松木宗子

江戸時代初期の女性。霊元天皇の典侍。准三后。子に永秀女王(1678.1.27-1725.8.14、六女、重宮、友宮、大聖寺宮、前景、勝光明院宮、受特賜勝光明院俊巖尼大禅師)、梅宮(1681.9.9-1684.2.5、七

松木 宗子(まつのき むねこ、明暦3年12月30日1658年2月2日) - 享保17年8月30日1732年10月18日))は、江戸時代初期の女性霊元天皇典侍で、東山天皇福子内親王ら3男4女の母。父は内大臣松木宗条、母は河鰭秀子女房名は大典侍・上臈局。准三后女院。院号は敬法門院

松木 宗子
続柄 霊元天皇典侍東山天皇生母

称号 敬法門院
身位 典侍准三宮女院
出生 明暦3年12月30日1658年2月2日
死去 享保17年8月30日1732年10月18日)(享年76)
埋葬 清浄華院京都府京都市上京区
配偶者 霊元天皇
子女 東山天皇福子内親王永秀女王京極宮文仁親王、皇女(梅宮)、勝子内親王、皇子(清宮)
父親 松木宗条
母親 河鰭秀子
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生涯編集

東山天皇即位後の元禄2年(1689年)に准三后となり、東山天皇崩御後の正徳元年12月23日(1712年1月19日)に55歳で出家、女院となる。

享保17年(1732年)8月30日、76歳で薨去。墓所は京都府京都市上京区清浄華院

なお、皇女・福子内親王は、邦永親王伏見宮)との間に貞建親王を儲け、貞建親王の曾孫(宗子の来孫)に当たる邦家親王旧皇族11宮家全ての共通祖先となっていることから、宗子は徳仁たる現在の皇室(皇子・東山天皇の子孫)と旧皇族11宮家の女系女子も含めた最近共通祖先となっている。