1878年の相撲(1878ねんのすもう)は、1878年の相撲関係のできごとについて述べる。

できごと編集

東京相撲の体質を批判して相撲会所を離脱していた高砂浦五郎率いる「改正組」が、相撲会所と規約を結び、6月場所に番付外で帰参した[1]

興行編集

  • 6月場所(東京相撲)[2]
    • 興行場所:本所回向院
    • 6月6日より晴天10日間興行
  • 9月場所(東京大阪合併相撲)[3]
    • 興行場所:難波新地
    • 10日間興行

誕生編集

死去編集

脚注編集

注釈編集

出典編集

  1. ^ 酒井, pp. 44–45.
  2. ^ 酒井, pp. 43–45.
  3. ^ 酒井, pp. 45–46.
  4. ^ 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 8頁
  5. ^ 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 15頁
  6. ^ 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 6頁
  7. ^ 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 11頁
  8. ^ 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 10頁

参考文献編集

  • 酒井忠正 『日本相撲史 中巻』ベースボール・マガジン社、1964年6月1日。