サントリー

サントリーホールディングス株式会社
Suntory Holdings Limited
ロゴ
Suntory headquarters01s3200.jpg
サントリーホールディングス本社
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 サントリーHD
本店所在地 日本の旗 日本
530-8203
大阪市北区堂島浜2丁目1番40号
設立 2009年(平成21年)2月16日
(持株会社制移行は2009年(平成21年)4月1日)※1
業種 食料品
事業内容 グループ会社の管理・経営支援
代表者 代表取締役会長兼社長 佐治信忠
資本金 70,000百万円
発行済株式総数 687,136,196株
売上高 連結:1,802,791百万円
単独:55,216百万円
営業利益 連結:109,026百万円
単独:24,239百万円
純利益 連結:62,614百万円
単独:45,179百万円
包括利益:50,483百万円
純資産 連結:483,557百万円
単独:413,282百万円
総資産 連結:1,730,175百万円
単独:1,121,829百万円
従業員数 連結:28,532人(11,472人)※2
単独:416人※3
決算期 12月31日
主要株主 主要株主の項を参照
主要子会社 関連企業・団体の項を参照
関係する人物 創業者鳥井信治郎
2代目社長佐治敬三
3代目社長鳥井信一郎
竹鶴政孝
外部リンク http://www.suntory.co.jp/(日本語)
特記事項:経営指標は 2011年12月 第3期 有価証券報告書
※1:現法人は、株式移転で新設された持株会社。旧法人(設立時、株式会社寿屋)の設立は、1921年(大正10年)12月1日
※2:従業員数は就業人員であり、臨時従業員数は()内に当連結会計年度の平均人員を外数で記載している。
※3:従業員数は就業人員であり、臨時従業員数は従業員数の100分の10未満であるため、記載していない。

サントリーホールディングス株式会社は、日本洋酒ビール清涼飲料水の製造・販売等を行う総合企業グループ。

かつてはサントリー株式会社を中心とするグループであったが、2009年(平成21年)4月1日株式移転持株会社を新設して、持株会社制に移行。事業会社を分離している。

創業

1899年(明治32年)2月に、創業者の鳥井信治郎が、葡萄酒の製造販売を目的とした鳥井商店を創業。これを母体として、1921年(大正10年)12月1日に株式会社壽屋(寿屋)を設立。サントリーの名が初めて現れたのは、商品名からである。1929年(昭和4年)4月、初めて発売したウイスキーに創業者鳥井信治郎が「サントリー」と名付けた。これは当時発売していた赤玉ポートワインの「赤玉」を太陽に見立ててサン(SUN)とし、これに鳥井の姓をつけて「SUN」「鳥井」、「サントリー」とした、ということになっている。「鳥井さん」を逆さにしてサントリーとしたという説も広まっているが、これは誤りである。1963年(昭和38年)3月に、ビール発売を期して新天地に向かう思いを込めて[1]、商品名であったサントリーを社名にも用いて、サントリー株式会社に商号変更した。

事業の主要な部分はアルコール飲料だが、1980年代以降清涼飲料においても一定の地位を築いた。

銀行との関係

メインバンクは三和銀行UFJ銀行三菱東京UFJ銀行であり、旧三和グループ系の三水会及びみどり会にも加盟している一方、三井グループの広報を務める団体・三井広報委員会にも加盟しているため三井系の企業とみなされることもあるが、同じ関西系企業の住友グループとの繋がりも非常に強い。事実、多くの住友系企業のビル内部にはアサヒ飲料とサントリーの2社の自動販売機が設置されている。また、住友系と目されているダイキン工業との繋がりも非常に強固であり、特にサントリー及びダイキン工業の先代経営者だった、佐治敬三山田稔とは個人的にも非常に親しい関係であった。山田の子息がサントリーに入社している事からもその事が伺える。

