ディストピア

好ましくない状態に陥った社会。ユートピア(理想郷)の逆を表す概念。

ディストピア(英: dystopia)または逆ユートピア(英: anti-utopia)は、反理想郷・暗黒世界[1]、またはそのような世界を描いた作品[1]産業革命後に発達した機械文明の、否定的・反人間的な側面が強調されて描き出された「未来社会」像[2]。典型例は反自由的な社会であり、隠れた独裁や横暴な官僚システム性愛制御などが描かれる[3]

ディストピア(デストピア)の語源は、「悪い、困難な」を意味する「古代ギリシア語: δυσ-[4]と、「場所、風景」を意味する「古代ギリシア語: τόπος[5]を組み合わせたものである。また同様に「悪い、不道徳な」を意味する「古代ギリシア語: κακόs[6]を組み合わせたカコトピア(英: cacotopia)や、反ユートピア(英: anti-utopia)、あるいは日本語では暗黒郷[7]地獄郷などとも言われる。

概要編集

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典』によるとディストピア作品は、現代の問題点が未解決のまま放置されると近未来はどうなるかという関心から多く生まれた[3]。その代表例には『すばらしい新世界』(1932年作)や『1984年』(1948年作)があり、共通点は、人間解放を約束したはずの科学が逆に巨大な管理社会を生み出すという悲観的未来像である[3]。主題は「自由抑圧」であり、

等が批判的に描かれる[3]。形式はSF(近未来小説)的だが、その底流には冷笑的な現実批判が一貫している[3]

ディストピアという語の初出は、オックスフォード英語辞典 (OED) によれば、ジョン・スチュアート・ミル1868年に行なった演説である[8]

ディストピア文学のはしりは、H・G・ウェルズの『タイム・マシン』(1895年)や『モダン・ユートピア』(1905年)などとされている。ジュール・ヴェルヌが書いた初の未来小説である『二十世紀のパリ』(1865年)は、SFにおけるディストピア小説の先駆的な試みといえるが、当時のヨーロッパにおける科学技術を賞賛する風潮になじまず、作者の生前は刊行されなかった。実際に急増するのは、第一次世界大戦から第二次世界大戦に至る戦間期ソビエト連邦の誕生やファシズムの台頭など、西欧各国で全体主義の懸念が広がった時期である[9]

ただし、そもそもトマス・モアの『ユートピア』が典型的であるが、16世紀以来ヨーロッパで書き継がれてきたユートピア文学に登場するさまざまな「理想郷」の多くが全体主義的または管理社会的で、現代の価値観でとらえればディストピアそのものである社会や制度も理想郷のそれとして描かれていることがある。

理性統制する社会を楽観的に描き、非理性や感情が支配する現実の社会を批判してきたユートピア文学の書き手が、現実に社会が理性や科学で統制され始めた20世紀に入ってもはや楽観的ではいられなくなり、従来の『ユートピア』を逆転してディストピアとして描くようになったと指摘されることがある[9]。しかし、その指摘は適切なものとは言えない。上記のソビエト連邦の誕生についてはエヴゲーニイ・ザミャーチンによる『われら』における「健康は市民の義務である」という言葉や支配体制、オルダス・ハクスリーによる『すばらしい新世界』における社会などの法や体制は、人間の理性の限界に対する風刺と言えよう。つまりは現在にいたっても「現実の社会は理性や科学で統制されていない」のである。この点において、『われら』においては相互監視や集会、そしてそこにある像、あるいはジョージ・オーウェルの『1984年』における「ビッグ・ブラザーがあなたを見守っている」という標語やビッグ・ブラザーという存在が重要となる。それらは個人の外部に置かれた偶像であるうえ、現実の法律などを指し示す偶像でもある。人間の理性よりも、外部に置かれた偶像が優先されているのである[10]。これらの作品についての批評においては、その時代の個人が挙げられもする。だが、これらの作品においてはそれらの個人も「作品から読み取ることができる虚像」であるに過ぎない。このような著者、あるいは著作において問題とされているのは、外部に置かれた偶像が人間の理性よりも優先されるという、人間の理性のあまりに低い限界への嘆きであり、風刺である。『すばらしい新世界』においては総統官のすくなくとも1人は状況を理解しており、また「島」と呼ばれる場所が、そのような状況から離れた場所であることも示唆されている。これは、オルダス・ハクスリー自身による限界への嘆きへの、それでも残る希望とも言える。

