株式会社ホリプロHoripro Inc.)は、日本芸能事務所

株式会社ホリプロ
Horipro Inc.
Hori pro meguro tokyo 2009.JPG
ホリプロ本社ビル(東京都目黒区)
種類 株式会社
市場情報 非上場
東証1部 9667
2012年5月1日上場廃止
本社所在地 日本の旗 日本
153-8660
東京都目黒区下目黒一丁目2番5号
北緯35度37分59.9829秒 東経139度42分49.6026秒 / 北緯35.633328583度 東経139.713778500度 / 35.633328583; 139.713778500座標: 北緯35度37分59.9829秒 東経139度42分49.6026秒 / 北緯35.633328583度 東経139.713778500度 / 35.633328583; 139.713778500
設立 1960年5月
業種 サービス業
法人番号 9013201005452
事業内容 芸能プロダクション、CM・テレビ番組制作他
代表者 代表取締役社長 堀義貴
資本金 1億円(2017年3月31日現在)
売上高 159億2,000万円(2016年3月期)
営業利益 23億8,400万円(2016年3月期)
経常利益 30億100万円(2016年3月期)
純利益 18億100万円(2016年3月期)
純資産 174億8,200万円(2016年3月期)
総資産 229億9,700万円(2016年3月期)
従業員数 261名(2017年3月31日現在)
決算期 毎年3月31日
主要株主 有限会社青春社[注釈 1] 45.3%
(2011年9月30日現在)
主要子会社 ホリ・エージェンシー
ホリプロコム
ホリプロ・エンタープライズ
大洋音楽(株) など
関係する人物 堀威夫(ファウンダー最高顧問、創業者)
外部リンク http://www.horipro.co.jp/
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目次

概説編集

1960年5月有限会社堀プロダクションとして設立され、1963年1月に株式会社へ改組し、社名をホリプロダクション(略称:ホリプロ)に改称。1990年10月に株式会社ホリプロへと2度目の改称、それまでの略称名が正式社名となった。

「芸能プロを一企業として社会に認知させたい」との思いから経営の健全化を進め、1989年に業界初の株式公開を果たし、1997年には東証2部上場、2002年9月には東証1部上場を果たした[1]。しかし、2011年12月には、経営環境の変化から経営の自由度を確保するため、MBOによる上場廃止を発表した[2]

