ローランド・アッシュ

ローランド・アッシュ(Roland Asch, 1950年10月12日 ー )は、ドイツのレーシングドライバー。ドイツツーリングカー選手権(DTM)において活躍。1990年代のドイツのモーターレースシーンの代表的人物の1人。メルセデスのドライバーとして活動したことで知られ、日産とも関係が深いドライバーでもある。

ローランド・アッシュ(2008年)
1994年のDTM・ドニントン戦に出場した際のアッシュ。

西ドイツ シュトゥットガルト近郊のアマーブッフ出身。

経歴編集

アッシュのキャリアは1973年にスラロームで始まり、1981年にヒルクライミングに移ってドイツのチャンピオンに。 DTMの下部トロフィー部門でサーキットを走った。DTMには1985年から参戦しており、1988年にはメルセデス・ベンツ190Eをドライブしてシリーズ2位となった[1]。1993年にも再びシリーズ2位となり、メルセデスベンツの主要なドライバーの1人となる。 1995年からは、2,000ccクラスのセダンによって行われるスーパーツーリングカー規定のドイツ・スーパーツーリング選手権(STWカップ)にフォードから参戦。フォード・モンデオをドライブした。1勝してシリーズ8位につけたが、翌年は低迷。フォード撤退後は日産に移籍し、サッシャ・マーセンと共に日産・プリメーラを運転[2]。優勝こそなかったが、安定的にポイントを獲得して再びシリーズ8位となった[3]

1998年はマーセンに代わって、日本でレース活動していたミハエル・クルムがチームメイトになった。この年はBMWのジョニー・チェコットや、プジョーを運転して昨年度のチャンピオンとなり、翌年イギリスツーリングカー選手権でもプリメーラをドライブしてタイトルを獲得したローレン・アイエロなどの強豪ドライバーが揃うなか、表彰台に何度も登り、アッシュにとっては2年振り、シリーズ2度目の優勝をニュルブルクリンクで飾った。日産勢にとっても、優勝を飾ったのは2年振りのことで、このレースのアクシデントで亡くなってしまった、キース・オドールアヴスで挙げた優勝以来のことであった。

翌年は、日産がイギリスツーリングカー選手権に集中することになったため撤退し、オペルのイルムシャーに移籍したが、優勝を挙げることは出来ず、シリーズ10位となった。翌年STWが消滅して再び、DTMが新規規定のレースとして開催されたが、アプト・スポーツラインからスポット参戦したのみでその後は参戦しておらず、ポルシェ・カレラカップやニュルブルクリンク24時間レースに活動を移すことになった。

ニュルブルクリンク24時間レースにはニスモのサポートを受けて参戦するチーム・ファルケンより2002年から日産・スカイラインGT-Rで参戦し、この年は4位だったが、翌年はディアク・ショイスマン木下隆之田中哲也と共に2位に入った。

ツーリングカーで活躍する共に、アッシュはポルシェシリーズにも参戦。 1988年と1989年にドイツ ポルシェ・944ターボカップで2回チャンピオンを獲得し[4] 、1991年には自身3度目のタイトルを獲得した。

すでに50代となっていたが、ポルシェ・カレラカップで2003年まで活躍し、2004年のシーズン中に1度レース活動を中断したが、出身地のアマーブッフでディーラーを経営しているRS-Line フォードのマシンでヨーロッパツーリングカー選手権に参戦した。

1999年以来日産・ファルケンチームの主力ドライバーとして活躍を続ける他、セアト・レオンカップでレースをしている息子のセバスチャン・アッシュをサポートしている。

アクシデント編集

1994年、アレマンネンリンクのDTMで物議を醸す事件に関与。ライバルのアルファロメオのアレッサンドロ・ナニーニは、すでにラップされたアッシュのすぐ前を走っていた。 前の車を抑えている間、ナニーニはヘアピンへの入り口で一時的に後輪をロック。その後彼はコントロールを取り戻しレースラインをコーナーに持ち込んだ。アッシュは意図的にナニーニを脇に押し込み、スピンさせて車にダメージを与えた。ピットに入った後、ナニーニはアッシュの後ろに再び合流し、意図的に同じヘアピンでリベンジしてトラックから彼に突っ込んだ。その結果、アッシュのメルセデスのチームメイトであるクラウス・ルートヴィッヒが優勝した。

