三浦皇成

日本の騎手 (1989-)

三浦 皇成(みうら こうせい、1989年12月19日 - )は日本中央競馬会所属の騎手

三浦 皇成
通算1000勝達成時(2023年6月)
プラカードを持っているのは田辺裕信
基本情報
国籍 日本の旗 日本
出身地 東京都練馬区[1]
生年月日 (1989-12-19) 1989年12月19日(34歳)[2]
身長 167cm[2]
体重 50kg[2]
血液型 O型[2]
騎手情報
所属団体 JRA
所属厩舎 美浦河野通文(2008.3.1 - 2009.10.30)
美浦・フリー(2009.10.31 - 2012.2.29)
美浦・鹿戸雄一(2012.3.1 - )[3]
初免許年 2008年
免許区分 平地[4]
重賞勝利 25勝(中央20勝、地方5勝)
G1級勝利 3勝(中央0勝、地方3勝)
通算勝利 11637戦1039勝(中央)
176戦17勝(地方)
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来歴

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5歳の時、大井競馬場で騎手の格好をしてポニーに乗るイベントに参加したことがきっかけで騎手を目指す。小学1年生になると剣道を習いはじめ(二段[5])、小学4年生からは体が硬いため器械体操も習っていた[6][7]

2008年度JRA騎手免許試験に合格し、同年3月1日付で騎手免許交付。同年の新規騎手免許試験合格者は三浦のほか、同期生の伊藤工真大江原圭、地方競馬からの内田博幸鷹野宏史がいる[8]

同年3月1日の中山競馬第1競走でモエレロングランに騎乗し、中央競馬初騎乗(6着)。同日の中山競馬第10競走(潮来特別)で初勝利[9]。8月10日に行われた第40回函館2歳ステークスフィフスペトルに騎乗して優勝し、デビュー5ヶ月目で重賞初勝利[10]。9月21日の札幌競馬第8競走を勝利して通算59勝とし、1960年の加賀武見(58勝)を抜き、新人の年間勝利数で歴代2位となった[11]。9月28日に騎乗機会8連続連対を達成[12]

10月5日に行われたスプリンターズステークスでGI初騎乗(14着)[13]。10月11日の東京競馬場第2競走でマイネルクロッシュに騎乗してデビューからの騎乗回数が555回となり、武豊が持っていた新人騎手年間最多騎乗回数(554回)を更新[14]。さらに同日のペルセウスステークスでバンブーエールに騎乗して勝利し、武豊の持つ新人年間最多勝記録(69勝)に並んだ[15]。10月25日の福島競馬場第1競走2歳未勝利(芝1200m)でアドバンスヘイローに騎乗して70勝目をあげ、新人年間最多勝記録を更新した[1]

2009年2月7日の東京競馬場第4競走で1着となり、JRA通算100勝を達成[16]。同年9月12日、英国のフォスラス競馬場で行われたTOTESPORT.COMハンデキャップでロイヤルダイヤモンドに騎乗して優勝し、海外初騎乗を勝利で飾った[17]。同年10月30日には河野厩舎を離れ、フリーに転向[18]

2010年1月11日の中山競馬第4競走でノボプロジェクトに騎乗した際に斜行、9頭が落馬する事故を招き開催4日間の騎乗停止処分を受ける。同年9月25日、札幌競馬第1競走でリアライズノユメに騎乗し1着となり、現役では56人目となるJRA通算200勝を達成[19]

2011年9月25日、タレントほしのあきと結婚したことを発表した[20][21]

2012年3月4日の中山競馬第5競走、ミッキーナチュラルで1着となり、JRA通算300勝達成。

2013年8月24日の函館競馬第10競走、マウイノカオイで1着となり、JRA通算400勝達成。

2014年11月6日にディアドムス北海道2歳優駿を勝つ[22]と、12月17日には同じくディアドムスに騎乗して全日本2歳優駿を勝ち、JpnI(統一GI)[注 1]初勝利[23][24][30]

2015年2月21日の東京競馬第12競走、サトノアルバトロスで1着となり、JRA通算500勝達成。

2016年8月14日、札幌競馬場の第7競走で、騎乗していたモンドクラフトが故障(左第1指関節開放性脱臼)を発症して転倒し、三浦は地面に投げ出されて負傷した[31]。肋骨9本および骨盤の骨折に加えて肺と副腎も損傷するという重傷で[32]、以降は長期にわたり休業となった。

およそ1年の休業を経て、2017年8月12日の札幌競馬場でレースに復帰し、この日2勝を挙げた[33]

