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Kiroro(キロロ)は、日本女性二人組音楽グループ。所属事務所ビクターミュージックアーツ、所属レコード会社はJVCケンウッド・ビクターエンタテインメント

Kiroro
別名 キロロ
出身地 日本の旗 日本 沖縄県中頭郡読谷村
ジャンル J-POP
活動期間 1995年 -
レーベル ビクターエンタテインメント
1998年 - 2016年)
Colourful Records(ビクターエンタテインメント)
2018年 - )
事務所 ビクターミュージックアーツ
公式サイト Kiroro official site
メンバー 玉城千春(ボーカル
金城綾乃(ピアノキーボード

目次

メンバー編集

共に沖縄県中頭郡読谷村出身。[1]

来歴編集

1995年結成。沖縄県立読谷高等学校の同級生であり、高校時代放課後の音楽室で玉城がオリジナル曲をアカペラで歌っていたところに、金城が伴奏をつけて遊んでいたのが結成のきっかけ。[2]

Kiroroという名の由来は、玉城が小学生の頃、地域交流で北海道池田町に行った際、なんとなく耳に残ったアイヌ語の“kiroru(人間が踏み固めた広い路の意[3])”“kiroro-an(強い・健やか・盛ん・大きい・かたくなの意[4])”という言葉を参考に意味や響きに魅かれグループ名をKiroroに決定する [5][6]

その後、玉城が長崎ウエスレヤン短期大学、金城が医療事務の専門学校に進学し、在学中の1996年インディーズデビュー。沖縄限定で発売されたインディーズデビュー曲「長い間」は、地元沖縄のローカルCM(「安信輸送サービス」の引越しCM)にも使われ、県内で1万枚を売り上げる[7]

楽曲制作を手掛けているのは主にボーカルの玉城である。玉城は作詞・作曲の才能はあるものの、ピアノはあまり弾けず、書く音符も暗号のような状態である。それを、ピアノが弾ける金城が玉城の「暗号」を解読するような形で活動を始めた。ただし活動が進むに連れ、金城の作詞・作曲のものや玉城が作詞、金城が作曲というものも登場するようになった。


1998年1月にシングル「長い間」でメジャーデビュー。1998年・1999年2001年にはNHK紅白歌合戦に出場した。

2004年10月からコミュニティーFMラジオ放送に向けたレギュラー番組「hot pot Kiroro」をスタートさせた。

2005年1月17日に公式サイト上で玉城が沖縄県出身の男性との婚約を発表、同年4月17日に結婚した。さらに同年5月24日には金城がレストランプロデューサーの男性と結婚。

2人共に子沢山であることでも知られ、金城が2005年11月に長女を出産したのを皮切りに、2006年2月には玉城も長男を出産、さらには2007年3月に玉城がウェブページ上にて第2子を妊娠したことを報告、同年9月に長女を出産。2008年8月、今度は金城がウェブページ上にて第2子を妊娠したことを報告。2009年3月に長男を出産。この金城の第2子出産と時を同じくして、玉城がウェブページ上にて第3子を妊娠したことを報告。2009年9月に次女を出産。2010年10月には金城がウェブページ上にて第3子を妊娠したことを報告。2011年3月に次男を出産。互いに出産を繰り返し、音楽活動も定期的に休止するこのスタイルは、収入にあまり困っておらずハードな仕事を避けたい2人の考えとの向きもある[8]

2011年8月7日、玉城が浜離宮朝日ホールで初のソロコンサートを行う。

2011年10月19日に玉城のソロデビューシングル「神様」を、同11月23日にファーストアルバム『Brand New Days』をリリース。

2013年4月26日、金城がウェブページ上にて離婚を発表。

2015年HY仲宗根泉と合同の新ユニット「さんご」を結成。デビュー作「いのちのリレー」はNHK沖縄放送局の終戦70年キャンペーンのテーマソングとなった[9]

デビュー20周年の2018年1月24日に13年ぶりとなる7枚目のオリジナルアルバム『アイハベル』を発売。5月から5都市を回るツアーをおこない、本格再始動[10]。この際、レコード会社自体はビクターのままながら同社の内部レーベルColourful Recordsへ移籍。

