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マルセル・シュロッター[1] ( Marcel Schrötter, 1993年1月2日 - ) は、ドイツバイエルン州フィルゲルツホーフェン出身のオートバイレーサー。現在ロードレース世界選手権125ccクラスに参戦中。

マルセル・シュロッター
Marcel Schrötter Losail 2010.jpg
2010年 カタールGP
国籍 ドイツの旗 ドイツ
生年月日 (1993-01-02) 1993年1月2日(26歳)
出身地 バイエルン州
ウェブサイト marcel-racing.de
ロードレース世界選手権での記録
- Moto3クラスに参戦 -
現在のチーム マヒンドラ・レーシング
ゼッケン 77
チャンピオン 0
レース数 21
優勝回数 0
表彰台回数 0
PP回数 0
FL回数 0
通算獲得ポイント 48
2010年の成績 18位 (27ポイント)

経歴編集

キャリア初期編集

 
2003年9月 表彰台の中央に立つシュロッター

シュロッターの初レースは1996年、3歳のときにヤマハ・PW50を駆り出場したライヒリングでのモトクロスレースだった。2002年、9歳のときにはポケバイレース(DMSB/dmsj-Pocket-Bike-Nachwuchs-Cup)のチャンピオンとなった。2003年からはADACミニバイクカップに参戦を開始、2005年からは5度の世界チャンピオンに輝いたアントン・マンクの指導を受けるようになり、ホッケンハイムリンクザルツブルクリンクでトレーニングを受けた[2]。2005年は1勝を挙げてシリーズ3位、2006年は4勝でシリーズ2位と成績を伸ばしていった。

ドイツ選手権等での活躍編集

2007年、マンクのチームからドイツロードレース選手権(IDM)125ccクラスに、ホンダ・RS125Rを駆って参戦を開始した。14歳のシュロッターは開幕戦のラウジッツリンクでいきなり2位表彰台に立つ等の活躍を見せ、シリーズランキング5位でデビューイヤーを終えた[3]

翌2008年シーズンには、開幕戦ラウジッツリンクで初優勝を果たした。その後も4勝を挙げ、オランダのジョーイ・リットジェーンを破ってシリーズ2年目にしてチャンピオンに輝いた[4]。またこの年はスペインロードレース選手権(CEV)125ccクラスにもスポット参戦し、初戦のバレンシアでいきなり勝利を挙げる活躍を見せた[5]

2009年もIDM125ccに継続参戦し、全8戦中7勝・残りの1戦でも2位に入る圧倒的な強さを見せ、16歳のシュロッターはIDM125ccクラス史上2人目のタイトル防衛を果たした。またこの年の11月にアルバセテ・サーキットで開催されたヨーロッパ選手権レース[6]でも勝利を収めた[7]

ロードレース世界選手権 125ccクラス編集

シュロッターのグランプリデビューは2008年ザクセンリンクで開催されたロードレース世界選手権第10戦ドイツGPへのワイルドカード参戦だった。そのレースでは13位で完走し、ポイントを獲得することができた。

2009年は3戦にワイルドカード参戦し、第9戦ドイツGPではフロントロウ(予選4番手)を獲得、最終戦バレンシアGPでは5位で完走するなどの活躍を見せた。

2010年、シュロッターはインターウェッテン・チームからロードレース世界選手権125ccクラスにフル参戦デビューを果たした。マシンはこれまでと同じく、メーカーでの開発が事実上止まってから久しいホンダ・RS125Rであり、ピアジオ勢(アプリリアデルビ)の最新型ファクトリーマシンが多数参戦する中では厳しい体制となった。シーズン最高位は第2戦スペインGP最終戦バレンシアGPでの12位に留まり、年間ランキング18位に終わった。

2011年シーズンはインドのマヒンドラブランドのマシンで125ccクラス最後のシーズンを戦う。マシンを実際に制作しチームを運営するのは、2003年以降マラグーティロンシンランブレッタとサポート企業を変えながら参戦を続けているイタリアのエンジン・エンジニアリング社である[8]

ロードレース世界選手権 戦績編集

シーズン クラス チーム メーカー マシン 出走 優勝 表彰台 PP FL ポイント シリーズ順位
2008年 125cc トニ・マンク・チーム ホンダ RS125R 1 0 0 0 0 3 29位
2009年 125cc トニ・マンク・チーム ホンダ RS125R 3 0 0 0 0 18 23位
2010年 125cc インターウェッテン・ホンダ125 ホンダ RS125R 17 0 0 0 0 27 18位
2011年 125cc マヒンドラ・アンド・マヒンドラ マヒンドラ
合計 21 0 0 0 0 48
  • * 第8戦終了時点

脚注編集

外部リンク編集