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バッファローBuffalo)は、アメリカ合衆国ニューヨーク州北西部エリー郡の都市。同名の都市はアメリカ国内に多数存在するが、そのうち最大の人口を抱え、知名度が最も高い都市である。ニューヨーク州第2の都市であり、重要な工業都市でもある。2000年現在の国勢調査で人口は292,648人。エリー郡ナイアガラ郡にまたがる都市圏では人口1,170,111人(2000年)である。これは都市圏人口としては全米で51番目であり取り立てて多くはない。しかしながら、これはあくまで米国における人口統計の数値である。実際のバッファロー都市域は、ナイアガラ川を越えカナダのオンタリオ州南東部にまで拡がっており、この一帯には約45万人が住んでいるとするカナダの統計を加味すると実質180万人弱(ナッシュビルに匹敵する)の大都市圏となっている。

バッファロー
バッファロー市
(上から時計回りに)市中心部、夕暮れ時のバッファロー市風景、ピースブリッジ 、 バッファロー貯蓄銀行 、 郡庁所および市庁舎 、 ナイアガラ広場 、バッファロー市庁舎
(上から時計回りに)市中心部、夕暮れ時のバッファロー市風景、ピースブリッジ 、 バッファロー貯蓄銀行 、 郡庁所および市庁舎 、 ナイアガラ広場 、バッファロー市庁舎
バッファローの旗
バッファローの公式印章
印章
愛称: 
The City of Good Neighbors, The Queen City, The City of No Illusions, The Nickel City, Queen City of the Lakes, City of Light
エリー郡およびニューヨーク州の位置
バッファローの位置(アメリカ合衆国内)
バッファロー
バッファロー
バッファローの位置(ニューヨーク州内)
バッファロー
バッファロー
北緯42度54分17秒 西経78度50分58秒 / 北緯42.90472度 西経78.84944度 / 42.90472; -78.84944座標: 北緯42度54分17秒 西経78度50分58秒 / 北緯42.90472度 西経78.84944度 / 42.90472; -78.84944
アメリカ合衆国
ニューヨーク州
エリー郡
入植年(村時代) 1789年
設立年 1801年
市制施行 1832年
行政
 • 市長 Byron Brown (民主党)
 • 議会 市議会
面積
 •  52.5mi2 (136.0km2)
 • 陸地 40.6mi2 (105.2km2)
 • 水面 11.9mi2 (30.8km2)
標高
600ft (183m)
人口
(2013)
 •  258,959 (US: 73番目)人
 • 密度 6,436.2/mi2 (2,568.8/km2)
 • 都市部
935,906 (US: 46番目)人
 • 都市圏
1,134,210 (US: 49番目)人
 • 広域都市圏
1,213,668 (US: 44番目)人
族称 Buffalonian
等時帯 UTC-5 (東部標準時)
 • 夏時間 UTC-4 (東部夏時間)
郵便番号
14200
市外局番 716
FIPS code 36-11000
GNIS feature ID 0973345
ウェブサイト www.city-buffalo.com
エリー郡およびニューヨーク州の位置
[1][2]
雨のダウンタウン・バッファロー

目次

概要編集

同市は五大湖のひとつエリー湖の東端に接し、ナイアガラ川の始点をもつ。ナイアガラ川はナイアガラ滝を経てオンタリオ湖に達する。そのためバッファローはアメリカ側におけるナイアガラ観光の基地としての役割をも有する。また、エリー湖とハドソン川を結ぶエリー運河の起点でもあり、五大湖の水上交通においても重要な都市である。

同市はまた、文化・教育・医療の中心地でもある。一時は主要産業であった鉄鋼、製粉業の衰退によって治安悪化と市街地荒廃が深刻となっていたが、近年の市街地再開発と医療、教育分野の育成が実を結び、今日では大都市でも治安はかなりいい方に数えられる。2001年にはUSAトゥデイ紙で「アメリカで最もフレンドリーな都市」であるとされた。また、2005年には、リーダーズ・ダイジェスト誌で同市は全米で3番目に清潔な都市、と評された。

