ラットの血液脳関門の電子顕微鏡画像

血液脳関門(けつえきのうかんもん、英語: blood-brain barrier, BBB)とは、血液(そして脊髄を含む中枢神経系)の組織液との間の物質交換を制限する機構である。これは実質的に「血液と脳脊髄液との間の物質交換を制限する機構」=血液脳髄液関門 (blood-CSF barrier, BCSFB) でもあることになる。ただし、血液脳関門は脳室周囲器官松果体脳下垂体、最後野など)には存在しない[1]。これは、これらの組織が分泌するホルモンなどの物質を全身に運ぶ必要があるためである。

目次

歴史編集

BBBの存在に最初に気づいたのは細菌学者のパウル・エールリッヒで、19世紀後半のことで、ある組織の染色実験中のときであった。この当時盛んに使用していた染料であるアニリンを使用して染色すると脳だけが染色されなかったためである。ただし、このときエールリッヒは、この現象を単に「アニリンの特性」としていた。

BBBの存在が決定的なものなったのは1913年のことで、エールリッヒの学生であったエドウィン・ゴールドマンが脊柱に直接染料を注入すると脊柱および脳は染色されるが逆にほかの組織は染色されないことを発見したためである。このとき両者との境界には膜のようなものは発見されず、血管がその役割を担っているものと推測された。これが証明されたのは走査型電子顕微鏡が発明された1960年代のことである。

構造編集

BBBは脳の微小血管に局在し3種類の細胞と2種類の基底膜から構成される[2]

内皮細胞

BBBの最内層に位置し、脳にあって常時血液成分と直接的な接触をもつ唯一の細胞である。BNBを構成する微小血管内皮細胞と同様に4つの特徴が知られている。まず無窓である。そしてピノサイトーシスが極めて少ない、隣接する内皮細胞間で高度に複雑で連続性のあるタイトジャンクションをもつ。また各種トランスポーター、レセプターを発現し、特有の物質輸送系をもつ。無窓であり、ピノサイトーシスが少ないことから経細胞経路が制限され、タイトジャンクションにより傍細胞経路が制限されている。

周皮細胞(ペリサイト)

内皮細胞に接してすぐ外側の1枚の基底膜を介して位置する不整形、多角形の細胞である。内皮細胞周皮細胞は共通の基底膜で覆われる。

基底膜

内皮細胞と周皮細胞は1枚の基底膜で覆われており、この1枚目の基底膜の外側にはグリア限界膜とよばれる第二の基底膜が存在する。この2枚の基底膜は構成分子が異なっているが毛細血管レベルでは2枚が融合して一続きのgliovascular membraneを形成している。後毛細血管細静脈のレベルになるとこの2枚は分離し、その間隙には脳脊髄液が灌流して血管周囲腔となる。

星状膠細胞

グリア限界膜の外側に接して星状膠細胞の足突起がならぶ。

血液脳関門は、毛細血管内皮細胞の間隔が極めて狭い、あるいは密着結合をしていることによる物理的な障壁であるが、これに加え、中枢神経組織の毛細血管内皮細胞自体が有する特殊な生理的機能、すなわち、グルコースをはじめとする必須内因性物質の取り込みと異物を排出する積極的なメカニズムが関与している。脂肪酸は脳関門を通れないため、は通常、脳関門を通過できる(脳細胞内に能動輸送されるのであって自由に通過できるわけではない)グルコースをエネルギー源としている[3]。グルコースが枯渇した場合、肝臓アセチルCoAから生成されたケトン体も脳関門を通過でき[3]、脳関門通過後に再度アセチルCoAに戻されて脳細胞のミトコンドリアTCAサイクルでエネルギーとして利用される[4]。血液脳関門の働きにより、中枢神経系の生化学的な恒常性は極めて高度に維持されている。

