フォード・マスタング

フォード・マスタング GT(6代目)

マスタング(Mustang)とは、アメリカ合衆国の自動車メーカー、フォード・モーターが製造・販売する乗用車である。

日本ではフォードジャパンがカタカナ名称を決める前はもっぱらムスタングと表記された。なお、日本国内における販売は、2016年下半期でフォードが日本市場から撤退したため、日本国内における販売は一旦終了となったが、現在はVTホールディングスグループの「エフエルシー」(旧フォードライフ中部)やその他一部の旧フォードディーラーが直接並行輸入し、日本の保安基準に適合するよう改良した状態で販売されている。

概要編集

 
ニューヨーク万国博覧会のフォード館前に展示されるマスタング

開発開始当時副社長であったリー・アイアコッカの指導下で、第二次世界大戦以降に出生したいわゆるベビーブーマー世代向けに、コンパクトカーであるフォード・ファルコンをベースとしたスペシャルティカー(スポーティカー)の開発がスタートした。1964年4月17日から開催されたニューヨーク万国博覧会の初日に発表された初代マスタングは、後発(1968年)の4ドアセダンであるフォード・トリノより低価格ながら、スポーティーな外観と充分な性能、フルチョイスシステムと呼ばれる多彩なオプション群と巧みな広告戦略によって、ターゲットだったベビーブーマー以外の心も掴み、1960年代中盤の好景気と相まって、フォード・モデルT以来といわれる同社の大ヒットとなった。

初代マスタングの販売戦略とその成功はのアイアコッカが「アメリカの民衆はスポーツカーは好まない。スポーツカーのように見える車(スポーティカー)を好むのだ」の持論を元に「ホイールベースを詰め、タイトな後席を持ったファルコン」をコンセプトととし、さらに「トリノで見たスポーツカーは、みな口が尖っていた」とイタリア車風のフロントエンドを持たせた。

マスタングはフォードのみならずアメリカを代表するスポーツカー(スポーティーカー)として途切れることなくモデルチェンジを重ねている。アメリカ国外においても、最廉価グレードのV型6気筒エンジン搭載の2014年モデルで22,200ドルと比較的低価格で社外品のパーツも潤沢なため、カスタムベースとしての人気も高い。

初代から現行型まで一貫して2ドアに4人もしくは5人乗りのレイアウトで、マッスルカーもしくはポニーカーと呼ばれる2ドアクーペハードトップ)に分類される。他の代表的なポニーカーとしては、ダッジ・チャレンジャーシボレー・カマロポンティアック・ファイヤーバードなどがある。

日本においては、そのやり方をそっくり踏襲したトヨタ・セリカ1970年に発売される。

歴史編集

マスタングにはおおまかに分けて7世代のモデルが存在する。なお、文献などによっては1964年 - 1973年までのモデルを初代とする場合と、1971年 - 1973年までを3代目とする場合もあるので注意を要する。

初代(1964年 - 1968年)編集

 
初代 マスタング

1959年に発売されたフォード車初の小型車で、大ヒットモデルとなっていたフォード・ファルコンをベースとしたスポーティーカーとして、1964年にコンバーチブル及びハードトップのラインナップで登場した。バランスの良いスタイリングと性能、広告代理店の巧みなマーケティング戦略で発売当初から高い売れ行きを記録し、アメリカの自動車史に残る大ベストセラーとなった。

標準装備を簡素にして本体価格を抑える(ベーシックモデルで2,368ドル)代わりに、複数の排気量(直6 170 cu.in. V8 260 cu.in. V8 289 cu.in.)のエンジン、オートマチックトランスミッションやビニールレザーシート、ホワイトリボンタイヤ、ディスクブレーキやリミテッド・スリップデフなど多彩なオプションを用意する「フルチョイスシステム」により見た目を重視した街乗りのスポーティカーから硬派なスポーツカーまで変更可能なため、幅広い年齢、収入層に受け入れられることとなった。

