産業経済新聞社

産経新聞、サンケイスポーツなどを発行する新聞社
産経新聞社から転送)

株式会社産業経済新聞社(さんぎょうけいざいしんぶんしゃ、Sankei Shimbun Co., Ltd.)は、フジサンケイグループ新聞社出版社である。産経新聞サンケイスポーツ夕刊フジの各発行元で、フジ・メディア・ホールディングス持分法適用会社である。通称は産経新聞社(さんけいしんぶんしゃ)。

株式会社産業経済新聞社
Sankei Shimbun Co., Ltd.
Logo sankei.jpg
Tokyo Sankei Building 140427.JPG
産経新聞東京本社(東京サンケイビル)
種類 株式会社
略称 産経新聞社
本社所在地 100-8077
東京都千代田区大手町一丁目7番2号
(東京サンケイビル)
北緯35度41分13.1秒 東経139度45分55.9秒 / 北緯35.686972度 東経139.765528度 / 35.686972; 139.765528座標: 北緯35度41分13.1秒 東経139度45分55.9秒 / 北緯35.686972度 東経139.765528度 / 35.686972; 139.765528
設立 1955年昭和30年)2月15日[1]
業種 情報・通信業
法人番号 4010001017427
事業内容 日刊新聞・書籍・雑誌の編集・発行
代表者 熊坂隆光(代表取締役会長)
飯塚浩彦(代表取締役社長)
資本金 31億72百万円
発行済株式総数 6,344,397株
売上高 連結:1,330億28百万円
単独:755億52百万円
(2017年3月期)
営業利益 連結:7億04百万円
単独:72百万円
(2017年3月期)
純利益 連結:5億14百万円
単独:1億36百万円
(2017年3月期)
純資産 連結:190億40百万円
単独:136億52百万円
(2017年3月31日現在)
総資産 連結:936億95百万円
単独:792億63百万円
(2017年3月31日現在)
従業員数 1,969人(2018年3月31日現在)
決算期 3月31日
主要株主 (株)フジ・メディア・ホールディングス 39.99%
(株)サンケイビル 5.37%
(株)みずほコーポレート銀行 3.25%
王子製紙(株) 2.45%
(株)三菱東京UFJ銀行 2.30%
東京急行電鉄(株) 1.89%
新日鉄住金(株) 1.86%
(株)三井住友銀行 1.83%
大王製紙(株) 1.71%
日本製紙(株) 1.61%
(2012年3月31日現在)
主要子会社 (株)日本工業新聞社 100%
関係する人物 前田久吉(創業者)
水野成夫(元代表取締役社長)
鹿内信隆(元代表取締役社長・会長)
外部リンク https://sankei.jp
特記事項:
  1. ^ 上記設立日は旧産業経済新聞社(本店は大阪)から分社独立して発足した株式会社産業経済新聞東京本社の設立日。創業は前田久吉が大阪で新聞販売店を開業した1913年(大正2年)。
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目次

