メインメニューを開く

IRTレキシントン・アベニュー線

IRTレキシントン・アベニュー線(IRTレキシントン・アベニューせん IRT Lexington Avenue Line、イースト・サイド線あるいはレキシントン-4番街線とも)は、ニューヨーク市地下鉄Aディビジョンに属する地下鉄路線で、ロウアー・マンハッタンから北へイースト・ハーレム125丁目駅まで通じている。ロウアー・マンハッタンとミッドタウンを走る区間は、ニューヨーク最初の地下鉄路線の一部であった。456系統の列車が運行している。

IRTレキシントン・アベニュー線
IRT Lexington Avenue Line
NYCS-bull-trans-4.svg NYCS-bull-trans-5.svg NYCS-bull-trans-6.svg NYCS-bull-trans-6d.svg
1979年以来、IRTレキシントン・アベニュー線を運行する系統は緑で表示されている。IRTの番号付けで456系統が割り当てられている。
概要
種別 地下鉄
系統 ニューヨーク地下鉄
現況 営業中
所在地 ニューヨーク州ニューヨーク市マンハッタン
起終点 125丁目駅
ボウリング・グリーン駅
駅数 27(使用中は23)
運営
開業 1904年 - 1918年
所有者 ニューヨーク
運営者 ニューヨークシティ・トランジット・オーソリティ
路線構造 地下
路線諸元
軌間 1,435 mm (4 ft 8 12 in)
路線図
Linea IRT Lexington Avenue.png
テンプレートを表示

レキシントン・アベニュー線は、何十年にもわたってマンハッタンで直接アッパー・イースト・サイドやミッドタウンの東側へ行ける唯一の路線であった。路線は複々線で、アメリカ合衆国でもっとも利用者の多い都市鉄道路線である。1日平均130万人の利用者がおり、これはサンフランシスコバート(平日452,600人)、シカゴシカゴ・L(平日772,900人)、ボストンマサチューセッツ湾交通局(569,200人)などの各都市鉄道の1都市合計の利用者数より多い。2007年には、ワシントンメトロ全体の利用者も上回り[1]、このことも一因となって、レキシントン・アベニュー線の混雑緩和のために並行するIND2番街線の建設にこの年着手することになった[2]

この路線では4駅が廃止となっている。10両編成対応のためにプラットホームの延長工事をした際に、これらの駅を廃止して、隣接駅に新しい出入口を設ける方が有益であると判断された。18丁目駅は、14丁目-ユニオン・スクエア駅23丁目駅と近いために廃止された[3]。これに加えて、シティ・ホール駅ワース・ストリート駅はどちらも、ブルックリン・ブリッジ-シティ・ホール駅のブルックリン・ブリッジ出口およびドュエイン・ストリート出口にとても近かったために廃止となった[4][5]。そしてサウス・フェリー駅ボウリング・グリーン駅まで歩いていける距離にあり、またIRTブロードウェイ-7番街線のサウス・フェリー駅に隣接してもいたことから廃止となった[6]

目次

運行系統と範囲編集

レキシントン・アベニュー線で運行される系統は緑色で示されている[7]。以下の系統が、IRTレキシントン・アベニュー線の一部または全区間を走行する[8]

  時間帯 区間
ラッシュ時
および日中
夜間 平日深夜 週末(深夜以外) 週末深夜
  急行 各停 急行 各停 全線
  急行 運行なし 急行 全線(ラッシュ時・日中・週末)
ボウリング・グリーン以北(平日夜間)
運行なし(平日深夜)
  各停 ブルックリン・ブリッジ-シティ・ホール駅以北
  各停 運行なし

レキシントン・アベニュー線は、ロウアー・マンハッタンにある、廃止となったサウス・フェリー駅の内側のループ線から始まる。駅の北側で、ブルックリン方面からジョレールモン・ストリート・トンネルを通って来た線路と合流し、急行線となる。この線路はブロードウェイパーク・ロウの下を通ってセンター・ストリートへ向かう。センター・ストリートの南側の終わり、ニューヨーク市庁舎の直下に、廃止となったシティ・ホール駅とその終端ループ線があり、ここが当初のIRTの地下鉄路線の南側の終点であった[4]。この終端ループ線は、今も6系統の列車の折り返しに用いられている。この終端ループ線につながっているレキシントン・アベニュー線の緩行線が下層から上がってきて、ブルックリン・ブリッジ-シティ・ホール駅のすぐ南側で急行線と並ぶ[9]

ブルックリン・ブリッジ-シティ・ホール駅からは、北に42丁目まで、センター・ストリート、ラファイエット・ストリート、4番街そしてパーク街の下を複々線の線路で続く。42丁目で、メトロノース鉄道グランド・セントラル駅にあるパーク・アベニュートンネルのために、レキシントン・アベニュー線は少し東側のレキシントン街へとずれる。グランド・セントラル-42丁目駅は、パーク街からレキシントン街にかけて斜めに位置している。グランド・セントラル駅のすぐ南側では、単線非営業の連絡線が42丁目シャトルとレキシントン・アベニュー線の南行緩行線をつないでおり、これはIRTが最初に建設した地下鉄路線の一部である[9]

レキシントン街の下を、緩行線が上層、急行線が下層の2層構造で北へ続き、96丁目駅北側から116丁目駅南側の間では再び複々線が平面に並ぶ。125丁目駅では再び2層構造となるが、ここでは上層が北行、下層が南行となる。これはレキシントン街の幅が狭く、複々線を平面に並べることができないためである[9][10]