1965年ファストバックが追加。エンジンは直6 170 cu.in.が200 cu.in.に排気量アップ。V8 260 cu.in.がなくなり、3種類の性能を持つ289 cu.in.となった。

1967年モデルはホイールベースこそ不変だがボディ外板を一新して全長・全幅、トレッドともに若干大きくなった。ハイパフォーマンスモデルはGTパッケージで、V8 390 cu.in.(6.4 L)エンジンが追加。映画ワイルドスピードX3 TOKYO DRIFTに緑色に白のストライプバイナルで登場。

1968年モデルでは直6エンジンが2種類の250 cu.in.となる。V8エンジンに302 cu.in.が追加。映画ブリットに登場している。マスタングのシンボルマークが車体の左右にもつけられていた。

低価格で改造しやすいためアマチュアレーサーにも人気であり、ショップによるチューニングカーも登場した。

2代目(1969年 - 1973年)編集

 
1969年 Boss 429
 
Mach 1(マッハ1)

この節では内外装のデザイン変更が大きかった1969 - 1973年モデルを2代目とするが、英語版ウィキペディアではこの間も「初代」として扱っており、英語圏の資料でも同様の記述が多く見受けられる。ホイールベースは1964年の登場時(1964 1/2モデル)から1970年モデルは不変の108 in.(2,743 mm)であったが、1971 - 1973年モデルは109 in.(2,769 mm)となった。

初代に比べ大型化され、性能と価格も全体的に上昇して登場した。ファストバックの名称はスポーツルーフに変更された。また、特定のグレードを持たなかったマスタングにグレード名が付いた。ボディはハードトップ、コンバーチブル、ファストバック(スポーツルーフ)の三種。グレードはハードトップと、その豪華仕様のグランデ。スポーツルーフと、それをベースにさらにスポーティなルックス&パフォーマンスを持ったMach 1[1][2](日本では通常「マッハ1」と呼ばれる)が登場。

フォードではマーケティングの一環としてレースに参加し、ホモロゲーション取得用のモデルをフラッグシップとして設定することを計画した。フォードではシェルビー・アメリカンを興したキャロル・シェルビーに依頼しチューニングモデルのGT350(シェルビー・マスタング)で参戦したが、高価で売り上げが見込めないことから、GT350よりも幅広い層に購入できる価格に抑えたBOSSを新たに開発し、こちらを主力とすることとなった。

Bossシリーズには、1969年1970年モデルにBoss 302とBoss 429の2タイプがあり、特に前者はレーシングマシン直系のBoss 302エンジン(英語版)を搭載したトランザムシリーズ(英語版)のホモロゲーションモデル(排気量5,000㏄以下)に合致させたモデルである。フロントにエアダムを備え、ボンネットやロービーム部分を艶消し黒で塗っているのが特徴(1969年型)。Boss 429はNASCAR用ホモロゲーション取得用であり、単にエンジンの市販台数(500台)をクリアするためにのみ作られた(マスタング自体にNASCAR出場資格はなかった)。マスタング歴代最大排気量(429 cu.in.= 7.0 L)となるビッグブロック(英語版ヘミエンジン(厳密にはセミ・ヘミ。フォードではブルー・クレセントと呼称)が搭載され、ボンネット上にはひときわ大きなエアスクープが取り付けられた。カタログスペック上は375馬力であるが、実際には600馬力以上あったと言われている。Boss429はフォードの生産車と言うよりは、むしろ改造車というべきで、フォードのワークスともいうべき「カー・クラフト」で生産された。428Cobre Jetを登載したMach 1にオハイオ州リマで生産したBoss429エンジンを合体させた。1971年からは規定が変わり、セミヘミ351 cu.in.のエンジンを載せた「Boss351 」が1806台生産された。 これはエンジンの公認を取るために生産されたもので、この車自体はレースに出なかったものの、パワーと足回りのバランスが秀逸だったと評価されている。

