男はつらいよ 寅次郎かもめ歌

日本の映画作品、『男はつらいよ』シリーズ第26作

男はつらいよ 寅次郎かもめ歌』(おとこはつらいよ とらじろうかもめうた)は、1980年12月27日に公開された日本映画。『男はつらいよ』シリーズの26作目[2]

男はつらいよ 寅次郎かもめ歌
監督 山田洋次
脚本 山田洋次
朝間義隆
原作 山田洋次
製作 島津清
出演者 渥美清
伊藤蘭
倍賞千恵子
村田雄浩
前田吟
下條正巳
松村達雄
笠智衆
音楽 山本直純
主題歌 渥美清『男はつらいよ』
撮影 高羽哲夫
編集 石井巌
配給 松竹
公開 日本の旗 1980年12月27日
上映時間 100分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
配給収入 13億8000万円[1]
前作 男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花
次作 男はつらいよ 浪花の恋の寅次郎
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あらすじ編集

寅次郎が旅先で見た夢では、時代劇の柴又村に水害が起こり、代官の命令で、村で一番美しい娘である「おさく」が天狗様への人身御供になることになる。旅の者の寅次郎は、おさくの代わりにつづらに入り、悪だくみをしていた代官たちを捕まえる。そして、おさくの生き別れの兄だと名乗り出る。

柴又に帰ってきた寅次郎は、さくら・博が一戸建てを購入したこと、そしてそのうちの一部屋は自分が宿泊できるように用意されているということを聞き、感激する。祝いとして、源公から強制的に借用して二万円を出すが、博たちは、その気持ちに感謝しつつも、「大金すぎる」と釣りを返そうとする。互いの思いやり合いでの不幸なすれ違いが原因で怒ってしまった寅次郎は、再び旅に出る。

寅次郎は、江差追分の全国大会が開催されている江差へ啖呵売に行く。そこでテキヤ仲間の一人が寂しく死んでいったのを聞いて、人生の儚さに深い哀れみを覚え、線香の一本もあげてやろうと奥尻島を訪れて、忘れ形見のすみれ(伊藤蘭)と出会う[2]

幼い頃に母も家を出ていることから、頼る者のいないすみれの、東京に出て働きながら定時制高校で学びたいという願いにほだされた寅次郎は、すみれを連れて東京へ戻り、とらやの面々に協力を仰いで、就職の世話や高校の入学手続きに奔走する。さくらや博から編入試験のための勉強を教わったすみれは、試験から逃げ出したいと弱気になったこともあったが、このままの人生でいいのかという寅次郎の発破にも応えて、晴れて試験に合格し、とらやに住みながらの学校生活が始まる。すみれの様子が気になる寅次郎は、毎晩教室へ顔を出すうちに、クラスメイトや教師らとも顔見知りになり、打ち解けていく。

そんなある日、すみれの友人を名乗る男・貞夫(村田雄浩)からとらやに電話が入る。さくらからすみれの勤め先を聞き出して連絡を取った貞夫は、登校してきたすみれと再会する。恋人同士だった二人は過去の行き違いから喧嘩していたが、一緒に暮らしてくれという貞夫の真摯な気持ちに打たれたすみれは、自分もまだ貞夫のことが好きだと告白し、二人は抱き合う。夜になってもとらやに帰ってこないすみれを心配し、寅次郎は慌てふためく。翌朝、戻ってきたすみれは心配をかけたことを皆に謝るが、一晩中男と一緒にいた事を知って、寅次郎は怒りだす。しかし、すみれの口から貞夫と結婚する意志があることを聞くと、寅次郎は再び旅に出る決意を固め、身支度を始める。泣きながら謝るすみれに、「幸せになれるんだろうな、お前。もしそうじゃなかったら、俺、承知しないぞ」と励まし、とらやを出て行く。

正月になり、すみれと貞夫がとらやを訪れ、3月に結婚式を挙げると報告する。貞夫の真面目そうな様子は、寅次郎も気に入るタイプと、とらやの人びととタコ社長が太鼓判を押す。すみれは、結婚しても定時制の高校に通う気持ちは捨てていなかった。一方、寅次郎から、源公ととらやに年賀状が来る。源公には、借金の返済はもう少し待ってほしいが、利息をつけて必ず返すとの内容。博とさくらには、すみれが幸せで暮らせるように見守ってあげてほしいと、「父親代わり」としてお願いする文面であった。

