タマホコリカビ類(タマホコリカビるい)は、細胞性粘菌として知られた生物の代表的なものである。分類学上はタマホコリカビ亜綱Dictyostelia)をあて、2017年時点で2目4科12属135種が知られている[2]。特にキイロタマホコリカビモデル生物として非常によく知られている。

タマホコリカビ類
Dictyostelium discoideum 02.jpg
分類
ドメ
イン
: 真核生物 Eukaryota
階級なし : アモルフェア Amorphea
: アメーボゾア Amoebozoa
: (訳語なし) Evosea
: 真正動菌綱 Eumycetozoa
亜綱 : タマホコリカビ亜綱
学名
Dictyostelia
L.S.Olive1970[1]
英名
dictyostelids

概説編集

タマホコリカビ類は、小型で単細胞のアメーバ状栄養体でありながら、ある時期にそれが集合して多細胞の子実体を作る生物である。アメーバ状の時期と子実体となる時期がある点で変形菌と共通しているが、多核体を形成する変形菌の変形体とは異なり、常に細胞性をなくさないため、細胞性粘菌という。ただしこの群の名の下に含められた生物には全く異なる二系統があることが判明したため、現在はこの名を分類群の名としては用いない。しかし細胞性粘菌の名の下に取り扱われた生物は大部分がこの群のものであり、現在でもこの群のものを指して言うことが多いと思われる。細胞性粘菌に含められていたもう一つの群はアクラシス類である。

特徴編集

栄養体は小型のアメーバであり、周囲に糸状仮足を出してゆっくりと動く。アメーバが集合して生じた偽変形体やそれが移動する移動体は肉眼でも見分けがつく。子実体は長い柄があり、種によっては数mmにもなる。土壌や植物枯死部などを培養すると、ケカビなどに混じって出現することがあり、その際には伸び出した子実体や、寒天培地上にはい出した移動体などを肉眼で十分に確認できる。しかし、脆弱なので、乾燥した空気に触れるとすぐにしおれる。野外で確認するのは難しいであろう。

生活環編集

細胞性粘菌の子実体は細い柄の先に球形の胞子のかたまりが乗る、という簡単なものである。その外見や大きさは、ケカビなどによく似ているが、柄が細胞に分かれているので、区別できる。なお、この類の子実体のことを、特に累積子実体(るいせきしじつたい、またはソロカルプ sorocarp)と呼ぶ。

胞子は発芽すると小さなアメーバ状となり、周囲の微生物を摂食して成長、分裂を繰り返す。

周囲の餌を食い尽して飢餓状態に置かれたアメーバは集合を始め、全体として小さなナメクジの様な多細胞体となる。これを移動体あるいは偽変形体と呼ぶ。アメーバの集合するとき、それらは互いに接触して、ある種の流れのような形を取る特徴がある。

移動体は基質上をはい回った後、柄を構成する細胞が基質上から次第に上へと積み上がって円柱形の柄を構成し、胞子になる細胞はそれをはい登って、その先に胞子のかたまりを生じて子実体となる。ただし、純然たる移動体が形成され、基質をはい回るのはキイロタマホコリカビなどごくわずかで、多くの種ではアメーバが集合を完了した時点で柄の形成が始まり、偽変形体は短い距離を基質に柄の基部を残しながら移動し、次いで立ち上がって子実体となる。

一部の種では有性生殖も知られている。飢餓状態で多湿暗条件に置かれた細胞性粘菌のアメーバは配偶子としての性質を獲得する。性の異なる配偶子が遭遇すると融合して巨細胞となり、周囲の未融合の配偶子を捕食して成長し、マクロシストと呼ばれる休眠細胞となる。マクロシストは休眠後に減数分裂を行い、発芽すると多数のアメーバを生じる。

なお、変形菌の場合には、変形体中の全ての核が減数分裂を起こし、これを中心に原形質が分割されて胞子となる。胞子が発芽すると、通常は鞭毛細胞を生じ、これが接合する。この点でも、細胞性粘菌と変形菌は大きく異なっている。

