リチャード・ロジャース (作曲家)

リチャード・チャールズ・ロジャースRichard Charles Rodgers, 1902年6月28日 - 1979年12月30日)は、アメリカ合衆国作曲家。ミュージカルの作曲で広く知られる。ブロードウェイ・ミュージカル43作品、「900曲以上を作曲」しており、20世紀のアメリカの作曲家の中でも有名な1人に数えられ、彼の楽曲はポピュラー音楽の発展に貢献した。なお、R&Bシンガーのリチャード・ロジャースとは、同名異人である[1]。代表曲には「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」「10番街の殺人」「魅惑の宵」「ザ・サウンド・オブ・ミュージック」「ドレミの歌」など、多くの楽曲がある。

リチャード・ロジャース
Richard Rodgers
Rodgers and Hammerstein and Berlin and Tamiris NYWTS.jpg
リチャード・ロジャース(左);中央はアーヴィング・バーリン、右はオスカー・ハマースタイン2世
基本情報
出生名 Richard Charles Rodgers
生誕 (1902-06-28) 1902年6月28日
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 ニューヨーク州ニューヨーク市クイーンズ区
死没 (1979-12-30) 1979年12月30日(77歳没)
ジャンル ミュージカル

概要編集

1919年から1943年、作詞家ロレンツ・ハートと、1943年から1959年、作詞家オスカー・ハマースタイン2世ソングライティング・コンビで数多くのミュージカル曲を作詞作曲した。1920年代から1930年代にかけてロジャース&ハートは『Pal Joey』、『コネチカット・ヤンキー』、『On Your Toes』、『Babes in Arms』など多くのミュージカルの作曲を行なった。1940年代から1950年代にかけてロジャース&ハマースタインは『オクラホマ!』、『フラワー・ドラム・ソング (ミュージカル)英語版』、『回転木馬』、『南太平洋』、『王様と私』、『サウンド・オブ・ミュージック』などのミュージカルの作曲を行なった。特にハマースタインとのコラボレーションは、それまで単なるエンターテイメントとされていたミュージカルを、登場人物やドラマに焦点を当てた物語に変化させた。

ロジャースはアメリカのエンターテイメント業界の最大の賞である舞台のトニー賞、映画のアカデミー賞、音楽のグラミー賞、テレビのエミー賞全てを受賞した最初の人物であり、その頭文字を採ったEGOTの称号を与えられた[2]。さらにピュリツァー賞を受賞し、5賞すべて受賞したのは、ロジャースとマーヴィン・ハムリッシュの2人しかいない。[3]。1978年、芸術における特別功労賞として第1回ケネディ・センター名誉賞を受賞した[4]

人物編集

生い立ちおよび教育編集

 
1920年、コロンビア大学で開催されたバラエティ・ショーでの『Fly With Me』のポスター。音楽はロジャースとロレンツ・ハートにより作曲され、オスカー・ハマースタイン2世の曲も使用された。ロジャース&ハートの第1作目とされている[5]

ニューヨーククイーンズ区ロシア系ユダヤ人外科医の父ウィリアム・エイブラハムズ・ロジャースと母メイミー(リーヴァイ)の家庭に生まれた(ロジャーズというWASP風の苗字は、父親がロガジンスキーというユダヤ的な苗字から改姓したもの)。6歳の頃にピアノを弾き始めた。PS 166Townsend Harris Hall Prep SchoolDeWitt Clinton High Schoolに通学した。10代前半、毎年夏にメイン州ウォーターフォードで行なわれたキャンプ・ウィグワムに参加し、そこで初めて作曲した[6]

ロジャース、ロレンツ・ハートオスカー・ハマースタイン2世コロンビア大学の同窓生であった。コロンビア大学にてロジャースはフラタニティPi Lambda Phiに所属した。1921年、音楽芸術研究所(現ジュリアード音楽院)に転籍した[7]ヴィクター・ハーバートジェローム・カーンなどの作曲家、そして子供の頃に両親にブロードウェイオペレッタを観に連れていってもらったことがロジャースの作曲に影響を与えた。

