アゼルバイジャンのユーロビジョン・ソング・コンテスト

アゼルバイジャンのユーロビジョン・ソング・コンテストでは、アゼルバイジャンにおけるユーロビジョン・ソング・コンテストについて述べる。アゼルバイジャンではİctimai Televiziya欧州放送連合に加盟した後、2008年大会で初めてユーロビジョン・ソング・コンテストに参加した。İTVは同大会のアゼルバイジャンでの放送を担当する。

アゼルバイジャン
Azerbaijan
Azerbaïdjan
Flag
加盟放送局 İctimai Televiziya (İTV)
国内選考大会
主催大会 2012 バクー
出場
出場回数 14(決勝=13)
初出場 2008
最新の出場 2022
優勝 2011
最低順位 22位: 2014
準決勝敗退 2018
無得点 2022準決勝視聴者票
外部リンク
Eurovision.az
Eurovision.tvのページ
Chingizテルアビブで行われた2019年大会にて。

歴史編集

アゼルバイジャンでは別の放送局AzTV2007年大会への参加を希望したが、欧州放送連合はAzTVが同連合のメンバーではないことを理由にこれを認めなかった。AzTVはアゼルバイジャン政府と近すぎることを理由に2007年6月18日に欧州放送連合への加盟を拒絶された[1]7月5日İTVが欧州放送連合の正式会員となり[2]10月15日には欧州放送連合での活動が認められた[3]

アゼルバイジャンは南コーカサスの国としては最も遅れて大会への初参加を果たした(アルメニア2006年大会から、グルジア2007年大会から参加している)が、決勝への進出率は三国の中で最も高い。アゼルバイジャンは2008年大会では準決勝を突破して決勝に進み、132ポイントを集めて8位となった。次ぐ2009年大会では、アイセル・テイムルザデアーラシュが楽曲「Always」で参加した。彼らは準決勝を2位で通過し、決勝ではアイスランドに僅差で敗れて3位の好成績を残した[4]

2011年5月14日、2011年大会のアゼルバイジャン代表、エルダル・ガスモフニガル・ジャマルの楽曲「Running Scared」が優勝し[5][6]2012年大会の主催国となった[4]

論争編集

2006年、アゼルバイジャンのマスメディアは、ユーロビジョン・ソング・コンテストの公式サイトでアルメニア代表のアンドレAndré)の出身地がナゴルノ・カラバフとなっていることを非難した。Andréが生まれた1979年当時は、名実ともにアゼルバイジャン領であった。結果として、ウェブサイトからはアンドレの出身地の情報は削除された[7]

2009年5月12日2009年大会の準決勝で、アルメニア代表であるインガ&アヌシュの演技の導入部に流されたビデオ・クリップの中で、アルメニア国内の物とともに、ナゴルノ・カラバフにある「我らの山」記念碑が映っていた。アゼルバイジャンのマスメディアの代表者たちは、大会主催者に対してこれを修正するよう求めた。その結果、5月16日の決勝では「我らの山」記念碑が映像から取り除かれた[8]アルメニア公共放送はこれに対する応報として、決勝大会でのアルメニアからの得点をモスクワに伝える際、背景に大きく「我らの山」記念碑を映し出した。また、アルメニアからの得点を発表するシルショが手に持っていたボードにも記念碑の写真がついており、これを何度か見せていた。

2009年大会が終わったあと、ベラルーシのメディアが、ユーロビジョン大会での不正行為の疑いに関する報道をした。その中では、何者かがベラルーシの学生らにカネを払い、アゼルバイジャンへの投票を求めたこと、さらに、10台のバスを使って彼らをベラルーシとリトアニアの国境へと移送したこと、そのコストは合計で55百万ルーブルに上るであろうことが報じられている[9]。彼らは、ベラルーシのSIMカードを使ってベラルーシからアゼルバイジャンに投票し、その後リトアニアのSIMカードを受け取ってリトアニアからアゼルバイジャンに投票した。アゼルバイジャンの楽曲「Always」は、ベラルーシから10点、リトアニアから5点の高得点を受けている。しかし、ベラルーシのアゼルバイジャン人ディアスポラの代表者、ナティク・バギロフ(Natik Baghirov)は、このような動きについて何も知らず、またベラルーシのユーロビジョン審査員であるSyarhei Malinouskiは、ベラルーシからの大挙しての国境越えの事実性について疑問を呈し、「愚かな噂に過ぎない」とした[9][10]

