ジェームズ・ギルレイ

ジェームズ・ギルレイ(英語: James Gillray1757年8月13日 - 1815年6月1日)はイギリスの画家、イラストレーター(風刺画家)、版画家である。

ジェームズ・ギルレイ
James Gillray
Jamesgillrayportrait.jpg
『自画像』(1800年頃)[注釈 1]
生誕1757年8月13日
イングランド、チェルシー
死没1815年6月1日
イングランド、ロンドン
教育ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツ
著名な実績風刺画

略歴編集

ロンドンのチェルシーで生まれた。1778年からロイヤル・アカデミー・オブ・アーツで学び、今日まで伝わる最初の作品『Paddy on Horseback』(1779年)は版画家で刷版の彫り師ウィリアム・ハンフリー(William Humphrey)が製作した[1]。ハンフリーの妹は名前をハナー・ハンフリー(Hannah Humphrey)といい、ギルレイの版画の版元として販売を手がけた。ギルレイにはその店の様子を描いた作品もある(挿絵『とても滑りやすい天気』参照)。この2階に間借りし、臨終も迎えた[3]

作品はスミ色1色刷りの銅版画に手彩色してあり、欄外の解説文は英語、フランス語、オランダ語[4]でも記して、イギリスだけではなくヨーロッパ各地で流通した。

 
『とても滑りやすい天気』(1802年)足を滑らせた紳士は手に温度計を握りしめる。背景はH・ハンフリーの店。

1782年頃から、その時々の政治の話題を主題に製作しはじめ、同時代のトマス・ローランドソン(1756年-1827年)や、先行するウィリアム・ホガース(1697年-1764年)を含め、風刺画の黄金時代を作ったとされる[5]

43歳になろうとする1806年、急激に視力が衰えはじめ、それまでのような作品を描けなくなる。ギルレイは沈みがちになり、深酒が続いた。1809年9月の作品を最後に筆をおき、精神症状がつのると1811年に自殺を試みるが未遂に終わる。その後は自立した生活ができなくなると、ハナー・ハンフリーの介護を受けて暮らし、1815年に57歳で没した。

ギルレイと自画像編集

多くのギルレイ作品を収蔵するとみなされながら、1940年にようやく風刺画部門の整理と台帳化を終えたのは大英博物館である[6]。18-19世紀のイギリス史専門家、ドロシー・M・ジョージ(ロンドン大学)がまとめた[7]台帳により作品群の俯瞰ができ、1960年代にドレイパー・ヒルは人物伝を上梓すると、ジョージに献呈する。1960年代の自由な気風にふれたジェラルド・スカーフ英語版 など、イギリスの漫画家たちの目にとまるものの、刺激的な挿絵が一般書として出版できるには、1970年代まで待たなければなかった[8]

イギリスの貴族院議員ウィリアム・フレーザーは熱烈なギルレイ蒐集家で[9]、貴族院附属図書館が収蔵する特別コレクションは1899年に同議員から受贈した。フォリオ版のモロッコ革表装を施したギルレイ全集は11巻あり、版画が大切に綴じこまれている[10]。2016年に同図書館は初めてこの全集の版画を図録にすると決める。監修者にティム・クレイトン Tim Clayton を招き、18世紀-19世紀初頭のイギリス史と文化の専門家として整理と解説を依頼した[11]

同国のナショナル・ポートレート・ギャラリーでも、収蔵するギルレイの作品の分析が進む。人物画は881点、象牙の板に水彩で描いた自画像も1点あり(ページ上部参照[注釈 2])、またそれを模写もしくは参照して他の画家が製作したギルレイの肖像画[12]は、同館に5種6点が伝わる[1]

以下、題名に続けてナショナル・ポートレート・ギャラリーの収蔵品台帳番号を示す(NPG+数字)。

  • ジェームズ・ギルレイ『自画像』(James Gillray)NPG 83。象牙に水彩、1800年頃。
  • 作者不明『James Gillray』NPG 3650。水彩画、1810年頃。
  • 『James Gillray』NPG D9299、銅版画、手彩色、1800年頃。J・ギルレイの模写。
  • チャールズ・ターナー『James Gillray』NPG D2437。メゾチント、1819年(版製作年は1800年頃)。
  • C・ターナー『James Gillray』NPG D2775。J・ギルレイの模写。
  • C・ターナー『James Gillray』NPG D12275。ジョージ・ハンフリー(出版)、J・ギルレイの模写。メゾチント、1819年4月19日(版製作は1800年頃)
  • C・ターナー『James Gillray』NPG D19559。G・ハンフリー(出版)、J・ギルレイ模写。メゾチント、1819年4月19日(版製作は1800年

群衆に紛れた自画像編集

蒐集家ドレイパー・ヒルはジョージ・ウッドワード作『An Old Bachelor』(台帳番号BM 11170)のモデルもギルレイで、これをG・A・スティーブンス著『A Lecture on Heads』(仮題:頭像の描き方)に挿絵として採用するとき、銅版画師ローランドソン Rowlandson が版を彫ったと指摘する[13]

