ナツメヤシ(棗椰子、学名Phoenix dactylifera)は、ヤシ科に属する常緑の高木である。ナツメヤシの果実デーツDate)と呼ばれ、北アフリカ中東では主要な食品の一つであり、ナツメヤシが広く栽培されている。デーツは乾燥させて保存食にできる。

ナツメヤシ畑
分類APG III
: 植物界 Plantae
階級なし : 被子植物 angiosperms
階級なし : 単子葉類 monocots
階級なし : ツユクサ類 commelinids
: ヤシ目 Arecales
: ヤシ科 Arecaceae
: ナツメヤシ属 Phoenix
: ナツメヤシ
P. dactylifera
学名
Phoenix dactylifera
L.
和名
ナツメヤシ(棗椰子)
英名
Date Palm
Medjool

リンネの『植物の種』(1753年) で記載された植物種の一つである[1]

ナツメと名前や果実が似ているが別種である。

特徴 編集

ナツメヤシは非常に古くから栽培されているため、本来の分布がどうであったかは定かではない。北アフリカか西南アジアペルシャ湾沿岸が原産と考えられている。

耐寒性は低いものの、乾燥には比較的強い。雌雄異株。樹高は15 mから25 mで、単独で生長することもあるが、場合によっては同じ根から数本の幹が生え群生する。葉は羽状で、長い葉柄は3 mに達する。葉柄にはが存在し、長さ30 cm、幅2 cmほどの小葉が150枚ほど付く。実生5年目くらいから実をつけ始める。樹の寿命は約100年程が普通であるものの、場合によっては樹齢200年に達することもある。

歴史 編集

メソポタミア古代エジプトでは紀元前6千年紀には既にナツメヤシの栽培が行われていたと考えられており、またアラビア東部では紀元前4千年紀に栽培されていたことを示す考古学的証拠も存在する。例えば、ウルの遺跡(紀元前4500年代−紀元前400年代)からは、ナツメヤシの種が出土している。シュメールでは「農民の木」とも呼ばれ、ハンムラビ法典にもナツメヤシの果樹園に関する条文がある[2]アッシリアの王宮建築の石材に刻まれたレリーフに、ナツメヤシの人工授粉と考えられる場面が刻まれていることはよく知られている。

ナツメヤシはギルガメシュ叙事詩クルアーンにも頻繁に登場し、聖書の「生命の樹」のモデルはナツメヤシであると言われる。クルアーン第19章「マルヤム」には、マルヤム聖母マリア)がナツメヤシの木の下でイーサーイエス)を産み落としたという記述がある。アラブ人の伝承では大天使ジブリールガブリエル)が楽園アダムに「汝と同じ物質より創造されたこの木の実を食べよ」と教えたとされる。またムスリムの間では、ナツメヤシの実は預言者ムハンマドが好んだ食べ物の一つであると広く信じられている。

なお、日本の文献において、聖書やヨーロッパの文献に登場するナツメヤシは、シュロ以外のヤシ科の植物が一般的ではなかった日本で紹介された時に、しばしば「シュロ」や「棕櫚」と誤訳されている。

ナツメヤシの木はアラブ世界の文化における重要なアイテムであるため、2019年と2022年に「ナツメヤシの知識、技能、伝統と慣習」はUNESCO無形文化遺産に登録された[3][4]

果実(デーツ) 編集

呼称 編集

 
ナツメヤシの木で収穫を待つ実

英語でナツメヤシの果実を指す「デーツ」の語源はギリシア語で「」を意味する「ダクティロス(Dactylos)」であると言われているが、アラビア語の「ダカル(دَقَل, daqal)」(ナツメヤシの1種)を含むセム諸語におけるデーツの実の呼称が由来であるとする民間語源的な説[5][6]もある。

ナツメヤシの果実はいくつもの品種があるほか、その熟度によっても区別がなされている[7][8][9]。その代表例は以下の通りとなっている。

  • キムリーكمري, kimrī)ないしはキームリーكيمري, kīmrī):デーツの実の成長期間の中でも最も長い日数を占める。まだ成長途中で緑色を帯び始めたもの。
  • ハラールخلال, khalāl)ないしはハリールخليل, khalīl):実が大きくなり緑色が次第に黄色や赤を帯び始めたもの。
  • ルタブرطب, ruṭab):身の色が変化が進むとともに実の中の水分量が増し、熟して柔らかくなったもの。
  • タムルتمر, tamr):完熟を迎え水分が抜けて実が縮み、色もくすんだ暗い色に変わったもの。

