ルイス・オリヴェイラ
ルイス・オリヴェイラ(Luis Oliveira, 1969年3月24日 - )は、ブラジル・サン・ルイス出身の元サッカー選手。現サッカー指導者。ポジションはフォワード。テクニックとフィジカルに優れた選手であった[1]。
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名前 | ||||||
本名 |
ルイス・アイルトン・バロッソ・オリヴェイラ Luis Airton Barroso Oliveira | |||||
愛称 | ルル、イル・ファルコ[1] | |||||
ラテン文字 | Luis OLIVEIRA | |||||
基本情報 | ||||||
国籍 |
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生年月日 | 1969年3月24日(54歳) | |||||
出身地 |
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身長 | 176cm | |||||
選手情報 | ||||||
ポジション | FW | |||||
クラブ1 | ||||||
年 | クラブ | 出場 | (得点) | |||
1988-1992 |
![]() | 95 | (36) | |||
1992-1996 |
![]() | 121 | (42) | |||
1996-1999 |
![]() | 95 | (27) | |||
1999-2000 |
![]() | 24 | (4) | |||
2000-2001 |
![]() | 17 | (1) | |||
2001-2002 |
![]() | 38 | (23) | |||
2002-2004 |
![]() | 74 | (28) | |||
2004-2005 |
![]() | 14 | (0) | |||
2005 |
![]() | 17 | (5) | |||
2005-2006 |
![]() | 20 | (3) | |||
2006-2008 |
![]() | 63 | (25) | |||
2008-2009 |
![]() | 32 | (16) | |||
2009-2011 |
![]() | 12 | (14) | |||
通算 | 621 | (224) | ||||
代表歴 | ||||||
1992-1999 |
![]() | 31 | (7) | |||
監督歴 | ||||||
2012-2013 |
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2014-2015 |
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2015-2016 |
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1. 国内リーグ戦に限る。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
経歴 編集
ブラジル・マラニョン州サン・ルイスのスラム街の貧しい家庭で生まれ育つ[1]。たまたま出場した試合で2得点を挙げたことがスカウトの目に留まり、1985年、ベルギーの強豪RSCアンデルレヒトで練習生となったが、寒さやホームシックから、環境への適応に苦しんだ[1]。ユースのトーナメントで活躍し、ユースチームに背式に登録された[1]。1987年にトップチームに合流、1988年にトップデビューを果たし、セカンドストライカーとしてプレーした[1]。1989-90シーズンにはカップウィナーズカップ決勝に進出した[1]。1990-91シーズンにリーグ優勝を果たした[1]。1991-92シーズンには完全にレギュラーとなっていた[1]。
1992-93シーズンにイタリアへ渡りカリアリ・カルチョ加入、そのシーズンは29試合で7得点を挙げた[1]。1993-94シーズンから加入したフリオ・デリー・バルデスとのコンビが冴え[1]、このシーズンはリーグ戦で12得点を挙げた。またUEFAカップでは準決勝まで進出した[1]。カリアリでの最後のシーズンとなった、1995-96シーズンは15得点を挙げるなどの活躍を見せた[1]。
1996-97シーズンからACフィオレンティーナに移籍し、ガブリエル・バティストゥータ、マヌエル・ルイ・コスタとコンビを組んだ[1]。初年度のリーグ戦では9得点、1997-98シーズンには15得点を挙げた。1998-99シーズンに監督がジョヴァンニ・トラパットーニに代わると、エジムンドが前年の終盤に加入したこともあって、ウイングや中盤でのプレーを求められた[1]。この年チームは3位に入ったが、翌1999-00シーズン開幕後にカリアリと複帰した[1]。その後はイタリア国内の様々なチームを渡り歩いた。
代表歴 編集
1992年2月26日、ベルギー代表としてのデビュー戦となったチュニジア戦で代表初ゴールを挙げた[1]。その後も定期的に代表てプレーし、ワールドカップ・アメリカ大会に向けたメンバー決定前最後の代表戦でも先発出場していたが[2]、大会登録メンバーに選ばれなかった[1]。
1998年のワールドカップ・フランス大会ではグループリーグの3試合に出場、メキシコ戦ではコーナーキックからアシストを決めた[2]。代表チームでは31試合で7得点[1][2]。
タイトル 編集
- RSCアンデルレヒト