非上場企業

東証1部大証1部ニューヨーク証券取引所上場企業と誤解されることがあるが、証券取引所非上場企業であり、株式の約9割を創業家の資産管理会社である寿不動産が所有している。非上場の理由として「酒の醸造には時間がかかり、短期的な利益を要求される株式公開に馴染まない」、「株主に商品の味を左右されたくないから」または「直接的な利益に結びつかない文化事業のリストラを要求されるため」と言われている。佐治信忠は結果として「ビール事業が軌道に乗ったのも非公開だったから」と話している。 一方で、2012年2月8日に行われた2011年12月期の決算発表の際には佐治信忠自らが会見で、自身の勇退に加えて、資金調達の手段として「上場を次の社長にやってもらう」と発言するなど、今後の会社運営のあり方に含みを残している(ただし、創業家から次の社長になる場合には非上場のままである)[2]

関係会社の中では、唯一子会社のダイナック東京証券取引所第2部に上場している。社長は鳥井姓と佐治姓を名乗っているが、佐治姓は創業者鳥井信治郎の長男・吉太郎が早世のため、二男・佐治敬三が姻族の佐治家を承継した後に同社社長に就任した事による。また、非上場企業の中では同じ三和系の日本生命保険が主要株主に入っている事でも知られている。サントリー名誉会長・鳥井道夫の妻が日本生命の社長・会長を務めた弘世現の娘準子である。このため、日本生命との繋がりも強固であり、共同で提供を行うテレビ番組もある。

主要株主

株主社名 住所 所有株式数 持株比率
寿不動産株式会社 大阪市北区堂島浜2丁目1番40号 613,818千株 89.92%
サントリー持株会 大阪市北区堂島浜2丁目1番40号 30,607千株 4.45%
株式会社三菱東京UFJ銀行 東京都千代田区丸の内2丁目7番1号 6,871千株 1.00%
株式会社三井住友銀行 東京都千代田区丸の内1丁目1番2号 6,871千株 1.00%
住友信託銀行株式会社 大阪市中央区北浜4丁目5番33号 6,871千株 1.00%
日本生命保険相互会社 東京都千代田区丸の内1丁目6番6号 100千株 1.00%
サントリーホールディングス株式会社(自己株式) 大阪市北区堂島浜2丁目1番40号 5,900千株 0.85%
公益財団法人サントリー生命科学財団 大阪府三島郡島本町若山台1丁目1番1号 3,590千株 0.52%
佐治信忠 東京都港区 652千株 0.09%
鳥井信吾 神戸市東灘区 539千株 0.07%

本社関連・持株会社化

過去には大阪に本社(大阪オフィス)を置いて主要業務をおこなっていたが、1980年代後半からマーケティングや営業面での業績向上を目的として、登記上本店と本社機能の一部(ウイスキーのテイスティングやブレンドなどに関する事案はいわば機密事案であるため、山崎蒸溜所が近い大阪でおこなわれる)だけを大阪に残し、機能の中枢は東京に移転した。東京支社は中央区日本橋から、東京メトロ赤坂見附駅の近くにあった元赤坂国道246号沿いの通称サントリービルへと移り変わり、東京ミッドタウンへ移動する前のサントリー美術館もここに所在していた。後にサントリー東京社屋は2005年(平成17年)1月に竣工[3]した、ゆりかもめお台場海浜公園駅そばにあるサントリーワールドヘッドクォーターズに移転し、実質的に本社業務が執られていた。

2009年(平成21年)2月16日に、サントリーホールディングス株式会社を株式移転で設立[4]

同年4月1日に、サントリー株式会社が吸収分割と新設分割を行い、コーポレート部門を持株会社に吸収させると同時に、サントリーの各カンパニーや事業部を既存子会社への吸収させるか子会社の新設により独立させて、サントリー酒類株式会社(酒類事業会社・旧サントリー株式会社)、サントリーワインインターナショナル株式会社(ワイン事業会社)、サントリー食品インターナショナル株式会社(飲料・食品事業会社:当初は「サントリー食品」として設立)、サントリーウェルネス株式会社(健康食品事業会社)、サントリービジネスエキスパート株式会社(ビジネスサポート会社)として、持株会社傘下の完全子会社とし、純粋持株会社制に移行した。事業会社の多くはサントリーワールドヘッド クォーターズ(東京都港区台場2丁目3番3号)が登記上も本社となっている。

