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長崎ウエスレヤン短期大学(ながさきうえすれやんたんきだいがく、英語: Nagasaki Wesleyan Junior College)は、長崎県諫早市西栄田町1057に本部を置いていた日本私立大学である。1966年に設置され、2003年に廃止された。大学の略称はウエスレヤン短大。学生募集は2001年度まで。2002年度より長崎ウエスレヤン大学の設置により短期大学は学生募集を停止し、2003年5月30日正式廃止[1]

長崎ウエスレヤン短期大学
大学設置 1966年
創立 1881年
廃止 2003年
学校種別 私立
設置者 学校法人鎮西学院
本部所在地 長崎県諫早市西栄田町1057
学部 英語科
教養科
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目次

概要編集

大学全体編集

  • 学校法人鎮西学院により鎮西学院短期大学として1966年に設置された。開学当初は1学科のみだったが、最終的には2学科となった。

教育および研究編集

  • 長崎ウエスレヤン短期大学に設置されていた学科の一つである英語科には、アメリカの大学に編入・留学するためのトランスファーコース、交換留学のためのジュニアコース、ホテルや観光業界で活躍する人材を育てるためのホテル・観光コースがあった。英語力の強化は勿論、TOEFLなどの合格に力を入れていた。教養科には、「情報ビジネス」、「社会福祉」、「地域環境マネジメント」・「中国語」の各コースがあった[2]
  • 一般教育科目にはスペイン語タイ語といった全国の短大でも数少ない外国語科目もあった[2]

学風および特色編集

  • 長崎ウエスレヤン短期大学は1881年アメリカのメソジスト教会から派遣された青年宣教師かつ神学博士でもあったC.S.ロングにより設置されたカブリー英和学校に始まり、以来キリスト教精神に基づいた教育が行われてきた。
  • クリスマス礼拝などの宗教イベントが行われていた[2]
  • キリスト教をベースとした教育や交換留学が盛んに行われていた[2]

沿革編集

  • 1881年 ガブレ英和学校が開校。
  • 1966年 鎮西学院短期大学(ちんぜいがくいんたんきだいがく)として開学。英語科を置く:在学者数は45(うち女子14)[3]
  • 1967年 教養科を増設:当初の在学者数は僅か4(女子のみ):[4]
  • 1980年 長崎ウエスレヤン短期大学と改称。
  • 2001年度をもって募集を終了。翌年度より長崎ウエスレヤン大学に移行。

基礎データ編集

所在地編集

  • 長崎県諌早市栄田町1057

象徴編集

  • 長崎ウエスレヤン短期大学のカレッジマークは円の中にキリストの十字架が4つ、三日月が2つ描かれたものとなっていた。

教育および研究編集

組織編集

学科編集

  • 英語科
  • 教養科

専攻科編集

  • なし

別科編集

  • なし

取得資格について編集

附属機関編集

  • 附属図書館

学生生活編集

部活動・クラブ活動・サークル活動編集

学園祭編集

  • 長崎ウエスレヤン短期大学の学園祭は「2ドル祭」と呼ばれていたが、これは大学創立者であるカブリー夫人により寄贈された2ドルに因む。ウェディングファッションショー、沖縄エイサー、プロによるバンド、打ち上げ花火などが催された[2]

大学関係者と組織編集

大学関係者一覧編集

大学関係者編集

出身者編集

施設編集

キャンパス編集

  • サラ・コレル夫人像が建てられた[2]
  • 学内には、正門・短大本部・チャペル・ウエスレー館・テニスコート・グランドなどがあった[2]

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  • 長崎ウエスレヤン短期大学には「カブリー寮」と称した女子学生寮が学内にあった。在寮期間は1年間となっていた[2]

対外関係編集

卒業後の進路について編集

就職について編集

編入学・進学実績編集

参考文献編集

脚注編集

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  1. ^ 平成23年度『全国短期大学高等専門学校一覧』294頁より。
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o 2001年度入学案内小冊子
  3. ^ 昭和42年度版『全国学校総覧』(以下『総覧』と略す)42頁より。
  4. ^ 昭和43年度版『総覧』44頁より。
  5. ^ 昭和50年度用『全国短期大学受験案内』(晶文社)506頁「鎮西学院短期大学」より。

関連項目編集

関連サイト編集