宮崎県道27号宮崎北郷線

日本の宮崎県の道路

宮崎県道27号宮崎北郷線(みやざきけんどう27ごう みやざききたごうせん)は、宮崎市源藤町から同市清武町を経由し、日南市北郷町北河内(きたかわち)に至る主要地方道県道)。

主要地方道
Japanese Route Sign Number 2.svgJapanese Route Sign Number 7.svg
宮崎県道27号標識
宮崎県道27号宮崎北郷線
飫肥街道
地図
Miyazaki prefectural route 27 (OpenStreetMap).png
路線延長 32.7626 km
制定年 1972年昭和47年)[注釈 1]
起点 宮崎県宮崎市源藤町
源藤交差点(地図
終点 宮崎県日南市北郷町北河内(地図
接続する
主な道路
記法
Japanese National Route Sign 0220.svg国道220号
Japanese National Route Sign 0269.svg国道269号
Japanese Route Sign Number 1.svgJapanese Route Sign Number 3.svg
都道府県道13号標識
宮崎県道13号高岡郡司分線
Japanese Route Sign Number 2.svgJapanese Route Sign Number 8.svg
都道府県道28号標識
宮崎県道28号日南高岡線
テンプレート(ノート 使い方) ウィキプロジェクト 道路

目次

概要編集

 
県道27号終点(右側)。県道28号(左側)との整備状況の格差が垣間見える。2010年撮影。

宮崎市と日南市を直線的に結ぶ山岳ルートであり、旧飫肥街道[注釈 2](おびかいどう)の大部分に相当する。

前身の飫肥街道を含めると400年以上の歴史を有する路線である。江戸時代飫肥城(日南市)と地頭所のあった清武郷中野[注釈 3]を結ぶ飫肥藩の幹線道路として、飫肥藩の参勤交代路として、高鍋藩が飛地の串間へ向かうための路線として利用されていた。

明治期以降も南那珂郡役所所在地となった飫肥と宮崎県庁を結ぶ幹線道路として機能していたが、その後は舗装工事程度しかされず[注釈 4]、2008年現在も半数以上(18.3534キロメートル)が未改良区間として残されている。これに対して、20世紀中期以降は海岸ルートの国道220号が、1990年代以降は同じ山岳ルートの宮崎県道28号日南高岡線がいずれもほぼ全区間改良済の2車線道路となったことで、幹線道路としての地位をこの2路線に譲っている。

飫肥街道の範囲編集

狭義の飫肥街道は飫肥城から北郷・清武を経由して清武加納にて鹿児島街道(現在の国道269号に相当)に合流する区間を指すが、広義の飫肥街道には清武町-佐土原城(宮崎市佐土原町上田島)の区間(国道269号・国道220号国道10号国道219号に相当)も含まれる。宮崎県が1983年(昭和58年)に制定した「愛称ロード」の飫肥街道は国道222号を選定しており[1]、いずれの飫肥街道とも関係はない。

狭義の飫肥街道はおおよそ現在の郷之原日南線(県道430号)、日南高岡線(県道28号)、猪八重線(県道429号)、県道27号に相当するが、花立山越え(日南市北郷町区域内)の区間は車道が通じていない。

路線データ編集

延長はいずれも2008年4月1日現在

年表編集

 
山仮屋隧道(旧道、2008年)