ここより北で路線は複々線のレキシントン・アベニュー・トンネルでハーレム川をくぐってブロンクス区に入り、西側の2本の線路が4系統・5系統のIRTジェローム・アベニュー線となり、東側の2本の線路が6系統のIRTペラム線となる[11]

歴史編集

 
レキシントン・アベニュー線の工事で最初に掘り出された土砂、1913年

当初の地下鉄編集

最初のIRTの路線英語版は、1900年に着工された[12]。1902年に建設中に爆発事故が発生し、路線の上にある建物に大きな被害が出た[13]。レキシントン・アベニュー線のうち、シティ・ホール駅から42丁目のすぐ南側までの区間は、このIRT最初の路線の一部で、1904年10月27日に開通した[14]。1905年1月16日の深夜0時1分には、フルトン・ストリート駅までの0.3マイル(約0.48キロメートル)の延長が完成した[15]。この時点では、北行のプラットホームのみが供用された[16][17]。さらに次のウォール・ストリート駅と、フルトン・ストリート駅の南行プラットホームは、ともに1905年6月12日に開業した[18][19][20]

サウス・フェリー駅までの延長工事が完成して最初の営業列車がサウス・フェリー駅を発車したのは1905年7月9日23時59分のことで、IRTホワイト・プレーンズ・ロード線のウェスト・ファームズへの延長はこのすぐ後であった[21]。ジョレールモン・ストリート・トンネルを抜けて最初の列車がブルックリンに入ったのは1908年1月9日の深夜12時45分頃であった[22]

デュアル・コントラクト編集

42丁目以北への延長に関する当初計画では、この路線を南へ伸ばしてアーヴィング・プレイスを通り9丁目とブロードウェイの交差点付近から現在のBMTブロードウェイ線へと通じることになっていた。26丁目から40丁目までの第6区間を含む建設契約が1911年7月21日に結ばれたが、この時点でIRTは交渉から撤退しており、ブルックリン・ラピッド・トランジットがレキシントン・アベニューに沿う路線を運営することになっていた。IRTは1912年2月27日に、後にデュアル・コントラクト英語版の一部となる提案を行い[23]、まもなく第6区間の工事は中断された[24]

路線の残りの区間となる、北へ125丁目までの区間は、1918年7月17日に開通した[25]。しかし1918年8月1日夜までは、42丁目駅とIRTジェローム・アベニュー線の167丁目駅(そこで高架鉄道のIRT9番街線英語版からの連絡線が合流していた)までの間で緩行線のみを使ったシャトル運転を行っていた。8月1日から運行系統が変わり、レキシントン・アベニュー線が直通運転をするようになった。この時点でIRTブロードウェイ-7番街線もシャトル運転から切り替わり、42丁目シャトルがかつての連絡していた線路を使って形成され、両者を結ぶようになった。路線網の形から、"Hシステム"と呼ばれた。IRTペラム線の最初の区間もこの日3番街-138丁目駅まで開通した[26]。レキシントン・アベニュー線がグランド・セントラル駅以北に開通したことで、パーク・アベニュー、マディソン・アベニュー、レキシントン・アベニューに高価格の集合住宅が建設されるようになった[10]

改良編集

 
59丁目駅の急行線用プラットホーム開設を報じるパンフレット

23丁目駅28丁目駅33丁目駅で10両編成対応のプラットホームに延長する工事が完了し、1948年4月13日に使用開始された[27]

1950年代末から1960年代初めにかけて、ニューヨークシティ・トランジット・オーソリティでは1億3800万ドルをかけたレキシントン・アベニュー線近代化プロジェクトを実施した。プロジェクトの一環で、プラットホームの延長、59丁目駅における急行線プラットホームの建設、列車のスピードアップなどが実施された。ブルックリン・ブリッジ駅の改修工事は1959年5月18日に始まり、1962年9月1日に完成した。改修工事の前は、ブルックリン・ブリッジ駅の緩行線ホームは4両編成のみに対応しており、遅延の原因となっていた。プラットホームが延長され、幅も広げられて直線化され、北行のプラットホームは1962年時点で使用開始された(南行は1961年に使用開始されていた)。改修前は、北側の端でわずか5フィート(約1.5メートル)という危険な幅の島式ホームになっていた。近代化プロジェクトによりこの状態は改善され、全長は295フィート(約88.5メートル)から523フィート(約156.9メートル)に伸ばされて幅も広げられた。プラットホームの延長は、リード・ストリートのすぐ南側まで220フィート(約67メートル)実施された。これに加えて、リード・ストリートとラファイエット・ストリートに向けての新しい出口が建設され、リード・アストリートの下にBMTナッソー・ストリート線のチェンバーズ・ストリート駅と連絡する通路が設けられた。拡幅されたプラットホームの中央に、新たな跨線通路が建設され、マンハッタン・ミュニシパル・ビルディングへアクセスしやすくなった[28]。このプラットホーム延長により、急行列車のために使われていた南側のプラットホーム延長部分の使用を打ち切ることができた。このプラットホーム延長部分は、ギャップフィラー(プラットホームと列車の隙間を埋める装置)を必要としていた。プロジェクトには600万ドルがかかり、6系統の列車を9両編成へと増結することができるようになるとともに、急行列車もこの駅ですべてのドアを開けられるようになった(これ以前は、10両中8両のみがドアを開けていた)。このプラットホーム延長の完成により、北側に隣接していたワース・ストリート駅は近すぎるために廃止となり、これを受けてブルックリン・ブリッジ駅の名前はブルックリン・ブリッジ-ワース・ストリート駅に改称された[29]

