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B☆KOOL(ビー・クール)は、日本男性ダンスグループ1994年デビュー、1998年に解散。

B☆KOOL
出身地 日本の旗 日本
ジャンル ダンス
活動期間 1993年 - 1998年
レーベル アンティノスレコード
メンバー Osamu HASHIZUME
Daisaku KIKUCHI
Koji YAMAGUCHI
Hiroyuki AIKAWA
Atsutoshi WATARAI

目次

概要編集

1994年10月21日シングル「BABY BODY BEAT」でデビュー。エリアコードドラマのエンディングテーマに起用され、約3万枚を売り上げた。

サウンドプロデュースはMISIAモーニング娘。などを手がけている松原 憲が担当[1]。当時、ストリートダンスをするグループは珍しく、ラップの入った楽曲も特徴であった。この系統のグループは、後のDA PUMPなどに繋がる。TV、新聞、ラジオ、フロムAのCM、COUNT DOWN TV等に出演。台湾では、楽曲やプロモーションビデオがヘヴィー・ローテーションされ、ブレイク。約4万枚を売り上げた。[要出典]日本国内よりもアジア圏での人気が高かった。

1枚目のアルバム「KOOL STUFF」に収録されている「BABY BODY BEAT(RED MONSTER MIX)」は、日本人による「ユーロビート・ミックス」で大きな成功を収めた。この楽曲は、国内ダンス・チャートで1位を記録。当時、猛威をふるっていたMETAL MINDED MANIACSやジョン・ロビンソンなどのテクノ勢を抑えての快挙であった。

1994年12月、2ndシングル「ナンでもカンでも抱いちゃいたい」を発売。当初のタイトルは、「ナンでもイイから抱いちゃいたい」であったがプロデューサーの希望により、このタイトルになったという。

1995年4月、3rdシングル「JUMPIN' FLASH」を発売。ドラマ「留萌交番日記」の主題歌に起用された。

1996年小室哲哉プロデュースのPlayStationのゲームソフト「ガボールスクリーン」に「DO I,DO IT」で参加。同年、台湾の蒋介石広場で行われたマイケル・ジャクソンのフィルムコンサートにも参加して約2万人の動員を集めた。

3枚目のアルバム「FIRST MISSION」からはG.M.KAZをプロデューサーに迎え入れ、路線変更。

1998年、11月のON AIR WESTライブを最後にグループは解散。

国内では計シングル12枚、アルバム4枚、プロモーションビデオ3枚を発売。

メンバー編集

ディスコグラフィ編集

シングル編集

  • BABY BODY BEAT(1994年10月21日発売)
  • ナンでもカンでも抱いちゃいたい(1994年12月12日発売)
  • JUMPIN' FLASH(1995年4月21日発売)
  • JUMPIN'FLASH (RED MONSTER MIX) (1995年6月1日発売)Maxi
  • BOOM!BOOM!BOOM!(1995年11月1日発売)
  • BOOM!BOOM!BOOM! (RED MONSTER MIX) (1996年1月21日発売)Maxi
  • サンキューMy Girl(1996年3月21日発売)
  • A・D・A・M(1997年4月21日発売)
  • SAYONARA(1997年6月21日発売)
  • IT'S MY LOVE(1997年12月1日発売)
  • あいまいでだいたい(1998年2月21日発売)Maxi
  • STUMBLED DESTINY(1998年4月22日発売)Maxi

