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抗NMDA受容体脳炎(こう - じゅようたいのうえん、: Anti-NMDA receptor encephalitis)とは、の興奮性神経伝達物質であるグルタミン酸の受容体、NMDA型グルタミン酸受容体自己抗体ができることによる急性型の脳炎である[5]。致死的な疾患である一方、治療により高率での回復も見込める疾患である。卵巣奇形腫などに関連して発生する腫瘍随伴症候群と考えられているが、腫瘍を随伴しない疾患も多数存在している。2007年1月ペンシルバニア大学のDalmau教授らによって提唱された[6][7]。ある日から突然、鏡を見て不気味に笑うなどの精神症状を示しだし、その後、数か月にわたり昏睡し、軽快することが自然転帰でもあるため、過去に悪魔憑きとされたものがこの疾患であった可能性が指摘されており[8]、映画『エクソシスト』の原作モデルになった少年の臨床像は抗NMDA受容体脳炎の症状そのものと指摘されている[9]。また、興奮、幻覚、妄想などいわゆる統合失調症様症状が急速に出現するのが本疾患の特徴であるため、統合失調症との鑑別も重要である[10]

抗NMDA受容体脳炎
別称 NMDA受容体抗体脳炎、抗N-メチル-D-アスパラギン酸受容体脳炎、抗NMDAR脳炎
NR1-NR2B subunit.png
NMDA型グルタミン酸受容体の模式図
診療科 神経学, 精神医学
症候学 早期:発熱、頭痛、疲労感、精神症状、興奮[1]。後期:低換気、自律神経障害、高血圧、心拍数増加[1]
通常の発症 数日から数週間[2]
リスクファクター 卵巣奇形腫、不明[1][3]
診断法 脳脊髄液で抗NMDA抗体陽性[1]
鑑別 ウイルス性脳炎急性一過性精神病性障害神経遮断薬悪性症候群[4]
合併症 長期の精神的または行動的な異常[4]
使用する医薬品 ステロイド系抗炎症薬免疫グロブリン療法 (IVIG)、 血漿交換(PE)アザチオプリン[4]
治療 免疫抑制剤, 卵巣奇形腫の外科的除去[1]
予後 一般に予後良好(治療介入ありの場合)[1]
頻度 比較的一般的[4]
死亡者数 4%以下[4]

発生率と疫学編集

全体的な発生率は不明であるが、未知の病因とされている脳炎の1%程度含まれると推定されている[11]2007年にこの疾患概念が確立するまでに日本で「若年女性に好発する急性非ヘルペス性脳炎」として報告された一群の多くは抗NMDA受容体脳炎と同一のものであったと判明している[12]ランセットの100例を検討した記事によると、100人の患者のうち91が女性であり、平均年齢は23歳(5-76の範囲)であった。腫瘍学的スクリーニングを受けた98人の患者のうち58人は腫瘍を持っており、主に卵巣奇形腫であった。577人の患者を評価したより大規模な研究では、394人の患者 (79%) は24ヵ月で良好な転帰を有することを示し、30人の患者 (6%) が死亡し、残り患者は軽度~重度の障害が残った[13]。ヴィンセントらのグループは2011年に初発の統合失調症患者46例中3例、6.5%に抗NMDA受容体抗体が検出されたと報告している[14]

日本では若い女性を中心に年間1000人程度が発症していると推定されている[15]

徴候と症状編集

患者によって違いがあるが、症状の出方には一定の順序に従う傾向にある[16]

  1. 前駆症状として非特異的なウイルス様症状(発熱、頭痛など)がある。
  2. 精神障害、統合失調症に似た症状(幻覚、自殺念慮)を生じる
  3. 記憶障害、特に前向性健忘
  4. ジスキネジア(特に口腔顔面)と発作。
  5. 低いグラスゴー・コマ・スケール (GCS)。
  6. 低換気 / 呼吸抑制。
  7. 自律神経障害:抗NMDA受容体脳炎の69%に見られる[17]。不整脈、徐脈、高血圧、発汗過多、唾液分泌亢進の症状が良く観察される[17]

発病機序編集

すべての患者を説明する説ではないが、ランセットの調査で、腫瘍学的スクリーニングを受けた98人の患者のうち58人は腫瘍を持っており、主に卵巣奇形腫であった。このことから抗NMDA受容体脳炎には奇形腫との高い合併率が見られる。奇形腫は内胚葉、中胚葉、外胚葉すべてを含む腫瘍であり、それにより髪の毛や骨などが含まれることが多い。この奇形腫の中に脳組織が含まれた場合、脳組織に対する抗体が生じ、抗NMDA抗体脳炎が発症するものと考えられる。そのため、治療には奇形腫がある場合はそれが抗体産生の源となっているため、奇形腫の外科的切除をまず行う。