現路線と関連の深い日南高岡線(県道28号)についても記す。

  • 天正-慶長年間(1600年前後) - 前身となる飫肥街道が開通。当時は山仮屋から花立山を越え東へ下るルート。
  • 1685年(貞享2年) - 水戸藩佐々助三郎が飫肥街道を利用[3]
  • 1887年(明治20年)ごろ - 現行路線のうち宮崎-清武間が開通[4]
  • 1890年(明治23年) - 山仮屋隧道が着工[4]
  • 1892年(明治25年) - 山仮屋隧道が開通[4]
  • 1894-95年ごろ - 宮崎-飫肥間の県道として全通[4]。北郷町山仮屋-北郷町郷之原間が「花立山越え」の東回りから、現在の西回りに変更された。
  • 1919年(大正8年) - 県道として廃止。大戸野-田野間の県道(現・日南高岡線)認定に伴うもの[4]
  • 1926年(大正15年/昭和元年) - 県道として復活[5]。大戸野-田野間の県道整備が不十分であったための処置[6]
  • 1954年(昭和29年)11月5日 - 現行道路法において大戸野-田野間の県道が主要地方道日南高岡線として認定[7]
  • 1955年ごろ - 日南高岡線のうち北郷-田野間が開通[8]
  • 1959年(昭和34年)6月1日 - 現行道路法において、現路線が一般県道北河内宮崎線として認定[9]
  • 1972年(昭和47年)4月18日 - 現路線が主要地方道宮崎北郷線として認定[2]
  • 1993年(平成5年)2月4日 - 同じ山岳ルートの日南高岡線の改良工事が完了[10]
  • 1996年(平成8年)11月1日 - 文化庁が飫肥街道を「歴史の道百選」に選定[11]
  • 1998年(平成10年)10月22日 - 山仮屋隧道を近代土木遺産として宮崎県の有形文化財に指定[12]

路線状況編集

通称編集

  • 飫肥街道

重複区間編集

  • 宮崎県宮崎市
    • 国道269号:源藤町(源藤交差点) - 清武町加納(追分交差点)

道路施設編集

起点から

  • 宮崎県宮崎市
    • 源藤橋(八重川)
    • 牧の札橋(八重川) - 橋長33.1m
    • 飫肥街道踏切(日豊本線)
    • 経田橋(宮崎自動車道)
    • 上使橋(清武川)
    • 小谷橋 - 橋長2.8m
    • 鏡洲橋(小河内川) - 橋長17.0m
    • 塩鶴橋(鏡洲川) - 橋長42.0m
    • 塩鶴小橋(鏡洲川支流) - 橋長23.0m、幅員11.8m
    • 第一九平橋(谷川) - 読みは「だいいちここのびらはし」[13]。旧・飫肥街道の木造橋と石垣が残っている[13]
    • 第二九平橋(谷川) - 旧・飫肥街道の木造橋と石垣が残っている[13]
    • 堺橋(家一郷川) - 橋長19.8m、幅員7.0m。宮崎市と日南市の市境にある橋。
  • 宮崎県日南市
    • 山仮屋隧道(地図) - 長さ:約56m、内部の高さ:約4.3m、トンネル幅:約4.8m、道路幅員:約3.8m[14]。読みは「やまがりやずいどう」。現道ではなく旧・飫肥街道にある。

地理編集

当項目では飫肥街道(狭義)も含めた範囲(宮崎市源藤町 - 日南市飫肥間)について解説する。

宮崎市(源藤町 - 清武町新町)編集

 
宮崎市清武町新町(2009年)

宮崎市の源藤交差点から清武町加納までは国道269号(旧鹿児島街道)と重複する。国道269号と県道27号との交差点丁字路)には鹿児島街道と飫肥街道の分岐を示す「追分」の地名がある[15]。当区間は国道269号に別ルートのバイパス道路(国道269号#加納バイパスを参照)が開通したことから、将来的に県道27号の単独区間となる予定である[16]

追分からはJR日豊本線(飫肥街道踏切[注釈 5])を渡り、チンチン坂[17]を登りつつ南下する。宮崎自動車道を橋梁で越え、飫肥藩の地頭所のあった中野地区へ至る。宮崎国際大学宮崎学園短期大学が所在する。儒者の安井息軒、飫肥藩家老の平部嶠南は当地の出身である。

中野からは坂を下り(この坂を宮崎学園短期大学関係者は「美人坂」と呼称する[18])、商人町であり宿場町であった新町[注釈 6]に至り、高岡郡司分線(県道13号)に接続する。美人坂・新町の区間は幅員狭小である。

宮崎市(清武町新町 - 鏡洲)編集

 
宮崎市鏡洲(2010年)

新町から再び南下する。清武川上使橋で渡り、永田地区で大久保木崎線(県道338号)と接続する。黒坂地区で宮崎大学清武キャンパス(医学部)の西側を通り、更に約1km南で宮崎学園都市(宮崎大学木花キャンパスなど)へ向かう勢田木崎線(県道368号)が東へ分岐する。