モデル生物として編集

子実体形成に際し、変形菌ではすべての核が胞子になる。しかし、細胞性粘菌の場合には、移動体を構成する細胞が、胞子になるものと死んで子実体の柄を構成するようになるものに分化する。すなわち、全細胞が、たった二つの型にだけ分化し、しかもその分化が、アメーバ集合から子実体形成までの間に起きるわけである。そのため、細胞性粘菌は発生学における発生分化の大変便利なモデル生物として盛んに研究されている。また、単細胞アメーバとしてcAMP葉酸への走化性運動を行うため、細胞運動や細胞骨格の研究にも古くから用いられている。

生息環境編集

土壌中にはごくふつうに産し、特に土壌に接した落ち葉や土壌表層の腐植層に多いが、多少でも有機物を含んでいるような場所ならほとんどどこにでも生息している[3]

植物遺体や、動物の糞などを湿室培養すれば、出現することが珍しくない。

分類編集

粘菌類は伝統的に植物学者が取り扱ってきたが、19世紀にアントン・ド・バリーが運動性を認めて以来、動物的な存在として菌虫(Mycetozoa)に置くようになった。その後、生物の系統関係についての認識が変わるにつれて、また研究者の見解によって、所属も転々とした。分子系統解析の知見によれば、タマホコリカビ類は他の変形菌原生粘菌と近縁で、アメーボゾアに属している。従来タマホコリカビをあてることが多く、以下にその位置付けの比較的新しい例を2つ示す。

  1. アメーバ動物門(Amoebozoa) - Smirnov et al. (2005)[4]
  2. タマホコリカビ門(Dictyosteliomycota) - Dictionary of the Fungi, 9th ed. (2001)[5]

ただし2018年にタマホコリカビ類が2目4科12属に再編されたため[2]、その全体は亜綱に相当するようになった。

内部分類編集

伝統的には子実体の柄に注目して2科4属に分類していた。

  • エツキタマホコリカビ属 Acytostelium - 子実体の柄に細胞がなく中空になっている。エツキタマホコリカビ(A. leptosomum)など10種ほどが知られている。
  • Coenonia - Coenonia denticulataのみが記載されているが、その後発見されたことがなく実在を疑われている。
  • タマホコリカビ属 Dictyostelium - 子実体の柄は分岐しないか、または不規則に分岐して側生する。タマホコリカビ(D. mucoroides)、キイロタマホコリカビ(D. discoideum)、コタマホコリカビ(D. lacteum)など数多く知られている。
  • ムラサキカビモドキ属 Polysphondylium - 子実体の柄が規則的に分岐して輪生する。ムラサキカビモドキ(P. violaceum)、シロカビモドキ(P. pallidum)を始めとして十数種が知られている。

ところが分子系統解析の結果によると、子実体の柄はそれほどあてにならず、特にタマホコリカビ属が多系統的であることが示された[6]。その後も分子系統解析とそれに基づく形態的特徴の精査が進められ、2018年にタマホコリカビ類全体の分類体系が再編された[2][注釈 1]

  • エツキタマホコリカビ目 Acytosteliales
    • エツキタマホコリカビ科 Acytosteliaceae - Group 2とも呼ばれる群
      • エツキタマホコリカビ属 Acytostelium - 子実体の柄に細胞がなく中空になっている。アクラシンは不明。A. leptosomumなど計15種。
      • Rostrostelium - エツキタマホコリカビ属と同様だが胞子が楕円形。アクラシンは不明。Ros. ellipticumのみ1種。
      • Heterostelium - エツキタマホコリカビ科では例外的に子実体の柄に細胞が残っている。かつてPolysphondylium属に含められていた種の多くを含み、それらは子実体の柄が規則的に分岐する。アクラシンはシロカビモドキ(H. pallidum)で明らかにされglorinとよばれている。計36種。
    • Cavenderiaceae科 - Group 1とも呼ばれる群
      • Cavenderia - タマホコリカビ類の分類学に貢献したアメリカ合衆国の菌学者James C. Cavenderへの献名。アクラシンは不明。ムレタマホコリカビ(Cav. delicata)など計20種。
  • タマホコリカビ目 Dictyosteliales
  • 目所属不詳
    • Synstelium - アクラシンは不明。Syn. polycarpumのみ1種。

