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概要編集

面積1.83km2、周囲6.6km。2017年時点の人口は80人弱[1]。最高峰は248.52mの高登山。全域が香川県仲多度郡多度津町大字佐柳に属し、集落は南部に本浦、北部に長崎がある。本浦・長崎集落ともに埋め墓と参り墓と呼ばれる両墓制が残っていて、長崎の埋め墓は1965年(昭和40年)4月3日に県の有形民俗文化財に指定されている[2]

郵便番号は764-0040(丸亀郵便局管区)。

2010年8月18日に第6管区海上保安本部広島航空基地のベル412EP型ヘリコプター「あきづる」が同島と小島とを結ぶ送電線に接触して海に墜落する佐柳島沖海保ヘリ墜落事故が起きた[3]

近年は多くの地域猫が棲む「猫の島」として知られるようになっており、動物写真家岩合光昭も『岩合光昭の世界ネコ歩き』撮影のために訪れている。

佐柳島の猫が表紙になった写真家 五十嵐健太の飛び猫写真シリーズや写真集「飛び猫」KADOKAWAが話題[4]になり、佐柳島の防波堤をジャンプしている猫を目当てに毎年多くの観光客が訪れている。[5]名称「飛び猫」は五十嵐健太の登録商標になっている。[6]

歴史編集

島名の由来は、室町幕府第3代将軍・足利義満厳島参詣の途中に強風に遭い、この島に避難すると風が和らいだので、早凪(はやなぎ)と呼んだのが変化したという説がある。

幕末の頃、数名の島民が咸臨丸の乗組員に選ばれ勝海舟らと共にアメリカ合衆国サンフランシスコに渡米。航海中に病を患い客死した平田富蔵の墓が乗蓮寺に残る。 また坂本龍馬率いる海援隊の志士として活躍した佐柳高次は「いろは丸沈没事件」当時のいろは丸の航海長を勤め、長崎奉行所占拠事件にも参加している。

明治以降は東方にある無人島・小島(おしま。TV・書籍などで「おじま」と表記されることがあるが島民の発音では「おしま」となる)と共に「仲多度郡佐柳島村」(さなぎしまむら)として存在した。1956年9月30日に多度津町に編入された。

交通編集

道路編集

水上交通編集

四国本土へのアクセスは三洋汽船が運行するフェリーで、長崎港発、本浦港経由(一部本浦港発)の多度津港まで運行している。全便とも途中で高見島を経由する。

  • 三洋汽船
    • 本浦港 - 3往復半
    • 長崎港 - 2往復

主な施設編集

現在は島内に小中学校は無く、海路で本土の学校に通うことになる(2017年現在、島内に就学児童・生徒は居ない)。

  • 多度津町佐柳出張所
  • 八幡神社
  • 乗蓮寺
  • 大天狗神社
  • 佐柳島自然体験センター(旧佐柳小学校)

脚注編集

関連項目編集

「猫の島」として知られる島

外部リンク編集