マッハ1は、1969年1970年モデルでは428 cu.in.Cobre Jet(コブラジェット。英語版)、1971年モデルでは429 cu.in.Cobre Jetを搭載し、さらにオプションでSuper Cobre Jetラムエア・インテークを装備していた。しかし翌年からは351 cu.in.のみになった。

1973年マイナーチェンジ。フロントグリルのフォグランプが横型から縦型になりグリル開口部が大きくなる。

映画では1971年モデルが『007 ダイヤモンドは永遠に』のボンドカーに採用され、1973年モデルが『バニシングin60″』で主役のエレノア(エレナー、ELEANOR)に抜擢され、約40分間のカーチェイスシーンを務めた。

栃木県警察にマッハ1の1973年モデルのパトロールカー高速取締用車両として導入(寄贈)され、鹿沼市の免許センターに展示されている。

当初はそれなりの販売台数であったが、初代よりも大型化、ハイパワー化したため燃費が悪化しており、加えて1973年に起こった第一次オイルショックの影響もあり、小型軽量化など、省資源指向への対応ができなかったことで、最終的には販売が低迷してしまった。

3代目(1974年 - 1978年)編集

 
3代目マスタング・クーペ
 
3代目マスタング・ハッチバック

フルモデルチェンジによりマスタングIIが正式名称となる。デザインはフォード傘下のデザインスタジオであるイタリアのカロッツェリア・ギアが担当した。また上記のように低燃費、小型化志向を受けてボディサイズも大幅に縮小され、フォード・ピントがベースになった。 当初はマスタング初の直4 140 cu.in.、V6 169 cu.in.でV型8気筒エンジン搭載車の設定はなかった。ボディタイプはハードトップとハッチバックの2種類。ハードトップと、それをベースにした豪華仕様のギア、ハッチバックと、それをベースにしたMach 1の4車種構成(Mach 1のみV6エンジンが標準)。

1975年V8エンジン(302cu.in.) が復活。ギヤのクォーターウインドウをオペラウインドウ風に、ルーフ後方をレザートップで覆いランドウ風にしてハードトップと差別化した。

1976年にはハッチバックに、コブラ・パッケージが登場。かつてのシェルビーGT350を彷彿させるホワイトボディにブルーのストライプ。フロント&リアスポイラー、リアウインドウルーバーやボンネットにエアスクープが付く。コブラIIと呼ばれた。

1977年途中でTバールーフが追加。

1978年コブラⅡの上をいくキング・コブラパッケージが登場。ボンネットの上にはパワ―バルジが付くがエンジンがパワーアップした訳ではなかった。ボンネットに巨大なコブラのイラストが描かれ、ボディ全体にピンストライプが入るなど、派手な外観が特徴である。

4代目(1979年 - 1993年)編集

 
4代目マスタング・クーペ
 
4代目マスタング・ハッチバック

創業2代目かつ社主であるヘンリー・フォード2世と対立したために、1978年末にフォードを追放されたアイアコッカの開発主導による最後のマスタングとなった。

オイルショック以降続いていた小型化、低燃費指向を受けて全長4.5m程度と3代目に続き小型化は継続され、シャシはピントからフォード・フェアモントの「FOXプラットフォーム」を採用した。このシャシーからFOXマスタングと呼ばれた。またフォード車初となるターボエンジン(2.3リッター直4SOHC)が登場。

スポーティグレードのMach1が消え「コブラ・パッケージ」がそれに代わった。コブラは2.3リッターターボエンジンに4速マニュアルの組み合わせだった。

1980年にはエンジンの構成が大幅に変わり、V6エンジンが直6 200cu.in(3,277㏄)、V8エンジンが255cu.in(4,179㏄)となる。

1981年には、このモデルにはなかったTバールーフが登場、これは2ドアでも3ドアでも選べた。

1982年はコブラに代えて高性能グレード「GT」を設定。再び302cu.in(5,000㏄)が登場。それに伴い2.3リッターターボエンジンは廃止。

1983年。10年ぶりにコンバーチブルモデルが復活した。

1980年代初頭の好景気を背景にハイパワー指向が復活してきたことから、1984年にハイパフォーマンスモデルSVO(Special Vehicle Operations の略称)が追加されている。