1959年末に、ボウリング・グリーン駅、ウォール・ストリート駅、フルトン・ストリート駅、キャナル・ストリート駅、スプリング・ストリート駅、ブリーカー・ストリート駅、アスター・プレイス駅、グランド・セントラル駅、86丁目駅と125丁目駅のプラットホームを525フィート(約160メートル)へと延長する契約が結ばれた。同時に、ウォール・ストリート駅から86丁目駅までの間の信号装置と連動装置を近代化する事業も実施された[28]

1959年7月23日に、評価委員会はレキシントン・アベニュー/59丁目駅の急行ホーム建設契約を承認した。この新しいプラットホームにより、グランド・セントラル-42丁目駅の乗換混雑を緩和するとともに、急行列車とクイーンズ区方面へのBMTの列車との乗換も可能にすることを意図していた。急行用プラットホームが建設する以前でさえ、この駅は路線の中でもっとも乗降客が多かった[30][31]。1959年8月10日に急行用プラットホームの建設が開始された。2本の急行用ホームは幅14フィート(約4.3メートル)、長さ525フィート(約160メートル)であった[28]。新しい急行用プラットホームに加えて、これらのプラットホームから緩行用プラットホームやBMTブロードウェイ線への乗り換えができるようにつなぐメザニン(中二階のコンコース)がプラットホームの上に建設された。急行線ホームと緩行線ホームを結ぶ2本の高速エレベーターが整備され、さらにメザニンと緩行線プラットホームを結ぶ2本の高速エスカレーターも整備された。計画の一環として、緩行線ホームは10両編成対応に延長された。さらに、59丁目の北端と南端に新しい改札口と窓口が設けられた。このプロジェクトには650万ドルがかかり、当初の予定より3か月前倒しして1962年11月15日に供用開始された[32]

1991年8月28日に、14丁目-ユニオン・スクエア駅のすぐ北の急行線において4系統の列車が事故を起こし、乗客5人が死亡、215人が負傷して、1928年タイムズスクエア駅脱線事故英語版以来の死傷者となった[33][34]。この事故の結果として、新しい安全手順が導入され、自動運転の一部導入に向けて作業が進められた[35]

過密化編集

1942年6月13日に2番街高架線は完全に廃止となった[36]。高架鉄道の廃止と、イースト・サイドの人口増加に伴い、レキシントン・アベニュー線の混雑は激化してきた[37]:1–2[38]。近接して残っていた唯一の高架鉄道であるIRT3番街線英語版も、1955年5月13日に廃止となり[39]、1956年に取り壊された[36]

イースト・サイドの住民の考えに反し、イースト・サイドにとってレキシントン・アベニュー線のみが利用可能な地下鉄線となったことから、高架鉄道線を廃止・撤去しても交通状況が改善することはなかった[40]。高架鉄道線が取り壊されたため、何百もの高層住宅がイースト・サイドに建設され、路線沿いのビジネス街も発展し、レキシントン・アベニュー線の混雑が増すことになった[41]:377。廃止となった2本の高架鉄道線は、2番街の地下に建設される地下鉄によって代替されることになっていた。しかし資金不足のためにこの路線は完成しなかった。1990年代に入りニューヨーク市が財政的・経済的に回復してきたことから、IND2番街線の建設を再開する動きがあった[42]。全線が建設されれば、この路線は125丁目・レキシントン・アベニューからフィナンシャル・ディストリクトのハノーバー・スクエアまでを結ぶことになる[43]:22。2007年に工事が始まり、2017年1月1日に最初の区間であるレキシントン・アベニュー-63丁目駅から96丁目駅英語版までが開通した。2番街線の開通から数か月にして、レキシントン・アベニュー線のアッパー・イースト・サイドにある駅の混雑がいくぶん緩和された[44]。2023年に完成が予定されているイースト・サイド・アクセスにより、ロングアイランド鉄道の列車がグランド・セントラル駅に入ってくることになる。さらに多くの人々がイースト・サイドにやってくることになり、レキシントン・アベニュー線の混雑が激しくなることが予想され、2番街線の必要性をさらに増すことになる[45]:7

レキシントン・アベニュー線の混雑はあまりに激しいため、利用者は乗車できるまで何本も列車を見送ってプラットホームで待たねばならないことがよくある[46]。レキシントン・アベニュー線の列車の混雑率は100パーセントを超えている状況である[47]。ニューヨーク・タイムズによれば、2017年6月から7月にかけて、平均的な平日にグランド・セントラル-42丁目駅を通る列車の10 - 15パーセントが運休となっていた。これは、ラッシュ時には1時間当たり最大13本が運休となり、列車1本あたり1,000人の乗客が他の列車に移されることになる。列車の頻度も一定ではなく、ある日には高い運行密度であるのに対して、運行間隔が長くなる日もあった[48]

