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堀越 善明(ほりこし よしあき、1935年7月27日 - )は、日本の映画監督、演劇の演出家である[1][2][3][4][5]。本名大野 裕司(おおの ゆうじ)でも活動し[1][3][4][5]、別名斎藤 功(さいとう いさお)、橘 明(たちばな あきら)でも作品を発表している[1][6]

ほりこし よしあき
堀越 善明
本名 大野 裕司 (おおの ゆうじ)
別名義 斎藤 功 (さいとう いさお)
橘 明 (たちばな あきら)
生年月日 (1935-07-27) 1935年7月27日(84歳)
出生地 日本の旗 日本 東京府東京市
職業 映画監督
ジャンル 劇場用映画ピンク映画)、テレビ映画演劇
活動期間 1954年 - 1985年
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人物・来歴編集

1935年(昭和10年)7月27日、東京府東京市(現在の東京都)に生まれる[1]

第二次世界大戦後の1951年(昭和26年)4月、新制高校東京都立駒場高等学校に進学し、1954年(昭和29年)3月の卒業後に小幡欽治劇団炎座に入団、演出部に所属する[1]。当時の同劇団には久保田猛清水元石崎一正[7]中庸助[8]草村礼子[9]らがいた。1959年(昭和34年)、テレビ映画の製作会社で助監督の職を得る[1]。劇団が解散したのは、1960年(昭和35年)3月20日の『銭のなる木』(一ツ橋講堂)公演の後であった[10][11]。1962年(昭和32年)にはフリーランスの助監督となり[1]、翌1963年(昭和38年)秋、三田浩の東京企画で『地下室のうめき』(監督増田健太郎)のチーフ助監督を本名の大野 裕司で務める[3]。このとき同作の助監督見習いを務めた武重邦夫の回想によれば、大野(堀越)は、同作よりも以前の時点で共同映画にいたこともある、とのことである[12]。同時期に同じく東京企画で『夜の誘惑』 を監督し、満28歳で初監督を経験している[3][4][5]。同作は、同年12月に成人映画指定を受け、翌1964年(昭和39年)4月14日に公開された[4][5]。その後も中映プロダクションで『肉体の妖精』(監督小林悟、1964年)の助監督をしたり、『火遊び』(配給関東映配、1965年)を監督したり、東京企画で『女高生日記』(1965年)を斎藤 功の名で監督したりしていた[1][3][4][5]

1966年(昭和41年)3月8日、小森白東京興映中央区銀座東4丁目4番地、現在の銀座4丁目9番2号)[13]を設立、大野(堀越)は同年、同社に入社する[1][3][4][5]。小森白の助監督を務めたのち、1967年(昭和42年)に正式に監督に昇進、『肉の爪あと』を本名で発表した後は[14]橘 明の名で作品を発表する[1][4][5][6]。『女の抜け穴』を監督、同作は1971年(昭和46年)3月31日に公開された[1][4][5]。翌1972年(昭和47年)3月31日に公開された『ラブ・ストーリー』以降、堀越 善明を名乗る[1][3][4][5]。1973年(昭和48年)1月に公開された『日本猟奇事件』では、小森白・山本晋也と共同で監督した[3][4][5]。東京興映は、同年11月30日に公開された堀越の監督作『実録拷問性犯罪』を最後に活動を停止した[4][5]。「75年以降活動していないが、機会さえあれば撮りたいという」との記述のある『日本映画監督全集』の編纂された時期は[1]、確かにしばらくブランクの時期であったが[4][5]、1977年(昭和52年)、大蔵映画で活動を再開した[4][5]

1979年(昭和54年)2月24日に公開された、内藤誠監督・脚本、森下愛子主演の『十代 恵子の場合』では、ふたたび「大野裕司」の名で、内藤のチーフ助監督を務めている[4][5]。同作は東映セントラルフィルムが製作した作品であるが、向江寛城こと向井寛獅子プロダクションが製作協力しており、以降、獅子プロダクションが製作し、東映セントラルフィルムが配給する成人映画を「大野裕司」の名で手がけることになる[4][5]。1985年(昭和60年)2月28日に公開された『赤い実験室 私を虐めて下さい』を最後に、「大野裕司」名義でも「堀越善明」名義でも、監督作は途絶えた[3][4][5]。1999年(平成11年)10月23日に公開された『港のロキシー』(監督あがた森魚)のプロデューサーにクレジットされた「橘明」[15]が、堀越(大野)であるかどうかは不明である。

東京国立近代美術館フィルムセンターは、堀越の監督作のうち、共同監督作の『日本猟奇事件』の上映用プリントのみを所蔵している[3]

フィルモグラフィ編集

東京国立近代美術館フィルムセンター(NFC)等の所蔵状況についても記す[3]

