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盛岡市長

日本の岩手県盛岡市の首長

盛岡市長(もりおかしちょう)は、岩手県盛岡市首長。現職は谷藤裕明2003年(平成15年) - )。

戦後3回、市長が任期途中に辞職していることから(1952年昭和27年)・1953年(昭和28年)・1979年(昭和54年))、その選出は統一地方選挙としては行われていない。

概要編集

1888年明治21年)、大日本帝国憲法下の地方制度を定めるものとして市制(明治21年法律第1号)が施行され、全国市町村が順次設定された。盛岡市もこれに倣って市制が施行され、その首長として市長が置かれるに至った。市長は公選ではなく、市制の規定に従って市議会(当時は「市会」と呼称)が指名し、天皇の裁可によって任命する形式がとられた。

その後、日本国憲法が首長の直接選挙を定め、1947年(昭和22年)以降は直接選挙による選出が始まった。

現職は19代目・谷藤裕明

一覧編集

※ 複数回にわたって市長を務めた者には、再任に際して(再)の印を付した。
※ 現職の辞任・死去などにより空位が生じた場合の臨時代理は、代数に算入せず、一覧表への記載もしていない。
市長名 当選回数 在任期間 備考
1 目時敬之 1889年(明治22年)5月22日
- 1894年(明治27年)3月27日
初代 生家は「目時のヒバ」で知られる。旧盛岡藩士。
2 清岡等 1894年(明治27年)3月27日
- 1901年(明治34年)10月28日
盛岡電気㈱(現・東北電力)初代社長。
3 関定孝 1901年(明治34年)10月28日
- 1906年(明治39年)5月11日
三田定則の実兄。旧盛岡藩士。
4 北田親氏 1906年(明治39年)5月11日
- 1907年(明治40年)11月6日
歴代最長の在任期間(20年)。大正時代の全期間をつとめる
5 大矢馬太郎 1907年(明治40年)11月6日
- 1910年(明治43年)8月3日
6 (再)北田親氏 1910年(明治43年)12月3日
- 1928年(昭和3年)12月5日
再任
7 堀合由巳 1929年(昭和4年)1月20日
-1929年(昭和4年)3月6日
8 中村謙蔵 1929年(昭和4年)5月8日
- 1934年(昭和9年)6月6日
9 (再)大矢馬太郎 1934年(昭和9年)6月7日
- 1939年(昭和15年)7月11日
再任。在職中に死去、初の市葬
10 見坊田鶴雄 1939年(昭和15年)9月30日
- 1943年(昭和18年)9月19日
11 二見直三 1943年(昭和18年)9月30日
- 1946年(昭和21年)10月3日
内務官僚
12(公選1) 小泉多三郎 2期 1947年(昭和22年)4月8日
- 1952年(昭和27年)6月10日
以後、直接選挙による選出。任期途中で辞職
13(公選2) (再)二見直三 1期 1952年(昭和27年)7月20日
- 1953年(昭和28年)12月30日
再任。任期途中で死去
14(公選3) 山本弥之助 3期 1954年(昭和29年)2月12日
-1965年(昭和40年)1月28日
15(公選4) 吉岡誠 1期 1965年(昭和40年)2月24日
- 1969年(昭和44年)2月18日
16(公選5) 工藤巌 3期 1969年(昭和44年)2月19日
- 1979年(昭和54年)8月8日
任期途中で辞職。のちに衆議院議員岩手県知事
17(公選6) 太田大三 4期 1979年(昭和54年)9月2日
- 1995年(平成7年)9月1日
18(公選7) 桑島博 2期 1995年(平成7年)9月2日
- 2003年(平成13年)9月1日
19(公選8) 谷藤裕明 4期目在任中 2003年(平成13年)9月2日
- 現職
3期目(2011年)は無投票当選。

関連項目編集

外部リンク編集