2015年5月27日に、ニューヨーク市議会が65階建て超高層ビルワン・ヴァンダービルト英語版の建設計画をディベロッパーに対して承認した。MTAはビルの建設にあたってディベロッパーに対して、グランド・セントラル駅の改良費用を負担するように義務付けた[49]。ディベロッパーのSLグリーンは2015年に、ビル建設に向けて2億2000万ドルを投じ[50]、そのうち3分の2が駅の再設計に使われることになった[51]。これはその時点まででニューヨーク市地下鉄に対して民間からの最大の投資であった[52]。駅の再開発の一環として、駅の改札コンコースを拡張する余地を生み出し、ワン・ヴァンダービルト自体に2か所の新しい地下鉄出入口を設けるために、グランド・ハイアット・ニューヨークの地下階の40パーセントが取り壊されることになった[52]。新しいビルはMTAのイースト・サイド・アクセスプロジェクトと同時開業する予定で、ワン・ヴァンダービルト建設に伴う駅改良工事により、グランド・セントラル-42丁目駅からニューヨーク市地下鉄を利用する乗客の容量をさらに65,000人以上拡大することができる[53][54][55]。改良工事では、グランド・セントラル駅とワン・ヴァンダービルトを結ぶ地下通路、地下鉄の新しい改札コンコースと出入口、レキシントン・アベニュー線の各プラットホームと結ぶ新しい3本の階段が建設される[52][56]。これにより駅の容量は1時間当たり4,000人から6,000人ほど増加し、1時間当たり1本の急行列車を増発できるようになる[52]。これらの改良工事には2億ドル以上が費やされる[57][58]

駅一覧編集

凡例
  常時停車
  深夜を除き常時停車
  深夜のみ停車
  平日のみ停車
  ラッシュアワーの混雑方向を除いて常時停車
  ラッシュアワーのみ停車
  ラッシュアワーの混雑方向のみ停車
時間帯詳細
所在地
(おおよその位置)
  プラットホーム 停車列車 開業日 乗換および備考
IRTジェローム・アベニュー線4   5  )とIRTペラム線6   <6> )の合流より始まる
レキシントン・アベニュー・トンネル
イースト・ハーレム   125丁目駅 緩行/急行 4   5   6   <6>  1918年7月17日[25] メトロノース鉄道ハーレム125丁目駅乗換
ラガーディア空港行きM60セレクトバスサービス
116丁目駅 緩行 4   6   <6>  1918年7月17日[25]
110丁目駅 緩行 4   6   <6>  1918年7月17日[25]
103丁目駅 緩行 4   6   <6>  1918年7月17日[25]
アッパー・イースト・サイド 96丁目駅 緩行 4   6   <6>  1918年7月17日[25]
86丁目駅 緩行/急行 4   5   6   <6>  1918年7月17日[25] M86セレクトバスサービス
77丁目駅 緩行 4   6   <6>  1918年7月17日[25] M79セレクトバスサービス
68丁目-ハンター・カレッジ駅 緩行 4   6   <6>  1918年7月17日[25]
ミッドタウン 59丁目駅 緩行/急行 4   5   6   <6>  1918年7月17日[25]
(1962年急行線)
N   R   W  BMTブロードウェイ線レキシントン・アベニュー/59丁目駅
メトロカード利用者は改札外乗換可能: F  N  Q  R  63丁目線レキシントン・アベニュー-63丁目駅
ルーズベルト・アイランド・トラムウェイ
開業当初は緩行のみの駅であった。1962年に下層の急行線プラットホームが開設された。
  51丁目駅 緩行 4   6   <6>  1918年7月17日[25] E   M  INDクイーンズ・ブールバード線レキシントン・アベニュー/53丁目駅
  グランド・セントラル-42丁目駅 緩行/急行 4   5   6   <6>  1918年7月17日[25] 7  IRTフラッシング線
S  42丁目シャトル
メトロノース鉄道グランド・セントラル駅乗換
42丁目シャトルからの線路が南行緩行線に合流(定期運行なし)
マーリー・ヒル 33丁目駅 緩行 4   6   <6>  1904年10月27日[14] M34セレクトバスサービス
ローズ・ヒル   ↓ 28丁目駅 緩行 4   6   <6>  1904年10月27日[14] 南行プラットホームのみADA対応
グラマシー   23丁目駅 緩行 4   6   <6>  1904年10月27日[14] M23セレクトバスサービス
18丁目駅 緩行 1904年10月27日[14] 1948年11月7日廃止[3]
ユニオンスクエア   14丁目-ユニオン・スクエア駅 緩行/急行 4   5   6   <6>  1904年10月27日[14] L  BMTカナーシー線
N  Q  R  W  BMTブロードウェイ線
当初は14丁目駅
イースト・ヴィレッジ アスター・プレイス駅 緩行 4   6   <6>  1904年10月27日[14]
ノーホー   ブリーカー・ストリート駅 緩行 4   6   <6>  1904年10月27日[14] B   D   F   M  IND6番街線ブロードウェイ-ラファイエット・ストリート駅
ソーホー/リトル・イタリー スプリング・ストリート駅 緩行 4   6   <6>  1904年10月27日[14] 急行線の線路間に撤去された軌道の跡があり、現在は信号機器室が置かれている
チャイナタウン   キャナル・ストリート駅 緩行 4   6   <6>  1904年10月27日[14] N   R   W  BMTブロードウェイ線本線
N   Q  BMTブロードウェイ-マンハッタン橋線
J   Z  BMTナッソー・ストリート線
シヴィック・センター ワース・ストリート駅 緩行 1904年10月27日[14] 1962年9月1日廃止[5]
  ブルックリン・ブリッジ-シティ・ホール駅 緩行/急行 4   5   6   <6>  1904年10月27日[14] J   Z  BMTナッソー・ストリート線チェンバーズ・ストリート駅)
開業当初はブルックリン・ブリッジ駅で、その後ブルックリン・ブリッジ-ワース・ストリート駅になっていた、5両編成対応の2本の対向式プラットホームが緩行線用だった時代があった、南側に廃止されたプラットホーム延長部がある
 