現在、グループの主要業務はサントリーワールドヘッドクォーターズで行われ、サントリーホールディングスがグループ全体の経営戦略の策定・推進、およびコーポレート機能を担当し[5]、その方針に沿ってグループ企業が事業活動を展開している[6]

2010年(平成22年)時点にて、グループの主要会社で本社が大阪にあるのはサントリーホールディングスだけで[7]、酒類関連企業(サントリー酒類、サントリービア&スピリッツ)や飲料・食品関連企業(サントリー食品インターナショナル、サントリーフーズ)の中核会社は東京に本社を移転[7]したが、サントリーホールディングスの関西財界への影響力は2010年代初旬においても強く残っており[7]、課税等を含めて在阪有力企業の一つとして数えられている。

現在のコーポレート・スローガンは「水と生きる[注釈 1]。過去には「人と自然と響き会う」ということで「響」の文字をモチーフにしたロゴマークと提供クレジットも存在した。なお、響のマークは現在もサントリーのウイスキー瓶に付く蓋の部分にあしらわれている。さらに、それ以前の提供番組でのクレジットの読みは「世界の名酒 サントリー」であり、ロゴマークは楕円の中に「サントリー」と書かれたものであった。

事業戦略

人口減少に伴う国内市場の縮小を睨み、近年では海外事業の強化のための企業買収が活発になっている。

主たる事業

ワインを除く酒類事業については、製造・販売の統括会社「サントリー酒類株式会社」と、その子会社である販売会社「サントリービア&スピリッツ株式会社」が担当している。

ウイスキー部門

サントリー山崎蒸溜所

京都府との府境に近い大阪府三島郡島本町山崎蒸溜所、南アルプス・山梨県北杜市白州蒸溜所を持ち、日本初の本格的なウイスキー「ホワイト」(発売当初の名は「白札」、1929年出荷開始)や、「サントリー角瓶」(発売当初の名は「十二年もの」、1937年出荷開始)をはじめ、「トリスウイスキー」(1946年出荷開始、1960年代「トリスを飲んでハワイへ行こう!!」が流行語に)、「サントリーローヤル」(1960年出荷開始)、「山崎」、「響」などを製造販売している。ウイスキー製造業者としては日本最大手である(2005年現在)。ウイスキー製造立ち上げ時の山崎工場長は後のニッカ創業者竹鶴政孝である。竹鶴は鳥井信治郎の長男・吉太郎の帝王教育も引き受けている。

日本のウイスキーメーカーとしては初めて本格的にロシア市場へ参入し、2006年10月からはロシアの輸入販売代理店「VELD21社」を通して、ロシア市場で本格的にウイスキーの販売を開始[13]

マスターブレンダー

ビール類事業

サントリー京都ビール工場

1928年(昭和3年)に横浜市鶴見区の日英醸造(商標名「カスケードビール」)を買収して「新カスケードビール」を製造販売した。1930年(昭和5年)に前首相・田中義一の愛称にちなんで「オラガビール」と改称し、低価格競争を仕掛けたが、大手各社の反撃に遭い、1934年(昭和9年)にビール事業からの撤退を余儀なくされる。

