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小見の方(おみのかた / こみのかた、1513年(永正10年)[1] - 1551年(天文20年)[1])は、戦国時代の女性で、斎藤道三正室[2]で、帰蝶織田信長正室)の母。

生涯編集

江戸時代に編纂された『美濃国諸旧記』によれば、明智光継(美濃国明智長山城主)の娘として生まれる。天文元年(1532年)、長井規秀(のちの斎藤道三)に嫁ぎ、天文4年(1535年)に女子(帰蝶)を儲けた。天文20年(1551年)3月11日に肺病により死去。既に亡くなったことになっているが、『言継卿記』(山科言継の日記)には、永禄12年(1569年)8月1日付の日記に信長が(信長本妻の)姑に礼を述べるため会いに行くと記述があるため、当時の資料であるこちらの方が信憑性があるのでこの時点ではまだ存命したと考えられる。明智光秀は甥にあたるとする説[3]がある。

登場作品編集

脚注編集

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  1. ^ a b 『美濃国諸旧記』
  2. ^ 道三には嫡子・義龍を産んだ深芳野(一色左京大夫義清の娘)という女性がいたが、元は土岐頼芸であったため、深芳野は側室とされる。
  3. ^ 小和田哲男『明智光秀―つくられた「謀反人」』〈PHP新書〉、1998年。ISBN 978-4-56-960109-0