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京阪350型電車(けいはん350がたでんしゃ)は、かつて京阪電気鉄道が保有していた大津線用の電車路面電車車両)である。

本形式が製造された当時、京阪は正式な形式称号に「」を使用しており、竣工時は「350型」であった。その後、鉄道事業法の施行に際して形式称号を「形」に変更したため、形式消滅時点では「350形」であった。

目次

沿革編集

 
350型1次車
 
350型2次車

交野線で使用されていた800型の機器を流用して、石山坂本線専用車として、1966年から1967年にかけて351 - 361の11両が新製された。なお、800型は元をたどれば石山坂本線の前身である琵琶湖鉄道汽船が新造した100形なので、本形式の登場はいわば里帰りとなる。

車体は当時製造されていた260型2次車・3次車や300型と同形だが、京津線の急行(後に準急)運用に入らないことから、塗色は前記両形式の赤と黄色の京阪線特急色でなく、緑の濃淡の京阪線一般色となった。

平坦な石山坂本線専用であるため、発電ブレーキなどの京津線の勾配対策装備が省略されている。また、主電動機の出力こそ82 kWと当時大津線所属車最強であったものの、2個モーターであったため車両単位では他形式よりも出力が低い。また、電装品は京阪の車両では珍しく日立製作所製のものであった。

なお、京津線に営業運転で入ったことはないが、後述の錦織工場改築の際に四宮車庫で車両検査を行うこととなったため、回送では浜大津駅 - 四宮駅間を走行している。この場合は京津線内では京阪の車両部車両課員が添乗することになっていた[1]

登場以来石山坂本線の主力として使われていたが、600形の増備により晩年は主にラッシュ時用となり、1997年10月の大津線昇圧時に当時残っていた352 - 357の6両が廃車され、形式消滅した。

形態編集

1次車編集

351 - 355の5両で、260形2次車とほぼ同形の両開き2扉・両運転台である。2両固定編成化時、2次車の番号に合わせて353-352・355-354の2編成に組成され、連結面の運転台を撤去して片運転台化された。この際、撤去された運転台の乗務員扉が残された点は260形2次車と同様である。

余剰となった351は両運転台のまま予備車となり、錦織工場の入れ換えや700形投入時の電気指令式ブレーキ試験車として使用されたが、錦織工場の改築工事に伴う車庫内の留置スペース不足もあり、1994年に廃車された。353-352・355-354は車体構造の関係で車体流用の対象から外され、前記の通り大津線昇圧時に廃車された。この4両の解体は旧京津線九条山駅付近の廃線跡で行われたが、この時は自力で逢坂山・九条山の急勾配を廃車回送している。

2次車編集

356 - 361の6両で、300型と同形の両開き2扉・片運転台である。357-356・359-358・361-360の2両固定編成3本からなる。1992年に361-360・359-358が700形701 - 704に車体を供出するため廃車された。357-356は大津線昇圧時に廃車されたが、この時他車と異なり浜大津駅付近の側線に80形81-82と一緒に留置された。しかし、車体が腐食したため2002年に解体されており、この時357の運転台機器が大津市歴史博物館へ寄贈されている。

その他共通事項編集

  • 登場当時は集電装置はスライダー式ポールであったが、1970年8月にパンタグラフに変更されている。これに合わせて、ポールの操作のために1枚ガラスのドロップ式だった車掌台側の正面窓が、2枚ガラスのユニットサッシに取り替えられた。
  • 前照灯は当初白熱灯だったが、上記の351以外の車両については1980年代にシールドビームに交換された。同時に運転台側の正面窓がアルミサッシからHゴム固定に変更されている。

脚注編集

  1. ^ 鉄道ピクトリアル」 2000年12月臨時増刊号