グランパズドリーム

グランパズドリームは、日本競走馬であり、種牡馬。1986年の日本ダービーダイナガリバーと死闘を展開。サラブレッドクラブ・ラフィアンを創設する岡田繁幸の原点となった馬ともいわれる。

グランパズドリーム
品種 サラブレッド系種
性別
毛色 黒鹿毛
生誕 1983年3月23日
死没 1996年????日(14歳没・旧表記)
カブラヤオー
フサキネン
母の父 ガーサント
生国 日本の旗 日本北海道三石町
生産 中村充信
馬主 岡田繁幸
調教師 栗田博憲美浦)
競走成績
生涯成績 10戦2勝
獲得賞金 5555万2200円
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目次

競走成績編集

馬齢は旧年齢表記とする。

1985年8月3日の3歳新馬でデビュー。2着に終わるが、折り返しの新馬戦を快勝する。3ヶ月の休養を挟んで黒松賞で復帰。4着に入ると、強気に朝日杯3歳ステークスに連闘で挑戦するが、ダイシンフブキの8着に終わる。

1986年1月6日の若竹賞は7着に終わるが、400万下を圧勝。オープン入りを果たす。その後、きさらぎ賞に挑戦するも9着。若葉賞2着を経て当時ダービー指定オープンだった青葉賞で2着に入り、ダービーの出走権を確保した。

ダービーではテン乗りで田原成貴が騎乗。これは、騎乗予定だったフレッシュボイスが外傷のため出走を回避したために実現したものだった。これまでの成績から、単勝14番人気という評価であった。レースでは好スタートを切ったバーニングダイナが引っ張る展開の中、絶好の4番手に位置したダイナガリバーの後方の内でピッタリ追走。4コーナーでダイナガリバーが馬場中央のコース取りを取ると、ポッカリ空いた内を突いてアサヒエンペラーラグビーボールを振り切ったダイナガリバーを強襲した。しかし、壮絶な叩き合いの末、ダイナガリバーに2分の1馬身遅れ2着に終わる。

このレース中に故障を発生、そのまま復帰することなく引退、種牡馬となった。

種牡馬として編集

ダービー2着馬とはいえ、競走成績も決して一流と呼べるものではないことや、父は競走成績はともかく種牡馬としては評価されなかったカブラヤオー、母はサラ系馬という血統背景もあって種付け頭数に恵まれず、主にサラブレッドクラブ・ラフィアンの募集馬を中心に産駒を送り出したが、中央3勝を挙げたマイネルハーベスト程度で活躍馬を出すことができず1996年に死亡した。その後、母の父として2000年代唯一のサラ系中央重賞勝ち馬マイネルビンテージ(2000年京成杯)を出している。

馬名の由来編集

本馬は和訳すると「おじいちゃんの夢」となる。これは、岡田繁幸の父である岡田蔚男のことを指している。この名は蔚男が入院していた病院のトイレで思いついたという[1]

血統表編集

グランパズドリーム血統プリンスビオ系(プリンスローズ系) / Fairway5×5=6.25% (血統表の出典)
父系

カブラヤオー
1972 黒鹿毛
父の父
*ファラモンド
Pharamond
1957 黒鹿毛
Sicambre Prince Bio
Sif
Rain Fair Trial
Monsoon
父の母
カブラヤ
1965 黒鹿毛
*ダラノーア Sunny Boy
Danira
ミスナンバイチバン *ハロウェー
*スタイルパッチ

(サラ系)フサキネン
1965 黒鹿毛
*ガーサント
Guersant
1949 鹿毛
Bubbles La Farina
Spring Cleaning
Montagnana Blantome
Mauretania
母の母
(サラ系)ケニイモア
1953 鹿毛
クモハタ *トウルヌソル
星旗
(サラ系)千鳥甲 カブトヤマ
(サラ系)磯千鳥
ntb天の川系
母系(F-No.)
5代内の近親交配
出典

母の母のケニイモアは1958年の中山大障害春・秋を連覇し、啓衆社賞最優秀障害馬。サラブレッド系種はミラバウアーストック系列がほとんどであるが、この馬は天の川に遡る珍しい血統である。

脚注編集

  1. ^ 2012年5月24日付日刊スポーツ

外部リンク編集