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広島赤十字・原爆病院(ひろしませきじゅうじ・げんばくびょういん)は、広島県広島市中区に所在する医療機関である。日本赤十字社が運営する病院である。原爆に被災し、被爆後の医療拠点の一つとなったという歴史的経緯から原爆医療部門を持ち、原爆症(放射線障害)治療に対してのノウハウを多く持っている。原爆病院と称されてはいるが、一般病棟も併設されており原爆症以外の疾病も診察・治療を行っている。

Japanese Map symbol (Hospital) w.svg 広島赤十字・原爆病院
Hiroshima Red Cross Hospital & Atomic-bomb Survivors Hospital 20151003-1.JPG
情報
英語名称 Hiroshima Red Cross Hospital & Atomic-bomb Survivors Hospital
前身 日本赤十字社広島支部病院
広島陸軍病院赤十字病院
広島赤十字病院
日本赤十字社広島原爆病院
標榜診療科 内科、消化器科、循環器科、呼吸器科、神経内科、小児科、外科、脳神経外科、整形外科、眼科、耳鼻咽喉科、皮膚科、泌尿器科、産婦人科、放射線科、麻酔科、リウマチ科、歯科口腔外科
許可病床数

598床


一般病床:598床
機能評価 一般500床以上:Ver5.0
開設者 日本赤十字社 広島県支部 (広島県知事
管理者 古川 善也(病院長)
開設年月日 1939年5月1日
所在地
730-8619
位置 北緯34度22分51秒
東経132度27分15秒
二次医療圏 広島
PJ 医療機関
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赤十字の標章

沿革編集

診療科編集

原爆と広島赤十字病院編集


1945年8月6日の原爆被災に際し、広島赤十字病院(被爆時には陸軍病院分院を併設)は、爆心地より約1.6kmに位置し、RC構造3階建ての病棟は外郭を残して大破したが、類焼は免れることができた。病院が保管していたレントゲンフィルムが被爆によりすべて感光していたことなどから原子爆弾の使用が立証された。

赤十字病院では、直後から病院に押し寄せてきた被爆者への治療が開始された(当時のスタッフには、のち院長に就任した若手医員の重藤文夫も含まれていた)。爆心地に近い広島第一・第二陸軍病院本院や県立病院[1]が壊滅していたこともあって、かろうじて診療機能を保っていた広島逓信病院と共に、市街中心部における医療拠点の一つとなった。

爆風によりねじ曲がった窓枠や窓ガラスの破片が突き刺さった壁は、被爆当時の状態を示すものとして第二次世界大戦後も長く現場に保存されていた。しかし1993年の病院改築に当たり旧建物が取り壊されることになったため、広島市被爆建物保存事業の第1号として、当該部分のみが切りとられ病院前・交差点近くの歩道に移設された。

2013年、病院の改築に伴い、道路を挟み140m先に設けられた「メモリアルパーク」に再移設された[2]

ギャラリー編集

医療機関の指定等編集

  • 保険医療機関
  • 児童福祉法に基づく養育医療指定医療機関
  • 被爆者一般疾病医療機関
  • 生活保護法に基づく指定医療機関
  • 労災保険指定医療機関
  • 小児慢性疾患及び特定疾患指定医療機関
  • 公害健康被害の補償等に関する法律に基づく指定医療機関
  • 戦傷病者特別援護法に基づく指定医療機関
  • 母子保健法に基づく指定医療機関
  • 母体保護法に基づく指定医療機関
  • 原子爆弾被爆者に対する援護に関する法律に基づく指定医療機関
  • 感染症法に基づく感染症指定医療機関(結核指定医療機関)
  • 障害者自立支援法に基づく指定自立支援医療機関(更生・育成・精神通院)
  • 中国在留邦人等支援法に基づく指定医療機関
  • 外国医師・外国歯科医師臨床修練指定病院
  • 二次救急指定医療機関
  • 災害拠点病院(地域災害医療センター)
  • 臨床研修指定病院(医科)
  • 臨床研修指定病院(歯科)
  • 人間ドック・健診施設機能評価認定施設
  • 地域がん診療連携拠点病院
  • 地域医療支援病院
  • DPC対象病院
  • 広島県肝疾患診療支援ネットワーク専門医療機関
  • 肝炎インターフェロン治療指定医療機関
  • 広島DMAT指定医療機関

交通アクセス編集

脚注・出典編集

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  1. ^ 被爆当時は爆心地から近い水主町(現在の中区加古町)に所在しており、戦後宇品地区南区)に移転し現在に至っている。
  2. ^ メモリアルパークの移設について - 広島赤十字・原爆病院

関連項目編集

外部リンク編集