大野裕司・斎藤功・橘明編集

クレジットは特筆しないものはすべて「監督」、名義に関しては「大野裕司」か「斎藤功」か「橘明」かを特筆する[1][3][4][5]

  • 地下室のうめき』 : 製作三田浩、監督増田健太郎、製作東京企画、1963年12月28日公開(映倫番号 13416) - チーフ助監督・「大野裕司」名義、61分の上映用ポジプリントをNFCが所蔵[3]
  • 夜の誘惑[1] : 製作小角高治、脚本徳富球板、主演真山くみ子、製作東京企画、1963年12月に成人映画指定(映倫番号 21942)、1964年4月14日公開 - 監督(デビュー)・「大野裕司」名義[1]
  • 性と生殖の神秘』 : 監督小林悟、製作大蔵映画、1964年10月20日公開 - チーフ助監督・「大野裕司」名義、59分の上映用ポジプリントをNFCが所蔵[3]
  • 肉体の妖精』 : 製作祖父江羊己、監督小林悟、主演ハニー・シェル、製作中映プロダクション、1964年10月公開 - チーフ助監督・「大野裕司」名義、69分の上映用ポジプリントをNFCが所蔵[3]
  • 火遊び』 : 主演冬木京二・大西純子、製作中映プロダクション、配給関東映配、1965年8月31日公開(映倫番号 14133) - 「大野裕司」名義
  • 女高生日記[1] : 製作三田浩、主演泉ゆり、製作東京企画、1965年9月30日公開(映倫番号 14222) - 「斎藤功」名義
  • 『肉の爪あと』[1] : 製作東京興映、1967年公開 - 「大野裕司」名義[14]
  • 『性の異色体験』[1] : 主演美矢かほる、製作東京興映、配給新東宝興業、1968年7月公開(映倫番号 15397) - 「橘明」名義
  • 『女体谷渡り』 : 製作東京興映、配給新東宝興業関西、1969年1月公開(映倫番号 15714) - 「橘明」名義
  • 『新つつもたせ』(『新美人局 つつもたせ』) : 主演嵯波美也子、製作東京興映、配給新東宝興業関西、1969年3月公開(映倫番号 15780) - 「橘明」名義
  • 『セックスの暴発』(審査題『性の暴発』) : 主演真湖道代、製作東京興映、配給新東宝興業(大蔵映画説あり)、1969年4月公開 - 「橘明」名義
  • 『いろ卍』(審査題『いろ+』) : 主演林美樹、製作東京興映、配給新東宝興業、1969年5月公開 - 「橘明」名義
  • 『据え膳夜話』(審査題『色乱舞』[1]) : 主演美矢かほる、製作東京興映、配給新東宝興業、1969年8月28日審査[6]・同年公開(映倫番号 15932) - 「橘明」名義
  • 『独身処理』 : 主演清水世津、製作東京興映、配給新東宝興業、1969年8月公開(映倫番号 16012) - 「橘明」名義
  • 『家出娘』 : 主演一星ケミ、製作東京興映、配給新東宝興業、1969年8月公開(映倫番号 15979) - 「橘明」名義
  • 『濡れ肌仁義』 : 製作東京興映、配給新東宝興業、1969年10月公開(映倫番号 16057) - 「橘明」名義
  • 『桃色秘密ルート』 : 主演江島祐子、製作東京興映、配給新東宝興業、1969年10月公開(映倫番号 16089) - 「橘明」名義
  • 『性の防波堤』[1] : 製作東京興映、1970年4月17日審査[6]・同年公開 - 「橘明」名義
  • 残虐性拷問』(『性と生活百年史』[1]) : 1969年12月25日[6]・1971年公開 - 「小森白」名義[6]、上映用ポジプリントをNFCが所蔵[16]
  • 女の抜け穴』 : 製作東京興映、1971年3月31日公開(映倫番号 16702) - 「大野裕司」名義

