レオナルド・ジャルディム

ポルトガルのサッカー監督
この名前は、ポルトガル語圏の人名慣習に従っています。第一姓(母方の姓)はヌネス・アルベス、第二姓(父方の姓)はソウザ・ジャルディムです。

レオナルド・ジャルディム(Leonardo Jardim, 1974年8月1日 - )は、ベネズエラバルセロナ出身のサッカー指導者。

レオナルド・ジャルディム Football pictogram.svg
Leonardo Jardim sous les couleurs de l'AS Monaco en 2017.jpg
アル・ヒラルでのジャルディム (2021年)
名前
本名 ジョゼ・レオナルド・ヌネス・アルベス・ソウザ・ジャルディム
José Leonardo Nunes Alves Sousa Jardim
ラテン文字 Leonardo Jardim
基本情報
国籍 ポルトガルの旗 ポルトガル
生年月日 (1974-08-01) 1974年8月1日(48歳)
出身地 ベネズエラの旗 ベネズエラ バルセロナ
監督歴
チーム
2001-2003 ポルトガルの旗 カマーシャ (アシスタント)
2003-2008 ポルトガルの旗 カマーシャ
2008-2009 ポルトガルの旗 シャヴェス
2009-2011 ポルトガルの旗 ベイラ・マル
2011-2012 ポルトガルの旗 ブラガ
2012-2013 ギリシャの旗 オリンピアコス
2013-2014 ポルトガルの旗 スポルティングCP
2014-2018 モナコの旗 モナコ
2019 モナコの旗 モナコ
2021-2022 サウジアラビアの旗 アル・ヒラル
2022- アラブ首長国連邦の旗 アル・アハリ・ドバイ
■テンプレート■ノート ■解説■サッカー選手pj

経歴編集

ベネズエラに在住していたポルトガル人夫婦の間に出生、その後、両親の故郷であるマデイラ島に戻った。プロサッカー選手としてのキャリアはなく、大学時代には既にサッカー指導者を目指しており、大学卒業後には子供や女子チームだけでなくハンドボールチームの指導も経験した[1]

2001年、マデイラ島にあるクラブADカマーシャ英語版にアシスタントコーチとして入団。2年後の2003年には監督に就任し当時27歳で監督デビューを果たし、5シーズンの間チームを率いた[2]。その後2009年SCベイラ・マルの監督に就任すると1年でプリメイラ・リーガ昇格を成し遂げた。

2011年SCブラガの監督に就任。2011-12シーズンにはリーグ戦13連勝を記録しクラブ新記録を樹立。勝ち点62のリーグ3位に導き、UEFAチャンピオンズリーグ出場権獲得に貢献。翌2012年にはギリシャオリンピアコスFCへ移籍し、UEFAチャンピオンズリーグでの初采配を経験した。

2013年スポルティングCPの監督に就任。前シーズンを7位で追えるなど低迷していたスポルティングの中で、下部組織出身のジョアン・マリオウィリアム・カルヴァーリョセドリック・ソアレスなどを発掘し若手中心のチームを作り上げ、UEFAチャンピオンズリーグ出場圏内の2位に導いた。

2014年6月、リーグ・アンASモナコと2年契約を締結[3]。2014-15シーズン開幕前にはクラブの方針の影響でハメス・ロドリゲスラダメル・ファルカオを失ったが[4]ヤニック・フェレイラ・カラスコベルナルド・シウバなどの若手選手を積極的に起用。UEFAチャンピオンズリーグではラウンド16でアーセナルFCを下しベスト8進出を果たすなどの健闘を見せ、2015年5月12日に2019年まで契約を延長した[5]。2016-17シーズンにはUEFAチャンピオンズリーグレバークーゼントッテナム・ホットスパーと同居するグループを首位で通過し、ラウンド16ではマンチェスター・シティ、準々決勝ではボルシア・ドルトムントを撃破。準決勝ではユヴェントスに敗れたものの、13季ぶりとなる準決勝へ進出した。リーグ戦では最終的に107得点となる攻撃力を武器に第19節以降の20試合を無敗で終え、モナコに17季ぶりとなるリーグ優勝をもたらした[6]。この活躍によりシーズンのリーグ・アン年間最優秀監督賞を受賞した。