緩行線の線路が急行線の線路からわかれ、終端ループ線を周って途中折り返しする(6   <6> 
シティ・ホール駅 終端ループ線 1904年10月27日[14] 1945年12月31日廃止、現在は緩行列車が途中駅折り返しのために使っており、営業停車はない、レキシントン・アベニュー線の緩行列車は1904年から1945年まで深夜以外はこの駅に停車しており、その後サウス・フェリー駅行きとなった[4]
 
急行線が続く(4   5  
フィナンシャル・ディストリクト   フルトン・ストリート駅 急行 4   5   1905年1月16日[16] A   C  IND8番街線
J   Z  BMTナッソー・ストリート線
2   3  IRTブロードウェイ-7番街線
デイ・ストリート通路を通じてコートランド・ストリート駅N   R   W  
ウォール・ストリート駅 急行 4   5   1905年6月12日[19]
  ボウリング・グリーン駅 急行 4   5   1905年7月10日[21] M15セレクトバスサービス
サウス・フェリーよりスタテン島フェリー連絡
分岐してブルックリン方面へジョレールモン・ストリート・トンネル4   5  )経由でIRTイースタン・パークウェイ線急行線となる
 
フィナンシャル・ディストリクト 折り返しの急行列車(5  )用の終端ループ線
サウス・フェリー駅 終端ループ線 1905年7月10日[21] 内側のプラットホームは1977年2月12日廃止、現在は急行列車が折り返すために使用しており営業停車はない。レキシントン・アベニュー線の列車は外側のプラットホームを1905年7月10日から1918年7月1日までと、1950年から1977年2月12日まで使用していた。外側プラットホームは2009年3月16日に廃止され、レキシントン・アベニュー線の急行列車は再び2本終端ループ線を使って折り返すようになった。

フィクション編集

ジョン・ゴーディ英語版の書いた小説サブウェイ・パニック(原題 The Taking of Pelham One Two Three)およびそれに基づく3本の映画では、IRTペラム線のペラム・ベイ・パーク駅を午後1時23分に出発した列車がハイジャックされ、レキシントン・アベニュー線を走る。