本来ならば1980年代後半にモデルチェンジされるはずであったが、この頃に販売台数が再上昇した上に、1988年に登場したフォード・プローブが、本来マスタングとして開発されていた車だったにも関わらず、FFである上にV8が搭載できなかったことから別モデルとして発売されるなど諸事情によりマイナーチェンジを重ねつつ1993年まで生産されることになる。姉妹車としてマーキュリー・カプリがある。

5代目(1993年 - 2005年)編集

 
5代目マスタング(1994年)
 
5代目マスタング(後期型、1999年)

プラットフォームは先代より引き継いだFOXプラットフォームを改良して使用。デザインの細部に初代を意識した箇所が見受けられる。エンジンは3.8リッターV型6気筒OHVと5.0リッターV型8気筒OHV。また制動、運転性能、衝突や横転などの安全性能にも大きな配慮がなされた点が、初代までとの最大の違いである。コンバーチブルの地上高は若干剛性を高めたため低い。

1994年には日本でもフォード・ジャパンにより輸入が開始され、廉価版グレードはトヨタ・セリカ日産・シルビアなみの200万円台前半という車両価格で投入されたことが話題になった。また、東京で夏の渋滞時にエアコンのテストを行うなど、日本市場を大きく意識していた。

1996年モデルより5.0リッターV型8気筒OHVエンジンを4.6リッターV型8気筒SOHC24バルブエンジンに変更した。

1996年にSVT製作の4.6リッターV型8気筒DOHC32バルブエンジン搭載のコブラが追加された。この車種はスタンダードではマニュアル車であった。

1999年にはエクステリアデザインの大幅な変更が施され、さらに初代のデザインイメージを反映させたスタイリングとなっている。

2001年には映画『ブリット』仕様が北米で限定8500台で発売された。これは劇中で使用された1968年式マスタングの外装をヒントにして作られたものである。

6代目(2005年 - 2014年)編集

 
フロント(中期型)
 
リア(中期型)

2004年の北米国際オートショーに新開発のDC2プラットフォームをベースにコードネームS-197として登場。チーフエンジンニアはHau Thai-Tang、外装デザインはSid Ramnarace。フォードの「リビングレジェンド戦略」に基づき初代を意識したデザインを採用し、大きな話題となった。ベースモデルのエンジンは先代の3.8L OHVから4.0L V6 SOHCに変更され、GTにはアルミニウムブロックの4.6L SOHC V型8気筒 (24V)・VCT付が搭載された。ギアボックスはTremec T-5 5段マニュアルが標準で、オプションで5R55S 5段オートマティックが用意された。なおGTのマニュアル車には強化型であるTremec TR-3650 5段マニュアルが搭載された。

アメリカ国内ではNASCARだけでなく、ドリフト仕様としての評価が高く、フォーミュラDにはフォードワークス製を含む数台のマスタングがエントリーしている。2010年にはNASCARに参戦するRoush Fenway Racingに供給された[3]

2009年の春に2010年モデルとして内外装を変更したモデルに変更された。ヘッドランプはターンシグナルランプ内蔵式となり、テールランプも3連式を継承しつつ新デザインとなった。またルーフパネルに小変更を加え、V型6気筒モデルで4%、GTで7%の空気抵抗低減を図っている。

2007年には光岡自動車がこのモデルのコンバーチブルをベースに光岡・ガリューコンバーチブルを製造している。

2012年10月にはマイナーチェンジを実施した2013年モデルを発表。フェイスリフトの他、スモールランプ・テールランプのLED化、6速ATにマニュアルモードを備えたセレクトラックトランスミッションを採用。ボディーカラーにディープインパクトブルーとゴッタ・ハブ・イット・グリーンを追加した(アメリカ仕様のみ)。

7代目(2015年 - )編集

 
7代目マスタング(2015-17)
 
7代目マスタング(2018-)

