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明治10年から19年の練習艦時代と推定される「肇敏」

肇敏(ちょうびん)は日本海軍練習艦。元プロシア帆船「ユトラー」。

艦名は「事を開き始めてすみやかに行う」[1]という意味。

艦歴編集

カナダで建造されたと言われる885トンの木造帆船で、明治4年6月(1871年7月)にイギリス人から購入し[2]「春風丸(しゅんぷうまる)」と命名、運送船として使用された。

1873年(明治6年)5月に御召船「春風丸」の保管が海軍省へ移管、そのため5月2日に「肇敏丸」に改名、1877年(明治10年)の西南戦争では輸送任務に従事した。同年に練習船に指定され、1879年(明治12年)7月7日「肇敏(艦)」に改名した。

「艦体が腐朽し軍艦の用に堪え難」くなり[3]1886年(明治19年)3月15日に廃艦が決まった[4]。その後は浦賀屯営の付属とされ、1889年(明治22年)5月には航海運用術練習艦「筑波」の付属、1890年(明治23年)1月に「武蔵」の付属、同年8月に横須賀海兵団付属とされ、1896年(明治29年)11月に売却された[5]

要目編集

以下は『日本海軍史 第7巻』による

  • 排水量:885トン
  • 長さ:42.8m
  • 幅:9.1m
  • 兵装:砲4門[1]

艦長編集

※『日本海軍史』第9巻の「将官履歴」及び『官報』に基づく。

  • 伊月一郎 少佐:不詳 - 1884年1月21日
  • 三浦功 少佐:1884年1月21日 - 12月16日
  • 木藤貞良 少佐:1885年6月1日 - 1886年2月2日

脚注編集

  1. ^ a b 『聯合艦隊軍艦銘銘伝』p199。
  2. ^ 『聯合艦隊軍艦銘銘伝』による。『日本海軍史 第7巻』p225によると明治4年6月27日に購入。
  3. ^ 『公文類聚』第10編(明治19年)第15巻、「肇敏艦ヲ廃艦トス」、リンク先の2コマめに廃艦理由としてある。
  4. ^ 『官報』第807号(明治19年3月15日発行)、海軍省令第15号、リンク先の2コマめ。
  5. ^ 除籍後の艦歴は『聯合艦隊軍艦銘銘伝』による。『日本海軍史 第7巻』p465によると1888年(明治21年)に売却。

参考文献編集

関連項目編集