ヒルは、ギルレイが自作の風刺画にも自画像をすべり込ませたと分析する。明白にわかる作品は1795年からで[14]、次の作品にも姿を変えて登場するという[13]

  • 『A Warm Birth for the Old Administration』(1782年4月2日、BM 5970)悪魔の姿[13]
  • 『Black Dick turn'd Taylor』(1788年2月4日、BM 7262)[13]
  • 『Promis'd Horrors of the French Invasion』(1796年4月20日、BM 8826)。視力を失ったジョン・ブルの姿[13](イギリスの寓意)。題材はフランス革命。
  • 『Pray Pity the Sorrows of a Poor Blind Man』[注釈 3](1811年頃)視覚を失い自我が瓦解するギルレイ自身の姿[13]

アメリカ議会図書館の収蔵するギルレイ作品は、ウィキメディア・コモンズに提供を受けた[注釈 4]。アメリカがイギリスから独立を求めて戦争が始まると、ギルレイは植民地住民の貿易の利潤に配慮すべきと考えたという[注釈 5]ダートマス大学附属フード美術館英語版は1994年に展覧会を開く[19]伊丹市立美術館は巡回展「ジェイムズ・ギルレイ展」(1996年)をテレビで紹介し[20]、2000年の「 ジェイムズ・ギルレイ : 諷刺が語る」展では18世紀末イギリスの版画と社会情勢を述べた[21]

おもな作品編集

フランス革命ナポレオンには否定的な立場であった。イギリス王室の人々や政治家を鋭く風刺し、王族でもっとも槍玉にあげたのはジョージ3世と妃、また大食漢として描いた王太子時代のジョージ4世である。小ピットの肩を持ちホイッグ党員をたたいた。

文化人や著名人にも容赦はしなかったギルレイも、貴族階級の女性でオペラ好きのアルビニア・ホバート伯爵夫人 Albinia Hobart の扱いは別格である(第4代バッキンガムシャー伯爵ロバートの生母)。ホバートは生家の母方の資産相続と伯爵との結婚により裕福で派手好きであり、また邸で違法のトランプ賭博を催すと王族や名士を招き[22]、新聞の社交欄を賑わせる。さまざまな風刺画家が50点におよぶ作品を残しており、ギルレイは数点の版画に登場させ、特権階級の豪奢な暮らしぶりを批難する。みずからオペラを歌い、娘たちと街の劇場に出た伯爵夫人は、〈長身でやせた女性〉という設定の「カウスリップ」役を演じた。その姿もすかさず版画にしている(挿絵「カウスリップ、クリームの大盃をもって登場」参照[23])。ロンドンの新聞は好意的な劇評を書き、劇場を借り切って代金を払うなど、不況の影響を受ける文化のパトロンを自負した面を捉えた。

画集編集

  • Gillray, James; Hess, David (1795). Hollandia-regenerata : recueil de caricatures sur la République Batave. [s.I.] [s.n.]. NCID BA29607002 版画20点を掲載、フランスの共和党員の服装や習俗が主題。キャプションはフランス語聖書の引用はオランダ語ラテン語で添えた。一橋大学附属図書館所蔵。
  • Gillray, James (1847) The works of James Gillray, from the original plates, with the addition of many subjects not before collected. Printed for H.G. Bohn. NCID BA84867401。初版の銅版から印刷し、未発表の図版を含むという。
  • Gillray, James ; Wright, Thomas (1873) The works of James Gillray, the caricaturist : with the story of his life and times. Chatto and Windus, NCID BA43031338。作品と伝記。
  • Gillray, James ; Hill, Draper (1966) Fashionable contrasts. Phaidon, NCID BB12208633.
  • Gillray, James (1968) The works of James Gillray : 582 plates and supplement containing the 45 so-called "suppressed plates" B. Blom, NCID BB24042924.〈出版自粛〉の45点を含む582点を掲載。
  • Hart, Katherine W; Gillray, James (1994). Hacker, Laura. ed. James Gill-ray : prints by the eighteenth-century master of caricature. Hood Museum of Art, ダートマス大学. NCID BA58725432 , ISBN 0944722156.
  • 貴族院附属図書館特別コレクション図録
    • 第1巻から第11巻の収蔵作品一覧[24]

参考文献編集

主な執筆者の姓のABC順。

  • Grego, J (1873). Wright, T. ed. The works of James Gillray, the Caricaturist 

脚注編集

[脚注の使い方]