1963年(昭和38年)、武蔵野ビール工場でサントリービールを製造、大手三社が寡占状態のビール業界に再進出した。後に佐治敬三はビール業界に再進出した当時の経緯について、「洋酒が絶好調で作れば何ぼでも売れる状態。そんなことでは(=努力しなくても売れることに慣れれば)会社がやがて傾く。だからビールに再進出した」と語っている[注釈 2][14]1967年(昭和42年)に「純生」を発売、この時「生ビールの定義」や「純生」の商標登録を巡って他のビール会社との間で論争が展開されたが、サントリーの主張が認められる形で終結した(詳細は「生ビール#歴史」を参照)。1980年代末からのドライ戦争の只中に、麦芽100%ビール「モルツ」を発売し、以降同社の主力ビールとなる。CMでも、1980年代にペンギン(パピプペンギンズ)のアニメCM、1990年(平成2年)にプロ野球OBで作られた球団「MALT'S」のCMで多く話題を提供する。1994年(平成6年)には格安の輸入ビールに対抗する手段として、日本で長年休眠状態になっており(当時)税率が大幅に安く定められていた酒類の発泡酒を再認識し、麦芽使用量を発泡酒の定義内に収め低価格化した商品「ホップス」を発売[15][16]。当初は「節税ビール」と呼ばれたこともあったが、価格の安さと味がビールと小異であったことからヒット商品になり、他社も追随して発泡酒に参入した[16]。ここでも、CMでは、HOP'S(発泡酒)に菅原文太を起用。「喉の、ホトケさんが、シュワシュワ~」という名台詞を作り、菅原の物真似によく使われ、話題を提供。

2004年(平成16年)10月にサントリーは社内カンパニー制を導入しているが、ビール事業は40年間赤字続きであるため、利益率の高いRTD(Ready To Drink低アルコール飲料)事業を含むビール・RTDカンパニーとすることでビール事業のカンパニーの収支をトントンにするという方策が取られた[17](2005年9月1日付でビール・RTDカンパニーとワイン&スピリッツカンパニーは統合され、酒類カンパニーになっている[18])。2005年(平成17年)から、全てのビールを天然水仕込に変更。同2005年、「ザ・プレミアム・モルツ」がビールとして日本初のモンドセレクション最高金賞を受賞し、サッポロの「ヱビスビール」を中心とするプレミアムビール市場に一石を投じた。2006-2007年にも、モンドセレクション最高金賞を連続受賞(3年連続最高金賞受賞により「ハイ・クオリティ・トロフィー」を授与されている)。2007年、新ジャンル(第三のビール)である「金麦」を発売。

「ザ・プレミアム・モルツ」「金麦」「ジョッキ生」の好調が追い風となり、2008年(平成20年)上半期には、ビールへの参入を行って初めて日本での課税出荷量の業界シェアの第3位を確保[19][20][21]。また1963年から45年目にしてビール事業が初の黒字となる見通しになった[22]2009年(平成21年)2月3日の2008年12月期連結決算発表により、ビール事業が初の黒字に転じたと発表、過去最高益も更新することになった[23]

2009年7月24日にイオンセブン&アイ・ホールディングス向けに、プライベートブランドの新ジャンルを発売。イオンへは「トップバリュ 麦の薫り」を、セブン&アイHDへは「セブンプレミアム THE BREW ノドごしスッキリ」の名称で発売。(「トップバリュ麦の薫り」は2009年12月に生産終了[24]。)

2009年の日本におけるビール類出荷量シェアで引き続き第3位を維持[25]。2010年2月9日の2009年12月期連結決算発表により、ビール類事業が2年連続の黒字を確保と発表、過去最高益も2年連続で更新した[26]

工場所在地

群馬県邑楽郡千代田町利根川ビール工場)、東京都府中市武蔵野ビール工場)、京都府長岡京市京都ビール工場)、熊本県上益城郡嘉島町九州熊本工場)の4箇所。武蔵野ビール工場では新しいビールの開発も行われており、工場見学が可能である。なお、松任谷由実の代表曲「中央フリーウェイ」の歌詞に出てくる『ビール工場』とは同工場のことである。

ワイン事業

山梨県甲斐市登美の丘ワイナリー)と長野県塩尻市塩尻ワイナリー)にワイナリーがある。このうち、登美の丘ワイナリーは事前予約制の工場見学ができる。塩尻ワイナリーは見学不可。 また各国のワインの輸入・販売を行うとともに、荒廃していたボルドーの名門シャトーであるラグランジュを買収し立て直す[27]など、中長期的な活動も積極的に行っている。