沿革編集

 
サンケイ新聞のホーロー看板 (右端)
  • 1913年大正2年) - 大阪で前田久吉新聞販売店を創業する。
  • 1922年(大正11年) - 旬刊『南大阪新聞』を創刊する。
  • 1923年(大正12年) - 『南大阪新聞』を『夕刊大阪新聞』と改めて日刊とする。
  • 1933年昭和8年) - 夕刊大阪新聞社から、現在の産経新聞の前身にあたる『日本工業新聞』を創刊する。
  • 1939年(昭和14年) - 『日本工業新聞』の発行元を夕刊大阪新聞社から分社化し、株式会社日本工業新聞社を設立する。
  • 1940年(昭和15年) - 日本工業新聞社が、大阪毎夕新聞社と鉄鋼新聞社を吸収して合併する。
  • 1942年(昭和17年)
    • 『夕刊大阪新聞』と『大阪時事新報』が合併して『大阪新聞』を発刊する。
    • 政府の新聞統制で『日本工業新聞』など愛知県以西の西日本の産業経済関係の新聞社33社が合同し、株式会社産業経済新聞社を設立して『産業経済新聞』を発刊する。
  • 1950年(昭和25年) - 東京で『産業経済新聞』の印刷と発行を開始して東日本へ進出し、全国紙の基盤を成す。
  • 1951年(昭和26年) - 世界経済新聞社を吸収して合併する。
  • 1952年(昭和27年) - 大阪本社が社屋とする産経会館が、大阪市北区梅田二丁目に完成する。後年に大阪サンケイビルとなる。
  • 1955年(昭和30年)
    • サンケイスポーツ』を大阪で創刊する。
    • 東京本社が社屋とする東京産経会館が、東京都千代田区大手町一丁目に完成する。
    • 東京で発行する産業経済新聞が『時事新報』と合同し、題号を『産経時事』とする。東京支社を分社して、株式会社産業経済新聞東京本社を設立する。
  • 1958年(昭和33年)
    • 東京の題号を『産經新聞』に変更する[1]
    • 『日本工業新聞』を復刊する。
  • 1959年(昭和34年)
    • 創業者の前田久吉が退任し、財界からフジテレビジョン初代社長の水野成夫を社長に迎える。それぞれ別法人であった東京と大阪の両本社を合併し、登記上の本店を大阪から東京へ移転して東京を存続会社とし、新生の株式会社産業経済新聞社が発足する。
    • 東京と大阪の題号を『産經新聞』に統一する。
  • 1961年(昭和36年) - 皇太子成婚記念「大噴水」を皇居前に設置して国に寄贈する。
  • 1963年(昭和38年) - 『サンケイスポーツ』東京版を発刊する。
  • 1964年(昭和39年) - プロ野球球団「国鉄スワローズ」の経営に参加し、1965年(昭和40年)5月10日に経営権を取得して「サンケイスワローズ」とする。
  • 1967年(昭和42年) - フジテレビジョン、ニッポン放送文化放送と共に「フジサンケイグループ」を結成する。
  • 1968年(昭和43年) - 水野成夫が社長から退き、鹿内信隆が継ぐ。
  • 1969年(昭和44年)
    • 夕刊フジ』を創刊する。
    • 題号を『サンケイ』に変更する。
  • 1970年(昭和45年) - サンケイスポーツの発行元を株式会社サンケイスポーツ新聞社、『夕刊フジ』の発行元を株式会社フジ新聞社、とそれぞれ分社する。
  • 1985年(昭和60年)
    • 鹿内信隆が社長から退き、新たに鹿内の子息である鹿内春雄が会長職に就く。
    • フジサンケイグループの結束を強化するため、統一シンボルマークとして目玉マークを採用する。
  • 1986年(昭和61年) - 創業者の前田久吉が死去する。
  • 1987年(昭和62年)
    • サンケイスポーツ東京版の紙面をカラー刷りにする。
    • サンケイスポーツ新聞社が、フジ新聞社を吸収して合併する。
  • 1988年(昭和63年)
    • 鹿内春雄が死去し、鹿内信隆の娘婿の鹿内宏明が会長を継ぐ。
    • 題字を『サンケイ』から『産經新聞』に変更し、一般紙で初めてカラー紙面とする。
  • 1990年平成2年) - 鹿内信隆が死去する。
  • 1992年(平成4年) - 日枝グループにより鹿内宏明が会長職を解任される。
  • 1997年(平成9年) - 専務取締役の清原武彦が社長に就く。
  • 2000年(平成12年) - 東京本社の東京産経会館を再開発し、東京サンケイビルが完成する。
  • 2002年(平成14年)
    • 産経新聞の東京本社版が夕刊を廃止し、朝刊単独紙へ移行する。
    • 大阪新聞が廃刊し、産経新聞の大阪本社版と紙面を統合する。
  • 2004年(平成16年)
  • 2005年(平成17年) - 大阪本社の新社屋である難波サンケイビルが完成する。
  • 2006年(平成18年) - タブロイド紙『SANKEI EXPRESS』を創刊する。
  • 2008年(平成20年) - 九州地方で、産経新聞の現地印刷と災害時の委託印刷を毎日新聞の工場が請け負うことを、毎日新聞社と基本合意する。
  • 2009年(平成21年)
    • 4月1日 - 福岡市中央区の九州総局内に「九州・山口本部」を設置する。
    • 7月1日 - 日本工業新聞社を吸収して合併する。
    • 10月1日 - 産経新聞九州・山口特別版を発刊する。当面は産経新聞本体のみで、原則として東京版紙面を同時印刷して番組表地方版は大阪本社が製作する。『サンスポ』『夕刊フジ』『ビジネスアイ』『EXPRESS』は発行しない。
  • 2011年(平成23年)6月22日 - 専務取締役で大阪本社代表の熊坂隆光が社長に就き、住田は相談役に、清原は代表権のない会長にそれぞれ就く。
  • 2012年(平成24年)6月1日 - 「九州・山口本部」を「西部本部」に変更する。
  • 2014年(平成26年)10月 - 論評サイト「iRONNA」を開設する。
  • 2016年(平成28年)3月31日 - 『SANKEI EXPRESS』を休刊する。
  • 2018年(平成30年)2月15日 - 神保町専売所跡地に女性専用のホステルを開業[2]する。