キャリア編集

ロジャース&ハート編集

 
1936年、左よりリチャード・ロジャース、ロレンツ・ハート

1919年、ロジャースは兄の友人フィリップ・レヴィットの紹介でロレンツ・ハートと出会った。最初の数年はアマチュアの公演でミュージカル・コメディの作曲をしていたがなかなか芽が出なかった。1919年のブロードウェイ・ミュージカル・コメディ『A Lonely Romeo』の楽曲「Any Old Place With You」でプロ・デビューした。1920年、シグマンド・ロンバーグによる楽曲も使用された『Poor Little Ritz Girl』で初めてプロの作品の制作に携わった。次のプロ公演『The Melody Man』は1924年まで開幕されなかった。

大学卒業直後、ルー・フィールズの音楽監督として活動した。ノラ・ベイズ、フレッド・アレンなどが出演していた[8]。ロジャースはショー・ビジネスを完全に辞めて子供用下着販売業に就こうとしたが、1925年にロジャース&ハートはようやくブレイクした。高名なシアター・ギルドのチャリティ・ショー『The Garrick Gaieties』のために作曲し、批評家たちはその新鮮さと爽快さを評価した。1日のみの上演であったが、ギルドはその品質により再演に同意した。この公演で最も注目されたのは楽曲「Manhattan」であった。以降2人はブロードウェイの有力作詞作曲家となった。

次の10年間、2人は『Dearest Enemy』(1925)、『The Girl Friend』(1926)、『Peggy-Ann』(1926)、『コネチカット・ヤンキー』(1927)、『Present Arms』(1928)などブロードウェイやウェスト・エンドの双方で公演をヒットさせた。彼らの1920年代の公演は「Here In My Arms」、「Mountain Greenery」、「ブルー・ムーン」、「My Heart Stood Still」、「You Took Advantage of Me」などのスタンダード・ナンバーを生み出した。

1930年代前半、世界恐慌が本格化し、より良い環境をハリウッドに求めた。意欲的なロジャースはこのやや閑散とした時期をのちに後悔していたが、実際はハートと共に『今晩は愛して頂戴ナ英語版』(1932)を手掛け、「Lover」、「Mimi」、「Isn't It Romantic?」というスタンダード・ナンバーを作り上げた。なお、この映画の監督ルーベン・マムーリアンはのちにロジャースのブロードウェイ・ミュージカル『オクラホマ!』の演出を務めた。以前にハートが作詞してカットされていた3曲を作曲したが、レコーディングもヒットもしなかった。4曲目の歌詞を作曲した「ブルー・ムーン」は2人の最大のヒット曲の1つとなった。映画作品は他にジョージ・M・コウアン主演の『お化け大統領英語版』(1932)、アル・ジョルソン主演の『Hallelujah, I'm a Bum』(1933)、2人がハリウッドを離れた後に急遽戻ることとなったビング・クロスビーとW・C・フィールズ主演の『ミシシッピ (映画)英語版』(1935)などがある。

1935年、ブロードウェイに戻り、1943年にハートが亡くなる直前まで、数多くのヒット・ミュージカルを作詞作曲した。中でも有名なのは『Jumbo』(1935)、ジョージ・バランシン振付のバレエ「10番街の殺人」が使用された『On Your Toes』(1936)、『Babes in Arms』(1937)、『I Married an Angel』(1938)、『The Boys from Syracuse』(1938)、『Pal Joey』(1940)、そして彼らの最後のオリジナル作品『By Jupiter』(1942)である。またロジャースはこれらの作品のうちいくつかの脚本にも貢献していた。