創業者の堀威夫は、一貴(ホリプロ・エンターテインメント・グループ・インク社長)・義貴(現・代表取締役社長)兄弟の父親で、現・ファウンダー最高顧問。

歴史編集

  • 社名に個人名を付けたのは、東洋企画の分裂劇で追われたため、自らの会社である事をアピールするためであったという(堀威夫の項目も参照)。現在でこそ女性タレントの活躍振りが目立つが、設立初期は「僕は泣いちっち」や「有難や節」でヒットした守屋浩(現在は同社スカウト部長を兼任)を売り出していた。ホリプロダクションに改名後は舟木一夫ザ・スパイダースザ・ヴィレッジ・シンガーズオックスなどが活躍する一方で、また映画監督・CMディレクターの大林宣彦を起用して、丹頂(今のマンダム)が社運を賭けて発売したチャールズ・ブロンソンが出演したことで知られる「マンダム」のCMを制作する[3]など小規模ながらも芸能事務所として知られるようになっていった。
  • 1970年代前半には、井上陽水などフォーク系のアーティストなどを扱う部門として「カレイドスコープ」を設け[4]浜田省吾がいた愛奴なども所属していた[5]
  • 1970年代中頃から後半は、主に山口百恵石川さゆり森昌子らの活躍によって、堀威夫が目標とし、かつ最大のライバル事務所であると語っていた渡辺プロダクションに次ぐ勢力となった(堀の自伝によれば、ミュージシャン時代一時期ナベプロにマネージメントしてもらっていたが、やがて決裂したという因縁があったという)。特に東宝で公開された一連の山口主演映画はコンスタントに10億近くの配給収入を上げ続けたが、比較的低予算であること、単独製作であること(東宝は配給だけで、実質の製作は日活撮影所に発注した。引退作に際し市川崑を迎えた際すらこの体制は変わらず、市川監督は東宝撮影所から数名のスタッフだけを連れて二十年ぶりに日活撮影所に乗り込んでいる)からも同社の財政基盤を飛躍的に向上させた[要出典]。また社名を冠した「ホリプロタレントスカウトキャラバン」からは榊原郁恵が輩出し、事務所名が茶の間に知れ渡った[6]。その後も女性タレントを中心とした育成・養成に力を入れる一方、お笑いにも進出した。この当時は雲の上の存在的な所属者ばかりの渡辺プロダクションとは対照的に、一貫した庶民派路線が時代の多様化に呼応し成功を収めたと言える。
  • 1994年ポニーキャニオンと提携したレコードレーベル「サウンデイジア」(Sound+Asiaの合成語)を設立し、千葉美加ファンキー末吉などが所属した。
  • 1997年、中学生以下のタレント育成を目的とした「ホリプロ・インプルーブメント・アカデミー」を設立。
  • 経営においては「会社の売上を1人のタレントに25%以上偏らせないようにする」というルールを自らに課しており、その経営方針のため芸能人のマネージメントの他にも、TV番組・音楽・映画・テレビCM・舞台公演・ネットコンテンツなどの自社制作やキャラクター版権管理も行っている。いずれの部門も、企画開発から制作・完成までを一貫して自社で行える体制となっている。
  • スポーツコメンテーターや元スポーツ選手のマネジメントも多く行っており、武田修宏岩本勉大林素子水内猛宮下純一などが在籍している。近年は現役スポーツ選手のマネジメントにも領域を広げ[7]、また「ホリプロ・キャスティング・ネットワーク」としてホリプロ所属に限らず各業界著名人の出演依頼も行っている[8]
  • 2004年の『新選組!』のヒロインを優香2005年の『義経』と2009年の『坂の上の雲』のヒロインを石原さとみ、2009年の『天地人』の主演を妻夫木聡2012年の『平清盛』の主演を松山ケンイチ、同ヒロインを深田恭子2013年の『八重の桜』の主演を綾瀬はるかなど、近年は所属者が大河ドラマの主演・ヒロインを務める機会が多くなった。[9]
  • 所属歌手のMay'nアニメソングの歌唱をきっかけに海外でも人気が高まったことから、アニメやアニメソングを軸とした海外戦略を図っている[10]。2012年には「アニメビジョン開発室」を立ち上げて、2011年の「次世代声優アーティストオーディション」出身の田所あずさら女性声優に加えて男性声優では岸尾だいすけ(2014年1月まで所属)を所属させる[11][10]など声優マネージメント事業にも進出。

特徴編集

自社企画の新人発掘イベントを幾つか主催しており、中でも「ホリプロタレントスカウトキャラバン」は女性アイドルの登竜門として有名で、多くの人気タレントを輩出している。

同社の広告・ポスター等で所属芸能人の名前を書くときは、現在は必ずといって良いほど和田アキ子が一番上に来る(先輩であり創業時より在籍する守屋浩などが一番上に来ることもある)。

所属タレントへの報酬の支払については、歩合制を原則とする他の芸能事務所とは異なり、基本的には定額報酬制固定給とも言われるが、あくまで専属マネジメントに関する委託契約に係る事業報酬の支払規定の一種であり、厳密には異なる)を取っている。和田アキ子でさえ長者番付(現在廃止)に載らないくらいともいわれている。浮き沈みが極めて不安定な芸能界において定額報酬制度をとっており、長期間同社に在籍するタレントが多く、逝去前まで40年以上在籍した鈴木ヒロミツや和田の他にも、長年所属しているタレントが同業他社と比較し多いのが特徴である(ただし伊集院光や岸尾だいすけ[12]など歩合制の者もおり、個々の契約形態によって違う)。業界に於けるホリプロの影響力は非常に強く、定額制であることを差し引いても所属タレントには様々なメリットがあると言われている。どんぶり勘定も少なくない芸能事務所において、会計歳入歳出の管理に非常に厳格であることで知られている。

お笑い育成編集

1990年初頭、お笑いブームの影響とアイドルの衰退の影響があったこともあり、お笑い芸人の育成を強化するために、お笑い勉強会を開設した。事前のオーディションで合格すると、無料で週一回のホリプロの勉強会に参加できるようになる。お笑い部門は形態が異なっており、1990年代から所属していた芸人はホリプロ所属、子会社のM2カンパニー出身の芸人、およびホリプロが子会社化してから所属した芸人はホリプロコム所属となっている。女性芸人も2011年までは全員がホリプロ所属だったが、それ以降は女性芸人もホリプロコム所属となった。