これらワイン事業の多くは、旧サントリーのワイン事業部を継承した完全子会社である「サントリーワインインターナショナル株式会社」が行っている。

清涼飲料水部門

「サントリーエード」「ウーロン茶」「NCAA」「伊右衛門」「なっちゃんシリーズ」に代表される清涼飲料水も製造販売し、日本有数の飲料会社となる。なお持株会社制移行に伴い、清涼飲料水事業は、製造・販売の統括会社として「サントリー食品インターナショナル株式会社」(当初は「サントリー食品株式会社」)が設立された。また、同事業の販売部門の大半は、その子会社であるサントリーフーズ株式会社(東京)に移管された。

健康食品事業

主にセサミンゴマ由来の成分)や黒酢を使用したサプリメント商品を提供。また、これに関連したテレビ通販番組をいくつか持っている。DHAを使用したサプリメント商品など種類が増えている(後述)。

同事業は「サントリーウェルネス株式会社」が担当している。

外食・中食事業

まい泉 (東京・原宿

外食産業は、居酒屋「響」「膳丸」「鳥どり」・レストラン「パパミラノ」(上場子会社ダイナックによる運営)や、「ファーストキッチン」「サブウェイ」、カフェの「プロント」といった各種飲食店を東京や大阪などに展開している。

これらの店舗で取り扱われるビールをはじめとする酒類や、ウーロン茶などのソフトドリンク類は、専らサントリーグループ各社の製品である。また海外ブランドの酒類・飲料が扱われる場合も、同社グループが輸入・ライセンス扱いを行っているものが中心である。

中食事業にも参入を示し、2008年1月17日には、トンカツ店の「まい泉(まいせん)」を展開する井筒まい泉株式会社[30]の買収を発表した[31][32]

生花事業

1989年、サフィニア販売で進出。2002年(平成14年)にサントリー本体から事業を分割。子会社のサントリーフラワーズが引き継いでいる。世界初の青いバラ開発などが有名。

文化・社会活動

元社長・佐治敬三が文化活動に深い理解を示していたこともあり、日本屈指の音楽ホールとして知られるサントリーホールや、薩摩切子江戸切子エミール・ガレといったガラス工芸のコレクションで知られるサントリー美術館、近現代美術の収集で知られるサントリーミュージアム、音楽賞、文化財団などの社会・文化活動に熱心な企業としても知られている。Jリーグのオフィシャルスポンサー(1993年 - 1995年は前期ステージをサントリー・シリーズとして開催)を行っていることでもある。

愛鳥運動
Today Birds, Tomorrow Man”(「今日、鳥たちの身に起きていることは、明日は人間の問題になるかも知れない」の意)を掲げ、野鳥の保護に積極的に取り組み、「愛鳥キャンペーン」を展開している。
山梨の白州蒸溜所には「バード・サンクチュアリ」を併設、定期的に探鳥会を開催する等の活動を行っている。かつては広島県大野町(現・廿日市市大野町)にも存在した。
1985年(昭和60年)に開催されたつくば博では、パビリオン「燦鳥館」(さんとりーかん)を出展。愛鳥の精神をアピールした。
東北熊襲発言
元社長・佐治敬三による東北熊襲発言は、文化人として知られていた佐治の教養人格を疑われることになったと同時に、自社の営業に大いにダメージを与えた。サントリーは東北と九州の両地区で激しい非難に晒され、特に東北地方では全てのサントリー製品が撤去されるほどの事態となった。宮城県がウイスキーの大消費地(全国で2位、1人あたりでは突出して1位)であり、あわせてニッカウヰスキーの主力工場(宮城峡蒸留所)が存在する地域である、と言うこともサントリーとしては大きなダメージであった。

代表的な銘柄

サントリーモルツ

※ 清涼飲料水については、サントリーフーズを参照。

ビール

発泡酒

新ジャンル(第三、第四のビール)