その一方で、アルコールカフェインニコチン抗うつ薬も、脳内へ通過できる[5]。かつては分子量500を超える分子(多くの蛋白質など)や、脂溶性が低い荷電したイオン脂質二重膜を透過できず、血液循環から中枢神経系の中に入ることができないとされていた(分子量閾値説)が[6]、近年の研究により、脳毛細血管内皮細胞の細胞膜に存在するタンパク質が、脳内から血管へ物質を積極的に排出していることが明らかにされている[7]。こうした毛細血管内皮細胞の機能はリンパ球マクロファージ神経膠細胞から放出されるサイトカインによってコントロールされ得る。このため、脳炎髄膜炎のときは血液脳関門の機能は低下する。また、膿瘍その他の感染巣形成や腫瘍といった、よりマクロなレベルの破壊を起こす疾患の存在によっても、血液脳関門は破綻する。

機能分子編集

タイトジャンクション構成分子

BBBのタイトジャンクションを構成する分子で最も深く関与するのがクローディン-5とオクルディンである。クローディン-5に加えて、クローディン-1、クローディン-3およびクローディン-12の発現が脳毛細血管内皮細胞で確認されている[8]。トリセルラージャンクションの構成成分であるアンギュリンやトリセルリンも関与している[9][10]。クローディン-1タンパク質の存在は、特定の抗体がクローディン-1とクローディン-3との交差反応性を示すことがあるため、論争されている[11][12]

脳毛細血管のクローディン-5 mRNAレベルは、クローディン-1、クローディン-3またはクローディン-12 mRNAと比較して600〜700倍高い[13][14][15]。クローディン5ノックアウトマウスはBBBが破綻して脳血管の透過性が著しく亢進し、生後1日以内に致死となる[16]。クローディン5ノックアウトマウスにおいてGd-DTPA(742D)はBBBを通過するがマイクロペルオキシターゼ(~1.9kD)は透過しない。この結果からノックアウトマウスのBBBは少なくとも約800D以下の分子は通過しその破綻は分子量選択的である。これらの実験結果からクローディン-5はBBB機能に不可欠な分子でありその発現量がBBBのバリアー強度を決定するというのが定説となっている。オクルディンはそのリン酸化によってバリアー機能をきめ細かく調節しているものと考えられている。

脳血管内皮細胞にはトリセルリンやLSRなどトリセルラータイトジャンクション関連の蛋白質も発現している。トリセルラータイトジャンクションは傍細胞経路のmacromolecules通過に重要な役割を担う[17]がBBBでの役割に関してはまだわかっていない[18]

トランスポーター

内皮細胞に存在するトランスポーターには有用物質を取り込むinflux transporterと不要物質と有害物質を血管速へ排除するefflux transporterの2種類がある。

細胞接着分子

単核球が中枢神経実質へ移行するためにはrolling、adhesion、crawling、migrationという4つの連続するプロセスが必要であり、それぞれの過程で固有の分子が関与する。

脳室周囲器官編集

脳室周囲器官は血液脳関門が存在しないことから、その中の細胞は様々な生体物質の変化や侵入に直接暴露されているため「脳の窓」と呼ばれている。主要な構造器官には脳弓下器官(subformical organ)、交連下器官(subcommissural organ)、松果体(pineal body)、最後野(area postrema)、正中隆起(median eminence)、神経下垂体(neurohypophysis)、血管器官(organum vasculosum)があげられる。脳室周囲器官は自ら分泌するホルモンなどの物質を全身に運ぶ必要があるため脳室周囲器官では血液脳関門が発達していない。脳室周囲器官は血管に富み、脳内への選択的物質輸送を担う有窓性毛細血管が密集するとともに脳室側から脳膜側に長い突起を伸ばした特殊な上衣細胞がある。

BBB破綻のメカニズム編集

BBB破綻のメカニズムには2つ知られている。1つは単核球のバリアを超えた神経実質内への侵入、もうひとつはBBBを構成する内皮細胞間のタイトジャンクションの破壊・機能不全を介した液性因子の神経実質内の流入である。

