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西田征史

俳優、脚本家、演出家、映画監督、作家

来歴編集

学習院中・高等科に通っていたが、エスカレータ進学して就職する流れに違和感を覚え、その流れを変えるために1994年に高等科3年生でオーディション雑誌で募集を目にしたホリプロの芸人オーデションを受け合格[2][3]。同年に内海智(現株式会社ポニーキャニオン/映像プロデューサー)とお笑いコンビ「ガラパゴス」を結成。その後、同コンビ名にて数回の相方変更を経て、1995年佐野忠宏とお笑いコンビ「ピテカンバブー」を結成するかたわら、大学に通いながら河野靖主宰の劇団「携帯万能カプセル」にて俳優としての活動も始めた[4]。しかし芸人としては売れず、出演していた番組でアシストをしていたが司会から突然何か面白いことを言ってほしいと言われたが対応できず、これ以降人前や舞台で口数が少なくなり[3]、大手事務所所属の肩書に満足して遊び呆ける生活で目標も決まらず売れないなら相方のせいかもしれないと思う自分にも嫌になり一人で責任を負う仕事をしたいと考え、ピン芸人にはなれないと物語を作ることが好きで笑いとテーマに漫才のネタより長い物語を考えてみようとする[5][3]。実家暮らしで遊ぶこともできたが月収10万円では発展性がないと24歳の1999年に解散し、芸人をやめる[4][3]

2000年から、元々物語性の強い作品が好きだったこともあって舞台の脚本・演出を手がけるようになった。そして、かわのをとやと演劇ユニット「鼻ギター」を結成した。漫才のネタ作りをしていたため脚本を練るのに苦労することはなかったが仕事が来ない日々が続いていた最中[5]、芸人時代に親交のあった小林賢太郎ラーメンズ)の演劇作品に俳優として舞台に立っているときにプロデューサーの目に留まり、その繋がりで脚本のコンペティションを受けることとなり、映画『ガチ☆ボーイ』(2008年)の脚本に抜擢された[4]

ニフティのネットドラマ『キキコミ』で監督デビュー。

映画『ガチ☆ボーイ』では脚本のみならず、レフリー(ボラギノール日野)役で出演。更に小説『ガチ☆ボーイ』も執筆。

ドラマ『ロス:タイム:ライフ』では解説者役で声の出演。

NHK教育シャキーン!』では番組の構成とマルチに活動の場を広げ、TBS金曜ドラマ魔王』、日本テレビ系列『怪物くん』『妖怪人間ベム』などで連続ドラマ脚本を担当。

NHK総合ではシチュエーション・コメディママさんバレーでつかまえて』の作・演出も手がけている。

2011年4月から放送の『TIGER & BUNNY』で初めてテレビアニメの脚本を担当。オリジナルストーリーを作り上げ、シリーズの構成と全話の脚本を担当している[4]

日経エンタテインメントにて、「ヒットメーカー・オブ・ザ・イヤー2012」の準グランプリを受賞。2011年度における、映画『怪物くん』、テレビドラマ『妖怪人間ベム』、テレビアニメ『TIGER & BUNNY』のヒットが評価された。

2014年10月から月9ドラマ『信長協奏曲』の第1・2話の脚本を担当している。

2012年、初のオリジナル小説『小野寺の弟・小野寺の姉』を出版。この作品はのちの2013年に自ら舞台化、2014年には映画化され、自ら原作・脚本・監督をつとめ[6]、第39回報知映画賞・新人賞を受賞[7]

2016年上半期の連続テレビ小説とと姉ちゃん』の脚本を担当[8]

人物編集

2歳上の兄がいたが西田が8歳のときに交通事故で急死[9]。西田家は割と堅い一家であったため芸人になることに反対されると思ったが父は認めてくれた[9]。20歳を過ぎてなぜ認めてくれたのか聞くと、人間はいつ人生が終わるか分からないもので息子でも型にはめず自由に生きてほしいと言われた[9]

役者が脚本を解釈して個性を生かす芝居をしてほしいと脚本では動作を限定せず役者の考えが活きるようにし、セットの雰囲気を見る他は現場へは行かないことにしている[5]

脚本・構成編集

テレビドラマ編集

テレビアニメ編集

その他テレビ番組編集

  • NHK教育シャキーン!』(2007年5月14日 - 現在、構成)
  • NHK教育『シャキーン!』内アニメ『クノーチェ』
  • NHK教育『シャキーン!』内ドラマ『シャキーン観察日誌』

映画編集

ネットドラマ編集

舞台編集

他、多数

監督・演出編集

TV編集

ネットドラマ編集

舞台編集

映画編集

他、多数

小説編集

出演編集

映画編集

他多数

舞台編集

他多数

TV編集

他多数

ラジオ編集

出典編集

外部リンク編集