プライベートブランド

ビールテイスト飲料

チューハイ

カクテル

ハイボール・水割り

マッコリ

ノンアルコール飲料

焼酎・泡盛

甲類焼酎

乙類焼酎

甲類乙類混和焼酎

ウイスキー

モルト・ウイスキー

山崎12年

ブレンデッド・ウイスキー

サントリー角瓶

ブランデー

国産のほか、フランス産のコニャックやアルマニャックといった高級ブランデースペイン産ブランデー、またカルヴァドスグラッパといった輸入のブランデー系蒸留酒も販売している。ここでは、国産のサントリーブランドのブランデーのみを挙げる。

ワイン(国産・国内製造)

ワイン(輸入)

健康食品

その他の銘柄

過去にあった代表的な銘柄

※ 清涼飲料水については、サントリーフーズを参照。

ビール(過去)

発泡酒(過去)

第三のビール(過去)

ビールテイスト飲料

チューハイ(過去)

(一部ブランド名のみ)

カクテル(過去)

(一部ブランド名のみ)

2007年の「カクテルバーCB ソルティードッグ/スクリュードライバー」の生産終了に伴い、カクテルバーシリーズ13年の歴史に幕を閉じた(但しカクテルバーのコンクタイプは2008年現在も生産されている)。

ウイスキー(過去)

ワイン(過去)

※ このほか1980年代には、200ml缶で発売されたワイン「キサラ」なども存在したが、1年足らずで発売中止になっている。その他、200ml缶で発売され、田原俊彦がCMに出演した「サントリーシードル」といった製品も発売されていた。

合成清酒(過去)

関連企業・団体

市町村名のかかれてないものは、東京都都心23特別区内にあるもの。

親会社

酒類事業

食品事業

清涼飲料・ミネラルウォーター

食品等

外食・スポーツ・花・サービス事業

外食

スポーツ事業会社

サービス

機能会社

その他の関連企業

公益法人・学校法人等

買収企業

広告

サントリーと広告

創業者の鳥井信治郎も広告が好きだった。[36]また開高健山口瞳柳原良平もサントリーの宣伝部に所属していた(前述の3名は後に独立し、サン・アドへ移行して、広告の企画立案ならびに、当時サントリーから発売されていたPR誌「洋酒天国」の編集を手掛ける)。戦前には片岡敏郎の手による赤玉ポートワインの広告が有名となり、戦後はテレビの普及とともにテレビCMの広告を次々と打ち出した。

主な広告として「トリスを飲んでHAWAIIへ行こう!」や、京都の街を子犬が歩く姿を撮影したトリス、サミー・デイヴィスJr.のスキャットや、カンヌ国際広告祭でグランプリを受賞したサントリーホワイト、アルチュール・ランボーアントニオ・ガウディグスタフ・マーラーを題材にしたサントリーローヤル、アニメのペンギン松田聖子の「SWEET MEMORIES」を歌ったサントリー缶ビール、椎名誠(彼とサントリーの結びつきは非常に強い)と猫が出演したサントリー生ビール、近年では長塚京三田中裕子が出演していた新オールドなどの広告がある。

一部のCMについては白州蒸溜所内に併設された白州ウイスキー博物館のビデオ・ライブラリーや、電通本社にあるアド・ミュージアム東京で視聴が可能である。

また、毎年成人の日には『新成人おめでとう』、4月1日[37]には『新社会人おめでとう』という、伊集院静が書いたコラムが各新聞社の広告欄に掲載される事でも有名である[38]

2011年(平成23年)3月11日に発生した東日本大震災によりその後しばらくCMが軒並み自粛される中、いち早くCM放映を再開。同年4月6日より、震災からの復興をテーマとして、同社グループのCMに出演している総勢71名のタレント[注釈 5]が、坂本九のヒット曲である「上を向いて歩こう」・「見上げてごらん夜の星を」の両曲(編曲、山下宏明)をリレー形式で歌う、と言う内容の企業イメージCMが放映された。

スポンサー番組

一社提供

現在(一社提供)
過去(一社提供)

複数社提供

現在(複数社提供)