2019年5月5日から、FM沖縄で、金城のレギュラー番組「Kiroro綾乃の ママでいいよ!」がスタート。

ディスコグラフィ編集

シングル編集

発売日 タイトル
インディーズ 1996年11月21日 長い間/青のじゅもん
インディーズ 1997年4月21日 未来へ/逃がさないで
インディーズ 1997年7月10日 すてきだね/恋に恋して
1st 1998年1月21日 長い間
2nd 1998年6月24日 未来へ
3rd 1998年11月21日 冬のうた
4th 1999年2月24日
2002年2月21日に再リリース
青のじゅもん
5th 1999年6月23日
2002年2月21日に再リリース
最後のKiss
6th 1999年11月10日
2002年2月21日に再リリース
好きな人
7th 2000年3月23日 ひまわり
8th 2000年7月26日 涙にさよなら
9th 2000年12月6日 逢いたい
10th 2001年6月6日 Best Friend
11th 2002年8月21日 愛さない
12th 2002年12月4日 ひとつぶの涙
13th 2003年11月21日 僕らのメッセージ
14th 2004年1月21日 もう少し
15th 2005年7月6日 生きてこそ
16th 2005年10月21日 忘れないで〜Live at OKINAWA '05〜
配信限定シングル 2006年4月26日 未来へ〜2006MIX〜
17th 2008年12月3日 幸せの種 〜Winter version〜
18th 2009年3月4日 みんなあなたを愛してる

アルバム編集

オリジナルアルバム編集

発売日 タイトル
1st 1998年10月1日 長い間 〜キロロの森〜
2nd 1999年12月8日 好きな人〜キロロの空〜
3rd 2001年1月24日 TREE OF LIFE
4th 2002年12月18日 Four Leaves Clover
5th 2004年3月3日 Diary
6th 2005年11月23日 Wonderful Days
7th 2018年1月24日 アイハベル

ミニアルバム編集

発売日 タイトル
1st 2000年7月26日 七色
2nd 2005年1月21日 沖縄限定盤
2005年6月23日 全国盤
帰る場所

ベストアルバム編集

発売日 タイトル
1st 2002年2月21日 Kiroroのうた①
2nd 2006年3月29日 キロロのいちばんイイ歌あつめました
リマスター盤 2018年1月24日
配信限定アルバム 2006年6月7日 キロロのちょっとコアな歌あつめました
企画アルバム 2016年3月9日 子供といっしょにききたいキロロのうた

その他編集

  • 僕らはヒーロー(1996.6.26リリースのオムニバスアルバム『KID'S MUSIC BOX Vol.4』の4曲目に収録)

NHK紅白歌合戦出場歴編集

年度/放送回 曲目 出演順 対戦相手
1998年(平成10年)/第49回 未来へ 16/25 武田鉄矢海援隊
1999年(平成11年)/第50回 2 長い間 09/27 堀内孝雄
2001年(平成13年)/第52回 3 Best Friend 16/27 ウルフルズRe:Japan
注意点
  • 出演順は「出演順/出場者数」で表す。

脚注編集

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  1. ^ Kiroro official site/Profile(2019年5月5日閲覧。)
  2. ^ Kiroro official site/Profile(2019年5月5日閲覧。)
  3. ^ アイヌ民族博物館アイヌ語アーカイブの辞書では「立派な道」としている。
  4. ^ アイヌ民族博物館アイヌ語アーカイブの辞書では「おもしろく思う」「楽しむ」「おもしろい」としている。
  5. ^ 外務省経済協力局"国際協力プラザ vol.126 PEOPLE Kiroro"国際協力プラザ2005年2月号.(2010年11月14日閲覧。)
  6. ^ Kiroro official site/Profile(2019年5月5日閲覧。)
  7. ^ 「『ご当地デュオ』今が旬『産直』で全国ヒット(報!)」『朝日新聞』2000年11月11日付夕刊、1頁(西部)。
  8. ^ サイゾーウーマン』2013年1月1日付
  9. ^ いのちのリレー
  10. ^ “Kiroro本格再始動 来年1月に13年ぶりアルバム発売!ツアーも”. Sponichi Annex (スポーツニッポン新聞社). (2017年12月7日). http://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2017/12/07/kiji/20171206s00041000367000c.html 2017年12月7日閲覧。 

関連項目編集

外部リンク編集