19世紀という啓蒙の時代の反動が、SF小説の始まりと共に20世紀に現れたとも言えよう。なお、多くのディストピアにおいて、ダーウィン主義社会進化論をベースにした「ヒト」そのものの変革が主題の1つとなっているが、これは理性信仰・科学技術信仰をもとにした19世紀の進歩史観が、20世紀になり強く懐疑視されるようになったものとも考えられる。 また、直接的にディストピア文学とは言いがたい内容ではあるものの、ディストピア的世界観を借景として利用した作品が現在では数多く作られており、そのジャンルもファンタジーやアクション、私小説的なものから、果てにはポルノまで多岐におよんでいる。現代でも人気のジャンルであるサイバーパンクはディストピアの影響を大きく受けている。

日本ではポスト・アポカリプスと混同されている場合がある。

主な特徴編集

平等秩序正しく、貧困紛争もない理想的な社会に見えるが、実態は徹底的な管理・統制が敷かれ、自由も外見のみであったり、人としての尊厳人間性がどこかで否定されている。その描写は作品毎に異なるが、典型的なパターンとして以下のような問題点が描き出されていく。

  • 粛清がある。体制(指導者)が自らの政治体制プロパガンダで「理想社会」に見せかけ国民を洗脳し、体制に反抗する者には治安組織(準軍事組織)が制裁を加え社会から排除する。
  • 表現の自由が損なわれており、社会に有害と見なされた出版物は発禁焚書没収されることがある。
  • 格差社会が存在する。社会の担い手と認められた市民階級の下に、人間扱いされない貧困階級・賤民が存在し、事実上は貧富の差が激しい社会となっている。
  • 市民社会では貧困の根絶が達成されたことになっているが、実際には社会の統制の枠から爪弾きにされた者たちが極貧層となる。それらの者たちによりスラムが形成されるも、中央政府によって市民の目の届かぬ地域に隔離されている。
  • 社会の枠の中で暮らす市民階級について、体制が市民階級を血統DNAのレベルで把握・管理している。
  • 産児制限が行なわれる。強制的に人口を調整ないし維持する必要があり、市民の家族計画、さらには恋愛性行為妊娠出産など人類の繁殖にまつわる部分さえ社会によって管理されている。

ディストピアを題材とした作品編集

エヴゲーニイ・ザミャーチンわれら』(1920年)、オルダス・ハクスリーすばらしい新世界』(1932年)、ジョージ・オーウェル1984年』(1949年)など、20世紀に入って多くのディストピア小説が書かれた[9]。近年に至っても数多くの創作で題材とされ、またモチーフとして利用されている。

脚注編集

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出典編集

  1. ^ a b デジタル大辞泉. “ディストピア”. コトバンク. 株式会社DIGITALIO. 2022年2月27日閲覧。
  2. ^ 日本大百科全書(ニッポニカ). “逆ユートピア”. コトバンク. 株式会社DIGITALIO. 2022年2月27日閲覧。
  3. ^ a b c d e ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典. “逆ユートピア”. コトバンク. 株式会社DIGITALIO. 2022年2月27日閲覧。
  4. ^ δυ^σ- , insepar. Prefix, opp. εὖ, (LSJ *d.110.dus)” (ギリシア語、英語). Perseus. Henry George Liddell, Robert Scott, A Greek-English Lexicon. 2022年2月27日閲覧。
  5. ^ τόπος , ὁ (fem. by attraction (LSJ *t.45.to/pos)” (ギリシア語、英語). Perseus. Henry George Liddell, Robert Scott, A Greek-English Lexicon. 2022年2月27日閲覧。
  6. ^ κα^κός , ή, όν, (LSJ *k.16.kako/s)” (ギリシア語、英語). Perseus. Henry George Liddell, Robert Scott, A Greek-English Lexicon. 2022年2月27日閲覧。
  7. ^ 森村進 著「デイヴィット・アスキュー「リバタリアンSF:『月は無慈悲な夜の女王』を中心に」」、森村進 編 『リバタリアニズム読本』勁草書房、2005年3月、84頁。ISBN 978-4-326-10154-2https://www.keisoshobo.co.jp/book/b26658.html2022年2月27日閲覧 
  8. ^ From the second edition (1989): dystopia” (英語). Oxford English Dictionary. OED. 2022年2月27日閲覧。
  9. ^ a b c 巖谷 2002, p. [要ページ番号].
  10. ^ 『1985年』 アントニイ・バージェス, 中村 保男 訳, サンリオ文庫, 1984年.

参考書籍編集

関連項目編集