市の名前は、地元を流れる小川の名に由来する。これは一般にはフランス語 beau fleuve (美しい流れ)が転訛したものと考えられている。

なお、同市郊外のアマースト市は、「全米で最も安全な都市」として知られる。モーガン・クイットノー[3]の「全米の安全な都市」ランキングでは1996年から2005年までの10年間において7度のベスト1を含め、常にベスト3位以内を維持している。その反面、バッファロー中心部の治安はアメリカの中でも特に最悪で年々悪化している状態であるため、十分な注意が必要である。また、火事等の後放棄されるビルが多く、事態を一層悪化させている。

歴史編集

この地方におけるヨーロッパ人の入植は、1758年フランス人による入植地の開基をはじめとする。バッファロー川の河口に築かれたこの入植地一帯は、現在はエリー郡となっている。翌年この入植地はイギリスの攻撃により崩壊した。

1789年にアメリカ人が初めてバッファローに入植した。コルネリウス・ウィニーが丸太小屋を建てて住み、地元のアメリカ原住民の集落と交易しつつ生活した。バッファロー周辺は1801年に始まるオランダ土地会社の売却対象となった。その結果、1811年にはイギリス系アメリカ人500人ほどが居住する村が築かれた。1808年にはニューヨーク州ナイアガラ郡(現在のエリー郡を含む)が設置され、バッファローはその郡都となった。

1812年に始まった米英戦争では、1813年12月30日イギリス軍と地元アメリカ原住民の連合軍による攻撃を受け、バッファローの村は焼失した。

1816年にバッファローは町(Town)に昇格した。

1825年エリー運河が開通すると、バッファローはニューヨーク市と水路により直結され、その商業上の価値を増した。このとき約2400人だったバッファローの人口は急速に増加し、1832年に市に昇格した時の人口は1万人を超えた。

奴隷解放運動時代、バッファローはいわゆる「地下鉄道」の終着点であった。南部から脱出した黒人奴隷たちは、バプテスト教会に匿われたのち、フェリーでカナダオンタリオ州フォートエリーへ逃亡して自由の身となったのである。

バッファローに所縁のあるアメリカ大統領には、大統領就任前にバッファロー住民だったミリヤード・フィルモア、バッファロー市長を務めたグロヴァー・クリーヴランド、バッファローで1901年9月5日に狙撃されたウィリアム・マッキンリー、通常はワシントンで行われる大統領就任式を1901年9月14日にバッファローで行ったセオドア・ルーズヴェルトがいる。20世紀初頭のバッファローは、人口50万を超え、アイルランドイタリアドイツポーランドからの移民が多数住む、アメリカの主要都市のひとつだった。

1927年にはピース・ブリッジ橋によりカナダフォートエリー市と結ばれた。これは当時の一大国家事業であり、開通式には英国側からイギリス皇太子(後のエドワード8世)、弟アルバート・ジョージ王子(後のジョージ6世)、イギリス首相、およびカナダ首相が、米国側からは副大統領およびニューヨーク州知事が出席した。

 
バッファロー市庁舎

バッファローの現在の市庁舎は1932年に建築された。30階建てで、展望デッキからはエリー湖を含む眺望が得られる。またバッファロー動物園は全米で3番目に古い歴史を持つ。

地理編集

バッファローはエリー湖の東端に位置している。北緯42度54分17秒、西経78度50分58秒 (42.904657, -78.849405)[4]に位置し、帯広市釧路市(ともに北海道)とほぼ同緯度にある。同市はアメリカ合衆国内の他の主要都市よりカナダトロント市に地理的に近い。同市はカナダ・オンタリオ州フォートエリー市の反対側にあたる。

アメリカ合衆国統計局によると、バッファロー市は総面積136.0km2 (52.5mi2) である。このうち105.2 km2 (40.6 mi2) が陸地で30.8 km2 (11.9 mi2) が水域である。総面積の22.66%が水域となっている。

気候は冬季は寒冷であり、湖水効果雪による影響から年間降雪量は244.1cmと全米有数の積雪量となっている。

産業編集

バッファローはナイアガラの電力を利用した工業が盛んである。とりわけ、20世紀初頭では鉄鋼都市として知られ、数カ所の製鉄所が煙を上げていた。また、製粉工業でも知られ、穀物倉庫が多い。その他、化学、電器・機械工業などがあるが、今日では地位が低下している。