本社所在地編集

 
大阪本社が入居する難波サンケイビル
  • 東京本社 - 〒100-8077 東京都千代田区大手町一丁目7番2号 東京サンケイビル
  • 大阪本社 - 〒556-8660 大阪府大阪市浪速区湊町二丁目1番57号 難波サンケイビル
    • 梅田オフィス(大阪本社別館) - 〒530-0001大阪府大阪市北区梅田二丁目4番9号 ブリーゼタワー
    • 西部本部(大阪本社内の組織、「九州・山口特別版」を発行) - 〒810-0004 福岡県福岡市中央区渡辺通五丁目23番8号 サンライトビル

業績推移編集

決算期 単体売上高 経常利益 当期利益 「産經新聞」
発行部数朝刊
「産經新聞」
発行部数夕刊
2003年平成15年)3月期 129,467 85 ▲1,981 - -
2004年(平成16年)3月期 131,039 1,305 316 - -
2005年(平成17年)3月期 130,620 2,064 430 約213.5万部 -
2006年(平成18年)3月期 128,725 2,625 622 約219万部 約63万部
2007年(平成19年)3月期 122,850 1,975 711 約220万部 約63万部
2008年(平成20年)3月期 119,799 2,315 473 約220万部 約63万部
2009年(平成21年)3月期 106,654 ▲645 97 約210万部 約60万部
2010年(平成22年)3月期 91,244 584 ▲641 168.5万部 54.7万部 
2011年(平成23年)3月期 86,030 603 173 161.7万部 53.6万部 
2012年(平成24年)3月期 84,557 580 865 160.7万部 53.6万部 
2013年(平成25年)3月期 83,394 1,170 413 160.5万部 53.6万部 
2014年(平成26年)3月期 133,930 1,176 418 -
2015年(平成27年)3月期 129,700 977 ▲252 -
  • 単位は百万円。業績数値および発行部数は産業経済新聞社提出の有価証券報告書より転載。

発行媒体編集

新聞編集

過去に、USAトゥデイの日本総販売代理店として国際衛星版を発行した。

雑誌編集

2010年6月1日からTVnavi、Kamzine、デジタルTVナビ、は産経新聞出版、「別冊正論」は扶桑社、「正論」と「週刊Gallop」は産経新聞社、がそれぞれ発行する。

社旗編集

  • 1960年代前半ごろまでは、赤地[3]右上から左下に白色の太斜線、白色部に赤の三本線、中心に丸囲み・縦文字・白抜きで「産経」。
  • 1960年代中盤ごろから1988年は、赤地。中央に白色の太横線、白色部に水色で「サンケイ」、サンケイスポーツは「サンケイ(改行)スポーツ」。
  • 1988年から現在は、赤地に白色の目玉マーク、下に「産経新聞社」または「サンケイスポーツ」。
  • 1965年から1968年に産経新聞が経営したサンケイ・スワローズ、サンケイ・アトムズは、球団旗に社旗を流用し、スワローズ時代は社旗右下にスワローズ略称「S」、アトムズ時代は社旗白色部に「atoms」。

産経新聞グループ企業編集

産業経済新聞社の子会社を記し、サンケイビルグループとリビング新聞社グループは除く。

[新聞・出版]

[販売]

[制作・印刷発送]

  • 株式会社産経新聞制作
  • 株式会社産経新聞印刷
  • サンケイ総合印刷株式会社(東京)
  • サンケイ総合印刷株式会社(大阪)

