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小原沢 重頼(こはらざわ しげより、1969年8月9日 - )は、埼玉県北葛飾郡三郷町出身の元プロ野球選手投手)。右投右打

小原沢 重頼
城西大学硬式野球部 監督
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 埼玉県北葛飾郡三郷町(現:三郷市
生年月日 (1969-08-09) 1969年8月9日(50歳)
身長
体重
182 cm
78 kg
選手情報
投球・打席 右投右打
ポジション 投手
プロ入り 1991年 ドラフト2位
初出場 1992年4月8日
最終出場 1997年
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
選手歴
監督・コーチ歴

来歴・人物編集

首都大学野球リーグでは伸びのある速球と縦に大きく割れるカーブを武器に1部通算43登板20勝8敗、通算防御率1.80の成績を残した。

3年秋には5勝1敗、防御率0.68の成績をマークし最優秀投手賞・ベストナインを獲得している。1991年ドラフト読売ジャイアンツからドラフト2位指名を受け入団。

1992年4月8日阪神タイガース戦(東京ドーム)でプロ初登板し4月21日ヤクルトスワローズ戦(神宮球場)でプロ初勝利を挙げる。しかし、その後故障や不振による低迷や選手層の厚さで一軍登板が遠のき背番号も15から62に変更される。1995年には3年ぶりに1軍に昇格し17試合登板し8月31日中日ドラゴンズ戦(ナゴヤ球場)では3年ぶりの先発も務めた。

1996年は中継ぎで22試合に登板し、自己最高の2勝(4敗)を挙げたが以降は一軍に顔見世程度の登板に終わる。1998年榎康弘との交換トレードで、千葉ロッテマリーンズに移籍。巨人では投手層の厚さに泣き、ロッテでは先発ローテ入りを期待されたが[1]、OP戦で肩を痛め1軍未登板で引退。

引退後の1999年から2003年まで株式会社夢やに勤めた。小売店のフランチャイズ事業を運営、堅実な会社員生活を送っていることが報じられ話題となった(当時の肩書きは営業部長・取締役等)。2004年から2006年は明星大学野球部(2部)投手コーチを務めた。2007年には社会人野球ジャパンエクスプレス監督に就任するも、経営陣が刷新され活動がないまま廃部となる。再び明星大学野球部コーチを務め2010年からは城西大学野球部の監督に昇格した[2]

詳細情報編集

年度別投手成績編集





















































W
H
I
P
1992 巨人 6 4 0 0 0 1 2 0 -- .333 117 25.0 28 5 14 1 1 16 4 0 19 18 6.48 1.68
1995 17 1 0 0 0 0 1 0 -- .000 106 22.0 24 4 20 2 1 13 1 0 16 16 6.55 2.00
1996 22 0 0 0 0 2 4 0 -- .333 127 28.0 22 6 21 2 2 25 3 1 21 20 6.43 1.54
1997 2 0 0 0 0 0 0 0 -- ---- 11 2.0 1 0 4 0 0 1 0 0 2 2 9.00 2.50
通算:4年 47 5 0 0 0 3 7 0 -- .300 361 77.0 75 15 59 5 4 55 8 1 58 56 6.55 1.74

背番号編集

  • 15 (1992年 - 1994年)
  • 62 (1995年 - 1997年)
  • 30 (1998年)

脚注編集

  1. ^ 1998年日刊スポーツ発行プロ野球選手写真名鑑
  2. ^ http://josaibaseball.cher-ish.net/?page_id=24

関連項目編集

外部リンク編集