1999年限りでシリーズ消滅となるSTWの最終戦・ニュルブルクリンクでの第2レースで、アッシュは再び、同じオペル・ベクトラをドライブするウーヴェ・アルツェンをサポートするために故意に対戦相手をコースアウトさせたとして非難された。 アッシュはジャンプスタートのペナルティでピットに呼び出されたがピットインせず、後に彼のマシンの無線が故障していたと述べた。最後のラップで彼はチャンピオン候補であるアルツェンとアプト・スポーツラインのクリスチャン・アプト、アプトのチームメイトであるクリス・ニッセンをラップしようとしていた。ニッセンは最後から2番目のコーナーでアルツェンと絡んで、アルツェンの車に大きなダメージを与えた。アッシュは最後のコーナーでアプトのアウディ・A4に接触してコースアウトさせ、サスペンションを破損してペースダウンを余儀なくされたアルツェンをアシストしたとされた[5]。アルツェンは優勝したホンダ・アコードトム・クリステンセンに次ぐ2位で完走した。

このアクシデントは当初、レース中の事故と見なされていたが、[要出典]アッシュはペナルティを無視したことで罰せられた。レース後、アルツェンのチャンピオン獲得が濃厚と見られたが、最終コーナーでのアッシュの動きに対するビデオ判定に基づいてDMSBの控訴裁判によって意図的な行動とみなされた後、11月にチャンピオンが、アプトに決定した。[要出典]

アッシュにとっては因縁のチームになってしまったアプト・スポーツラインだったが、翌年このチームのシートを得て復活したDTMに参戦した。

レース戦績編集

ドイツツーリングカー選手権編集

チーム 使用車両 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 順位 ポイント
1985年 リングシャウセン・レンズスポーツ フォード・マスタング 5.0GT ZOL
Ret
WUN
4
AVU
3
MFA
14
ERD
5
ERD DIE
5
DIE
7
ZOL
8
SIE
2
NÜR
10
4位 94
1986年 フォード・リングシャウセン ZOL
5
HOC
19
NÜR AVU
Ret
MFA WUN 19位 29
フォード・シエラ XR4 TI NÜR
4
ZOL NÜR
1988年 BMK・モータースポーツ メルセデス190E 2.3-16 ZOL
1

