メインメニューを開く

神坂村(みさかむら)は長野県南西部にあった西筑摩郡(現在の木曽郡)の村。島崎藤村の出生地である馬籠宿1958年10月13日まで同村であった。

みさかむら
神坂村
廃止日 1958年10月15日
廃止理由 編入
長野県西筑摩郡神坂村 → 岐阜県中津川市
現在の自治体 岐阜県中津川市
廃止時点のデータ
日本の旗 日本
地方 中部地方甲信越地方信越地方
都道府県 長野県
西筑摩郡
面積 47.67km2.
総人口 2,584
(岐阜県町村合併史[1]、1958年9月13日)
隣接自治体 山口村吾妻村下伊那郡阿智村
岐阜県 中津川市
神坂村役場
所在地 長野県西筑摩郡神坂村
特記事項 廃止前日(1958年10月14日)に馬籠地区が山口村へ編入
 表示 ウィキプロジェクト

1958年10月15日岐阜県中津川市に越県吸収合併されて消滅しているが前日には隣接する山口村に馬籠集落が編入されている。これについては「島崎藤村」騒動についての項目を参照。

大字・小字編集

  • 大字:神坂(ミサカ)
  • 小字:
  • 青木沢(アオキザワ), 新シ屋(アタラシヤ), 油草(アブラグサ), 雨堤/天堤(アマヅツミ), 新屋敷(アラヤシキ), 荒畑(アレバタ)
  • 家ノ上(イエノウエ), 石平(イシビラ), 板取洞(イタドリホラ), 壱ノ沢(イチノサワ), イッパイ清水(イツパイシミズ), イボ坂(イボザカ)
  • 上ノ原(ウエノバラ), 上ノ山(ウエノヤマ), 薄洞(ウスボラ), 姥ケ塚(ウバガズカ), 浦ナシ(ウラナシ)
  • 恵下(エゲ), エナギ
  • 大久手(オオクテ), 大久保(オオクボ), 大沢(オオサワ), 大平(オオダイラ), 大桧(オオヒノキ), 大平ダイラ(オオヒラダイラ), 大洞(オオボラ),大牧平(オオマキダイラ), 奥戸屋(オクドヤ), 落シノ平(オトシノヒラ)
  • 桂ケ洞(カツガホラ), 上田(カミダ), 上田平(カミダビラ),  川表(カワオモテ),  川原田(カワハラダ),  川原(カワラ),  川原田平(カワラダヒラ), 川原林(カワラバヤシ), 勘ケ原(カンガハラ), 勘ケ洞(カンガボラ)
  • 北ガクレ(キタガクレ),  狐洞(キツネボラ),  キヤリバ,  霧ケ原(キリガハラ)
  • 草木(クサギ),  草木井戸入(クサギイドイリ),  草木日向平(クサギヒナタヒラ),  沓掛(クツカケ),  久保畑(クボバタ)
  • 兼好屋敷(ケンコウヤシキ),  兼好屋敷奥井戸入(ケンコウヤシキオクイドイリ),  兼好屋敷瀬戸平(ケンコウヤシキセトダイラ),  兼好屋敷向平(ケンコウヤシキムカイビラ),  兼好屋敷山ノ神洞(ケンコウヤシキヤマノカミボラ)
  • 小性(コシヨウ),  五斗沢(ゴトザワ),  小森(コモリ),  小森坂(コモリザカ),  小屋洞(コヤボラ)
  • 才一畑(サイイチバタ),  境ノ沢(サカエノサワ),  猿沢(サルサワ),  沢渡(サワタリ)
  • 塩ナギ(シオナギ),  塩野(シオノ),  塩ノ向(シオノムカイ),  敷ノ上(シキノウエ),  シノハチ,  島田(シマダ),  下島(シモジマ),  ショウブ平(シヨウブダイラ),  ショウブ谷(シヨウブダニ),  白わらび(シロワラビ),  神明ケ根(シンメガネ)
  • 杉ケ平(スギガダイラ),  錫原(スズハラ),  鈴原巾(スズハラハバ),  炭山(スミヤマ)
  • セハイシ
  • 袖林(ソデバヤシ),  外畑(ソトバタ),  外洞(ソトボラ)
  • 高野(タカノ),  高野山(タカノヤマ),  立沢(タテザワ),  立野(タテノ),  棚田(タナダ),  種ノ洞(タネノボラ),  田尻(タノシリ)
  • 児野宮(チゴノミヤ),  茶ノ木畑(チヤノキバタ)
  • 突抜洞(ツキヌキボラ),  土馬屋(ツチマヤ)
  • 手ノ久保(テノクボ),   寺洞(テラボラ),  寺向(テラムカイ),  伝田(デンダ),  伝田原(デンダワラ),  伝田日向平(デンダヒナタビラ)
  • 栃ケ洞(トチガホラ),  殿畑(トノバタ),  殿畑北平(トノバタキタダイラ),  殿畑渡瀬(トノバタワタセ),  留ノ林(トメノバヤシ),  鳥屋(トヤ), 鳥屋根(トヤネ),
  • 中ヲゾ根(ナカオゾネ),  中島(ナカジマ),  中島井水上(ナカジマイスイウエ),  中島家ノ上(ナカジマヤノウエ),  中根(ナカネ),  中根日陰(ナカネヒカゲ),  中林(ナカバヤシ),  中平(ナカヒラ),  中屋(ナカヤ),  中屋上(ナカヤカミ),  中山(ナカヤマ)
  • 盗人平(ヌスツトダイラ),  ヌル川東(ヌルガワヒガシ),  沼(ヌマ)
  • 根巻 (ネマキ)
  • ノゾキ
  • 蜂久保(ハチクボ),  八升蒔(ハツシヨウマキ),  花立(ハナダテ),  花戸(ハナド),  花ノ木(ハナノキ),  巾(ハバ),  番屋ノ根(バンヤノネ)
  • 稗ナギ(ヒエナギ),  日陰(ヒカゲ),  日越日陰(ヒコシヒカゲ),  彦六(ヒコロク),  桧ケ沢(ヒノキガサワ)
  • 深沢(フカサワ),  フキナギ,  福島(フクシマ),  古畑(フルバタ),  古屋敷(フルヤシキ)
  • 干草場(ホシクサバ),  細野(ホソノ),  細野坂(ホソノザカ),  細野山(ホソノヤマ),  堀田(ホツタ),  程島(ホドジマ),  坊主ナギ(ボウズナギ),
  • 前平(マエビラ),  牧(マキ),  槇ケ坂(マキガサカ),  槇林(マキバヤシ),  松島(マツジマ),  松島下(マツジマシタ),  丸久手(マルクテ), 丸根(マルネ),  丸山(マルヤマ)
  • 味噌野(ミソノ),  道下(ミチシタ),  宮沢(ミヤザワ),  宮ノ前(ミヤノマエ)
  • 向小森(ムカイコモリ),  向平(ムカイダイラ),  向山(ムカイヤマ)
  • モエナギ,  モチ畑(モチバタ),  持堀場(モチホリバ),  樅木立(モミノキダチ)
  • 休場(ヤスミバ),   山田(ヤマダ),   柳樽林(ヤンダルバヤシ)
  • 湯舟沢(ユブネサワ)
  • 与川屋(ヨガワヤ),  吉原(ヨシハラ),  寄沢(ヨリサワ),  與ななき(ヨナナキ)
  • 若木立(ワカキダチ),  ワナバ
  • 大字:馬籠(マゴメ)
  • 小字:無し

