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増田神社(ますだじんじゃ)は、佐賀県唐津市肥前町にある、日本で唯一の警察官を祀った神社である[1]。本尊は、増田敬太郎巡査の木像。神社としての資格である社格がないため、格式にとらわれず崇められている。

概略編集

1895年(明治28年)7月に高串にコレラが発生。真性40人、疑似34人、死者9人と猛威を奮った。この年の患者数は全国で55,144名、死者は40,154名になっていた。防疫の為派遣されたのが、当時27歳の増田敬太郎巡査であった。当時の衛生行政の実権を持っていたのは、警察だったためである。彼は1869年(明治2年)熊本県合志郡泗水村(現・菊池市泗水町)生まれで、1895年(明治28年)7月17日佐賀県巡査を拝命すると同士にここに派遣され、不眠不休で献身的に働くが、3日後23日ついに自身も感染し、26日亡くなってしまう。最後の言葉は、「高串のコレラは自分が全部背負って行きます。これからも村を守護します。」であった。その言葉通りに、猛威を振るっていたコレラ終息し、再び発症する村人はいなかった。

恩義を感じた村人は、増田巡査の遺骨を分骨してもらい、秋葉神社の一角に祀った。やがて秋葉神社を吸収合併し、増田神社となった。もともとここには秋葉神社があり、その境内に遺骨を埋葬し、そこに灯籠型の墓碑を建立したのが起源。翌年、墓碑を覆うように茅葺の社殿ができ、一時、2つの神社が併存したあとそちらに秋葉神社が合祀されて今日のような形に落ち着いたという。ここまでは、地元の守り神として祀られていたものだが、1923年(大正12年)頃、唐津署の警部補がたまたま祭礼に参加してから、警察関係者も注目するようになったという[2]。今なお毎年増田巡査の命日、7月26日には夏祭りがあり、白馬にまたがる増田巡査の山車がでる。警察本部音楽隊、海上警備艇もパレード参加している。国唯一の警察神として、全国の警察官が足を運び、熊本県菊池市泗水町(しすい)の生家の入り口横に顕彰碑がある。

時代背景編集

増田が日本唯一の「警神」として「巡査大明神」に祭り上げられたことは、国威掲揚のために、陸軍大将の乃木希典を祀った乃木神社(1923年創建、東京都港区赤坂)や、軍神第一号とされた広瀬武夫海軍中佐の広瀬神社(1935年創建、大分県竹田市)、元帥海軍大将の東郷平八郎東郷神社(1940年創建、東京都渋谷区神宮前)などのような「国のために自らを捧げた」軍人たちの「宗教モニュメント」化が積極的に行われた、日清日露戦争当時の情勢と大きな関わりがあったと考えられる[3][4]

アクセス編集

  • 所在地 - 佐賀県唐津市肥前町高串
    • 唐津駅から車で30分。高串漁協から300メートル。
タクシーなら、7,000円前後。
昭和バスだと、唐津駅から徒歩500mほどの大手口から有浦線に乗車。
ルートは行き先により異なるが、2回は乗り換えがある。40分から50分程度要す。

メディアでの紹介編集

その後、彼のことは浪曲、芝居になり全国に喧伝された。

NHK教育テレビの「知るを楽しむ」という番組のシリーズで2008年8-9月、小松和彦の案内で「神になった日本人」というタイトルで8回の放送があり、第一回から、藤原鎌足崇徳上皇後醍醐天皇佐倉惣五郎豊臣秀吉徳川家康西郷隆盛と取り上げられて、最終回が増田敬太郎だった。

近在の施設編集

  • 高串神社
  • 渡錫ノ鼻(としゃくのはな) - 空海が派遣された時の勅許入唐の地と伝えられる。
  • 高串アコウ自生北限地帯

文献編集

  • 島常也『増田神社由来記』増田神社奉賛会蔵、1926年
  • 太郎丸勝彦「嗚呼警神増田巡査:殉職英霊の祭祀と民間信仰」『西郊民俗』第141号、1992年

脚注編集

  1. ^ 佐賀県警本部 増田神社例大祭について 2019年9月13日閲覧
  2. ^ 小松和彦『神になった人びと』淡交社 2001年 p.4,219-220
  3. ^ 西村明「彼の死 −増田巡査の神格化−」『東京大学宗教学年報』第17号 2000年(145−159頁)東京大学人文社会系研究科宗教学研究室
  4. ^ 田中丸勝彦・重信幸彦「ある『殉職』の近代」『北九州大学文学部紀要』第57号 1998年(1−61頁)北九州大学文学部

外部リンク編集