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地理編集

淀川区の北西部、神崎川沿いに位置する。西・北は神崎川を挟んで豊中市庄内および兵庫県尼崎市に接する。尼崎市へは神崎橋毛斯倫大橋(モスリン橋)で連絡している。また庄内方面とは大豊橋で連絡している。厳密には大豊橋北詰は兵庫県尼崎市になるが、数十メートル北へ進むと再び大阪府に入る。

南は東海道本線JR神戸線)の線路を挟んで西淀川区竹島と、また北方貨物線を挟んで淀川区田川北と接する。東は淀川区三津屋(三津屋北・三津屋中・三津屋南)となる。

現在は高層マンション群が見られる。『雨月物語』などの作者として知られる上田秋成の墓がある。

歴史編集

地名の由来については、「假島」が転化したという説[1]や、鍛冶職人が多く住んでいた島・「鍛治島」から転化したとする説[2]などがある。古くは蟹島・神島・歌島・賀島などとも表記した。奈良時代ごろ宿場町として栄えた。

江戸時代までには摂津国西成郡加島村となり、鍛冶集住地の地盤を活かして鋳銭場が設置されていた時期もあった。1889年の町村制実施により、加島・御幣島・野里の3村が合併して西成郡歌島村となった。歌島(うたじま)の村名は、加島の古称からとられた。加島村は歌島村大字加島となり、加島に歌島村役場が置かれた。

歌島村は1925年に大阪市に編入した。旧歌島村の地域は全域が西淀川区に属し、加島は西淀川区加島町となった。その後1943年の大阪市の行政区の分増区と境界整理の際に、従来の西淀川区のうち東海道本線線路の東側に位置する地域は東淀川区に編入されることになり、加島町の大半は東淀川区となった。翌1944年には東海道本線線路の西側、西淀川区加島町が竹島町に改称。これは、加島村の集落のひとつである竹之町に由来する。

1972年には西淀川区において竹島町から竹島の現行町名に改称。1974年には東淀川区から淀川区が分区し、同時に加島町から加島の現行町名に改称された。

交通編集

地域南端を東海道本線の線路が通るが、同線の駅は設置されていない。公共交通は長年バスのみだったが、1997年にJR東西線が開通し加島駅が設置された。山陽新幹線の線路も地域を通過している。

バス路線は大阪シティバス阪急バスが通る。大阪シティバス・阪急バスとも大阪駅前梅田)~十三~加島駅前を結ぶ便が運行されている。かつては昼間でも2社局あわせて毎時15本以上の高頻度で運行されていたが、加島駅の開業後は年々漸減し、2017年10月現在では毎時7本(市営4、阪急3)程度の運転である。なお、阪急バスの一部の便(毎時1本程度)は加島駅前を経由したのち、神崎橋を越えてすぐの場所にある西川(兵庫県尼崎市)まで運行される。

道路は十三筋大阪府道・兵庫県道41号大阪伊丹線)が東西に通り、またみてじま筋大阪府道10号大阪池田線)と阪神高速11号池田線が南北に通る。阪神高速の加島出入口は、隣接する西淀川区竹島に設置されている。

施設編集

参考文献編集

  • 川端直正『東淀川区史』東淀川区創設三十周年記念事業委員会、1956年。

脚注編集

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  1. ^ 大阪市淀川区役所 (2009年10月23日). “区の町名の由来” (日本語). 2010年5月27日閲覧。
  2. ^ 『東淀川区史』川端直正、1956年。

外部リンク編集