2019年12月15日の中山競馬場の第2競走で自身初のJRA年間100勝を達成[34]。最終的に102勝まで勝利数を伸ばした。

2020年1月5日の中山競馬場第7競走にて他馬と接触し落馬、負傷[35][36]

2021年8月22日の新潟競馬場第9競走でステラダイヤに騎乗し、史上44人目のJRA通算10000回騎乗を達成した[37]。なお、デビューから「13年5ヶ月22日」、年齢は「31歳8ヶ月4日」での達成であり、これは北村宏司の記録を抜いて史上最速および史上最年少となった[37][注 2]

2023年6月24日、JRA通算1000勝達成[38]。またGI未勝利でのJRA1000勝は初の快挙である。

表彰

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主な騎乗馬

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太字はGI・JpnI競走を示す

騎乗成績

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日付 競馬場・開催 競走名 馬名 頭数 人気 着順
初騎乗 2008年3月1日 2回中山1日目1R 3歳未勝利 モエレロングラン 16頭 3 6着
初勝利 2008年3月1日 2回中山1日目10R 潮来特別 フェニコーン 13頭 6 1着
重賞初騎乗 2008年3月16日 2回中山6日11R 中山牝馬ステークス マルノマンハッタン 16頭 16 16着
重賞初勝利 2008年8月10日 2回函館8日9R 函館2歳ステークス フィフスペトル 15頭 2 1着
GI初騎乗 2008年10月5日 4回中山8日11R スプリンターズステークス プレミアムボックス 16頭 10 14着
GI/JpnI初勝利 2014年12月17日 10回川崎3日11R 全日本2歳優駿 ディアドムス 14頭 3 1着
年度 1着 2着 3着 騎乗数 勝率 連対率 複勝率
2008年 91 74 58 783 .116 .211 .285
2009年 78 80 86 858 .091 .184 .284
2010年 46 51 53 643 .072 .151 .233
2011年 67 63 64 843 .079 .154 .230
2012年 77 89 80 923 .083 .180 .267
2013年 63 67 61 831 .076 .156 .230
2014年 73 76 67 779 .094 .191 .277
2015年 64 78 74 742 .086 .191 .291
2016年 32 33 27 420 .087 .155 .219
2017年 24 26 26 322 .074 .155 .236
2018年 68 92 82 859 .079 .186 .282
2019年 102 98 77 878 .116 .228 .315
2020年 78 67 65 629 .124 .231 .334
2021年 64 92 79 753 .085 .207 .312
2022年 53 62 52 592 .094 .194 .282
2023年 21 33 22 310 .068 .174 .027
中央 1001 1081 983 10573 .090 .186 .274
地方 17 14 12 176 .009 .017 .244

エピソード

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  • 座右の銘は「気魄」[1]、目標とする騎手は田中勝春[1]
  • 小学5年生のとき、電車で1人の女性の孫娘に席を譲った。その女性は「オメガ」の冠号で知られる馬主の原禮子であった。原は左手を怪我していながらも席を譲る三浦に感心し、話をすると三浦が騎手を目指していると知った。そこで原は自分の所有馬がプリントされているQUOカードを渡し、将来騎手になったら乗ってくれるように言った。このときに三浦は自分の名前を伝えていなかったが、その後騎手となり原のもとに挨拶に行くと、原は驚くと同時に三浦のバックアップをすることを約束した。初めて重賞を制したフィフスペトルを管理する加藤征弘に三浦を紹介したのは原である[46]
  • 武豊2世と呼ばれていた過去を持つ[47]
  • 妻はタレントのほしのあき。2011年9月25日に入籍し[48]、同年12月19日結婚式・披露宴を行なった[49]。2012年4月12日長女が誕生[50]
  • 中央のGIは一度も勝利したことはないが、地方では3勝している(中央は113戦0勝。2着2回、3着7回)。GI初制覇に最も近づいたのは2014年の安田記念であり、16頭中最低人気のグランプリボスに騎乗し、残り200mで先頭に立つがジャスタウェイに鼻差競り負け大金星を逃した。
  • 2010年1月11日中山競馬場で第4レースに登場した際、日本中央競馬会史上最多落馬数となる『9頭落馬事故』が発生。同レースにおいて1着で入線するも、事故の原因を作ったのが三浦であったため、1着から一転して失格処分になってしまった[要出典]