これらの公演で使用された楽曲の多く、「The Most Beautiful Girl in the World」、「My Romance」、「Little Girl Blue」、「I'll Tell The Man In The Street」、「There's a Small Hotel」、「Where or When」、「マイ・ファニー・ヴァレンタイン」、「ザ・レディ・イズ・ア・トランプ」、「恋に恋して」、「Bewitched, Bothered and Bewildered」、「Wait Till You See Her」などが今も歌い継がれている。

1939年、ロジャースは振付師マーク・プラットと共にバレエ・リュス・ド・モンテカルロのバレエ『Ghost Town』の作曲を行なった[9]

ロジャース&ハマースタイン編集

 
1945年、左からロジャース、ハマースタイン

ハートへの信頼が下がり、健康上の理由によりロジャースとハートのパートナーシップは問題が置きはじめていた。ハートより前から共に作曲したことのあるオスカー・ハマースタイン2世と活動を始めた。彼らの革新的ヒットを遂げたミュージカル第1作目『オクラホマ!』(1943)はアメリカのミュージカル史上最も成功したパートナーシップの幕開けとなった。彼らの作詞作曲はミュージカル様式に革命をもたらした。これ以前のミュージカルは楽曲、ダンス、コメディ・シーンが希薄な脚本で寄せ集めであったが、ロジャース&ハマースタインにより完全に融合された。

さらにミュージカル史上最も人気のある作品に数えられる4作を作り出した。『回転木馬』(1945)、『南太平洋』(1949)、『王様と私』(1951)、『サウンド・オブ・ミュージック』(1959)はそれぞれ映画化されヒットした。1950年、『南太平洋』がピューリッツァー賞 戯曲部門を受賞した。『フラワー・ドラム・ソング』(1958)はややヒットし、『Allegro』(1947)、『Me and Juliet』(1953)、『Pipe Dream』(1955)は失敗作に近いものであった。また映画『ステート・フェア』(1945)、スペシャル・テレビ・ミュージカルの『シンデレラ』(1957)の作詞作曲も行なった。

ロジャース&ハマースタインの楽曲「Oh, What a Beautiful Mornin'」、「People Will Say We're in Love」 、オクラホマ州州歌となった「Oklahoma!」、「It's A Grand Night For Singing」、「If I Loved You」、「ユール・ネヴァー・ウォーク・アローン」、「It Might as Well Be Spring」、「魅惑の宵」、「Younger Than Springtime」、「Bali Hai」、「Getting to Know You」、「私のお気に入り」、「The Sound of Music」、「Sixteen Going on Seventeen」、「Climb Ev'ry Mountain」、「ドレミのうた」、ハマースタインの最後の曲「エーデルワイス」など多くが有名になった。

 
1952年のエド・サリヴァンの2部構成のスペシャル番組「Toast of the Town」に取り上げられた。

ハート、ハマースタイン双方とのロジャースの作品の多くはロバート・ラッセル・ベネットが編曲した。26エピソードによる第二次世界大戦についてのテレビ・ドキュメンタリー『第二次世界大戦全史』(1952–53)のためのオーケストラ・スコアの準備のためにロジャースが作曲した12曲のテーマ曲を使用した。NBCの制作は「コンピレーション・ドキュメンタリー」の先駆者となり、番組は数十カ国で放映された。人気曲「No Other Love」のメロディが『第二次世界大戦全史』のテーマ曲「Beneath the Southern Cross」に使用された。ABCのドキュメンタリー「Winston Churchill: The Valiant Years」でロジャースが作曲してエディ・ソーター、ハーシー・ケイ、ロバート・E・ドーランが楽譜を作成し、エミー賞を受賞した。1963年から1964年に放送された30エピソードのテレビ・ドラマ『The Greatest Show on Earth』のテーマ曲「March of the Clowns」を作曲した。1963年から1964年、歴史アンソロジーのテレビ番組『The Great Adventure』のメイン・テーマ曲を作曲した。

