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白老仙台藩陣屋跡

北海道白老郡白老町にある史跡

白老仙台藩陣屋跡(しらおいせんだいはんじんやあと)は、北海道白老郡白老町にある国指定の史跡[1]。この項目では、博物館仙台藩白老元陣屋資料館(せんだいはんしらおいもとじんやしりょうかん)についても記述している。


概要編集

白老川とウトカンベツ川に挟まれた場所にあり、北海道内で数少ない江戸幕府蝦夷地の姿を残している[2]。国の「民族共生象徴空間」の関連施設に位置づけられており[3]、敷地内の設備や資料館の改修、「保存活用計画」策定を計画している[4][5]

敷地内には塩釜神社や仙台藩白老元陣屋資料館があり、少し離れた丘陵地には愛宕神社がある。資料館には史跡の絵図面や古文書武具など約300点の資料を所蔵しているほか[6]、白老に関する郷土資料展、講演会、日本史にまつわる展示会など、定期的なイベントも開催している[6]

歴史編集

江戸幕府1854年嘉永7年)の「日米和親条約」によって鎖国に終止符を打ち、アメリカ合衆国に続いてイギリスロシアオランダとも和親条約を締結した[2]。ところが、依然として北方の緊張が続いていたため、ロシアの南下政策を警戒した幕府が松前藩や東北諸藩に蝦夷地の分割警備を命じ、各藩は計24カ所の陣屋を築いて沿岸の警備にあたった[2]仙台藩は白老から襟裳岬を経て国後島択捉島までの東蝦夷地を守備範囲とし、1856年安政3年)に陣屋を白老に築いた[2]。なお、白老町はこの年を町の開基としている[7]。陣屋は面積が約66,000 m²、土塁に囲まれた曲輪があり、内曲輪と外曲輪の中に6基のを構えて本陣・勘定所・殻蔵・稽古場・長屋などを築き、常時120名の藩兵が駐屯していた[2]1859年(安政6年)に藩領地となったことによって代官が置かれ、白老の民政を行った[2]明治維新によって時代が変わり、1868年慶応4年・明治元年)に戊辰戦争が勃発すると官軍が白老陣屋を攻撃する危険性が高まったため藩士は白老を離れて仙台に引揚げ、陣屋は12年の歴史に幕を閉じた[2]

1966年昭和41年)に国指定の「史跡」となり、白老町が整備を行っている[1]1981年(昭和56年)に縁のある仙台市と「歴史姉妹都市」を提携し[8]1984年(昭和59年)には町制施行30周年を記念して「仙台藩白老元陣屋資料館」が開館した[2][6]

仙台藩白老元陣屋資料館編集

  仙台藩白老元陣屋資料館
施設情報
管理運営 白老町
開館 1984年
所在地 059-0912
  日本
位置 北海道白老郡白老町陣屋町681-4
外部リンク 陣屋資料館 | 白老町
プロジェクト:GLAM
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利用案内

  • 開館時間:9:30 - 16:30[6]
  • 休館日:毎週月曜日(祝祭日の場合は翌日)、年末年始(12月29日 - 1月3日)[6]
  • 入館料(※白老町民は無料[6]
    • 個人:一般300円、小中学生150円[6]
    • 団体(20人以上):一般250円、小中学生120円[6]

アクセス編集

脚注編集

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  1. ^ a b 白老仙台藩陣屋跡 - 文化遺産オンライン(文化庁
  2. ^ a b c d e f g h 白老元陣屋の歴史”. 白老町. 2017年3月24日閲覧。
  3. ^ 「民族共生象徴空間」基本構想(改定版)概要 (PDF)”. 内閣官房アイヌ総合政策室. 内閣官房 (2016年). 2017年3月24日閲覧。
  4. ^ “20年までに改修へ 仙台藩白老元陣屋資料館”. 苫小牧民報 (苫小牧民報社). (2016年3月19日). http://www.tomamin.co.jp/20160336530 2017年3月24日閲覧。 
  5. ^ “保存活用計画策定へ調査 仙台藩白老元陣屋跡と資料館”. 苫小牧民報 (苫小牧民報社). (2017年3月18日). http://www.tomamin.co.jp/20170348739 2017年3月24日閲覧。 
  6. ^ a b c d e f g h 仙台藩白老元陣屋資料館利用案内”. 白老町. 2019年1月10日閲覧。
  7. ^ 白老町の歴史”. 白老町. 2017年3月24日閲覧。
  8. ^ 白老町の姉妹都市”. 白老町. 2017年3月20日閲覧。

関連項目編集

外部リンク編集

座標: 北緯42度33分51秒 東経141度20分36秒 / 北緯42.56417度 東経141.34333度 / 42.56417; 141.34333