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マイネルビンテージ日本の元競走馬。2000年代に入って中央競馬では唯一となるサラブレッド系種による重賞勝利(京成杯)を挙げている。ラフィアンターフマンクラブにおける募集価格は1400万円(14万×100口)。

マイネルビンテージ
品種 サラブレッド系種
性別 牡→
毛色 鹿毛
生誕 1997年4月6日
死没 (生存)
スターオブコジーン
マイネセラヴィ
母の父 グランパズドリーム
生国 日本の旗 日本北海道静内町
生産 ビッグレッドファーム
馬主 サラブレッドクラブ・ラフィアン
→栗原清子
ホースケア
→沢柳則明
調教師 佐々木晶三栗東
冨田藤男浦和
田中譲二高知
山田義人佐賀)
競走成績
生涯成績 68戦13勝
中央競馬22戦2勝)
地方競馬46戦11勝)
獲得賞金 6962万7000円
(中央競馬6711万3000円)
(地方競馬251万4000円)
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経歴編集

年齢は旧表記とする。

1999年7月24日小倉でデビュー。ここで4着、連闘で挑んだ新馬戦も3着に終わるが、3戦目で距離延長して勝ち上がり、札幌3歳ステークスでも4着と健闘する。デイリー杯3歳ステークス京都3歳ステークスエリカ賞と勝てないレースが続くが、2000年の京成杯、テン乗りの柴田善臣騎手を迎え、スローで逃げてイーグルカフェの追撃を頭差退けて重賞を制覇した。しかし、弥生賞はスタートで出負けして10着と惨敗。皐月賞直前に肩の不安を発症させ、春のクラシックを断念する。

神戸新聞杯で復帰してからは、精彩を欠くレースを続け、鳴尾記念シンガリ負けの後去勢手術を行う。2001年オーストラリアトロフィーで復帰するが、芝の短距離から中距離、ダートを試してみるも惨敗を続け、2002年の斑鳩ステークスを最後に登録抹消、地方競馬に移籍した。

地方競馬ではまず、浦和競馬場で多出走で知られる冨田藤男厩舎に所属するが、1年4ヶ月で7回しか使うことができず、いずれも惨敗。2003年6月20日のレースを最後に高知競馬場に移籍する。ここで下級条件に下がったためか8戦7勝と持ち直し、佐賀競馬場に移籍。C2級で7戦4勝2着1回3着2回の成績を収めるが、C1級に昇級すると頭打ちになり、結局勝つことができないまま、2005年11月12日のレースを最後に引退した。

引退後は千葉県のオリンピッククラブ(富里トレーニングファーム)で乗馬となっている。

血統表編集

マイネルビンテージ血統グレイソヴリン系 / 5代内アウトブリード (血統表の出典)

*スターオブコジーン
Star of Cozzene
1988 黒鹿毛
父の父
Cozzene
1980 芦毛
Caro *フォルティノ
Chambord
Ride the Trails Prince John
Wildwook
父の母
Star Gem
1978 鹿毛
Pia Star Olympia
Inquisitive
Soonerland Fleet Nasrullah
Hill Indian

(サラ系)マイネセラヴィ
1989 鹿毛
(サラ系)グランパズドリーム
1983 黒鹿毛
カブラヤオー *ファラモンド
カブラヤ
(サラ系)フサキネン *ガーサント
(サラ系)ケニイモア
母の母
オカノブルー
1975 鹿毛
*ネプテューヌス
Neptunus
Neptune
Bastia
ヒンドバース *ヒンドスタン
サンマリノF-No.3-l

母の母であるオカノブルービッグレッドファームの基礎牝馬ともいえる系統で、マイネレーベン(フラワーカップ2着)、マイネルブラウ小倉大賞典)などを輩出し、マイネレーベンの仔マイネルブライアンシリウスステークスグランシャリオカップ群馬記念を制している。また母マイネセラヴィは、風のシルフィード等で知られる漫画家の本島幸久が当馬の一口会員であった。

参考文献編集

外部リンク編集