1960年、ロジャース&ハマースタインはThe Hundred Year Association of New Yorkよりニューヨーク市への貢献を称えられ金メダル賞を受賞した。ロジャース、ハマースタイン、ジョシュア・ローガンは『南太平洋』でピューリッツァー賞 戯曲部門を受賞した[10]。1944年、ロジャース&ハマースタインは『オクラホマ!』でピューリッツァー賞特別賞を受賞した[11]

1954年、ロジャースはコロムビア・レコードからリリースされた『第二次世界大戦全史』の抜粋「10番街の殺人」、「Carousel Waltz」が収録されたスペシャルLPでニューヨーク・フィルハーモニックを指揮した。

ロジャース&ハマースタインのミュージカルは、37のトニー賞、15のアカデミー賞、2つのピューリッツァー賞グラミー賞エミー賞を獲得するなどの成果をおさめた。

ハマースタイン没後編集

1960年にハマースタインが亡くなった後のロジャースにとって最初のブロードウェイ・ミュージカル『No Strings』(1962)において「The Sweetest Sounds」などで作曲だけでなく作詞も手掛け、中程度にヒットした。1962年、この作品はトニー賞楽曲賞、振付賞、ミュージカル主演男優賞を受賞した。

あまり知られてはいないが、映画『アラビアのロレンス』(1962)の製作者サム・スピーゲルによると、本編の90%の作曲を依頼したものの、ロジャースの曲は物足りないもので、結局モーリス・ジャールが、全曲を担当した[12][13][14]

ロジャースは映画版『サウンド・オブ・ミュージック』(1965)で新曲2曲の作詞作曲を行なった。本作の他の楽曲はロジャース&ハマースタインのものが使用された。

ロジャースは、ハマースタインが保護者となっていた作詞家スティーヴン・ソンドハイムと共に『Do I Hear a Waltz?』(1965)を作詞作曲した。他にマーティン・チャーニンと共に『Two by Two』(1970)、『I Remember Mama』(1979)、シェルドン・ハーニックと共に『Rex』(1976)の作詞作曲を行なった。

1978年、バーナード・カレッジの卒業式において、ロジャースはその高い功績を称えられバーナード特別功労賞を受賞した。同じ年、第1回ケネディ・センター名誉賞を受賞した。1979年、亡くなる6ヶ月前、トニー賞授賞式においてロジャースはLawrence Langner Memorial Award for Distinguished Lifetime Achievement in the American Theatreを受賞した。

死およびレガシー編集

1979年、顎のガンを克服した後、心臓発作および咽頭切除により77歳で亡くなった。火葬され、遺灰は海に撒かれた。ロジャースが亡くなった晩、ブロードウェイの全ての劇場は、灯りを消してその死を悼んだ。

1990年、46th Street Theatreはロジャースの功績を記念してリチャード・ロジャース・シアターと改名した。1999年、ロジャース&ハートの追悼記念切手が発売された。2002年、ロジャース生誕100周年を記念して世界中で書籍発売、回顧展開催、上演、音楽リリースが行なわれた他、『オクラホマ!』のブロードウェイ再演が行なわれた。BBCプロムスにおいて、『オクラホマ!』のコンサートを含みロジャースの音楽が一晩中演奏された。ボストン・ポップス・オーケストラはロジャースのトリビュート・アルバム新CD「My Favorite Things: A Richard Rodgers Celebration」をリリースした。

アレック・ワイルダーは著作でロジャースについて以下のように記した:

この本で考察されている曲の全ての作曲者の中で、ロジャースの公演の楽曲は一貫して非常に優れ、創造力があり、洗練されている。彼の曲を何週間も続けて聴くと、感動する[15]

ロジャースはアメリカ劇場の殿堂に殿堂入りした[16]

American Academy of Arts and Lettersと共にロジャースは、まだ世に出ていないミュージカル作曲家に上演資金を授賞した。Academy of Arts and Lettersで受け付けているものはこの賞のみで、現在でも毎年授賞している。