14
ZOL
2

11
HOC
1

8
HOC
2

9
NÜR
1

3
NÜR
2

4
BRN
1

4
BRN
2

11
AVU
1

14
AVU
2

Ret
MFA
1

2
MFA
2

2
NÜR
1

2
NÜR
2

Ret
NOR
1

2
NOR
2

3
WUN
1

9
WUN
2

Ret
SAL
1
SAL
2
HUN
1

7
HUN
2

11
HOC
1

2
HOC
2

2
2位 242
1989年 MS・ジェット・レーシング ZOL
1

12
ZOL
2

10
HOC
1

8
HOC
2

7
NÜR
1

5
NÜR
2

Ret
MFA
1

1
MFA
2

9
10位 161
メルセデス190E 2.3-16 Evo AVU
1

Ret
AVU
2

DNS
NÜR
1

6
NÜR
2

Ret
NOR
1

13
NOR
2

12
HOC
1

Ret
HOC
2

Ret
DIE
1

6
DIE
2

Ret
NÜR
1

8
NÜR
2

5
HOC
1

12
HOC
2

12
1990年 ソナバック・レーシング・サービス ZOL
1

8
ZOL
2

13
HOC
1

Ret
HOC
2

DNS
NÜR
1

20
NÜR
2

9
AVU
1

15
AVU
2

7
MFA
1

Ret
MFA
2

Ret
WUN
1

13
WUN
2

10
NÜR
1

Ret
NÜR
2

14
NOR
1

10
NOR
2

11
DIE
1

Ret
DIE
2

12
21位 13
メルセデス190E 2.5-16 Evo2 NÜR
1

13
NÜR
2

9
HOC
1

Ret
HOC
2

Ret
1991年 ザクスピード ZOL
1

10
ZOL
2

7
HOC
1

8
HOC
2

Ret
NÜR
1

4
NÜR
2

Ret
AVU
1

10
AVU
2

7
WUN
1

7
WUN
2

7
NOR
1

3
NOR
2

3
DIE
1

7
DIE
2

7
NÜR
1

4
NÜR
2

5
ALE
1

Ret
ALE
2

Ret
HOC
1

7
HOC
2

6
BRN
1

3
BRN
2

2
DON
1

21
DON
2

Ret
9位 91
1992年 ZOL
1

7
ZOL
2

2
NÜR
1

5
NÜR
2

1
WUN
1

6
WUN
2

Ret
AVU
1

Ret
AVU
2

11
HOC
1

5
HOC
2

1
NÜR
1

7
NÜR
2

6
NOR
1

2
NOR
2

5
BRN
1

5
BRN
2

5
DIE
1

12
DIE
2

10
ALE
1

Ret
ALE
2

11
NÜR
1

9
NÜR
2

7
HOC
1

6
HOC
2

Ret
6位 143
1993年 AMG・メルセデス ZOL
1

3
ZOL
2

4
HOC
1

2
HOC
2

4
NÜR
1

4
NÜR
2

3
WUN
1

6
WUN
2

4
2位 204
メルセデス・ベンツ・190E/C1 NÜR
1

7
NÜR
2

17
NOR
1

5
NOR
2

2
DON
1

5
DON
2

5
DIE
1

1
DIE
2

5
ALE
1

Ret
ALE
2

6
AVU
1

1
AVU
2

1
HOC
1

6
HOC
2

3
1994年 AMG・メルセデス タバック-オリジナル・ソナックス メルセデス・CクラスV6 ZOL
1

2
ZOL
2

2
HOC
1

Ret
HOC
2

11
NÜR
1

12
NÜR
2

6
MUG
1

7
MUG
2

4
NÜR
1

6
NÜR
2

4
NOR
1

Ret
NOR
2

DNS
DON
1

4
DON
2

8
DIE
1

2
DIE
2

11
NÜR
1

4
NÜR
2

3
AVU
1

5
AVU
2

2
ALE
1

8
ALE
2

7
HOC
1

8
HOC
2

9
6位 124
2000年 アプト・スポーツライン 1 アプト・アウディ TT-R 2000 HOC
1
HOC
2
OSC
1

15
OSC
2

Ret
NOR
1
NOR
2
SAC
1
SAC
2
NÜR
1
NÜR
2
LAU
1
LAU
2
OSC
1
OSC
2
NÜR
1
NÜR
2
HOC
1
HOC
2
21位 0

ドイツ・スーパーツーリング選手権編集

チーム 使用車両 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 順位 ポイント
1995年 チーム・モンデオ・エッゲンバーガー フォード・モンデオ ZOL
1

Ret
ZOL
2

Ret
SPA
1

9
SPA
2

12
ÖST
1

9
ÖST
2

8
HOC
1

NC
HOC
2

11
NÜR
1

1
NÜR
2

2
SAL
1

6
SAL
2

8
AVU
1

5
AVU
2

6
NÜR
1

7
NÜR
2

9
8位 268
1996年 フォード・モンデオ チーム・シュベル ZOL
1

12
ZOL
2

Ret
ASS
1

12
ASS
2

10
HOC
1

14
HOC
2

10
SAC
1

12
SAC
2

14
WUN
1

13
WUN
2

13
ZWE
1

Ret
ZWE
2

Ret
SAL
1

Ret
SAL
2

9
AVU
1

9
AVU
2

9
NÜR
1

19
NÜR
2

16
14位 188
1997年 ニッサン・プリメーラ・レーシング 日産・プリメーラ HOC
1

13
HOC
2

10
ZOL
1

21
ZOL
2

18
NÜR
1

9
NÜR
2

9
SAC
1

10
SAC
2

9
NOR
1

12
NOR
2

6
WUN
1

11
WUN
2

12
ZWE
1

13
ZWE
2

11
SAL
1

14
SAL
2

11
LAH
1

Ret
LAH
2

12
NÜR
1

11
NÜR
2

9
8位 285
1998年 HOC
1

15
HOC
2

10
NÜR
1

1
NÜR
2

4
SAC
1

Ret
SAC
2

3
NOR
1

3
NOR
2

6
LAH
1

6
LAH
2

7
WUN
1

Ret
WUN
2

DNS
ZWE
1

6
ZWE
2

3
SAL
1

22
SAL
2

11
OSC
1

10
OSC
2

13
NÜR
1

Ret
NÜR
2

21
8位 327
1999年 イルムシャー・スポーツ オペル・ベクトラ SAC
1

9
SAC
2

8
ZWE
1

10
ZWE
2

9
OSC
1

11
OSC
2

10
NOR
1

8
NOR
2

9
MIS
1

9
MIS
2

9
NÜR
1

Ret
NÜR
2

Ret
SAL
1

5
SAL
2

8
OSC
1

6
OSC
1

6
HOC
1

5
HOC
2

16
NÜR
1

5
NÜR
2

DSQ
10位 307

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ Roland Asch | Racing career profile | Driver Database”. www.driverdb.com. 2019年11月20日閲覧。
  2. ^ McKlein Imagedatabase”. www.mckleinimagedatabase.com. 2020年12月4日閲覧。
  3. ^ Roland Asch” (英語). Super Touring Register. 2019年11月20日閲覧。
  4. ^ Long, Brian (15 October 2008). Porsche Racing Cars: 1976 to 2005. Veloce Publishing Ltd. p. 162. ISBN 978-1-904788-45-4. https://books.google.com/books?id=RQzeqWTBaTMC&pg=PA162 2010年8月1日閲覧。 
  5. ^ https://www.youtube.com/watch?v=4_CHLaZyizo

外部リンク編集