脚注

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  1. ^ 出典に示されている格付表記はサンスポ予想王が「GI[23]」、スポニチアネックスが「統一GI[24]」と記載しているが、地方競馬全国協会やJRAでは日本がパートI国に昇格した2007年以降、ICSCの勧告に従い外国調教馬も出走可能な国際競走の中で最高格付けのものを「GI」、国際競走ではない(日本調教馬限定競走)、あるいは国際競走であっても国際グレードの格付け基準を満たしていない競走の中で最高格付けのものを「JpnI」と明確に区分している[25][26]。全日本2歳優駿は2018年に国際競走となったものの、国際グレードは取得していないため、2020年現在も格付けは「JpnI」であり、国際的なレースの取り扱いとしては「L(リステッド競走)」となる」[27]。なお、三浦と同様に全日本2歳優駿でJpnI(統一GI)を初めて制した北村友一が後に大阪杯を制覇した際の例のように、JpnI(統一GI)とJRA・GIの初勝利を区別するメディアも多く[28][29]、三浦のケースでもラジオNIKKEI競馬予想Webでは冒頭で「JpnI」と表記しつつ本文中で「GI初勝利」と記載している[30]
  2. ^ 2021年9月19日の中京競馬第6Rで松山弘平がデビューから「12年6ヶ月19日」、年齢は「31歳6ヶ月19日」での10000回騎乗を達成したため、三浦の記録はわずか1ヵ月足らずで破られた。