以下にこれまでの受賞者を示す:[17]

公演名 受賞者
2018[18] Gun and Powder Ross Baum
Angelica Chéri
KPOP Jason Kim
Helen Park
Max Vernon
Woodshed Collective
2017 What I Learned from People Will Aronson
Hue Park
2016 We Live in Cairo Patrick Lazour
Daniel Lazour
Costs of Living Timothy Huang
Hadestown Anaïs Mitchell
2015 String Adam Gwon
Sarah Hammond
2014 Witness Uganda Matthew Gould
Griffin Matthews
2013 Natasha, Pierre & The Great Comet of 1812 Dave Malloy
The Kid Who Would Be Pope Tom Megan
Jack Megan
2012 Witness Uganda Matthew Gould
Griffin Matthews
2011 Dogfight Peter Duchan
ベンジ・パセク
ジャスティン・ポール
Gloryana Andrew Gerle
2010 Buddy's Tavern Raymond De Felitta
Alison Louise Hubbard
Kim Oler
Rocket Science Patricia Cotter
Jason Rhyne
Stephen Weiner
2009 Cheer Wars Karlan Judd
Gordon Leary
Rosa Parks Scott Ethier
Jeff Hughes
2008 Alive at Ten Kirsten A. Guenther
Ryan Scott Oliver
Kingdom Aaron Jafferis
Ian Williams
See Rock City and Other Destinations Brad Alexander
Adam Mathias
2007 Calvin Berger Barry Wyner
Main-Travelled Roads Dave Hudson
Paul Libman
2006 グレイ・ガーデンズ
Grey Gardens
Scott Frankel
Michael Korie
Doug Wright
True Fans Chris Miller
Bill Rosenfield
Nathan Tysen
Yellow Wood Michelle Elliott
Danny Larsen
2005 Broadcast Nathan Christensen
Scott Murphy
Dust & Dreams: Celebrating Sandburg David Hudson
Paul Libman
Red Brian Lowdermilk
Marcus Stevens
2004 To Paint the Earth Daniel Frederick Levin
Jonathan Portera
The Tutor Andrew Gerle
Maryrose Wood
Unlocked Sam Carner
Derek Gregor
2003 The Devil in the Flesh Jeffrey Lunden
Arthur Perlman
Once Upon a Time in New Jersey Susan DiLallo
Stephen A. Weiner
The Tutor Andrew Gerle
Maryrose Wood
2002 The Fabulist David Spencer
Stephen Witkin
The Tutor Andrew Gerle
Maryrose Wood
2001 Heading East Leon Ko
Robert Lee
この森で、天使はバスを降りた
The Spitfire Grill
Fred Alley
James Valcq
2000 Bat Boy Kaythe Farley
Brian Flemming
Laurence O'Keefe
The Bubbly Black Girl Sheds Her Chameleon Skin Kirsten Childs
Suburb Robert S. Cohen
David Javerbaum
1999 Bat Boy Kaythe Farley
Brian Flemming
Laurence O'Keefe
Blood on the Dining Room Floor Jonathan Sheffer
The Bubbly Black Girl Sheds Her Chameleon Skin Kirsten Childs
Dream True: My Life with Vernon Dexter Ricky Ian Gordon
Tina Landau
The Singing Lenora Champagne
Daniel Levy
1998 Little Women Alison Hubbard
Allan Knee
Kim Oler
Summer Erik Haagensen
Paul Schwartz
1997 The Ballad of Little Jo Mike Reid
Sarah Schlesinger
Barrio Babies Fernand Rivas
Luis Santeiro
Violet Brian Crawley
Jeanine Tesori
1996 Bobos James McBride
Ed Shockley
The Hidden Sky Kate Chisholm
Peter Foley
The Princess & the Blac Andy Chuckerman
Karole Foreman
1995 Spendora Mark Campbell
Stephen Hoffman
Peter Webb
1994 Doll (not produced) Scott Frankel
Michael Korie
The Gig Douglas Cohen
レント
Rent
ジョナサン・ラーソン
The Sweet Revenge of ... Mark Campbell
Burton Cohen
Stephen Hoffman
1993 Allos Makar Scott Frankel
Michael Korie
Valeria Vasilevsky
Avenue X John Jiler
Ray Leslee
Christina Alberta's Polly Pen
They Shoot Horses ... Nagle Jackson
Robert Sprayberry
1992 Avenue X John Jiler
Ray Leslee
The Molly Maquires Sid Cherry
William Strempek
1991 Opal Robert N. Lindsey
The Times Joe Keenan
Brad Ross
1990 Down the Stream Michael Goldenberg
Swamp Gas and Shallow Feelings Randy Buck
Shirlee Strother
Jack E. Williams
Whatnot Howard Crabtree
Dick Gallagher
Mark Waldrop
1989 Juan Darien エリオット・ゴールデンサール
ジュリー・テイモア
1988 Lucky Stiff Lynn Ahrens
Stephen Flaherty
Sheila Levine is Dead ... Michael Devon
Todd Graff
Superbia ジョナサン・ラーソン
1987 Henry and Ellen Michael John LaChiusa
Lucky Stiff Lynn Ahrens
Stephen Flaherty
No Way to Treat A Lady Douglas J. Cohen
1986 Break/Agnes/Eulogy Michael John LaChiusa
Juba Wendy Lamb
Russell Walden
1984 Brownstone Andrew Cadiff
Peter Larson
Josh Rubens
Papushko Andrew Teirstein
1982 Portrait of Jennie Enid Futterman
Howard Marren
Dennis Rosa
1981 Child of the Sun Damien Leake
1980 Nine (not produced) Maro Fratti
Maury Yeston