沿革編集

「島崎藤村」騒動について編集

1957年3月18日、神坂村議会は岐阜県中津川市との県境を跨いだ合併」を賛成多数で可決。その後中津川市議会・岐阜県議会も賛成したが長野県議会だけは反対多数で否決した。長野県議会が反対した理由は「神坂村は信濃国・長野県を代表する文豪島崎藤村の生誕地である。もし神坂村が長野県を離れて岐阜県に持っていかれたらそれだけでも大損失である。」ということからだが県を代表する人物の生誕地という理由で反対したことがきっかけとなったため後にこう呼ばれるようになったのである。

岐阜県議会も賛成までは全村合併が規定路線であったため村は平穏だったが長野県議会の反対以降急転、村は岐阜県合併派・長野県内合併派に分裂し意見対立から隣同士が目を合わせないといういがみ合いが発生。ついには長野県警の機動隊が常駐するという最悪の事態まで発展した。騒動は内閣総理大臣の裁定にゆだねられることとなったが結果は「越県合併を認める」。しかし自治庁の裁定で馬籠など北部3集落は長野県残留、その他は岐阜県へ」 と決められ結局両県納得という形で幕引きとなったのである。こうして上記の形で越県合併されて消滅したのであった。

騒動のその後編集

騒動のさなか一番つらい思いをしたのが当時の子供たちで、唯一の教育機関、村立神坂小中学校は対立以降長野県内合併派の子供が村八分状態にされ、村内の寺などを借りて授業を続けていたが合併が決まり中津川市立となるや完全に弾き飛ばされてしまった。そこで長野県は山口村立神坂小中学校を作って受け皿を作るなど対応に追われた。しかし山口村に編入された旧馬籠村地区にも岐阜県合併派がいて、学校が出来て以降、今度は同派の子供が同校の出席を拒否して地区内の民家を借りて授業を続けるという事態が起きるなどしこりが残っていた。

47年後の2005年2月13日になって、山口村が岐阜県中津川市に越県合併された。その際田中康夫長野県知事は当初「村の行方は住民が決めること」と静観していたが、後に反対に回った。長野県議会は当初反対し、それが知事にも影響したが、最終的に賛成に回った。これは騒動が長野県議会の反対から村を二分する騒動に発展し(当時の)子供達につらい思いをさせていたことが禍根になっていたことが考えられる。

脚注編集

[ヘルプ]
  1. ^ 岐阜県地方課編、1961年11月1日発行

関連項目編集