[広告代理]

  • 株式会社産経広告社
  • 株式会社ニュースペース・コム
  • 株式会社産經アドス

[その他グループ企業]

関連企業編集

出身著名人編集

  • 石田敏徳(ノンフィクション作家、元サンケイスポーツ記者)
  • 織田作之助(小説家、日本工業新聞社入社)
  • 片岡宏雄(元プロ野球選手、現役引退後に産経新聞と夕刊フジで記者)
  • 小牧隆之(競馬評論家、元サンケイスポーツ記者)
  • 桜庭亮平(元フジテレビジョンアナウンサー、一時期ニッポン放送から夕刊フジへ出向)
  • 司馬遼太郎(歴史作家、元産経新聞京都支社記者)
  • 鈴木邦男一水会顧問、元産経新聞勤務)
  • 俵孝太郎(政治評論家、元産経新聞記者)
  • 中司宏(元大阪府枚方市長、元産経新聞記者)
  • 額賀福志郎(元防衛庁長官、元産経新聞政治部記者)
  • 福島香織(フリージャーナリスト、元産経新聞記者北京駐在)
  • 星野智幸(小説家、元産経新聞記者)
  • 本城雅人(推理作家、元サンケイスポーツ記者)
  • 松浪健太(衆議院議員、元産経新聞記者)
  • みのもんた(タレント、文化放送の研修で産経新聞社内で新聞原稿をラジオニュース原稿に置換)
  • 村上英子(旅行ジャーナリスト)
  • 森喜朗(元総理大臣、産経新聞入社)
  • 山谷えり子(参議院議員、元サンケイリビング新聞社編集長)
  • 湯浅明(音楽ライター、ニッポン放送から産経新聞文化部記者へ出向後に退職)

不祥事編集

テレビ・ラジオコマーシャル編集

テレビコマーシャル編集

主に、フジテレビ北海道を除く東日本地域の系列局、九州地域は福岡県の民放テレビ全局、で放送されている。

  • 1960年代
    • 産経新聞紙面の題字を片仮名でキャラクター化したアニメーションで、「明るい暮らしにサンケイ新聞」。
    • 大宅壮一が連載するノンフィクション「大正史・炎は流れる」の告知で、大宅の執筆風景。
    • サンケイスポーツ紙面をキャラクター化したアニメーションで野球選手を表現、「出た!サンケイスポーツ。8ページで5円」。
  • 1980年代
    • 倉敷市の借入金が714億円と報じられるなかで「こんな豪華な市庁舎が必要なのでしょうか 借金増税は御免だ」。
    • フジテレビプロデューサー横澤彪、ニッポン放送、キャニオンレコードの社員、それぞれが登場する。
    • 人間を組み合わせたオブジェで、「オレンジ色の憎いやつ」夕刊フジ。
    • 「産經新聞」へリニューアルする告知で「新聞に四季が生まれる(生まれた)」。
    • フジテレビ記者でニュースキャスターの上田昭夫が、「トレンディな産経新聞」。
    • 目玉マークが制定された時期に、フジサンケイグループのイメージ告知。
  • 1990年代
    • 堺屋太一が連載する大河コラム「風と炎と」の告知。
    • 産経新聞の購読申し込みフリーダイヤル告知で、東京本社は「おーそーれーみ〜よむよむ」、大阪本社は「おーそーれーみ〜みなみてみ」。
    • 産経新聞の1面を模した顔の人形アニメーション、内海賢二の声で「新聞はみな同じではありません。モノを言う新聞です。産経新聞」。
    • 高杉良が連載する経済小説「呪縛」の告知で、タクシー乗客の銀行員が新聞を読んで顔をしかめる。
    • プロレスラー蝶野正洋が、「群れない、逃げない。」産経新聞。
  • 2000年代

ラジオコマーシャル編集

脚注編集

  1. ^ この当時から片仮名の略称「サンケイ」が採用されている
  2. ^ 旧専売所跡地に女性専用「ホステル」がオープン 東京・神保町に、新たな情報交流・発信の場産業経済新聞社プレスリリース(2018年4月6日閲覧)
  3. ^ 紺地とする説もある。

関連項目編集

外部リンク編集