堀越善明編集

  • 『ラブ・ストーリー』 : 製作東京興映、1972年3月31日公開(映倫番号 17167)
  • 『ポルノ強盗』[1] : 製作東京興映、1972年6月30日公開(映倫番号 17253)
  • 無防備の肌[1][4](『無防備の女』[5]) : 主演真湖道代、製作東京興映、1972年7月31日公開(映倫番号 17293)
  • 『OL秘密クラブ』 : 製作東京興映、1972年10月31日公開(映倫番号 17441)
  • 『暴行凶悪犯』 : 製作東京興映、1972年11月30日公開(映倫番号 17394)
  • 日本猟奇事件』 : 主演谷ナオミ宮下順子大月麗子、製作東京興映、配給新東宝興業、1973年1月(1972年12月31日[4])公開(映倫番号 17489) - 小森白・山本晋也とともに監督、80分の上映用ポジプリントをNFCが所蔵[3]
  • 『制服の牙』 : 製作東京興映、1973年1月31日公開(映倫番号 17512)
  • 『必殺セックス仕掛人』 : 製作東京興映、1973年4月30日公開(映倫番号 17613)
  • 『乱行壺びらき』 : 製作東京興映、1973年6月30日公開(映倫番号 17705)
  • 『スケバン 内腿リンチ』[1] : 製作東京興映、1973年8月31日公開(映倫番号 17770)
  • 『混棲時代』 : 製作東京興映、1973年9月30日公開(映倫番号 17806)
  • 『実録拷問性犯罪』[1] : 製作東京興映、1973年11月30日公開(映倫番号 17883)
  • 『性の不一致』 : 製作新東宝映画、1974年2月28日公開(映倫番号 17908)
  • 『穴場めぐり48態』 : 製作新東宝映画、1974年4月30日公開(映倫番号 17962)
  • 『獣色母娘』 : 主演小杉じゅん、1977年8月9日[5](7月31日[4])公開(映倫番号 19166) - 「大野裕司」名義(北見一郎説あり[5]
  • 『邪性のからみ合い』 : 主演橘雪子泉ユリ、製作大蔵映画、1977年9月30日[5](8月31日[4])公開(映倫番号 19217)
  • 『白衣の淫舞』 : 主演中野リエ、製作大蔵映画、1977年10月31日[5](9月30日[4])公開(映倫番号 19243)
  • 『女泣かせの四十八態』 : 主演中野リエ、製作大蔵映画、1977年12月3日[5](11月30日[4])公開(映倫番号 19282)
  • 『美女群団 性・バスジャック』 : 主演しば早苗、製作大蔵映画、1978年5月4日[5](4月30日[4])公開(映倫番号 19422)
  • 『女子大生 夏期性解放』[5][17](『女子大生夏性解放』[4]) : 主演中野リエ、製作大蔵映画、1978年7月15日[5](6月30日[4])公開(映倫番号 19456)

大野裕司編集

クレジットは特筆しないものはすべて「監督」、「大野裕司」名義である[3][4][5]