演者たちとの関係編集

 
左からロジャース、アーヴィング・バーリン、ハマースタイン2世

ローズマリー・クルーニーは「恋に恋して」スウィング・バージョンで歌った。セッション後、ロジャースはワルツとして歌うべきだと指摘した[19]。1961年、マーセルズが「ブルー・ムーン」をドゥーワップで歌い、怒ったロジャースは新聞広告1ページを使って不買を呼びかけた。にも関わらず、チャートで1位を獲得した[20]。1961年、ドリス・デイが「I Have Dreamed」を歌い、ロジャースはデイとアレンジャーのジム・ハーバートに宛てて、これまで聴いた中で最も美しい演奏だと記した。

ペギー・リーがロジャースの意図とは著しく異なるアレンジで「Lover」をレコーディングした後、ロジャースは「ペギーがなぜ私に嫌がらせするのかわからない。彼女は「きよしこの夜」ですら台無しにするだろう」と語った[21]。メアリー・マーティンは、ロジャースが『南太平洋』での音域の狭いマーティンのために、より良く見えるように作曲してくれたと語った。さらにロジャース&ハマースタインはマーティンの希望を全て聞き入れ、非常に良く制作が進んだと語った[22]。ロジャースもハマースタインもドリス・デイを映画版『南太平洋』の主演に望んでおり、デイ自身も希望していた。ミーティングの後、デイの夫でマネージャーのマーティン・メルチャーが高額の出演料を譲歩しなかったため、主役はミッツィ・ゲイナーとなった。

劇作家の権利の保護編集

1943年、ロジャースはDramatists Guild of Americaの第9代会長となった。

私生活編集

1930年、ロジャースはドロシー・ベル・ファイナー(1909–1992)と結婚した[23]。娘のメアリー(1931–2014)はミュージカル・コメディ『Once Upon a Mattress』を作曲し、児童文学の作家でもあった[24]。ドロシーはメアリー出産後、女児を死産した。また別の娘リンダ(1935–2015)も短期間作曲を行なっていた。ロジャースの孫にあたるメアリーの息子アダム・ゲテル(1964生)もミュージカル作曲家で、2005年、『The Light in the Piazza』でトニー賞作曲賞、編曲賞を受賞した。リンダの息子ピーター・メルニック(1958生)は2005年、フィラデルフィア・シアター・カンパニーの『Adrift In Macao』で作曲し、2007年にオフ・ブロードウェイで上演された。