出典

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  1. ^ a b c d 三浦皇成、武豊の新人最多勝記録を21年ぶり更新”. netkeiba.com. 2015年6月2日閲覧。
  2. ^ a b c d JRAホームページ 騎手名鑑”. JRA. 2016年12月22日閲覧。
  3. ^ “三浦皇成騎手、鹿戸雄一厩舎所属に”. 競馬実況Web (日経ラジオ社(ラジオNIKKEI)). (2012年2月29日). http://keiba.radionikkei.jp/keiba/entry-215796.html 2015年7月27日閲覧。 
  4. ^ 平成28年度 騎手免許試験合格者” (PDF). 日本中央競馬会 (2016年2月11日). 2016年3月25日閲覧。
  5. ^ 三浦皇成、更なる進化へ挑む2年目”. スポーツコミュニケーションズ. 2023年8月19日閲覧。
  6. ^ 『優駿』2009年9月号、67頁。 
  7. ^ 武豊の騎乗停止で三浦皇成に好機!天皇賞・春は天才復活の大舞台か。”. Number Web. 2023年8月19日閲覧。
  8. ^ 内田博幸騎手がJRA騎手免許合格”. netkeiba.com. 2015年6月2日閲覧。
  9. ^ 三浦騎手初勝利、内田博騎手は3勝の活躍”. netkeiba.com. 2015年6月2日閲覧。
  10. ^ 函館2歳S、新人の三浦皇成騎手が重賞初制覇”. netkeiba.com. 2015年6月2日閲覧。
  11. ^ 三浦皇成“ユタカ超え”まであと「11」”. スポーツニッポン新聞社. 2015年6月16日閲覧。
  12. ^ 三浦皇成騎手・8連続連対を達成”. netkeiba.com. 2015年6月2日閲覧。
  13. ^ スプリンターズS戦い終わって(2)”. netkeiba.com. 2015年6月2日閲覧。
  14. ^ 三浦皇成騎手、新人最多騎乗記録を更新”. netkeiba.com. 2015年6月2日閲覧。
  15. ^ 三浦皇成、4連勝で新人最多勝記録に並ぶ”. netkeiba.com. 2015年6月2日閲覧。
  16. ^ 三浦皇成騎手、史上最速でJRA100勝達成”. netkeiba.com. 2015年6月2日閲覧。
  17. ^ “三浦皇成騎手、海外初騎乗初勝利”. ラジオNIKKEI. (2009年9月13日). http://keiba.radionikkei.jp/keiba/entry-173045.html 2015年6月21日閲覧。 
  18. ^ 三浦皇成騎手がフリーに”. netkeiba.com. 2015年6月2日閲覧。
  19. ^ 小牧&三浦、メモリアル勝利後のコメント”. netkeiba.com. 2015年6月2日閲覧。
  20. ^ 三浦皇成 (2011年9月25日). “いつも支えてくださっている皆様へのご報告”. 三浦皇成オフィシャルブログ「皇成 aim at the top」. アメーバブログ. 2017年6月25日閲覧。
  21. ^ “三浦皇成 ほしのあきとの結婚を発表”. スポニチアネックス. (2011年9月25日). https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2011/09/25/kiji/K20110925001699191.html 2017年6月25日閲覧。 
  22. ^ 【北海道2歳優駿】北の大地でディアドムスがV - 予想王TV@SANSPO.COM 2014-11-07閲覧
  23. ^ a b 【全日本2歳優駿】連勝でディアドムスが2歳砂王! - 予想王TV@SANSPO.COM 2014-12-17閲覧 
  24. ^ a b 【全日本2歳優駿】皇成騎乗のディアドムス、G1初制覇 - スポニチアネックス、2015年6月15日閲覧
  25. ^ ダートグレード競走とは? - 地方競馬全国協会、2015年6月15日閲覧
  26. ^ 競馬用語辞典(グレード制) - 日本中央競馬会、2015年6月15日閲覧
  27. ^ INTERNATIONAL CATALOGUING STANDARDS and INTERNATIONAL STATISTICS 2020”. The Jockey Club Information Systems. 2020年6月1日閲覧。
  28. ^ 【川崎・全日本2歳優駿】ノーヴァ3連勝頂点!”. スポーツニッポン (2018年12月19日). 2019年10月13日閲覧。
  29. ^ INC, SANKEI DIGITAL. “【大阪杯】皐月賞馬アルアインがGI2勝目!北村友騎手はGI初制覇”. SANSPO.COM. 2019年3月31日閲覧。
  30. ^ a b 【全日本2歳優駿】(川崎)~ダート2歳王者はディアドムス - 日経ラジオ社、2015年6月15日閲覧
  31. ^ “【札幌7R】皇成が落馬負傷 エルムSのモンドクラッセは柴山騎乗”. スポーツニッポン. (2016年8月15日). https://www.sponichi.co.jp/gamble/news/2016/08/15/kiji/K20160815013167390.html 2016年9月10日閲覧。 
  32. ^ “三浦皇成は重傷…長期離脱へ 落馬で骨盤など骨折”. デイリースポーツ. (2016年8月26日). https://www.daily.co.jp/horse/2016/08/26/0009425648.shtml 2016年9月10日閲覧。 
  33. ^ “三浦皇成騎手、妻ほしのあきの前で復帰初日2勝”. スポーツ報知. (2017年8月13日). https://web.archive.org/web/20180124142705/http://www.hochi.co.jp/horserace/20170812-OHT1T50198.html 2018年1月24日閲覧。 
  34. ^ 三浦皇成騎手、JRA年間100勝達成 | 競馬ニュース”. netkeiba.com. 2020年1月11日閲覧。
  35. ^ 三浦皇成騎手が中山7Rで落馬負傷…5鞍で乗り替わり”. スポーツ報知 (2020年1月5日). 2020年1月11日閲覧。
  36. ^ 落馬負傷の三浦皇成騎手は3月頃の復帰目指す「今以上の状態で戻ってきたい」”. スポーツ報知 (2020年1月7日). 2020年1月11日閲覧。
  37. ^ a b 三浦皇成騎手がJRA通算10000回騎乗達成 | 競馬ニュース”. netkeiba.com. 2021年8月22日閲覧。
  38. ^ 三浦皇成騎手がJRA通算1000勝達成「大変長らくお待たせしました」リーチから71戦”. 日刊スポーツ (2023年6月24日). 2023年6月24日閲覧。
  39. ^ 三浦皇成 初の函館リーディングジョッキーに - 2014年7月21日 東スポWeb(2014年8月26日閲覧)
  40. ^ 函館2歳ステークス2016年07月24日”. netkeiba.com. 2016年8月22日閲覧。
  41. ^ ダンシングプリンス”. JBISサーチ. 2022年11月3日閲覧。
  42. ^ ウインカーネリアン|JBISサーチ(JBIS-Search)”. www.jbis.or.jp. 2022年8月14日閲覧。
  43. ^ ギルデッドミラー|JBISサーチ(JBIS-Search)”. www.jbis.or.jp. 2022年11月13日閲覧。
  44. ^ ヤマニンサルバムJBISサーチ、2023年12月9日閲覧
  45. ^ ラムジェットJBISサーチ(日本軽種馬協会)、2024年4月27日閲覧
  46. ^ 三浦皇成の秘話【1】7年前の“出会い”が導いた初重賞”. スポーツニッポン (2008年10月27日). 2008年10月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年11月17日閲覧。
  47. ^ 坂井豊吉. “JRA 三浦皇成「100連敗」も納得の選択ミス!? 武豊2世と呼ばれた“元天才”が思い出のレースで面目丸潰れ | GJ”. g-journal.jp. 2024年10月4日閲覧。
  48. ^ ほしのあき 13歳年上妻の誓い「皇成さんを支えていきたい」 - スポニチ(2011年9月26日)2012年7月9日閲覧
  49. ^ ほしのあき 三浦皇成の誕生日に挙式「しあわせでーす!祝ってほし~の!」 - スポニチ(2011年12月19日)2012年7月9日閲覧
  50. ^ ほしのあき&三浦皇成 第1子の女児誕生! - スポニチ(2012年4月13日)2012年7月9日閲覧

関連項目

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外部リンク

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