病態生理編集

脳脊髄液 (CSF) 中の抗体の存在編集

自己抗体が脳内のNMDA型グルタミン酸受容体を攻撃することにより起こる。病気の正確な病態生理はいまだ議論されているが、脳脊髄液 (CSF) 中に抗NMDA抗体をみとめる。

  1. 血液脳関門 (BBB) は通常循環系から中枢神経系を分離し、脳に大きな分子が侵入することを防止する。このバリアは神経系の急性炎症により崩壊し、また副腎皮質刺激ホルモンを放出する肥満細胞の急性ストレスではその透過性が亢進することが知られている[18]
  2. DalmauらはCSF中の抗体濃度が高い一方で、58人の患者のうち53人は、少なくとも部分的にBBBを保存していたことを明らかにした。このことは抗体の髄腔内生産の可能性を示唆している。

NMDA受容体への抗体の結合編集

抗体はCSFに侵入すると、NMDA受容体のNR1サブユニットに結合する。神経障害がおこるメカニズムとして下記の3つのものが考えられている。

  1. 抗体が結合することにより受容体数の減少[19]
  2. 薬理作用として直接的な拮抗作用による。
  3. 補体の古典経路により生じた膜侵襲複合体 (MAC) により細胞が融解する。

管理と予後編集

患者に腫瘍が発見された場合(腫瘍随伴症候群の場合)は長期予後は一般に良好であり、再発の可能性が低い。腫瘍を外科的に除去することにより自己抗体の供給源を根絶することができるからである。同様に早期診断、治療は患者の転帰を有意に改善することが近年示されている。大多数の患者が初発症状として精神症状を呈し精神科を受診しているため、すべての医師(特に精神科医)は思春期における急性精神病の原因として抗NMDA受容体脳炎を検討することが重要である。

体験記とその映画化編集

原作は、中原尚志・麻衣共著『8年越しの花嫁 キミの目が覚めたなら』で、2017年の日本映画。夫・尚志を佐藤健、妻・麻衣を土屋太鳳のW主演で演じる。2017年12月16日、『彼女が目覚めるその日まで』と同日公開。
2016年カナダアイルランド合作映画。クロエ・グレース・モレッツ主演。日本では2017年12月16日、『8年越しの花嫁』と同日公開。2009年に発症した米『ニューヨーク・ポスト』紙記者のスザンナ・キャハランが自らの罹患体験を記事にし、追加取材を重ねて書籍・映画化された[21]