脚注編集

[ヘルプ]
  1. ^ “More than 200 Million Ride Metrorail for the Second Consecutive Year” (プレスリリース), ワシントンメトロ, (2007年7月5日), オリジナル2007年10月14日時点によるアーカイブ。, https://web.archive.org/web/20071014173821/http://wmata.com/about/met_news/PressReleaseDetail.cfm?ReleaseID=1706 
  2. ^ Second Avenue Subway in the Borough of Manhattan, New York County, New York, Final Environmental Impact Statement and Final Section 4(f) and Section 6(f) Evaluation (PDF)”. Federal Transit Administration, US Department of Transportation, MTA New York City Transit (2004年4月6日). 2012年4月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2012年6月13日閲覧。
  3. ^ a b “IRT Staton to be Closed — New Style of Subway Platform Will Be Tried There”. The New York Times: p. 29. (1948年11月6日). http://query.nytimes.com/mem/archive/pdf?res=9B0DE1D8133EE03BBC4E53DFB7678383659EDE 2016年11月11日閲覧。 
  4. ^ a b c “Old City Hall Station Of IRT to Close Monday”. The New York Times: p. 24. (1945年12月27日). http://query.nytimes.com/mem/archive/pdf?res=9A05E2D7163FE533A25754C2A9649D946493D6CF 2016年11月11日閲覧。 
  5. ^ a b Grutzner, Charles (1962年9月1日). “New Platform for IRT Locals At Brooklyn Bridge to End Jams — Sharp Curve on Northbound Side — Removed Station Extended to Worth St.”. The New York Times: p. 42. http://query.nytimes.com/mem/archive/pdf?res=9900E3DA173CE53BBC4953DFBF668389679EDE 2016年11月11日閲覧。 
  6. ^ Neighborhood Map Lower Manhattan”. mta.info. Metropolitan Transportation Authority (2015年). 2017年8月4日閲覧。
  7. ^ Grynbaum, Michael M. (2010年5月10日). “Take the Tomato 2 Stops to the Sunflower” (英語). The New York Times. https://cityroom.blogs.nytimes.com/2010/05/10/take-the-tomato-to-the-sunflower/ 2017年5月14日閲覧。 
  8. ^ Subway Service Guide, September 2014 (PDF)”. Metropolitan Transportation Authority (2014年9月). 2014年9月24日閲覧。
  9. ^ a b c Tracks of the New York City Subway”. Tracks of the New York City Subway. 2015年10月9日閲覧。
  10. ^ a b “Mayor Runs First Lexington Av Train — Goes Back to His Old Job on the Initial Trip from 42d Street to the Bronx — Interboro Ready to Pool — City May Gain Nothing by Advancing Date of Contract Because of High Operating Costs”. The New York Times: p. 20. (1918年7月18日). ISSN 0362-4331. https://query.nytimes.com/gst/abstract.html?res=9802EFDC143EE433A2575BC1A9619C946996D6CF&legacy=true 2017年1月8日閲覧。 
  11. ^ Babcock Gates, Howard (1915年). “The Construction of the Harlem River Tubes (1915) a Thesis Submitted for the Degree of Civil Engineer” (英語). www.nycsubway.org. 2017年8月4日閲覧。
  12. ^ “Rapid Transit Tunnel Begun — Ground Officially Broken by the Mayor with a Silver Spade — Felicitations and Speeches — Ceremonies Witnessed by Immense Unruly Crowd Eager for Souvenirs.”. The New York Times: p. 2. (1900年3月25日). http://query.nytimes.com/mem/archive-free/pdf?res=9F0CE3DE1E3CE433A25756C2A9659C946197D6CF 2016年11月11日閲覧。 
  13. ^ “Death in Tunnel — Dynamite Explosion — 6 Killed, 125 Hurt in Park Avenue Disaster — Great Hotels In Ruins — Busy Hospital Wrecked and Fine Mansions Damaged Seriously — Money Loss Nearly $300,000 — Terrible Concussion, the Result of Fire in Powder House at 41st Street, Where Hundreds of Pounds of High Explosives Rested”. The New York Times: p. 1. (1902年1月28日). http://query.nytimes.com/mem/archive-free/pdf?res=F30E1EFF3E5412738DDDA10A94D9405B828CF1D3 2013年12月19日閲覧. "Dynamite cartridges in a frail shanty on a platform over the west shaft of Section 4 of the subway tunnel in Park Avenue just south of Forty-first Street exploded through a fire which started among paper in the shanty just after noon yesterday with fatal, maiming, and injuring results and wide destruction of property..." 
  14. ^ a b c d e f g h i j k l m “Our Subway Open, 150,000 Try It — Mayor McClellan Runs the First Official Train — Big Crowds Ride At Night — Average of 25,000 an Hour from 7 P.M. Till Past Midnight — Exercises in the City Hall — William Barclay Parsons, John B. McDonald, August Belmont, Alexander E. Orr, and John Starin Speak — Dinner at Night”. The New York Times: p. 1. (1904年10月28日). https://query.nytimes.com/gst/abstract.html?res=9E06EFD71230EE32A2575BC2A9669D946597D6CF&legacy=true 2016年11月6日閲覧。 
  15. ^ “Fulton St. Trains Monday — New Style of Subway Platform Will Be Tried There”. The New York Times: p. 5. (1905年1月14日). http://query.nytimes.com/mem/archive-free/pdf?res=9E01E1D7173AE733A25757C1A9679C946497D6CF 2016年11月11日閲覧。 
  16. ^ a b “Subway at Fulton Street Busy”. The New York Times: p. 9. (1905年1月27日). http://query.nytimes.com/mem/archive-free/pdf?res=9C06E5DE1E3DE633A25754C1A9679C946497D6CF 2016年9月4日閲覧。 
  17. ^ “Another Centennial–Original Subway Extended To Fulton Street”. New York Division Bulletin (New York Division, Electric Railroaders' Association) 48 (1). (2005年1月). https://issuu.com/erausa/docs/2005-01-bulletin 2016年8月31日閲覧。. 
  18. ^ Ten Years of the Subway (1914)”. Interborough Bulletin—1914 via www.nycsubway.org. 2018年4月3日閲覧。