他に所属不詳の種が10種あり、またCoenonia属は前述の通り実在を疑われている。

歴史編集

タマホコリカビ類の研究は1869年ブレフェルトDictyostelium mucoroidesを命名した時に始まる[8]。ただこのときは多核体を形成する、つまり真正粘菌の1種として記載されており、多核体を形成しない「細胞性」を示したのはヴァン・ティガン1880年[9])である[10][11]。日本では1899年に柴田桂太が馬糞よりPolysphondylium violaceumを分離しムラサキカビモドキと和名を付けたのが初めである[12][3]ケネス・レイパー英語版1935年キイロタマホコリカビを発見しこれを用いて発生学的な研究を、またMaurice Sussmanらは生化学的な研究を展開した[10]。レイパーの弟子のJames C. Cavenderは世界中から、また日本の萩原博光はアジアからタマホコリカビ類を記載し、20世紀末までに2科4属70種ほどが知られるようになった[2]。しかし21世紀に入り分子系統解析が行われるようになると、それまでの累積子実体の形態に基づく分類が生物の系統関係を全く反映していないことが明らかとなった[6]。2018年にタマホコリカビ類全体が2目4科12属に再編された[2]

注釈編集

  1. ^ 属以上の和名については山田(1971)[3]に準拠し、語幹が同じものは階級名のみ変更した。種の和名については細野(2013)[7]にしたがった。

参考文献編集

  1. ^ Olive, L.S. (1970). “The Mycetozoa: A revised classification”. Bot. Rev. 36: 59-89. doi:10.1007/BF02859155. 
  2. ^ a b c d e Sheikh, et al. (2018). “A new classification of the dictyostelids”. Protist 169: 1-28. doi:10.1016/j.protis.2017.11.001. 
  3. ^ a b c 山田卓三「細胞性粘菌の系統と発生」『遺伝』第25巻第4号、1971年、 9-16頁、 NAID 20000871712
  4. ^ Smirnov, A.; et al. (2005). “Molecular phylogeny and classification of the lobose amoebae”. Protist 156 (2): 129-142. 
  5. ^ Kirk, P. M.; et al. (2001). Dictionary of the fungi (9th ed.). CAB International. ISBN 0-8519-9377-X. 
  6. ^ a b Schaap, P.; et al. (2006). “Molecular phylogeny and evolution of morphology in the social amoebas”. Science 314 (5799): 661-663. doi:10.1126/science.1130670. 
  7. ^ 細野 春宏「生物教育のための細胞性粘菌の分類の実践」『生物教育』第53巻第3号、2013年、 105-114頁、 doi:10.24718/jjbe.53.3_105
  8. ^ Brefeld, J.O. (1869). “Dictyostelium mucoroides. Ein neuer Organismus aus der Verwandtschaft der Myxomyceten”. Abhandlungen der Senckenbergischen Naturforschenden Gesellschaft 7: 85-107. https://www.biodiversitylibrary.org/item/54845#page/97. 
  9. ^ van Tieghem, P. (1880). “Sur quelques Myxomycètes á plasmode agrège”. Bulletin de la Société Botanique de France 27 (8): 317-322. doi:10.1080/00378941.1880.10825913. 
  10. ^ a b Bonner, J.T. (2010). “A brief history of the cellular slime molds” (pdf). Fungi 3 (1): 11-12. https://www.fungimag.com/winter-2010-articles/slime_molds.pdf. 
  11. ^ 湯浅明「粘菌門の生物学」『遺伝』第32巻第5号、1978年、 4-9頁、 NAID 20000871712
  12. ^ 柴田桂太「下等変形菌ポリスフホンディリウム」『植物学雑誌』第13巻第153号、1899年、 342-343頁、 doi:10.15281/jplantres1887.13.153_341