濱田 博喜(はまだ ひろき、1952年 - )は、日本生理学者生化学)、実業家学位理学博士広島大学1987年)。岡山理科大学理学部教授、マイスターバイオ株式会社代表取締役社長最高技術責任者の「濱」は「浜」の旧字体のため、新字体浜田 博喜(はまだ ひろき)とも表記される。

はまだ ひろき
濱田 博喜
生誕 1952年
居住 日本の旗 日本
研究分野 生理学
研究機関 岡山理科大学
オクラホマ州立大学
テキサスA&M大学
出身校 広島大学大学院理学研究科
博士課程前期修了
広島大学大学院理学研究科
博士課程後期中途退学
影響を
受けた人物
エッセンベルク
スコット
プロジェクト:人物伝
テンプレートを表示

岡山理科大学理学部助手オクラホマ州立大学生化学科博士研究員テキサスA&M大学生化学科博士研究員、岡山理科大学理学部助教授などを歴任した。

来歴編集

生い立ち編集

1952年昭和27年)に生まれた[1]1979年(昭和54年)4月設置・運営する広島大学大学院に進学し[2]理学研究科にて学んだ[2]博士課程前期に在籍し[2]1981年(昭和56年)3月に修了した[2]。それにともない、理学修士学位を取得した。1981年(昭和56年)4月より博士課程後期に在籍し[2]1983年(昭和58年)3月に中途退学した[2]。その後、「Enantioselectivity in the biotransformation of mono- and bicyclic monoterpenoids with the cultured cells of Nicotiana tabacum」[3]と題した博士論文を執筆した。その結果、1987年(昭和62年)9月21日に広島大学より理学博士の学位を授与された[3][4]

生物学者として編集

加計学園が設置・運営する岡山理科大学に採用され[5]、1983年(昭和58年)4月より理学部助手を務めた[5]。理学部においては、主として基礎理学科の講義に携わった[5]1988年(昭和63年)4月より、アメリカ合衆国にてオクラホマ州立大学の生化学科にて博士研究員となった[5]。一年間にわたって、当時教授を務めていたエッセンベルクに師事した[5]1989年平成元年)4月テキサスA&M大学に転じ[5]、生化学科の博士研究員となった[5]。一年間にわたって、当時教授を務めていたスコットに師事した[5]日本に帰国後は岡山理科大学に復帰し[5]1992年(平成4年)4月には理学部の助教授に昇任した[5]。理学部においては、引き続き基礎理学科の講義を担当した[5]1998年(平成10年)4月、岡山理科大学の理学部にて教授に昇任した[5]。理学部においては、引き続き基礎理学科の講義を担当した[5]。しかし、理学部に臨床生命科学科が新設されたことにともない[5]2004年(平成16年)4月からは臨床生命科学科の講義を担当した[5]。なお、その傍ら他の教育・研究機関でも教鞭を執っていた。2017年(平成29年)2月28日より上海交通大学客員教授を兼任していた[1]

実業家として編集

大学発ベンチャーとしてマイスターバイオが設立されると、その代表取締役として社長に就任した[6]。また、いわゆる「CTO」である最高技術責任者も兼務していた[6]

略歴編集

著作編集

編纂編集

  • バリー・シアーズ著、浜田博喜・森昌彦共編『ボケない、キレない、忘れない、うつ病にも効く!――99.999999%の高純度フィッシュオイル』現代書林、2004年ISBN 4774505935

監修編集

脚注編集

[脚注の使い方]

関連項目編集

外部リンク編集