清武町木原と宮崎市鏡洲の境は勢田峠(標高77m[19]、国土地理院の地図には鏡洲峠地図と記載)を越える。当区間は飫肥街道時代の旧道が現存している。鏡洲小学校付近で宮崎市木崎方面へ向かう塩鶴木崎線(県道339号)との丁字路がある(県道27号から南下してきた場合、県道27号は右折、県道339号は左折)。

宮崎市鏡洲 - 日南市北郷町山仮屋編集

宮崎市鏡洲から日南市北郷町山仮屋[注釈 7]、更に(市役所総合支所の所在する)同市北郷町郷之原までは鰐塚山地(鵜戸山地)を縦断する区間であり、一部を除いて幅員狭小の未改良道路となる。

鏡洲からは双石山(ぼろいしやま)の西側を南下。道中の九平地区は飫肥藩清武郷最南の地で、茶屋が設置されていた[20]椿山峠(標高343.8m[注釈 8])一帯はツバキなどが植樹された椿山森林公園として宮崎市が整備しており、飫肥街道が「殿様道路」として保存されている。椿山森林公園以北は改良工事が進み(右記画像を参照)、一部を除き2車線道路として整備されている。

椿山峠からは家一郷谷へと下り、郡界橋にて日南市北郷町区域内に入る。切通しの2車線道路で貫く現道の脇に赤レンガ造りの「山仮屋隧道」がある。山仮屋隧道は宮崎県で最初の道路トンネルであり、1892年(明治25年)に完成、1998年(平成10年)10月に宮崎県の有形文化財に指定されている[21]

日南市(北郷町山仮屋 - 北郷町郷之原)編集

 
日南市北郷町元仮屋(2009年)
 
花立山の現況(2010年)
 
広渡川の大藤渡し跡(2008年)

山仮屋からは、県道27号(明治期以降のルート)は花立山の西を通り北河内に下るルート、飫肥街道は花立山を越えて郷之原へ下るルートの2路線に分かれる(地図は#外部リンクを参照)。

山仮屋にて飫肥街道は現道より60mほど高い、標高約400mの地点を通る。当地には飫肥藩の関所山仮屋関所」が置かれた。13戸の武士を配置し、人・物資の流れを監視していた。山仮屋関所付近は加江田川水系・広渡川水系の分水界である。江戸時代当時(1843年の参勤交代)は、飫肥城下を早朝出発すると山仮屋関所到着が昼時、清武新町で夕方となった[22]

街道は尾根沿いを南下、花立山山頂付近から山を下り、郷之原に至る。花立山-郷之原間が飫肥街道随一の難所とされた。かつては北郷フェニックスカントリークラブ付近に茶屋が存在し、旅人は必ず茶屋で休憩したという[23]。現在はホテル北郷フェニックス・北郷フェニックスカントリークラブ、花立公園が整備され、往時の街道跡を辿るのは困難となった[24]

県道27号は北河内で日南高岡線(県道28号)に合流し、終点となる。

日南市(北郷町郷之原 - 飫肥)編集

広渡川に沿う区間を中心に平坦な道が続く。JR日南線がほぼ並走する。

北郷町郷之原-北郷町大藤間は現在の日南高岡線(県道28号)に相当する。途中の立野(たての)には番所がおかれた。北郷町上大藤・大藤にて広渡川を2回渡る。北郷町大藤からは現在の郷之原日南線(県道430号)に相当し、北郷町内之田を経て飫肥城下に至る。

通過する自治体編集

交差する道路編集

 
複数経路区間(宮崎市清武町)
交差する道路 交差場所
国道220号 / 宮崎南バイパス
国道269号 重複区間起点
宮崎県 宮崎市 源藤町(源藤交差点) / 起点
国道269号 重複区間終点 清武町加納(追分交差点)
複数経路起点 清武町加納(中野地区)
宮崎県道13号高岡郡司分線 重複区間起点 主路線:清武町木原(尾の下地区)
従路線:清武町木原(清武町新町交差点)
宮崎県道13号高岡郡司分線 重複区間終点
複数経路終点
清武町新町二丁目(上使橋北交差点)
宮崎県道338号大久保木崎線 清武町木原(清武町永田交差点)
宮崎県道368号勢田木崎線 清武町木原(黒坂地区) / 清武町今泉丙
宮崎県道339号塩鶴木崎線 大字鏡洲(村内地区)
宮崎県道28号日南高岡線 日南市 北郷町北河内(谷合地区) / 終点