  • 十代 恵子の場合』 : 企画黒沢満向江寛城、監督・脚本内藤誠、主演森下愛子、製作東映セントラルフィルム、配給東映、1979年2月24日公開(映倫番号 19679) - 助監督
  • 『残酷ドキュメント タコ部屋売春』 : 主演ティミー杉本杉佳代子、製作獅子プロダクション、配給東映セントラルフィルム、1979年1月31日公開(映倫番号 19642)
  • 『拷問遊戯』 : 主演東祐里子、製作獅子プロダクション、配給東映セントラルフィルム、1979年3月31日公開(映倫番号 19716)
  • 『ピチピチエロトピア 相姦』 : 主演河合ひとみ、製作獅子プロダクション、配給ミリオンフィルム、1979年7月31日公開(映倫番号 19817)
  • 『17歳のドキュメント 売春予備軍』(『17才のドキュメント 売春予備軍』) : 主演沢木ミミ、製作獅子プロダクション、配給東映セントラルフィルム、1979年6月30日公開(映倫番号 19836)
  • 『痴漢の女王』 : 主演泉ユリ、製作獅子プロダクション、配給東映セントラルフィルム、1979年9月30日公開(映倫番号 19910)
  • 『猟奇薔薇化粧』 : 助監督滝田洋二郎、主演ティミー杉本、製作獅子プロダクション、配給東映セントラルフィルム、1979年10月31日公開(映倫番号 19949)
  • 『痴漢地獄』 : 主演泉ユリ、製作獅子プロダクション、配給東映セントラルフィルム、1979年11月30日公開(映倫番号 19980)
  • 『悶絶責め』 : 主演青野梨麻、製作獅子プロダクション、配給東映セントラルフィルム、1980年1月31日公開(映倫番号 110028)
  • 『凌辱!! 女医の叫び』 : 主演泉ユリ、製作獅子プロダクション、配給東映セントラルフィルム、1980年4月30日公開(映倫番号 110118)
  • 『悶絶狂い後家』 : 主演飯田紅子、製作獅子プロダクション、配給東映セントラルフィルム、1980年8月31日公開(映倫番号 110216)
  • 『夜のOL 股ぐるい』 : 主演沢木ミミ、製作獅子プロダクション、配給東映セントラルフィルム、1980年11月公開
  • 『セックス指南 必殺ツボ責め』 : 主演中川夕子、製作獅子プロダクション、配給東映セントラルフィルム、1981年2月28日公開(映倫番号 110378)
  • 『女医の告白 異常変態病棟』 : 主演木村リサ、製作獅子プロダクション、配給東映セントラルフィルム、1981年6月30日公開(映倫番号 110520)
  • 『本日未亡人 じらし責め』 : 主演霜川マリ、製作獅子プロダクション、配給東映セントラルフィルム、1982年1月(1981年12月31日)公開(映倫番号 110675)
  • 『ピンクギャル 華麗なる変態』 : 主演藤尚美、製作獅子プロダクション、配給東映セントラルフィルム、1982年1月31日公開(映倫番号 110722)
  • 『夜の看護婦 快感注射』 : 主演香川留美、製作獅子プロダクション、配給東映セントラルフィルム、1982年3月31日公開(映倫番号 110752)
  • 『刺青少女売春』 : 主演風かおる、製作獅子プロダクション、配給東映セントラルフィルム、1982年7月31日公開(映倫番号 110864)
  • 『マントルSEX ベットで殺して』 : 主演水月円、製作獅子プロダクション、配給東映セントラルフィルム、1982年9月30日公開(映倫番号 110927)
  • 『女体逆噴射』(『ほとんどビョーキ 女体逆噴射』[4]) : 主演風かおる、製作獅子プロダクション、配給東映セントラルフィルム、1982年11月30日公開(映倫番号 110978)
  • 『官能夫人 覗かれた裏窓』 : 主演泉ユリ、製作獅子プロダクション、配給東映セントラルフィルム、1983年2月28日公開(映倫番号 111074) - (宗豊監督説あり[18]
  • 『新妻セックス 快感抜群』 : 主演麻生うさぎ、製作獅子プロダクション、配給東映セントラルフィルム、1983年4月30日公開(映倫番号 111119)
  • 『少女マントル 蕾み責め』 : 主演清水晴美、製作獅子プロダクション、配給東映セントラルフィルム、1983年6月30日公開(映倫番号 111182)
  • 『無修正 まる出し女高生』 : 主演河井憂樹、製作獅子プロダクション、配給東映セントラルフィルム、1983年7月31日公開(映倫番号 111209)
  • 『愛人バンク 肉手形』 : 主演風かおる、製作獅子プロダクション、配給東映セントラルフィルム、1983年8月31日公開(映倫番号 111235)
  • 『ロリータ調教 悪少女』 : 主演青木マリ、製作獅子プロダクション、配給東映セントラルフィルム、1983年12月公開
  • 『異常体験! むずむず夫人』 : 主演風かおる、製作獅子プロダクション、配給東映セントラルフィルム、1984年9月30日公開(映倫番号 111577)
  • 『赤い実験室 私を虐めて下さい』 : 製作獅子プロダクション、1985年2月28日公開(映倫番号 111782)
  • 『IMADOKI初恋物語』 : 監督神代雅喜、主演南渕一輝浅野愛子、製作ジャパンホームビデオ、1991年1月25日発売 - 小中千昭と共同で脚本(ビデオ映画

脚注編集

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  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z キネ旬[1976], p.358.
  2. ^ 堀越善明jlogos.com, エア、2014年6月20日閲覧。
  3. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q 堀越善明東京国立近代美術館フィルムセンター、2014年6月20日閲覧。
  4. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab 堀越善明大野裕司橘明、日本映画情報システム、文化庁、2014年6月20日閲覧。
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa 大野裕司斎藤功橘明堀越善明大野裕司日本映画データベース、2014年6月20日閲覧。
  6. ^ a b c d e f 年鑑[1973], p.138-154.
  7. ^ デジタル版 日本人名大辞典+Plus『石崎一正』 - コトバンク、2014年6月20日閲覧。
  8. ^ タレントデータバンク『中庸助』 - コトバンク、2014年6月20日閲覧。
  9. ^ タレントデータバンク『草村礼子』 - コトバンク、2014年6月20日閲覧。
  10. ^ 劇団炎座早稲田大学演劇博物館、2014年6月20日閲覧。
  11. ^ 劇団炎座の歩んだ道 1953-1960国立国会図書館、2014年6月20日閲覧。
  12. ^ 「愚行の旅」第4回 記憶の底の「地下室のうめき」武重邦夫、シネマネストJAPAN, 2014年6月18日閲覧。
  13. ^ 年鑑[1967], p.391.
  14. ^ a b 本地[2001], p.101.
  15. ^ 港のロキシー - KINENOTE、2014年6月20日閲覧。
  16. ^ 平成16年度 独立行政法人国立美術館 事業実績統計表独立行政法人国立美術館、2014年6月20日閲覧。
  17. ^ 年鑑[1980], p.158.
  18. ^ 官能夫人 覗かれた裏窓、日本映画情報システム、文化庁、2014年6月20日閲覧。

参考文献編集

関連項目編集

外部リンク編集