参加者編集

表示
1
優勝
2
2位
3
3位
最下位
X
出場曲を決定したが不参加
アーティスト 言語 決勝  得点 準決勝 得点
2008 エルヌル・フュセイノフ & サミル・ジャヴァドザデ
Elnur Hüseynov & Samir Cavadzadə
英語 "Day After Day" 8 132 6 96
2009 アイセル・テイムルザデ & アーラシュ[11][12]
Aysel Teymurzadə & Arəş
英語 "Always" 3 207 2 180
2010 サフラ・アリザデ
Səfurə Əlizadə
英語 "Drip Drop" 5 145 2 113
2011 エルダル・ガスモフ & ニガル・ジャマル
Eldar Qasımov & Nigar Camal
英語 "Running Scared"[13] 1 221 2 122
2012 サビナ・ババイェヴァ
Səbinə Babayeva
英語 "When the Music Dies" 4 150 主催国
2013 ファリド・マンマドフ
Fərid Məmmədov
英語 "Hold Me" 2 234 1 139
2014 ディララ・カズモヴァ
Dilarə Kazımova
英語 "Start a Fire" 22 33 9 57
2015 エルヌル・フュセイノフ
Elnur Hüseynov
英語 "Hour of the Wolf" 12 49 10 53
2016 サムラ・ラヒムリ
Səmra Rəhimli
英語 "Miracle" 17 117 6 185
2017 ディアナ・ハジュイェヴァ
Diana Hacıyeva
英語 "Skeletons" 14 120 8 150
2018 アイセル
Aysel Məmmədova
英語 "X My Heart" 準決勝敗退 11 94
2019 チンギズ・ムスタファイェフ
Çingiz Mustafayev
英語 "Truth" 8 302 5 224
2020 エフェンディ
Samirə Əfəndi
英語[注釈 1] "Cleopatra" 中止[注釈 2] X
2021 エフェンディ
Samirə Əfəndi
英語[注釈 3] "Mata Hari" 20 65 8 138
2022 ナディル・リュスタムリ
Nadir Rüstəmli
英語 "Fade to Black" 16 106 10 96

投票履歴編集

ナゴルノ・カラバフ問題によって、隣国アルメニアとの関係が極めて悪いから、両国は互いに得点を入れたことは稀である(アルメニアがアゼルバイジャン代表にポイントを与えたことがあるが、アゼルバイジャンがアルメニア代表にポイントを与えたことは一度もない)。

アゼルバイジャンから得点が送られた国々編集

与点早見表(得点は決勝のときのもののみであり、準決勝のものは含まない。2016年以降は上段が審査員票、下段が視聴者票を示す。12点は太字で表示)
国/年
リンク
2008 1 7 10 6 4 2 12 5 3 8 [14]
2009 10 4 5 12 8 2 7 1 3 6 [15]
2010 2 5 10 8 4 1 12 6 7 3 [16]
2011 5 1 12 8 10 3 2 7 6 4 [17]
2012 1 3 2 5 7 12 8 4 6 10 [18]
2013 12 4 10 5 2 7 8 1 3 6 [19]
2014 10 1 4 3 8 7 2 5 6 12 [20]
2015 7 8 4 10 6 1 3 2 5 12 [21]
2016 3 10 7 1 4 8 2 6 5 12 [22]
6 10 2 1 7 4 8 3 5 12
2017 4 7 5 1 2 12 6 8 10 3 [23]
1 6 3 7 5 12 4 8 10 2
2018 12 1 6 3 4 10 2 8 5 7 [24]
12 5 8 10 2 6 3 7 1 4
2019 7 5 2 8 3 6 4 1 10 12 [25]
6 7 3 10 8 2 1 5 4 12
2021 6 10 5 4 1 3 2 7 8 12 [26]
12 10 8 3 4 7 5 2 1 6
2022 12 10 6 4 3 8 5 1 2 7 [27]
8 5 12 2 3 4 10 6 7 1

アゼルバイジャンに得点を送った国々編集

得点早見表(得点は決勝のときのもののみであり、準決勝のものは含まない。2016年以降は上段が審査員票、下段が視聴者票を示す。12点は太字で表示)
国/年 合計
リンク
2008 132 7 3 10 2 8 3 7 1 10 1 12 12 3 8 7 7 8 4 7 2 10 [14]
2009 207 4 1 3 6 10 7 10 3 8 8 10 8 4 1 4 10 8 12 10 10 2 1 8 10 3 6 3 1 10 6 4 5 4 7 [15]
2010 145 4 3 7 12 3 10 1 8 2 7 2 12 7 12 6 5 8 7 12 7 2 8 [16]
2011 221 8 8 4 10 8 8 6 8 5 10 10 8 1 3 7 12 7 5 6 6 3 8 8 8 12 10 2 8 10 12 [17]
2012 150 1 4 2 8 12 2 8 5 4 10 6 3 12 10 7 7 12 10 5 12 10 [18]
2013 234 7 2 7 12 10 12 2 8 12 7 2 12 6 7 3 5 4 12 8 12 10 5 12 8 12 3 12 10 12 [19]
2014 33 1 12 7 3 10 [20]
2015 49 10 12 8 3 8 2 3 3 [21]
2016 44 7 1 1 2 1 10 2 7 2 1 10 [22]
73 1 2 10 7 6 1 8 8 6 8 7 3 6
2017 78 1 2 12 6 1 10 5 10 4 5 4 1 12 5 [23]
42 1 12 4 10 10 5
2019 202 4 7 8 7 7 7 5 2 4 4 6 8 4 10 5 7 10 3 5 4 5 5 2 6 5 2 8 8 6 6 10 10 12 [25]
100 3 3 3 1 1 1 1 4 1 4 7 3 1 7 5 3 2 6 2 2 10 3 4 5 6 12
2021 32 2 2 2 3 2 5 2 6 8 [26]
33 2 3 3 2 2 3 4 1 4 1 4 4
2022 103 3 7 5 3 2 4 10 12 7 7 12 12 6 3 3 3 2 1 1 [27]
3 3