単核球の神経実質内浸潤

細胞浸潤では内皮細胞に強固に接着するadhesionの過程が最も重要と考えられている。内皮細胞側の接着分子はVCAM-1とICAM-1である。単核球側の特異的リガンドはVCAM-1に対してはVLA-4、ICAM-1にはLFA-1とMac-1が同定されている。炎症細胞の細胞浸潤は内皮細胞の胞体を突き抜けるtranscellular migrationでありタイトジャンクションの制御する内皮細胞間ではない。ナタリズマブ(商品名:タイサブリ)はVLA-4に対するモノクローナル抗体であり、VCAM-1とVLA-4の相互作用を阻害し単核球浸潤を阻止する。

液性因子の神経実質内漏出

液性因子の神経実質内漏出はタイトジャンクションの障害によるものと考えられている。BBBでは星状膠細胞由来のVEGF-Aはクローディン5やオクルディンのダウンレギュレーションをきたし透過性亢進させる。また多発性硬化症の一見正常にみえる白質や皮質でもBBB破綻が起こっているという報告もある。

病態への関与という点以外にBBBを制御することで薬剤を到達させるという研究もある。Cambellらはマウスにクローディン5のsiRNAを全身投与し一時的にin vivoでクローディン5の発現を抑制してBBBの透過性を上げることに成功している[19]

脚注編集

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  1. ^ Siegel, Allan; Sapru, Hreday N.、「髄膜と脳脊髄液」 『エッセンシャル神経科学』、鶴尾吉宏 丸善、2008年、34--45頁。 
  2. ^ BRAIN and NERVE 65巻2号 2013年2号
  3. ^ a b 阿部又信「連載講座:イヌ ・ネコの基礎 栄養 (6) 養素の代謝と代謝調節」『ペット栄養学会誌』Vol. 4 (2001) No. 1. doi:10.11266/jpan1998.4.1_22
  4. ^ ケトン体合成”. 講義資料. 福岡大学機能生物化学研究室. 2011年10月18日閲覧。
  5. ^ ”. メルクマニュアル医学百科 最新家庭版. メルク. 2016年1月16日閲覧。
  6. ^ Levi VA (1980). “Relationships of octanol/water partition coefficient and molecular weight to rat brain capillary permeability”. J. Med. Chem. 23: 682-684. doi:10.1021/jm00180a022. PMID 7392035. 
  7. ^ Schinkel AH, Smit JJM, van Tellingen O, Beijnen JH, Wagenaar E, van Deemter L, Mol CAAM, van der Valk MA, Robanus-Maandag EC, te Riele HPJ, Berns A, and Borst JMP (1994). “Disruption of the mouse mdr1a P-glycoprotein gene leads to a deficiency in the blood-brain barrier and to increased sensitivity to drugs”. Cell 77: 491-502. doi:10.1016/0092-8674(94)90212-7. PMID 7910522. 
  8. ^ Acta Neuropathol(Berl) 2003;105(6):586–92. PMID 12734665
  9. ^ Drug Delivery System第28巻4号 2013年9月 p279-286
  10. ^ J Cell Biol. 2003 May 12;161(3):653-60. PMID 12743111
  11. ^ Acta Neuropathol(Berl) 2003;105(6):586–92. PMID 12734665
  12. ^ Acta Neu-ropathol (Berl) 2011;122(5):601–14. PMID 21983942
  13. ^ J Cell Physiol 2007;210(1):81–6. PMID 16998798
  14. ^ J Neurochem2008;104(1):147–54. PMID 17971126
  15. ^ PLoS ONE2010;5(10). PMID 21060791
  16. ^ J Cell Biol. 2003 May 12;161(3):653-60. PMID 12743111
  17. ^ Mol Biol Cell 2009;20(16):3713–24. PMID 19535456
  18. ^ Semin Cell Dev Biol. 2015 Feb;38:16-25. PMID 25433243
  19. ^ J Gene Med. 2008 Aug;10(8):930-47. PMID 18509865

外部リンク編集