アルバム編集

# タイトル 発売日 収録曲
1 KOOL STUFF 1995年3月24日
  1. クール・スタッフ
  2. ベイビー・ボディ・ビート
  3. パラダイス・ロストへの誘惑
  4. バカばっか〜んな奴ァだーれ?
  5. バッド・トゥ・ザ・ボーン
  6. グランパいつもファンキー!
  7. インタールード
  8. ワンス・イン・ア・ブルー・ムーン
  9. ナンでもカンでも抱いちゃいたい
  10. バーニン・アップ・マイ・ラヴ(愛のスターシップ) )
  11. ブレス・フォー・エヴリシング
  12. ベイビー・ボディ・ビート(レッド・モンスター・ミックス)
2 KOOL STUFF 2 1995年11月22日
  1. ラヴ・レイン
  2. メディア・ジャック・パイレーツ
  3. ブーム!ブーム!ブーム!
  4. 転ばぬ先のC〜ぼくらのH-スタイル
  5. 絶対有名になりたい
  6. ベイビー,バイ・バイ・ガール〜涙キスで止めて
  7. 立ちっぱなしのドレッド・ボーイ
  8. グラマラス・ラヴァーズ
  9. 大人になんかなるものか
  10. ジャンピン・フラッシュ
  11. リメインズ・オブ・デイズ
3 FIRST MISSION 1997年8月21日
  1. Curved Air-空気は重く吸っても軽く吸っても同じ-
  2. SAYONARA(RADIO EDIT VERSION)
  3. UNITY
  4. 見えないモノがRhapsody
  5. FIRST MISSION - Save Our Soul -
  6. 君のこと?僕のこと?
  7. ウソの象徴
  8. A・D・A・M
  9. .D.N.A
  10. EMOTION & Motion
  11. Everybody SIN
  12. がんばってね
  13. SO.NE.MO.SA
  14. L,B,Love(CP MIX)
  15. Melody
  16. ヒップ・ホップ・AD・バルーン
  17. We Are B☆KOOL?
  18. SAYONARA(MELLOW VERSION)
4 KOOLEST台湾限定) 1998年5月26日
  1. STUMBLED DESTINY
  2. バッド・トゥ・ザ・ボーン
  3. ブーム!ブーム!ブーム!
  4. SAYONARA
  5. A・D・Å・M
  6. ナンでもカンでも抱いちゃいたい
  7. ジャンピン・フラッシュ
  8. We Are B星KOOL?
  9. 転ばぬ先のC〜ぼくらのC-DJ BASS MIX
  10. あいまいでだいたい
  11. IT'S MY Love
  12. ベイビー・ボディ・ビート
5 PRE-SENT 1998年10月21日
  1. はみ出しモノの未来達
  2. STUMBLED DESTINY
  3. HAND MADE HEAVEN
  4. DON'T LOOK BACK
  5. CONFLICT
  6. あいまいでだいたい
  7. 転ばぬ先の℃(DJ BASS MIX)
  8. 君のウソ 僕の象徴
  9. TRANCE48
  10. 風にのって
  11. 4 SEASONS
  12. IT'S MY Love
  13. SEE YOU Love
  14. IYOU→GIVIN' Love
  15. PM6:39

出演編集

映像作品編集

  • KOOL KLIP2(1995年11月22日、VHS
  • KOOL TOUCH〜'95 B☆KOOL LIVE(1996年4月21日、VHS)
  • DANCE WITH MISSION-OUT SIDE(1997年9月21日、VHS)

解散後編集

  • リーダーだった橋爪 修はファンクポップスバンド「CLOCKWORK」を結成し、2006年まで音楽活動をしていた。「CLOCKWORK」脱退後は、ソロボーカル&ダンサーとしても活動している。
  • 渡来敦敏は、1999年にKRUDというダンスユニットに参加し、THE夜もヒッパレなどに出演して活動した後、EXPGの立ち上げに参加し、三代目J SOUL BROTHERSの教育担当者・講師を務めるなど現在はLDHの新人開発に大きく携わっている。
  • 菊地大作は、1998年にダンスチーム「HIPHOP JUNKEEZ」、「HI-BRID」で活動し、1999年に敦敏と共にダンスユニット「KRUD」に参加してTHE夜もヒッパレにレギュラー出演。現在は、ダンスチームやMCなどの活動、フリーでアーティストのバックダンサーや振り付けも行っている。
  • 山口耕史は現在、自身の本名を略したYAMAKOUとしてソロ活動をしている。
  • 相川裕之は現在、結婚しており、東京で整体院を経営している。[2]

エピソード編集

  • 韓国でもデビューしており、それは同じ1994年にアンティノスレコードレーベルから日本デビューした韓国の男性アイドルグループ「ソテジワアイドゥル」との交換条件に実現されたものだった[3]
  • デビュー前のDA PUMP(KEN&YUKINARI)が沖縄時代に「BOOM!BOOM!BOOM!」をカバーしていた事がある。

脚注編集

関連項目編集

外部リンク編集