主催編集

場所 会場 司会
2012   バクー バクー・クリスタル・ホール Leyla Aliyevaエルダル・ガスモフNargiz Birk-Petersen

脚注編集

注釈編集

  1. ^ 歌詞に日本語の「南無妙法蓮華経」が含まれる
  2. ^ COVID-19の流行により2020年大会が中止された
  3. ^ アゼリー語の語句がある

出典編集

  1. ^ Kuipers, Michael (2007年6月18日). “Azerbaijan not joining after all”. ESCToday. http://esctoday.com/news/read/8853 2007年6月18日閲覧。 
  2. ^ News Eurovision Finland 2007 Новости Евровидения 2007 Финляндия
  3. ^ Eurovision Song Contest | Belgrade (Serbia) 2008 - Articles
  4. ^ a b Azerbaijan” (英語). Eurovision.tv. 2022年4月16日閲覧。
  5. ^ “Azerbaijan's Eurovision rebirth”. AFP. (2011年5月16日). http://www.news.com.au/azerbaijans-eurovision-rebirth/story-fn7mjoe2-1226056434332 2011年5月16日閲覧。 
  6. ^ Sperling, Daniel. “Azerbaijan win Eurovision Song Contest 2011”. 2011年5月16日閲覧。
  7. ^ (ロシア語)Abulfaz Garayev: Eurovision Governing Body Fixed Error on Website
  8. ^ (ロシア語) Eurovision 2009 Organisers Prevented Armenian Provocation. Day.az. 17 May 2009
  9. ^ a b Did Azerbaijan “bribe” Belarus and Lithuania to vote at “Eurovision”? // European Radio for Belarus, by Zmіtser Panyamonau, Hanna Balahovіch. 2009-05-19
  10. ^ Азербайджан "подкупал" голосование на "Евровидении" в Беларуси и Литве? Belarussian Partisan, 19.05.2009
  11. ^ Siim, Jarmo (2009年2月12日). “Azerbaijan to send a duet to Eurovision”. EBU. 2009年2月12日閲覧。
  12. ^ Azerbaijan: Aysel Teymoruzadeh to Moscow”. Oikotimes (2009年1月17日). 2009年1月17日閲覧。
  13. ^ http://www.diggiloo.net/?2011
  14. ^ a b Results of the Grand Final of Belgrade 2008” (英語). Eurovision.tv. 2022年4月16日閲覧。
  15. ^ a b Results of the Grand Final of Moscow 2009” (英語). Eurovision.tv. 2022年4月16日閲覧。
  16. ^ a b Results of the Grand Final of Oslo 2010” (英語). Eurovision.tv. 2022年4月16日閲覧。
  17. ^ a b Results of the Grand Final of Düsseldorf 2011” (英語). Eurovision.tv. 2022年4月16日閲覧。
  18. ^ a b Results of the Grand Final of Baku 2012” (英語). Eurovision.tv. 2022年4月16日閲覧。
  19. ^ a b Results of the Grand Final of Malmö 2013” (英語). Eurovision.tv. 2022年4月16日閲覧。
  20. ^ a b Results of the Grand Final of Copenhagen 2014” (英語). Eurovision.tv. 2022年4月16日閲覧。
  21. ^ a b Results of the Grand Final of Vienna 2015” (英語). Eurovision.tv. 2022年4月16日閲覧。
  22. ^ a b Results of the Grand Final of Stockholm 2016” (英語). Eurovision.tv. 2022年4月16日閲覧。
  23. ^ a b Results of the Grand Final of Kyiv 2017” (英語). Eurovision.tv. 2022年4月16日閲覧。
  24. ^ Results of the Grand Final of Lisbon 2018” (英語). Eurovision.tv. 2022年4月16日閲覧。
  25. ^ a b Results of the Grand Final of Tel Aviv 2019” (英語). Eurovision.tv. 2022年4月16日閲覧。
  26. ^ a b Results of the Grand Final of Rotterdam 2021” (英語). Eurovision.tv. 2022年4月16日閲覧。
  27. ^ a b Results of the Grand Final of Turin 2022” (英語). Eurovision.tv. 2022年5月17日閲覧。

外部リンク編集