主に日本国内について記載。●は60秒以上のスポンサー、その他は30秒。

日本テレビ
TBS
フジテレビ
テレビ朝日
テレビ東京

この他にも3ヶ月限定スポンサーなど短期間限定でスポンサーにつくことも多い。

過去(複数社提供)

CM出演者

現在の出演者

アルコール(ノンアルコールも含む)

ソフトドリンク

番組コラボキャンペーン・企業CM

福T・半袖(2007年春)、福T・長袖(2007年秋)、福バッグ(2008年春)、福ジャン(2008年秋)、福T・1200種(2009年春)、ソーラー福バッグ(2010年春)
食材御三家1年分(2009年秋)、天下5麺1年分(2010年秋)、上様ダウンCollection(2011年秋)★

過去の出演者

アルコール
ソフトドリンク
双方
外国人

歴代キャンペーンガール


2004年(平成16年)を最後に終了した。

スポーツ事業(広告)

諸問題・騒動

東北熊襲発言
1988年(昭和63年)2月28日当時の社長の発言、いわゆる東北熊襲発言が大問題となり国会でも取り上げられる事態となった。

この問題は20年以上たった現在でも尾を引いており、東北最大の歓楽街・仙台市の国分町では未だにサントリー製品を扱わない店も多く点在しており、また、2004年(平成16年)の東北楽天ゴールデンイーグルスのプロ野球新規参入に伴い宮城球場で行われたスポンサー枠獲得戦では、サントリーは参加を断念。2005年(平成17年)のシーズンでは、アサヒ・キリン・サッポロの三社のみが球場内でのビール販売を行ない、サントリーは販売されなかった。

「日本海」の「東海」表記
2011年(平成23年)4月 サントリー公式サイト内の『鏡月グリーン(韓国焼酎)』商品紹介ページにおいて、商品名の由来を紹介する文章中で「日本海」を「韓国 / 東海(日本海)」と表記していた。これがネット上でのいわゆる炎上という事態となり、同社は8月19日に該当表記を削除し謝罪文を掲載した。なお、同社は2005年(平成17年)にも「鏡月グリーン」のCM内で「東海」表記を行ない、炎上している。

その他

関連項目

企業

人物

その他(関連項目)

脚注

注釈

  1. ^ 東日本大震災による東京電力福島第一原子力発電所が水素爆発に伴う放射能が漏れた事により、関東一円の水源が放射能が検出された事でスローガンを打ち出せる状態でなくなったので、現在は削除されている。
  2. ^ 1988年頃、NHKのインタビューによる。
  3. ^ サントリーにおいては、関東で地域限定もしくは先行販売を行う際、基本的にこの「1都10県」の枠組みをエリアとする。サントリー社内の組織区分において、静岡県は「東海北陸支店」(名古屋市)の管轄となっているが、経済的な地域の実情を鑑みて、組織上の区分と商品展開上の区分は異なっている。
  4. ^ 1995年セブンイレブン・ジャパンと共同開発し、セブンイレブンやイトーヨーカドーなどの店舗で販売されたが、当時流通最大手のダイエーからの反発を招き、一時ダイエー全店舗でサントリー全製品撤去という騒動が起こった。なお、コスト削減のためにアメリカOEM生産していた。
  5. ^ 同社一社提供の「チューボーですよ!」司会の堺正章や、震災により中止となったキャンペーン出演予定だった加藤茶仲本工事も出演。
  6. ^ ただし第9話までは非提供、第10話・第11話では仮提供扱いとなっている(詳細は秘密結社鷹の爪 カウントダウン#サントリーの非提供問題についてを参照のこと。)