  19. ^ a b “Subway Trains Will Run Again This Morning — Through Service Promised for the Rush-Hour Crowds — Tunnel Pumped Out At Last — Big Water Main That Burst Was an Old One, Pressed Into Service Again After a Five-Hour Watch”. The New York Times: p. 1. (1905年6月13日). http://query.nytimes.com/mem/archive-free/pdf?res=9503E5D71E3DE633A25750C1A9609C946497D6CF 2016年9月18日閲覧。 
  20. ^ “Subway to Wall St. Open in Ten Days — And All the Way to the Bronx by July 1 — Whole Road Ready in August — As to the Air Therein, William Barclay Parsons Says It Is Pure and Can't Be Bettered”. The New York Times: p. 16. (1905年6月7日). http://query.nytimes.com/mem/archive-free/pdf?res=9800EFDE103AE733A25754C0A9609C946497D6CF 2016年9月18日閲覧。 
  21. ^ a b c “Subway Trains Running From Bronx to Battery — West Farms and South Ferry Stations Open at Midnight — Start Without a Hitch — Bowling Green Station Also Opened — Lenox Avenue Locals Take City Hall Loop Hereafter”. The New York Times: p. 1. (1905年7月10日). http://query.nytimes.com/mem/archive-free/pdf?res=9F01E1DC103AE733A25753C1A9619C946497D6CF 2016年9月4日閲覧。 
  22. ^ “Subway to Brooklyn Opened for Traffic — First Regular Passenger Train Went Under the East River Early This Morning — Not a Hitch in the Service — Gov. Hughes and Brooklyn Officials to Join in a Formal Celebration of Event To-day”. The New York Times: p. 1. (1908年1月9日). http://query.nytimes.com/mem/archive-free/pdf?res=940DE4DB173EE233A2575AC0A9679C946997D6CF 2016年11月11日閲覧。 
  23. ^ Walker, James Blaine (1918). Fifty Years of Rapid Transit — 1864 to 1917. New York, N.Y.: Law Printing. pp. 230–233. https://books.google.com/books?vid=OCLC03638541&id=lpEgAAAAMAA 2016年11月6日閲覧。. 
  24. ^ “Petition for Subway in Lexington Ave.”. The New York Times. (1912年5月22日). https://select.nytimes.com/gst/abstract.html?res=F00811FB3E5813738DDDAB0A94DD405B828DF1D3 2009年2月16日閲覧. "A petition is being circulated among the residents and property owners of the section just south of the Grand Central Station, in Park and Lexington Avenues, protesting against the proposed abandonment of the construction of the Subway in Lexington Avenue, between Forty-third and Thirty-second Streets." 
  25. ^ a b c d e f g h i j k l “Lexington Av. Line to be Opened Today — Subway Service to East Side of Harlem and the Bronx Expected to Relieve Congestion — Begins With Local Trains — Running of Express Trains to Await Opening of Seventh Avenue Line of H System”. The New York Times: p. 13. (1918年7月17日). http://query.nytimes.com/mem/archive-free/pdf?res=9A00E6DC143EE433A25754C1A9619C946996D6CF 2016年11月11日閲覧。 
  26. ^ “Open New Subway Lines to Traffic; Called a Triumph — Great H System Put in Operation Marks an Era in Railroad Construction — No Hitch in the Plans — But Public Gropes Blindly to Find the Way in Maze of New Stations — Thousands Go Astray — Leaders in City's Life Hail Accomplishment of Great Task at Meeting at the Astor”. The New York Times: p. 1. (1918年8月2日). http://query.nytimes.com/mem/archive-free/pdf?res=9507EEDE1739E13ABC4A53DFBE668383609EDE 2016年11月6日閲覧。 
  27. ^ Report for the Three and One-Half Years Ending June 30, 1949. New York City Board of Transportation. (1949). http://hdl.handle.net/2027/mdp.39015023094926. 
  28. ^ a b c Annual Report For The Year Ended June 30, 1959. New York City Transit Authority. (October 1959). p. 9. 
  29. ^ “New Platform for IRT Locals At Brooklyn Bridge to End Jams; Sharp Curve on Northbound Side Removed Station Extended to Worth St.” (英語). The New York Times. (1962年9月1日). ISSN 0362-4331. https://query.nytimes.com/gst/abstract.html?res=9900E3DA173CE53BBC4953DFBF668389679EDE 2017年11月7日閲覧。 
  30. ^ Katz, Ralph (1962年11月9日). “IRT Will Open Express Station At Lexington and 59th Thursday”. The New York Times: p. 37. http://query.nytimes.com/mem/archive/pdf?res=9B0DE0DA1639E13BBC4153DFB7678389679EDE 2016年11月11日閲覧。 
  31. ^ Katz, Ralph (1962年11月16日). “IRT Express Stop Opens at 59TH St. — East Side Station Had Been Local One Since 1918 Line's 4th-Busiest Stop”. The New York Times: p. 22. http://query.nytimes.com/mem/archive/pdf?res=9903E5D81030E03ABC4E52DFB7678389679EDE 2016年11月11日閲覧。 
  32. ^ New 59th Street Express Station brochure”. www.thejoekorner.com. New York City Transit Authority (1962年11月15日). 2016年1月25日閲覧。
  33. ^ "Case Study Number Ten: Union Square Station, New York City—August 28, 1991", in: John Kimball and Hollis Stambaugh, Special Report: Rail Emergencies, Technical report series (United States Fire Administration) USFA-TR-094, [Emmitsburg, Maryland]: Federal Emergency Management Agency, U.S. Fire Administration, National Fire Data Center, [2003?], p. 27.
  34. ^ "Probe Finds Subway's Speed Outstripped Safety System", The Washington Post, August 31, 1991 ( 要購読契約)
  35. ^ McFadden, Robert D. (1991年9月1日). “Catastrophe Under Union Square; Crash on the Lexington IRT: Motorman's Run to Disaster” (英語). The New York Times. ISSN 0362-4331. https://www.nytimes.com/1991/09/01/nyregion/catastrophe-under-union-square-crash-lexington-irt-motorman-s-run-disaster.html 2017年8月4日閲覧。 