2017-18シーズンには自身がトップチームデビューさせたキリアン・エムバペをライバルのパリ・サンジェルマンへ放出し、その他にもベルナルド・シウバなどを放出した。UEFAチャンピオンズリーグではグループリーグで2分4敗に終わり最下位で敗退。しかしリーグ序盤戦では首位パリ・サンジェルマンを追い2位につけ、中盤戦には順位を落としたものの、最終的にはオリンピック・リヨンオリンピック・マルセイユの追走を振り切り2位でシーズンを終えた。翌2018-19シーズンもトマ・レマルなどを引き抜かれ、シーズン前のトロフェ・デ・シャンピオンではパリ・サンジェルマンに0-4の大敗を喫した。リーグ戦でも9試合を終えて1勝3分5敗の18位に甘んじ、2018年10月11日に解任が発表された[7]

だが、後任のティエリ・アンリが成績不振によりわずか3か月で解任されると、2019年1月25日にモナコの監督に復帰した[8]

2019年12月28日、ジャルディムは再び解任され、元スペイン代表監督のロベルト・モレノが後任に任命された[9]

2021年6月2日、1年契約(1年延長オプション付き)でサウジアラビアアル・ヒラルSFC監督に就任[10]

戦術編集

準備したフォーメーションに選手を嵌めることを好み、4-4-2を採用する[11]FWにはある程度の自由を与え個人のスキルを活かしたプレーをさせるものの[12]、守備参加の意識を高く持たせている[11]

若手を積極的に起用する監督として知られており、ASモナコ時代にはキリアン・エムバペベルナルド・シウバヤニック・フェレイラ・カラスコティエムエ・バカヨコトマ・レマルファビーニョなどをブレイクさせた。また選手のポジションをコンバートさせることもあり、元々DFであったファビーニョMFとして開花させた[1]

タイトル編集

クラブ編集

カマーシャ
  • AFマデイラ・カップ : 2003-04
ベイラ・マル
オリンピアコス
モナコ
アル・ヒラル

個人編集

脚注編集

  1. ^ a b モナコのジャルディム監督が注目される理由 - UEFA.com 2017年4月29日
  2. ^ 類を見ないポルトガル人監督によるCL。勝ち残った“マディラの真珠”は富豪の舌を唸らせるか - フットボールチャンネル 2015年2月12日
  3. ^ モナコの新監督にジャルディム氏 - UEFA.com 2014年6月6日
  4. ^ なぜモナコはトップクラブへ返り咲いたのか…経済的視点から見る成長要因とは? - Goal.com 2017年5月18日
  5. ^ モナコ、ジャルディムと契約延長 2019年までの長期政権に - Goal.com 2015年5月13日
  6. ^ ジャルディム、PSGを抑えての優勝に喜び「監督キャリアで最も重要なトロフィー」 - Goal.com 2017年5月18日
  7. ^ 不調のモナコがジャルディム監督を解任、後任はアンリ氏か - AFPBB.com 2018年10月12日
  8. ^ “L’AS Monaco annonce le retour de Leonardo Jardim au poste d’entraîneur de l’AS Monaco.” (フランス語) (プレスリリース), ASモナコ, (2019年1月25日), https://www.asmonaco.com/communique-officiel-du-club-henry-jardim/ 2019年1月26日閲覧。 
  9. ^ Monaco sack Leonardo Jardim again and appoint Robert Moreno”. BBCスポーツ (2019年12月28日). 2021年8月8日閲覧。
  10. ^ Leonardo Jardim appointed Al Hilal manager”. アス (2021年6月3日). 2021年8月8日閲覧。
  11. ^ a b 【特集/フットボールを進化させる監督たち #5】“平凡な戦術”でモナコを仏王者に スター流出を苦にしない知将ジャルディムの怪腕 - theWORLD 2017年12月22日
  12. ^ ムバッペがブッフォンに挑む…モナコの新星が語るCL準決勝への意気込み - Goal.com 2017年5月3日

外部リンク編集