勉強会では、まず最初にネタ帳の提出をしなければならない。その後、ホリプロのお笑い担当の幹部にネタ見せをする。上層部のOKが出ればその中で何組かがライブへ出られる。

勉強会はお笑い養成所の中で吉本興業と並んでトップクラスの厳しさを誇る。参加者に対して「帰れ!」「辞めてしまえ!」など厳しい怒声が飛ぶことは日常茶飯事で、ときにはネタ帳を破り捨てられたりすることもあったという(おぎやはぎが『ごきげんよう』で暴露)。礼儀にも厳しく、遅刻すればネタを見せられないという罰則がある。このように厳しい養成所ではあるが、活躍している芸人のほとんどがホリプロコムの前身にあたるM2カンパニー出身者か、吉本などの別の事務所出身者であることが多く、直接ホリプロのお笑い部門に在籍した人物が売れっ子になった人物は少ない。また、賞レースで活躍している人物も少ない。おぎやはぎも、実際にホリプロのオーディションに参加したことがあり、ネタを披露したところお笑い担当の幹部から酷評されたという。しかし、同じネタをプロダクション人力舎のオーディションで披露したところ絶賛されたことをラジオで語っている。後におぎやはぎは、プロダクション人力舎でデビューした。

2002年4月には、ホリプロのお笑い芸人養成学校として「目黒笑売塾」が開校された。

関連プロダクション編集

  • ホリプロ・ブッキング・エージェンシー - 俳優中心のマネージメントを行う。
  • ホリプロコム - 2003年設立。ホリプロ本体所属のお笑い芸人を、移籍したM2カンパニー所属のお笑い芸人とともに当該会社に統合する。
  • 新音楽協会
  • ホリエージェンシー - モデルエージェンシーとして設立。現在は通常の芸能プロとしての営業がメインとなっている。
  • ホリプロ・エンターテイメントグループ(HoriPro Entertainment Group, Inc.) - 海外の音楽版権ビジネスを中心に行っている。
  • ホリックス(HORIX) - 映像製作会社。劇場映画・テレビドラマの企画・製作を行っている。旧ホリ企画制作。
  • ブース
  • プロダクション・パオ
  • Depeche(デペッシュ)資本業務提携
  • ステラキャスティング[1]

その他編集

注釈編集

  1. ^ 有限会社青春社は、創業家の資産管理会社で、株式の81%を創業者の堀威夫が保有するほか、他3名の株主も親族である。

出典編集

  1. ^ ニッポンの社長
  2. ^ http://ir.horipro.co.jp/release/files/hp121601j.pdf
  3. ^ 2010年10月18日 読売テレビ情報ライブ ミヤネ屋』内の“井上公造の芸能裏マンデー”から。
  4. ^ “日本のリヴァプール”博多スーパースター列伝<第1回>井上陽水(2)”. 徳間書店 (2014年1月7日). 2017年12月3日閲覧。
  5. ^ 第137回 高橋 信彦 氏 (株)ロードアンドスカイ 代表取締役”. F.B.Communications Inc. & Magnet Co.,Ltd. (2016年4月19日). 2017年12月3日閲覧。
  6. ^ 企業家倶楽部2007年4月号【私の突破危機】ホリプロ取締役ファウンダー堀威夫氏
  7. ^ 雄星に続いてマー君も!ホリプロとマネジメント契約
  8. ^ ホリプロ・キャスティング・ネットワーク
  9. ^ 13年大河ドラマは「八重の桜」、主演は綾瀬はるかさん
  10. ^ a b “MAY'n熱唱ホリプロアニメで海外進出”. 日刊スポーツ. (2012年11月12日). http://www.nikkansports.com/entertainment/news/p-et-tp0-20121112-1045739.html 2014年5月30日閲覧。 
  11. ^ 声優・岸尾だいすけがホリプロ所属 初のファンクラブ設置
  12. ^ ZZ:CC presents 岸尾だいすけラジヲ “22時からはご宿泊になります!”第2回より

参考文献編集

  • 「ホリプロの法則」編集委員会 『ホリプロの法則』 メディアファクトリー、2000年ISBN 978-4840101547
  • ホリプロマネージャー軍団 『ホリプロマネージャー物語』 日本文芸社、1993年ISBN 978-4537023398
  • 堀威夫 『いつだって青春―ホリプロとともに30年』 東洋経済新報社、1992年ISBN 978-4492552056

関連項目編集

外部リンク編集