出典編集

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  1. ^ a b c d e f Kayser, MS; Dalmau, J (September 2016). "Anti-NMDA receptor encephalitis, autoimmunity, and psychosis". Schizophrenia Research. 176 (1): 36–40.
  2. ^ Niederhuber, John E.; Armitage, James O.; Doroshow, James H.; Kastan, Michael B.; Tepper, Joel E. (2013) (英語). Abeloff's Clinical Oncology E-Book. Elsevier Health Sciences. p. 600. ISBN 9781455728817. https://books.google.ca/books?id=nQ4EAQAAQBAJ&pg=PA600. 
  3. ^ Venkatesan, A; Adatia, K (20 December 2017). “Anti-NMDA-Receptor Encephalitis: From Bench to Clinic”. ACS Chemical Neuroscience 8 (12): 2586–2595. doi:10.1021/acschemneuro.7b00319. PMID 29077387. 
  4. ^ a b c d e f Kayser, MS; Dalmau, J (2011). "Anti-NMDA Receptor Encephalitis in Psychiatry". Current Psychiatry Reviews. 7 (3): 189–193.
  5. ^ Dalmau, Josep; Gleichman, Amy J; Hughes, Ethan G; Rossi, Jeffrey E; Peng, Xiaoyu; Lai, Meizan; Dessain, Scott K; Rosenfeld, Myrna R et al. (2008). “Anti-NMDA-receptor encephalitis: Case series and analysis of the effects of antibodies”. The Lancet Neurology 7 (12): 1091–8. doi:10.1016/S1474-4422(08)70224-2. PMC: 2607118. PMID 18851928. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2607118/. 
  6. ^ Dalmau J et al. Ann Neurology 2007;61;25-36
  7. ^ 北里大学医学部神経内科 - 自己免疫性脳炎
  8. ^ 「In search of lost time from "Demonic Possession" to anti-N-methyl-D-aspartate receptor encephalitis」Annals of Neurology, 2010 Jan; 67(1):141-2; author reply 142-3. doi: 10.1002/ana.21928.
  9. ^ 亀井 聡 日本大学医学部 内科学系 神経内科学分野 主任教授「抗NMDA受容体脳炎の最近の動向」 SAKURA 東京集会 2012 | 2012/11/23
  10. ^ 「抗 NMDA 受容体抗体脳炎の臨床と病態」臨床神経, 49:774―778, 2009
  11. ^ Pruss, H.; Dalmau, J.; Harms, L.; Höltje, M.; Ahnert-Hilger, G.; Borowski, K.; Stoecker, W.; Wandinger, K. P. (2010). “Retrospective analysis of NMDA receptor antibodies in encephalitis of unknown origin”. Neurology 75 (19): 1735–9. doi:10.1212/WNL.0b013e3181fc2a06. PMID 21060097. 
  12. ^ Kamei S, Kuzuhara S, Ishihara M, et al. Nationwide survey of acute juvenile female non-herpetic encephalitis in Japan: Relationship to anti-N-methyl-D-aspartate receptor encephalitis. Int Med 2009;48:673-679.
  13. ^ Titulaer, Maarten J; McCracken, Lindsey; Gabilondo, Iñigo; Armangué, Thaís; Glaser, Carol; Iizuka, Takahiro; Honig, Lawrence S; Benseler, Susanne M et al. (2013). “Treatment and prognostic factors for long-term outcome in patients with anti-NMDA receptor encephalitis: An observational cohort study”. The Lancet Neurology 12 (2): 157–65. doi:10.1016/S1474-4422(12)70310-1. PMC: 3563251. PMID 23290630. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3563251/. 
  14. ^ Zandi MS et al. Disease-relevant autoantibodies in first episode schizophrenia. J Neurol. 2011;258(4):686-8.
  15. ^ [https://mainichi.jp/articles/20170501/k00/00e/040/162000c “抗NMDA受容体脳炎 難病の実態知って 初の患者交流会”]. 毎日新聞. (2017年4月30日). https://mainichi.jp/articles/20170501/k00/00e/040/162000c 2017年5月2日閲覧。 
  16. ^ Gable, M. S.; Gavali, S.; Radner, A.; Tilley, D. H.; Lee, B.; Dyner, L.; Collins, A.; Dengel, A. et al. (2009). “Anti-NMDA receptor encephalitis: Report of ten cases and comparison with viral encephalitis”. European Journal of Clinical Microbiology & Infectious Diseases 28 (12): 1421–9. doi:10.1007/s10096-009-0799-0. PMC: 2773839. PMID 19718525. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2773839/. 
  17. ^ a b 「症例でわかる精神病理学」松本卓也著 P208 誠信書房 ISBN 978-4414416442
  18. ^ Rabchevsky, Alexander G.; Degos, Jean-Denis; Dreyfus, Patrick A. (1999). “Peripheral injections of Freund's adjuvant in mice provoke leakage of serum proteins through the blood–brain barrier without inducing reactive gliosis”. Brain Research 832 (1–2): 84–96. doi:10.1016/S0006-8993(99)01479-1. PMID 10375654. 
  19. ^ Hughes, E. G.; Peng, X.; Gleichman, A. J.; Lai, M.; Zhou, L.; Tsou, R.; Parsons, T. D.; Lynch, D. R. et al. (2010). “Cellular and Synaptic Mechanisms of Anti-NMDA Receptor Encephalitis”. Journal of Neuroscience 30 (17): 5866–75. doi:10.1523/JNEUROSCI.0167-10.2010. PMC: 2868315. PMID 20427647. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2868315/. 
  20. ^ Liba, Zuzana; Sebronova, Vera; Komarek, Vladimir; Sediva, Anna; Sedlacek, Petr (2013). “Prevalence and treatment of anti-NMDA receptor encephalitis”. The Lancet Neurology 12 (5): 424. doi:10.1016/S1474-4422(13)70070-X. PMID 23602155. 
  21. ^ 【ひと】スザンナ・キャハランさん「悪魔払い」されてきた難病の映画の原作者『毎日新聞』朝刊2017年12月16日

関連項目編集