  36. ^ a b Second Avenue Subway Project - History”. mta.info. Metropolitan Transportation Authority (2002年10月19日). 2002年10月19日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年2月15日閲覧。
  37. ^ Manhattan East Side Transit Alternatives (MESA): Major Investment Study/Draft Environmental Impact Statement, August 1999”. メトロポリタン・トランスポーテーション・オーソリティ, アメリカ合衆国運輸省, 連邦公共交通局 (1999年8月). 2016年7月11日閲覧。
  38. ^ Discontinuance of service Second Avenue elevated line.”. nytm.pastperfectonline.com. New York City Board of Transportation (1942年). 2016年12月4日閲覧。
  39. ^ Katz, Ralph (1955年5月13日). “Last Train Rumbles On Third Ave. 'El'; An Era Ends With Final Run of Third Avenue 'El' LAST TRAIN ROLLS ON THIRD AVE. 'EL'”. The New York Times. http://query.nytimes.com/mem/archive-free/pdf?res=9B03E6DC113EE63BBC4B52DFB366838E649EDE 2016年12月14日閲覧。 
  40. ^ www.nycsubway.org: Second Avenue Subway: The Line That Almost Never Was”. nycsubway.org (1972年). 2015年9月30日閲覧。
  41. ^ Derrick, Peter (2003-03-01) (英語). Tunneling to the Future: The Story of the Great Subway Expansion That Saved New York. NYU Press. ISBN 9780814719107. https://books.google.com/books?id=Y8sVCgAAQBAJ&pg=PA377&dq=overcrowding+lexington+avenue+line+report&hl=en&sa=X&ved=0ahUKEwiOt5T1pJjTAhWL8oMKHT4pDO8Q6AEIQTAH#v=onepage&q=overcrowding%20lexington%20avenue%20line%20report&f=false. 
  42. ^ Second Avenue Subway in the Borough of Manhattan, New York County, New York Final Environmental Impact Statement And Final Section 4(f) and Section 6(f) Evaluation (PDF)”. pp. 1–5, 1–6 (2004年4月). 2014年4月8日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年9月22日閲覧。
  43. ^ Manhattan East Side Transit Alternatives (MESA)/Second Avenue Subway Summary Report”. mta.info. Metropolitan Transportation Authority (2001年10月11日). 2016年8月9日閲覧。
  44. ^ Whitford, Emma (2017年2月1日). “Early Ridership Count Indicates Second Avenue Subway Is Making Lexington Avenue Commutes Less Packed” (英語). Gothamist. http://gothamist.com/2017/02/01/second_ave_subway_count.php 2017年4月9日閲覧。 
  45. ^ (英語) East Side Access in New York, Queens, and Bronx Counties, New York, and Nassau and Suffolk Counties, New York: Environmental Impact Statement. Metropolitan Transportation Authority. (2001). https://books.google.com/books?id=qiQ3AQAAMAAJ&pg=PA100-IA107&dq=overcrowding+lexington+avenue+line+report&hl=en&sa=X&ved=0ahUKEwiFwcK9pZjTAhUI94MKHUmRCRc4ChDoAQgdMAE#v=onepage&q=overcrowding%20lexington%20avenue%20line%20report&f=false. 
  46. ^ Chan, Sewell (2008年11月19日). “When the Train Is Too Crowded to Board”. City Room. 2017年4月9日閲覧。
  47. ^ Donohue, Pete; Ortiz, Keldy; McShane, Larry (2015年3月25日). “Subway cars running at over capacity during rush hours” (英語). New York Daily News. http://www.nydailynews.com/new-york/subway-cars-running-capacity-rush-hours-article-1.2161455 2017年4月9日閲覧。 
  48. ^ New York’s Subways Are Not Just Delayed. Some Trains Don’t Run at All”. New York Times. 2017年8月7日閲覧。
  49. ^ “Residents Try to Get Details on New Midtown East Plan”. The Wall Street Journal. (2014年9月12日). https://online.wsj.com/articles/residents-try-to-get-details-on-new-midtown-east-plan-1410484574 2014年9月13日閲覧。 
  50. ^ Dailey, Jessica (2015年5月27日). “City Council Green Lights 1,500-Foot One Vanderbilt”. Curbed. 2015年8月5日閲覧。
  51. ^ Whitford, Emma. “Inside The $220 Million Plan To Improve The Subway At Grand Central”. Gothamist. 2016年10月21日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年10月19日閲覧。
  52. ^ a b c d Barone, Vincent; Pereira, Ivan (2016年10月17日). “A glimpse at One Vanderbilt’s transit improvements”. am New York. http://www.amny.com/transit/one-vanderbilt-s-grand-central-station-improvements-a-glimpse-at-changes-to-come-1.12466831 2016年10月19日閲覧。 
  53. ^ Bagli, Charles V. (2014年5月29日). “65-Story Tower Planned Near Grand Central Terminal”. The New York Times. ISSN 0362-4331. https://www.nytimes.com/2014/05/30/nyregion/65-story-tower-planned-near-grand-central-terminal.html 2016年10月19日閲覧。 
  54. ^ “A sneak peek at One Vanderbilt’s Grand Central plan - New York Post”. New York Post. (2014年9月8日). https://nypost.com/2014/09/08/a-sneak-peek-at-one-vanderbilt-public-space/ 2014年9月13日閲覧。 
  55. ^ Kabak, Benjamin. “A glimpse at the $200M transit plans for One Vanderbilt :: Second Ave. Sagas”. Second Ave. Sagas. 2014年9月13日閲覧。
  56. ^ “65-Story Tower Planned Near Grand Central Terminal”. The New York Times. https://www.nytimes.com/2014/05/30/nyregion/65-story-tower-planned-near-grand-central-terminal.html 2014年9月13日閲覧。 
  57. ^ Morris, Keiko (2016年10月17日). “Developer Sees Manhattan Office Tower as a New Landmark”. Wall Street Journal. ISSN 0099-9660. https://www.wsj.com/articles/developer-sees-manhattan-office-tower-as-a-new-landmark-1476663585?scrlybrkr 2016年10月19日閲覧。 
  58. ^ One Vanderbilt Comes with $200M of Subway Improvements - In Transit - Curbed NY”. Curbed NY. 2014年9月13日閲覧。

外部リンク編集

経路図:

KMLファイル (編集ヘルプ)
ウィキデータにあるKML