交通編集

空港編集

市の玄関口となっている空港はバッファロー国際空港である。アメリカ国内線およびカナダへの便が発着する。

鉄道編集

 
バッファロー・エクスチェンジ通り駅

アムトラックバッファロー・エクスチェンジ通り駅はエクスチェンジ通り75にある。バッファロー・エクスチェンジ通り駅には下記の列車が停車する。

トロントニューヨーク間の昼行国際列車メイプルリーフ号…1日1往復停車[5]
ニューヨーク州ナイアガラフォールズ (ニューヨーク州)ニューヨーク間の昼行中距離列車エンパイア・サービス…1日2往復停車(ナイアガラフォールズ (ニューヨーク州)まで運行する便が当駅に停車)[6]

メイプルリーフ号ナイアガラフォールズを通るため、観光需要が高い。

ライトレール編集

 
バッファロー メトロレール

市内および周辺の交通としては、ナイアガラ・フロンティア交通局(NFTA)英語版[1]路線バスバッファロー・メトロレールというライトレールの路線を運営している。無料のメインストリート・メトロレールも運営している。なお、バッファロー・メトロレールの車両は1983年に導入された東急車輛(現・総合車両製作所)が製造した車両である[7]

バス編集

路線バスはナイアガラ・フロンティア交通局英語版により運行されている[8]。同局によりナイアガラフォールズへのバスも運行されている。ダウンタウンにあるグレイハウンドのターミナルからは、クリーブランドニューヨークボストンなどの主要都市のほか、ロチェスターシラキューズ・州都オールバニといった州内主要都市、さらにはナイアガラフォールズへもバスの便がある。

道路編集

道路は、ニューヨーク・ステート・スルーウェイが通っており、ニューヨーク州の主要都市と結ばれている。

大学編集

全米でも有数の教育機関であるニューヨーク州立大学バッファロー校がある。

スポーツ編集

バッファロー市はNFLバッファロー・ビルズ、及びNHLバッファロー・セイバーズの本拠地である。

他のローカルチームは野球のインターナショナルリーグバッファロー・バイソンズ、及び インドアラクロスバッファロー・バンディッツも含んでいる。

NBAに所属するロサンゼルス・クリッパーズは、1970年から1978年までバッファロー・ブレーブスとして活動していた。その後サンディエゴに移転し、現在はロサンゼルスにある。AFLのバッファロー・デストロイヤーズは移動しバッファローを長く本拠地としていない。

また、バッファローはアメリカ北東部と五大湖地区をテリトリーとしたプロレス団体『NWF』(National Wrestling Federation)の本部所在地でもあり、1970年代にはジョニー・パワーズらを中心に盛んに興行が行われたところでもあった。

人口動勢編集

以下は2000年現在の国勢調査における人口統計データである。

姉妹都市・提携都市編集

出典編集

  1. ^ Powel, Stephen R.: “First White Settlement and Black Joe - Buffalo, NY”. The Buffalonian. 2012年3月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年4月15日閲覧。
  2. ^ Priebe, J. Henry Jr.. “The Village of Buffalo - 1801 to 1832”. The Buffalonian. 2012年3月22日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年4月15日閲覧。
  3. ^ モーガン・クイットノー
  4. ^ US Gazetteer files: 2010, 2000, and 1990, United States Census Bureau, (2011-02-12), http://www.census.gov/geo/www/gazetteer/gazette.html 2011年4月23日閲覧。 
  5. ^ Maple Leaf. P2. Amtrak. 2016年4月24日. 2016年6月27日閲覧 (PDFファイル)
  6. ^ Empire Service. Amtrak. 2016年4月24日. 2016年6月27日閲覧 (PDFファイル)
  7. ^ Buffalo Metro Rail. (en)Wikipedia. 2016年7月3日閲覧
  8. ^ Niagara Frontier Transportation Authority. NFTA. 2016年7月3日閲覧

外部リンク編集