逸話編集

  • タイトルの「かもめ歌」は、『江差追分』のこと。「かもーめー」から始まる節があり、劇中でも再三披露されている。
  • 本作では、さくら夫婦がローンで念願の一戸建てのマイホームを購入。二階の一部屋は満男の部屋で、もう一部屋は寅次郎の部屋であった。
  • 第2作から満男を演じた中村はやとは、本作をもって降板する。
  • 第1作から様々な役柄で登場していた関敬六が、本作以降は寅次郎のテキヤ仲間のポンシュウ役で固定される。(第28作(光枝の働く旅館でヒゲを剃っている男で、寅次郎と特に面識がある感じではない)のような例外もある。)
  • 松村達雄の先生が授業で読み上げる詩は、濱口國雄の「便所掃除」である。
  • 定時制高校を気に入った寅次郎が入学を希望し提出した際の願書から、寅次郎の生年月日が1940年(昭和15年)11月29日と判明する[注釈 1](しかし、寅次郎は中学中退のため願書は受け付けられなかった)
  • DVDの特典映像[3]では、カットされたシーン、改変になったシーンを見ることができる。例を挙げると、テキ屋時スカーフが売れるシーン、スカーフを被って湾を見下ろすシーン、すみれの入浴シーン(本編では戸を開けるとすみれがタオルを巻いて立っているが、特典映像では「お風呂が熱いの」の時タオルを巻いて出て来る)など。

スタッフ編集

キャスト編集

※公開時のプレスシートより転載

※その他

ロケ地編集

  • 徳島県鳴門市(厳島神社、霊山寺、鳴門スカイライン展望台)
  • 葛飾区柴又(さくらの家、南葛飾高校、五兵衛橋、セブンイレブン)
  • 北海道檜山郡江差町(江差港、かもめ島頂上)、奥尻郡奥尻町(稲穂岬、奥尻港、賽の河原)、

『男はつらいよ 寅さん読本』1992、p.629より

同時上映編集

記録編集

  • 観客動員:188万9000人[4]
  • 配給収入:13億8000万円[1](13億7000万円[4]とも)

参考文献編集

  • 佐藤利明『みんなの寅さん』(アルファベータブックス、2019)

脚注編集

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注釈編集

  1. ^ もっとも、この誕生年だといろいろと齟齬が出てくる。(1)第1作で、14歳乃至16歳で家を出て、20年帰らなかったという設定であるので、第1作時は34歳乃至36歳。第1作がリアルタイムで1969年を描いているということは言われていないが、未来のことを描いているようには見えないので、遅くとも1969年だとすると、遅くとも1933年乃至1935年の生まれと考えられる。(2)『少年寅次郎』での設定は、1936年2月26日生まれ。(3)渥美清の実際の誕生日は、1928年3月10日。(4)明言されているわけではないが、マドンナで寅次郎より年上のように描かれているのは、第18作の綾(京マチ子) のみ。しかし、1940年生まれだとすると、マドンナを演じた女優で実年齢が渥美清より上である京マチ子のみならず、それに続く志津(新珠三千代=1930年生まれ)、千代(八千草薫=1931年生まれ)、圭子(香川京子=1931年生まれ)、りつ子(岸惠子=1932年生まれ)、貴子(池内淳子=1933年生まれ)、夕子(若尾文子=1933年生まれ)、藤子(藤村志保=1939年生まれ)は年上の設定、リリー(浅丘ルリ子=1940年生まれ)は同い年の設定になりえてしまう。

出典編集

  1. ^ a b 1981年配給収入10億円以上番組 - 日本映画製作者連盟
  2. ^ a b 『昭和55年 写真生活』(2017年、ダイアプレス)p39
  3. ^ 男はつらいよ寅次郎かもめ歌(2021年5月26日LastAccessDate)
  4. ^ a b 日経ビジネス』1996年9月2日号、131頁。

関連項目編集

外部リンク編集