を受賞[2]。ほか、全国特殊教育振興会から感謝状、奈良県障害児教育百年記念会表彰、読売教育賞、国際ソロプチミスト(奈良)婦人向上賞を受賞[13]

70歳近い頃に夫と死別。遺産を福祉施設に寄付していたところ、写真家の大石芳野に日本国外の支援を勧められ、ベトナムの子供たちを支援するFUJI教育基金へ寄付[14]。幼稚園設立の支援、奨学金支給など子供たちへの支援を行う[15]。これが縁でベトナム、スイスジュネーヴキプロスニューヨーク国連本部で開かれた世界ボランティア会議に出席するなど、日本国外での福祉活動を展開する[14]

かかしの家福祉作遊所がNPO法人かかしの会に発展した後は、その理事長を務め、重症心身障害児の作業所運営に携わっている[1]

著作編集

  • お母さん、ぼくが生まれてごめんなさいサンケイ出版〈Sankei drama books〉、1978年12月26日。NCID BN02209780
  • 『いいんですか、車椅子の花嫁でも』サンケイ出版、1981年10月。NCID BN02209871
  • 『文字を育てる』コレール社〈保育技術シリーズ〉、1987年4月。NCID BN02880986柚木馥との共著)

脚注編集

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  1. ^ a b c d 喜田洋 (2012年5月13日). “障害児教育草分けのNPO理事長・向野幾世さん 1”. 朝日新聞 奈良朝刊 (朝日新聞社): p. 33 
  2. ^ a b 向野幾世『お母さん、ぼくが生まれてごめんなさい扶桑社〈扶桑社文庫〉、2004年6月11日、297頁。ISBN 978-4-594-04642-2
  3. ^ 喜田洋 (2012年5月16日). “障害児教育草分けのNPO理事長・向野幾世さん 4”. 朝日新聞 奈良朝刊: p. 30 
  4. ^ 喜田洋 (2012年5月18日). “障害児教育草分けのNPO理事長・向野幾世さん 6”. 朝日新聞 奈良朝刊: p. 29 
  5. ^ a b 喜田洋 (2012年5月22日). “障害児教育草分けのNPO理事長・向野幾世さん 10”. 朝日新聞 奈良朝刊: p. 31 
  6. ^ 向野 1978, pp. 52-66.
  7. ^ 向野 2004, p. 4.
  8. ^ a b “障害者への理解深めて 脳性まひの少年と家族描きベストセラー 著者の向野さんが講演”. 西日本新聞 朝刊 (西日本新聞社): p. 16. (2007年11月27日) 
  9. ^ 喜田洋 (2012年6月4日). “障害児教育草分けのNPO理事長・向野幾世さん 23”. 朝日新聞 奈良朝刊: p. 27 
  10. ^ 全国特別支援教育センター協議会の歴史”. 全国特別支援教育センター協議会 (2005年). 2016年7月13日閲覧。
  11. ^ 喜田洋 (2012年6月8日). “障害児教育草分けのNPO理事長・向野幾世さん:27”. 朝日新聞 奈良朝刊: p. 25 
  12. ^ “地域と共生する施設に 奈良「かかしの家」移転新築”. 奈良新聞 (奈良新聞社). (2013年6月13日). http://www.nara-np.co.jp/20130613091315.html 2016年7月14日閲覧。 
  13. ^ 向野幾世”. コーエンプラス (2015年). 2016年7月12日閲覧。
  14. ^ a b 喜田洋 (2012年6月6日). “障害児教育草分けのNPO理事長・向野幾世さん 25”. 朝日新聞 奈良朝刊: p. 30 
  15. ^ 成川彩 (2009年3月16日). “向野幾世さん 障害児の自立、私の使命”. 朝日新聞 奈良朝刊: p. 24