交差する鉄道編集

路線付近の標高編集

 
高低図(横軸は起点からの路線距離[注釈 9]。橋梁・トンネル等の標高を除く)

周辺の施設編集

起点から

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 主要地方道として制定。
  2. ^ 資料によっては志布志街道などとも記載される。例として平部嶠南『日向地誌』(1884年)の「加納村」では志布志街道、「木原村」では飫肥街道。
  3. ^ 「清武郷」は現在の清武町区域を中心とした宮崎市南部一帯。「中野」は大字加納の一地域。
  4. ^ 『宮崎県大百科事典』によると、1981年度末時点で全区間が舗装済であったのに対し、改良率は約22パーセントに過ぎなかった。
  5. ^ 現地表記。
  6. ^ かつては大字木原の一地域。
  7. ^ 大字北河内の一地域。
  8. ^ 国土地理院の地形図による。
  9. ^ 起点からの直線距離ではない。

出典編集

  1. ^ 11.沿道修景美化推進路線 (PDF)”. 宮崎県の沿道修景美化について. 宮崎県庁 県土整備部道路保全課. p. 3 (2014年2月4日). 2016年5月9日閲覧。
  2. ^ a b 宮崎県道路線認定(昭和47年4月18日告示第390号)”. 宮崎県法規集(第一法規株式会社). 2016年5月9日閲覧。
  3. ^ 『飫肥街道-歩く感じる江戸時代』 p.15
  4. ^ a b c d e 『北郷町史』 p.614
  5. ^ 『北郷町史』 p.614
  6. ^ 『北郷町史』 p.616
  7. ^ 宮崎県道路線認定(昭和29年11月5日告示第453号)”. 宮崎県法規集(第一法規株式会社). 2016年5月9日閲覧。
  8. ^ 『北郷町史』 p.618
  9. ^ 宮崎県道路線認定(昭和34年6月1日告示第226号)”. 宮崎県法規集(第一法規株式会社). 2016年5月9日閲覧。
  10. ^ 宮崎日日新聞. (1993年2月4日) 
  11. ^ 文化庁選定「歴史の道百選」について”. 文化庁文化財保護部 (1996年11月1日). 2016年5月9日閲覧。
  12. ^ 県指定の有形文化財(建造物)”. 宮崎県内の土木遺産について. 宮崎県庁 県土整備部技術企画課 (2014年4月6日). 2016年5月9日閲覧。
  13. ^ a b c 完結編!双石山、石切場の石(その2)”. 双石山探検隊. ひろパパ (2014年4月6日). 2016年5月9日閲覧。
  14. ^ 山仮屋峠”. 峠コレクション. 峠おやじ (2012年5月20日). 2016年5月9日閲覧。 山仮屋隧道の案内文を掲載。
  15. ^ 『飫肥街道-歩く感じる江戸時代』 p.54
  16. ^ 宮崎日日新聞. (2008年7月30日) 
  17. ^ 『飫肥街道-歩く感じる江戸時代』 p.55。飫肥街道時代の名称。
  18. ^ 学長折々の記(その2)”. 山下忍前学長「折々の記」. 宮崎学園短期大学 (2009年6月16日). 2016年5月9日閲覧。
  19. ^ 『飫肥街道-歩く感じる江戸時代』 p.44
  20. ^ 『飫肥街道-歩く感じる江戸時代』 p.33
  21. ^ 山仮屋隧道”. 日南市観光にちなんの旅. 日南市観光協会 (2015年10月29日). 2016年5月9日閲覧。
  22. ^ 『飫肥街道-歩く感じる江戸時代』 p.85
  23. ^ 『飫肥街道-歩く感じる江戸時代』 孫引き『日向地誌』
  24. ^ 『飫肥街道-歩く感じる江戸時代』 p.28

参考文献編集

関連項目編集

外部リンク編集