出典

  1. ^ こだわりのビール事業で活路を見出した サントリーの「やってみなはれ」経営〔2〕 日経BPネット 2009年4月20日
  2. ^ “サントリー社長、勇退言及 ミネラルウオーター伸び最高益”. Sankei Biz (産経新聞社). (2012年2月9日). http://www.sankeibiz.jp/business/news/120209/bsc1202090503007-n1.htm 
  3. ^ 作品紹介 - サントリー東京新社屋(サントリーワールドヘッドクォーターズ) 安井建築設計事務所
  4. ^ 持ち株会社サントリーHD社長に佐治信忠氏 4月に新体制 MSN Sankei Web・2009年1月19日
  5. ^ 企業概要:サントリーホールディングス株式会社 サントリー公式サイト
  6. ^ グループ企業紹介 サントリー公式サイト
  7. ^ a b c 井岡秀行 (2010年2月9日). “サントリー 交渉相手探し困難に…関西財界は安堵の声” (日本語). 関西発. YOMIURI ONLINE 読売新聞. 2010年2月14日閲覧。
  8. ^ サントリー 交渉相手探し困難に…関西財界は安堵の声 2010年2月9日 読売新聞
  9. ^ キリン、サントリー統合へ 酒類・飲料で世界最大級に msn産経ニュース 2009年7月13日
  10. ^ キリン・サントリー:統合暗雲 創業家持ち株が火種 比率交渉歩み寄り、見通し立たず 毎日jp・毎日新聞 東京朝刊 2010年1月28日
  11. ^ 【キリン社長・破談会見】(1)「認識一致せず、独立性が担保できない」「残念だ」 msn産経ニュース 2010年2月8日
  12. ^ キリン社との経営統合交渉の終了について サントリーホールディングス ニューリリース 2010年2月8日
  13. ^ 日本ウイスキーがウオツカ天国に挑戦状!? msn産経ニュース 2007年10月27日
  14. ^ 佐治の著書「へんこつ なんこつ - 私の履歴書」(単行本:ISBN 978-4532161231、文庫本:ISBN 978-4532190224)にも同様の趣旨が記述されている(こだわりのビール事業で活路を見出した サントリーの「やってみなはれ」経営 - 1 / 2 日経BPネット 2009年4月20日)
  15. ^ 神奈川における酒造の歴史「発泡酒」
  16. ^ a b 商標審決公報 不服2008-4257 商願2007- 36439拒絶査定不服審判事件(確定日:2009年1月15日) 商標審決データベース
  17. ^ 週刊ダイヤモンド 2004.12.20 企業レポート サントリー 目標は売上高三兆円! 佐治社長が仕掛ける組織改革、M&A戦略
  18. ^ サントリニュースリリースNo.9245(2005.9.1)
  19. ^ 清水律子 (2008年7月10日). “UPDATE2: 上半期ビール類出荷、サントリーが初めて3位に浮上・首位はアサヒ<2502.T> | マネーニュース | 最新経済ニュース | Reuters”. ロイター. 2008年7月17日閲覧。
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  23. ^ 産経ニュース 2009.2.3 サントリー過去最高益 ビールの初黒字が貢献
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  28. ^ スターバックス、缶コーヒー第2弾「スターバックス ダブルショットR」を新発売 IBTimes 2008年10月08日
  29. ^ 【こうして生まれた ヒット商品の舞台裏】スタバ缶コーヒー 女性も支持 msn産経ニュース 2009年3月19日
  30. ^ 井筒まい泉株式会社
  31. ^ Suntory News Release No.9995~井筒まい泉株式会社の全株取得について~
  32. ^ トンカツ「まい泉」をサントリーが買収 msn産経ニュース 2008年1月17日
  33. ^ ビール業界「第3」の争い、キリン3年ぶり首位”. YOMIURI ONLINE(読売新聞) (2009年7月11日). 2010年2月6日閲覧。
  34. ^ 公式ホームページのおしらせより
  35. ^ こだわりのビール事業で活路を見出した サントリーの「やってみなはれ」経営〔4〕 日経BPネット 2009年4月20日
  36. ^ 広告批評1996年12月号「日本の広告をつくった五十人」35ページにて記述あり。
  37. ^ 4月1日が日曜日の場合には、その翌日の4月2日に掲載される。
  38. ^ このコラムは山口瞳時代から続いているものである。
  39. ^ CM内で『1、2、サントリービール!』というダジャレを披露していた

外部リンク