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日本IBM野洲事業所(にほんアイビーエムやすじぎょうしょ)は滋賀県野洲市にかつて存在した、日本アイ・ビー・エム(米国IBMの日本法人)の事業所。

2005年8月に京セラに売却され[1][2]2007年7月本事業所は閉鎖された。

概要編集

滋賀県野洲市市三宅800番地に所在。

1970年着工、1971年藤沢工場から移転したメインフレームの生産で操業を開始した。

最盛期は半導体、プロセッサ、プリント基板、液晶パネル等コンピュータを一貫生産できる拠点であったが、メインフレームの地位低下により最終的に京セラに売却され閉鎖した。 現在は、京セラ滋賀野洲工場。

主な製品と技術編集

  • 半導体 - 磁気ディスク装置用ロジック素子、PC用ロジック素子、プロジェクション・ディスプレイ用ライトバルブ素子
  • 多層プリント配線基板 - PC用、磁気ディスク装置用、外販用、半導体パッケージ用
  • 電子回路部品 - 磁気ディスク装置用、外販用、ネットワーク端末用、PC用
  • 生産用機器 - TFTアレイテスター、LCDプロセス装置、画像処理ボード
  • システム製品ソリューション - 自動オペレーション環境監視装置、コンピューター用電気・機械部品の開発
  • System/370
  • IBM 4341、IBM 4351プロセッサー
  • IBM 3090プロセッサー
  • IBM 9021プロセッサー

野洲研究所編集

  • 主要研究対象 - 半導体と実装技術

野洲硬式野球部編集

沿革編集

  • 1970年昭和45年)10月 - 野洲工場建設着工[3]
  • 1971年(昭和46年)8月 - 工場操業開始[4]
  • 1971年(昭和46年)12月 - 製品初出荷[4]
  • 2005年平成17年)8月 - 京セラに野洲事業所の施設、不動産を売却
  • 2007年(平成19年)7月 - 野洲事業所閉鎖

野洲事業所の会社編集

株式会社アイテス
日本IBM野洲事業所の品質保証部門が母体[5]
ディスプレイ・テクノロジー株式会社(DTI)
東芝日本IBMの液晶合弁企業[6]インターナショナル ディスプレイ テクノロジー(IDTech)、エスティ・モバイルディスプレイを経て、現在は京セラ
野洲セミコンダクター株式会社(YSC)
日本IBM野洲事業所の半導体製造部門が母体[7]。セイコーエプソンの子会社を経て現在はオムロンセミコンダクターズ株式会社(OSC)[8]

アクセス編集

脚注編集

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  1. ^ 半導体から本体まで世界唯一の一貫生産 日本IBMが「栄光の野洲」を京セラに売却”. IT Pro (2005年8月30日). 2018年2月3日閲覧。
  2. ^ 京セラ/日本IBM野洲事業所(滋賀県野洲市)の土地、建物取得”. LNEWS (2005年7月3日). 2018年2月3日閲覧。
  3. ^ 日本アイ・ビー・エム(株)『日本アイ・ビー・エム50年史』”. 渋沢社史データベース (1988年10月). 2018年2月3日閲覧。
  4. ^ a b 日本アイ・ビー・エム(株)『日本アイ・ビー・エム50年史』”. 渋沢社史データベース (1988年10月). 2018年2月3日閲覧。
  5. ^ 会社・事業の沿革”. 株式会社アイテス (2017年). 2018年2月7日閲覧。
  6. ^ ディスプレイ・テクノロジー株式会社の事業分割について”. 株式会社東芝 (2001年7月3日). 2018年2月7日閲覧。
  7. ^ 最先端ロジック半導体生産の合弁会社 「野洲セミコンダクター株式会社」設立”. セイコーエプソン株式会社 (2001年6月28日). 2018年2月7日閲覧。
  8. ^ セイコーエプソン子会社の半導体事業用資産の譲受を完了”. オムロン ヘルスケア株式会社 (2007年3月30日). 2018年2月7日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集