ロジャースは無神論者であった[25]。うつ病やアルコール依存症に陥りがちであり、一度入院したこともあった。

受賞とノミネート編集

ロジャースはエミー賞グラミー賞アカデミー賞トニー賞全てを授賞した数少ないEGOTの1人である。

部門 作品 結果 参照
1944 ピューリッツァー賞特別賞 芸術賞 オクラホマ! 受賞 [26]
1945 アカデミー賞 歌曲賞 春の如く英語版」 - 『ステート・フェア 受賞 [27][28]
1950 ピューリッツァー賞 戯曲部門 南太平洋 受賞 [29][30]
1950 トニー賞 ミュージカル作品賞 南太平洋 受賞 [31][32]
脚本賞 受賞
ミュージカル・プロデューサー賞 受賞
1952 ミュージカル作品賞 王様と私 受賞
1956 パイプ・ドリーム英語版 ノミネート
1959 フラワー・ドラム・ソング英語版 ノミネート
1962 ノー・ストリングス英語版 ノミネート
ミュージカル作品賞 受賞
1965 ワルツが聞こえる?英語版 ノミネート
1996 ステート・フェア英語版 ノミネート
1957 プライムタイム・エミー賞 テレビ音楽貢献賞 シンデレラ ノミネート [33]
1961 作曲賞 Winston Churchill: The Valiant Years 受賞
1961 グラミー賞 オリジナルキャスト・ショー・アルバム賞 サウンド・オブ・ミュージック 受賞 [34][35]
1963 『ノー・ストリングス』 受賞