形態・成分 編集

ナツメヤシの果実は楕円球型をしており、短軸の直径が2 cmから3 cm、長軸は3 cmから7 cm程度である。この中に、長さ2 cmから2.5 cm、厚さ6 mmから8 mm程度の種子が1つだけ入っているのが本来の姿ながら、品種によっては種子の入っていないものもある。実が熟するまで少なくとも6か月を要する。熟すと、色は品種にもよるが明るいから黄色になる。なお、デーツは保存のために乾燥させることもあるが、干すと濃褐色になる。

デーツはグルコースフルクトーススクロースの含有量によって、ソフト、セミドライ、ドライの3種類に分類される。なお、約400種の品種を持つデーツの中でも、イランの品種であるピアロム種英語版が最高品種であると言われている。

新鮮なデーツには豊富なビタミンCが含まれ、100 g当たり230 kcalのカロリーがある。乾燥したものは100 g当たり3 gの食物繊維が含まれ、270 kcalのカロリーがある。

栽培 編集

デーツの2004年の全世界での生産量は670万トンに達し、主な生産国はエジプト(16.2%)、イラン(13%)、サウジアラビア(12.3%)などである[10]

ナツメヤシは自然界では風によって受粉が行われ、自然に果実をつける。しかし、栽培農業としては完全に人工授粉を行う。この人工授粉の技術は古代アッシリアの時代から知られていたと考えられている[11]。人工授粉することで1本の雄株から50本の雌株に授粉でき、より多くの果実を生産できるようになる。雄株を全く栽培せずに、授粉の時期に雄花だけを市場で購入する生産者も存在する。

受粉は労働者によって梯子の上で行われる[11]が、稀に機械的に風を起こして花粉を飛散させることもある。古代アッシリアの彫刻には、雄花の房らしきものを雌花の房の上で振って花粉を振りかけている様子が刻まれている。単為結実する栽培品種も存在するが、種子のない果実は小さく、また品質も劣る。

食品としての歴史 編集

 
スークでデーツを売る商人(クウェート)

デーツはイラクアラブ諸国、西は北アフリカのモロッコまでの広い地域で、古くから重要な食物とされてきた。イスラム諸国では伝統的にラマダーン期間中の日没後、牛乳と共に最初に採る食事である。また、砂漠のような雨が少ない地域でも育つ上に、乾燥させると長期保存が可能であるため、乾燥地帯に住むサハラ砂漠遊牧民オアシスに住む人たちにとって、大切な食料の一つとなってきた。カロリーも高いため、主食として主たる炭水化物源食物とすることも容易であり、遊牧生活を送るアラブ人であるベドウィンは、伝統的に乾燥させたデーツと乳製品を主食としてきた。

利用 編集

デーツは柔らかくなったものや干したものをそのまま食べるか、あるいはジャムゼリーハルヴァジュース菓子などに加工される。また、デーツは料理の材料として利用されることもある。チュニジアではデーツを小麦粉で包み揚げ、砂糖シロップに漬けて完成となるマクルードがある。レバント地域などではバタークッキーにデーツなどを詰めたマアムールが食されている[12]

古代メソポタミアでは、デーツは穀物よりも安価であったこともあり、デーツのシロップは蜂蜜の代用品ともなった。現在でも、デーツシロップやデーツ糖としての生産・販売が行われている。

デーツはフルクトースを多量に含むため、水に浸したものをアルコール発酵させて酒(アラック、モロッコの「マヒア (mahia) 」など)の醸造も行われ、さらに酢酸菌を作用させて食酢の醸造も行われる。

また、乾燥させて粉状にしたデーツは、小麦粉と混ぜて保存食にする。この他にも、乾燥させたデーツは、サハラ砂漠付近においてラクダウマイヌなどの餌(飼料)にもされる。

日本では種子を抜いて乾燥させたものが市場に出回っていることが多い。また、ウスターソースの日本風アレンジとして日本で売られている豚カツ用のソースオタフクソースお好み焼き用ソース[13][14]には、とろみや甘みを出すためにデーツを原材料の一つとして使っている製品もある。 また、欧米では健康志向の高まりから、砂糖の代替品として着目され、グリーンスムージーの材料として利用されたことをきっかけに広まりを見せており、日本にも2010年代後半より健康目的でのデーツの消費が増えつつある[15]。前述のオタフクソースも2020年にデーツを商品として売ったところ、大ヒットしたとされている[16]

アメリカ合衆国のアトモコーヒーは、デーツやチコリーの根を原料に代替コーヒーを開発した[17]