注釈編集

  1. ^ 『自画像』は象牙水彩。ナショナル・ポートレート・ギャラリー所蔵、NPG83。
  2. ^ ギルレイは肖像画881点を作成し、自画像も1点[12]ほかがある。
  3. ^ L・G・デューク・コレクション旧蔵、1970年5月21日にサザビーズで競売、出品番号61。落札者は Spink。
  4. ^ [1]”で検索。
  5. ^ 台帳番号23。『The Rights of Man; – or - Tommy Paine, the little American Taylor, taking the Measure of the Crown, for a new Pair of Revolution-Breeches, Humbly dedicated to the Jacobine Clubs of France and England!!! by Common Sense, “These are your Gods, O, Israel!”』、1791年5月23日(頃)、H・ハンフリー(オールドボンドストリート18番)。356 x 254 mm, coloured on wove paper. [15]; [16]; [17]; [18]

出典編集

  1. ^ a b National Portrait Gallery. “'Paddy on horse-back' -” (英語). www.npg.org.uk. 2021年1月9日閲覧。
  2. ^ House of Lords 2017, p. 3-4.
  3. ^ "1.4 Relationship with the Publisher Hannah Humphrey"[2]
  4. ^ Hess 1795.
  5. ^ (19) カリカチュア(諷刺画)を中心とする18~19世紀イギリスの挿絵入り本コレクション | (2)ジェイムズ・ギルレイ(Gillray,James) (1756-1815)” (日本語). 中央大学. 図書館 > 特別コレクション・古文書一覧 特別コレクション > コレクション解説. 中央大学. 2021年1月15日閲覧。
  6. ^ George, Dorothy Mary. (1940) Catalogue of Political and Personal Satires Preserved in the Department of Prints and Drawings in the British Museum, 1793–1800, vol VII, p 460ほか。
  7. ^ Dorothy George” (英語). University of London. ロンドン大学. 2021年1月15日閲覧。
  8. ^ Gillray, James, and Draper Hill. (1976). The satirical etchings of James Gillray. New York, NY: Dover Publ, "Dover art collections". ISBN 0486233405, 9780486233406, OCLC 245703064.
  9. ^ William Fraser, Sir. (1893) Hic et Ubique, pp.139–40.
  10. ^ Library Special Collections: Gillray Collection イギリス貴族院附属図書館、2017年。1頁。
  11. ^ House of Lords 2017, p. 1.
  12. ^ a b James Gillray” (英語). www.npg.org.uk. ナショナル・ポートレート・ギャラリー. 2021年1月9日閲覧。
  13. ^ a b c d e f James Gillray - Person Extended(展開する自画像)”. www.npg.org.uk. National Portrait Gallery. 2021年1月9日閲覧。
  14. ^ ドレーパー・ヒル収集作品の図録に掲載。Hill, Draper (1965) Mr Gillray the Caricaturist. 図版130。
  15. ^ House of Lords 2017, p. 26.
  16. ^ Grego 1873, p. 128.
  17. ^ Wright and Evans.
  18. ^ BM Satires7867
  19. ^ Hart, et.al 1994.
  20. ^ Gillray, James、伊丹市立美術館、読売新聞大阪本社、読売テレビ放送株式会社『ジェイムズ・ギルレイ展 : James Gillray』伊丹市立美術館、読売新聞社、美術館連絡協議会、1996年。NCID BN15397297
  21. ^ Gillray, James、伊丹市立美術館『ジェイムズ・ギルレイ : 諷刺が語る--18世紀末英国事情』伊丹市立美術館、2000年。NCID BA45714003
  22. ^ 'The loss of the faro bank; or - the rook's pigeon'd' - National Portrait Gallery” (英語). www.npg.org.uk. ナショナル・ポートレート・ギャラリー. 2021年1月15日閲覧。
  23. ^ a b Enter Cowslip with a Bowl of Cream”. www.james-gillray.org. James Gillray: Caricaturist. 2021年1月9日閲覧。
  24. ^ House of Lords 2017, p. 8-83.

関連項目編集

ギルレイ作品と関連文献の収蔵機関

関連文献編集

発行年順。

  • George, Mary Dorothy. (1940) Catalogue of Political and Personal Satires Preserved in the Department of Prints and Drawings in the British Museum, 1793–1800. 第7巻、p.460ほか。
  • Olbrich, Harald (編) "Gillray, James" Lexikon der Kunst. Architektur, Bildende Kunst, Angewandte Kunst, Industrielle Formgestaltung, Kunsttheorie. E. A. Seemann Verlag, 1987–1994.
  • Read, Herbert (編) "Gillray, James". DuMonts Künstlerlexikon. ケルン:DuMonts Buchverlag, 1997. S. 220. ISBN 3-7701-4015-X.
  • Unseld, Melanie (編) Delights of Harmony - James Gillray als Karikaturist der englischen Musikkultur um 1800. ウィーン・ケルン・ワイマール:Böhlau 2017, ISBN 978-3-412-50789-3.
  • 電子版。Unseld, Melanie. "James Gillray und das »slippy genre« der Karikatur" — Ein ›anderer‹ Blick auf die englische Musikkultur um 1800." 2018年7月, doi:10.7788/9783412508333-001. 1800年代イギリス音楽界とJ・ギラレイによる「滑りやすいジャンル」の風刺画。

外部リンク編集