2013年12月5日にフォードが2015年モデルとして新型を発表、マスタング初代登場50周年となる2014年4月17日にアメリカ本国での発売が開始された。日本では同年10月より発売。エクステリアは先代を踏襲しているが、サイズは先代に比べ全幅が38ミリ拡大され、全高は36ミリ縮小された。エントリーモデルには同社のクロスオーバーSUVエクスプローラーなどと同じく、直列4気筒の「エコブーストエンジン」搭載車も用意される。このモデルから世界戦略車としてイギリスオーストラリア日本といった左側通行諸国にも販売するためにシリーズとしては初めて右ハンドル車が設定された。右ハンドル車はオーストラリア仕様などについては、日本車同様の右ウインカーレバー・左ワイパーレバーを採用している。なお、右ハンドル車は2015年8月から生産開始されている。

2017年にはヘッドランプ、テールランプ、フロントバンパーリアバンパーなど各所の意匠が変更されたフェイスリフトモデルが発表された。2018年から発売が開始されたが、V6がラインナップから消え、V8 GTと4Cylinder EcoBoostの2種体制になった。

日本への輸入編集

フォードジャパンがV6クーペプレミアム、V8GTクーペプレミアム、V8GTコンバーチブルプレミアムの正規輸入を行っており、2012年には30台限定だがV8パフォーマンスパッケージの導入も行った。日本向けはパイオニア製のカーナビETCなどを選択できるなど、国内の環境に合わせてあるが、MTが選択できなかったり、車体色が少ない(北米向けは9色だが、日本向けは5色)など、特徴であるフルチョイスシステムの恩恵は少ない。また、BOSS 302やシェルビーGT500などは導入されておらず、2013年モデルのV6クーペプレミアムが本国では26,200ドルであるのに対し、日本では430万円と価格差も大きい。

7代目も2015年春から導入され、当初は左ハンドルのみの50周年記念限定車を先行して発売された。左ハンドルのみとしてはこれが最終モデルとなり、2016年春以降にV8エンジンならびにコンバーチブルモデルの登場と共に右ハンドル仕様車が発売される予定だったが、2016年1月にフォードが同年秋をもって日本市場から完全撤退する事となり、これにより右ハンドル仕様車の投入も幻となってしまったが、その後にVTホールディングスグループの「エフエルシー」(旧フォードライフ中部)やその他一部の旧フォードディーラーが直接並行輸入し、日本の保安基準に適合するよう改良した状態で国内新規登録するシステムを整える事で日本でも右ハンドル仕様を含めた新車のマスタングを再び購入する事が出来るようになった。

車名の由来編集

マスタングとは北アメリカ大陸で野性化した馬の名称であるが、第二次世界大戦後期に活躍したノースアメリカン戦闘機であるP-51 マスタングにイメージを重ねたとも言われている。

当初はイタリア北部の都市の名前を取ったトリノという名前になることが決定していたが、当時のフォード会長のヘンリー・フォード2世が当時イタリア人のクリスティーナ・ベットーレ・オースティンと不倫中であったため、スキャンダル報道に油を注ぐようなイタリアの名前を避けて、広告代理店のJ・ウォルター・トンプソンらと再考した結果クーガー(アメリカライオン)とマスタングの2つの名が残り、最終的にマスタングに決定した。

ちなみにフォードは後にフォード・トリノという車種を発売し、また、クーガーの名称は、後にマーキュリーブランドのラグジュアリークーペに採用されている。

脚注編集

[脚注の使い方]
  1. ^ 『ホメずにいられない2』p.71、p.73、p.74、p.75、p.81、p.88。
  2. ^ 『外国車ガイドブック1976』価格表。
  3. ^ それまでフォードレーシングがNASCAR向けに供給していたのはフュージョン

参考文献編集

  • 『外国車ガイドブック1976』日刊自動車新聞社
  • 福野礼一郎『ホメずにいられない2』双葉文庫 ISBN 4-575-71190-X

関連項目編集

外部リンク編集

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