ロジャースが作曲した作品編集

ロレンツ・ハートが作詞した作品編集

オスカー・ハマースタイン2世が作詞した作品編集

他の作詞家または単独による作品編集

その他の主な音楽作品編集

影響編集

脚注編集

  1. ^ リチャード・ロジャース 2022年4月2日閲覧
  2. ^ In 1962, Richard Rodgers Became the First EGOT (Before That Was Even a Thing)”. billboard.com (2019年5月16日). 2020年4月25日閲覧。
  3. ^ Richard Rodgers and Oscar Hammerstein II”. pulitzer.org. 2020年4月25日閲覧。
  4. ^ KENNEDY CENTER HONORS 1978”. paleycenter.org. 2020年4月25日閲覧。
  5. ^ Sing a Song of Morningside” (英語). The Varsity Show. 2021年8月28日閲覧。
  6. ^ Hyland, William G: Richard Rodgers The New York Times, Chapter 1. Yale University Press, 1998, 0-300-07115-9
  7. ^ Richard Rodgers, Musical Stages: An Autobiography (2002 Reissue), pp. 12,20–21,44, DaCapo Press, 0-306-81134-0
  8. ^ Rodgers & Hammerstein as mystery guests on What's My Line?, February 19, 1956, video on YouTube
  9. ^ Anna Kisselgoff, "DANCE REVIEW; Rodgers As Ideal Dance Partner", The New York Times, October 23, 2002.
  10. ^ "Drama". The Pulitzer Prizes. Retrieved December 3, 2013.
  11. ^ "Special Awards and Citations". The Pulitzer Prizes. Retrieved December 3, 2013.
  12. ^ McLellan, Dennis (2009年3月31日). “Maurice Jarre dies at 84; composer for 'Lawrence of Arabia'”. Los Angeles Times. http://www.latimes.com/news/obituaries/la-me-maurice-jarre31-2009mar31,0,4263401.story 2022年4月2日閲覧。 
  13. ^ Weber, Bruce. “Maurice Jarre, Hollywood Composer, Dies at 84”. The New York Times. https://www.nytimes.com/2009/03/31/arts/music/31jarre.html 2022年4月2日閲覧。 
  14. ^ [AllMusic|class=artist|id=p1154/biography|pure_url=yes allmusic Biography]
  15. ^ Wilder, Alec, 1973. American Popular Song: The Great Innovators, 1900–1950, Oxford University Press: 163. 0-19-501445-6.
  16. ^ Theater Hall of Fame members”. 2014年2月9日閲覧。
  17. ^ Awards”. American Academy of Arts and Letters. 2022年2月19日閲覧。
  18. ^ “Two Musicals Win Richard Rodgers Awards” (プレスリリース), American Academy of Arts and Letters, (2018年3月23日), https://artsandletters.org/pressrelease/two-musicals-win-richard-rodgers-awards/ 2018年8月23日閲覧。 
  19. ^ Lehman, David (2009). A Fine Romance. New York: Random House. p. 140,249. ISBN 978-0-8052-4250-8. https://books.google.com/books?id=-nYWq-8qjHMC&q=A+Fine+Romance 
  20. ^ The Marcels By Marv Goldberg Marv Goldberg 2006. 2009.
  21. ^ Lehman, p. 140.
  22. ^ Lehman, p. 142–43.
  23. ^ Dorothy Rodgers”. Rodgers and Hammerstein. 2017年4月15日閲覧。
  24. ^ Simonson, Robert (2014年6月26日). “Mary Rodgers, Composer of Once Upon a Mattress and Daughter of Broadway Royalty, Dies at 83”. Playbill. http://www.playbill.com/article/mary-rodgers-composer-of-once-upon-a-mattress-and-daughter-of-broadway-royalty-dies-at-83-com-322981 2018年8月23日閲覧。 
  25. ^ Rodgers' biographer William G Hyland states: "That Richard Rodgers would recall, at the very beginning of his memoirs, his great-grandmother's death and its religious significance for his family suggests his need to justify his own religious alienation. Richard became an atheist, and as a parent he resisted religious instruction for his children. According to his wife, Dorothy, he felt that religion was based on "fear" and contributed to "feelings of guilt." " Richard Rodgers, Yale University Press 1998, 0-300-07115-9. Chapter 1 at The New York Times Books (accessed April 30, 2008).
  26. ^ Richard Rodgers and Oscar Hammerstein II”. The Pulitzer Prizes. 2020年12月27日閲覧。
  27. ^ Richard Rodgers = Awards”. Internet Movie Database. 2020年4月25日閲覧。
  28. ^ THE 18TH ACADEMY AWARDS”. oscars.org. 2020年8月29日閲覧。
  29. ^ Drama – The Pulitzer Prizes”. The Pulitzer Prizes. 2020年12月27日閲覧。
  30. ^ 1950 Pulitzer Prizes”. pulitzer.org. 2020年8月29日閲覧。
  31. ^ Oscar Hammerstein II Tony Awards”. Broadwayworld.com. 2020年4月25日閲覧。
  32. ^ Richard Rodgers Tony Awards Info - Browse by Nominee”. broadwayworld.com. 2020年8月29日閲覧。
  33. ^ Richard Rodgers – Emmy Awards, Nominations and Wins”. Emmy.com. 2020年4月25日閲覧。
  34. ^ Oscar Hammerstein II – Artist”. Grammys.com. 2020年4月25日閲覧。
  35. ^ Richard Rodgers - Artist”. Grammys.com. 2020年8月29日閲覧。
  36. ^ Vincentelli, Elisabeth (2020年5月27日). “'You'll Never Walk Alone': From Broadway Tear-Jerker to Covid-Era Anthem”. The New York Times. https://www.nytimes.com/2020/05/27/arts/music/youll-never-walk-alone-carousel-coronavirus.html 2021年3月2日閲覧。 

関連項目編集

外部リンク編集