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槇 健吾(まき けんご、1948年1月10日[3] - )は、日本の元俳優。本名、今関 典雄[4][5][注 1]

まき けんご
槇 健吾
本名 今関 典雄
別名義 岡田 洋介
石 太郎
槇 健太郎
生年月日 (1948-01-10) 1948年1月10日(71歳)
出生地 日本の旗 日本 千葉県
身長 177 cm[1][2]
職業 俳優
ジャンル テレビドラマ映画
主な作品
テレビドラマ
スーパーロボット レッドバロン
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千葉県千葉市出身[2][3][4][5]日本大学法学部卒業[2][4][5]。東京タレントエージェンシー[1]、ぷろだくしょん森に所属していた[2]

来歴・人物編集

学生時代より、友人の勧めでモデルのアルバイトをしていたが、大学卒業後は東京都内のデパートに勤務する。しかし、半年ほどで退社してモデル業に専念する[3][4][5]。1973年の紹介記事では、退社の理由として「サラリーマンは不向きと感じたから」と述べている[3]

1973年特撮テレビドラマスーパーロボット レッドバロン』(日本テレビ)の出演者オーディションに、数十名の候補者の中から合格。「岡田 洋介」の芸名で、主人公である紅健役で俳優デビュー[3][4]。当時の紹介記事では「男らしくてかっこいい、子供たちに好かれるような紅健を生み出さないといけないと思ってます。身体を動かす点では、人に負けない自信があります」と述べている[4]

1974年テレビドラマおんな家族』『白い滑走路』(ともにTBS)にレギュラー出演。『おんな家族』の脚本を手がけていた松山善三によって、「石 太郎」と命名される。当時の紹介記事では「大人向きのドラマへの脱皮のチャンスにしたい」と述べている[5]

その後は、「槇 健太郎」、「槇 健吾」と改名を繰り返し、1980年代初頭まで活動していた。

スーパーロボット レッドバロン』で擬斗を担当した高倉英二は、槇(岡田)について「好青年」のイメージだが控えめな人物であったため、共演の大下哲矢らとともに、本人に主演なのだから前に出るよう指導したという[6]。アクションについては、力強くしっかりしており、現場に慣れた番組中盤からは上達して鋭いアクションになっていったと述べている[6]

特技は、合気道(二段)[2][3][4][7]空手(初段)[3][4][7]水泳[2]スキー[2]

出演編集

テレビドラマ編集

映画編集

  • 暴動島根刑務所(1975年、東映) - 松崎貞夫
  • 暴力金脈(1975年、東映) - 江口
  • 強盗放火殺人囚(1975年、東映) - 安里八郎
  • ラグビー野郎(1976年、東映) - 早川孝二
  • 毒婦お伝と首斬り浅(1977年、東映)
  • 女教師 秘密(1978年、日活) - 山川久志
  • おんなの寝室 好きくらべ(1978年、日活) - 柿村精次郎
  • 昼下りの女 挑発!!(1979年、日活) - 京介
  • 色情三姉妹 ひざくずし(1979年、日活) - 橋本幸一

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ 今関 典雅とする資料もある[1][2]

出典編集

  1. ^ a b c 『日本タレント名鑑'73』VIPタイムズ社、1972年、301頁。
  2. ^ a b c d e f g h 『日本タレント名鑑'81』VIPタイムズ社、1980年、179頁。
  3. ^ a b c d e f g 『読売新聞』 1973年7月18日付朝刊、11面。
  4. ^ a b c d e f g h 『河北新報』 1973年7月7日付朝刊、10面。
  5. ^ a b c d e 『福島民報』 1974年8月2日付朝刊、9面。
  6. ^ a b DVD『宣弘社フォトニクル』 2015年9月18日発売 発売元-デジタルウルトラプロジェクト DUPJ-133 pp44-47 「インタビュー 高倉英二
  7. ^ a b スーパーロボット レッドバロン」『テレビマガジンヒーロー大全集 増補改訂版』講談社〈テレビマガジン特別編集〉、1992年、51頁。ISBN 978-4061784147