果実以外の利用 編集

ナツメヤシの種子は、ラクダなどの動物の飼料とされ、また、種子から取れる油脂は、石鹸化粧品として用いられる。さらに、種子は化学的な処理によってシュウ酸の原料ともなる。種子を炭化したものは銀細工に用いられ、またそのままネックレスにしたりもする。

ナツメヤシの樹液は糖分を多く含むため、インドのベンガル地方では樹液を煮詰めて砂糖を作り、干菓子として利用する。またリビアでは、樹液を発酵させてラグビ (Laghbi) という酒を醸造する。

株の先端の若いはジュンマール(Jummar)と呼ばれ、野菜として食用にされる。若い芽は成長点を含み、これを収穫されるとナツメヤシは死んでしまうので、若い芽の利用は主に果樹としての盛りを過ぎた木に限られている。

ナツメヤシの葉は、北アフリカでは帽子の材料として一般的であり、敷物や仕切り布、団扇などにも用いる。ナツメヤシの葉はキリスト教での「棕櫚の主日」の祭事に使用される。ユダヤ教では閉じたままの若い葉をルラヴヘブライ語版英語版ヘブライ語: לולב‎)と呼び、「仮庵の祭り」で新年初めての降雨を祈願する儀式に用いる四種の植物の一つとする。イラクなどアラブ諸国には、祭日にナツメヤシの葉で家屋を飾る習慣がある。

ナツメヤシの幹は、建材としたり、燃料としても用いる。

ナツメヤシゲノム 編集

ナツメヤシゲノムのドラフト配列が決定されている[18]

脚注 編集

  1. ^ Linnaeus, Carolus (1753) (ラテン語). Species Plantarum. Holmia[Stockholm]: Laurentius Salvius. p. 1188. https://www.biodiversitylibrary.org/page/359209 
  2. ^ 小林登志子『シュメル 人類最古の文明』64頁
  3. ^ UNESCO - Date palm, knowledge, skills, traditions and practices” (英語). ich.unesco.org. 2023年1月25日閲覧。
  4. ^ UNESCO - Date palm, knowledge, skills, traditions and practices” (英語). ich.unesco.org. 2023年1月25日閲覧。
  5. ^ Wintionary - δάκτυλος”. 2023年12月5日閲覧。
  6. ^ Balashon - Hebrew Language Detective”. 2023年12月4日閲覧。
  7. ^ مراحل نمو ثمار التمر” (アラビア語). 2023年12月4日閲覧。
  8. ^ ما هي مراحل التمر”. 2023年12月5日閲覧。
  9. ^ ما هي مراحل نمو التمر؟ - زراعة النخيل - مشروع بالميرا -” (アラビア語). 2023年12月4日閲覧。
  10. ^ [1][リンク切れ]
  11. ^ a b スティーブン・バックマン、片岡夏実訳『考える花 進化・園芸・生殖戦略』(築地書館、2017年8月21日初版発行)pp.90-91
  12. ^ Robertson, Amy E. (2017年4月11日). “Maamoul: An Ancient Cookie That Ushers In Easter And Eid In The Middle East” (英語). NPR. https://www.npr.org/sections/thesalt/2017/04/11/522771745/maamoul-an-ancient-cookie-that-ushers-in-easter-and-eid-in-the-middle-east 2022年1月19日閲覧。 
  13. ^ オタフクソース、隠し味「デーツ」表舞台登場 健康志向を追い風”. SankeiBiz. 産経新聞社 (2020年2月26日). 2020年12月12日閲覧。[リンク切れ]
  14. ^ ◆ソース特集:進むメーカー共同の取組み 家庭用・業務用ともに堅調 - 日本食糧新聞電子版”. 2021年4月25日閲覧。
  15. ^ <食問>人気の「デーツ」特徴は?”. 中日新聞Web (2021年3月13日). 2021年4月25日閲覧。
  16. ^ オタフクソース発売のドライフルーツが大ヒット。ソースに使う「デーツ」とは?|ニュースイッチ by 日刊工業新聞社”. ニュースイッチ Newswitch. 2021年4月25日閲覧。
  17. ^ 代替コーヒー 味も香りも💮米企業 デーツの種に「第二の人生」毎日新聞』夕刊2022年8月4日6面(同日閲覧)
  18. ^ Date Palm Draft Sequence Weill Cornell Medical College in Qatar

参考文献 編集

  • Nasrallah, Nawal. Delights from the Garden of Eden. First Books Library, 2003.
  • Salloum, Habeeb. Classic Vegetarian Cooking from the Middle East and North Africa. Interlink, 2000, Brooklyn, NY, USA.
  • Simon, Hilda. The Date Palm: Bread of the Desert. New York: Dodd Mead, 1978.

関連項目 編集